第7話 聡の睨み
家の中で悟は完成した電車のプラモデルを眺めながら思っていた。
――プラモ、完成したなあ。見せに行かなきゃかなあ。いつ行こう。そうだ、今日行こう。
そう思って、悟はプラモデルを机の上に置いて学校へ行く準備をした。
玄関へ行き、言った。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
母の声を背に、悟は今日も健全に登校した。
授業が終わり、京子に聞かれた。
「悟。おばあちゃんの調子はどう?」
「ああ、うん。変わりないよ。相変わらず、腰は悪いみたいだけどね」
「ふーん。何もないのは何よりね」
そこに健太が現われた。
「よっ。なあ、今日も遊びに行かないか?」
それを聞いて、悟は即答した。
「ごめん、今日は無理。病院に行ってくる」
「おう、そうか。――でも、今のところ、おばあちゃんは調子良いんだろ?」
「おばあちゃんのお見舞いじゃなくて、雪峰さんの」
「え、誰?」
「病院で知り合った子。友達なんだ」
「そうか。じゃあ、今日はナシで」
「うん。ごめんね」
「気にすんなって。俺達の仲だろ?」
そう言って健太は悟に気にしてない素振りを見せた。
京子が言った。
「駅までは一緒に行けるでしょ。一緒に帰りましょ?」
悟は笑顔で答えた。
「うん。帰ろう」
「よっしゃ。行きますか」
健太も元気よく答えた。
そうして僕たち三人は仲よく下校したのだった。
雪峰の病室にて。
「まったくもう。お兄ちゃん、また早退して来たの? そろそろ会社クビになるんじゃないの? 知らないよ」
「ヘッ。大丈夫だって。俺は優秀社員してるからな」
「またそんな事言って……。お兄ちゃんはナルシストさんなのかな?」
「ハハッ。そうかもしんねえな」
聡は元気そうに笑った。
「それより沙織、心臓の調子はどうだ?」
「うん。平気だよ。――だから、いい加減、心配するのは止めて。休日にお父さん達と来てくれればいいから」
「そうか。そうか」
聡は物思いに耽るように沙織の病室を見回し、ある事に気が付いた。
「アレッ。沙織、お前、電車のプラモデルはどうしたんだ? アレ、確か手紙と一緒にもらってなかったか?」
「うん、アレねー。――――あげちゃった」
その手紙には「あなたの事が好きです。僕と一緒にこの電車でハネムーンに行きましょう」と書かれていた。沙織は読んですぐに捨ててしまっていた。
「あげたって誰に? 女の子じゃあないよな? どこの男だ!?」
聡は妹に付く悪い虫は一遍しばき倒してやろうと思っていた。
沙織はどうしようかと思いながらも、誤魔化したってしょうがないかと思い、白状することにした。
「えっとねー。同じ病院の患者さんにお見舞いに来てた男の子」
聡はやっぱりかと聞く。
「やっぱり男なんだな。ソイツとはそれっきりなんだよな?」
沙織は焦った。兄の変なスイッチが入ったのではないかと。
「いやー、それがですねえ……。何回か会ってます」
聡は鬼の形相で言う。
「何!? どんな男だ。一回殺してやる」
「誠実な子だよ。だからお兄ちゃん、矛は収めて」
「うむ」
そんな時、病室のドアがノックされるのだった。
悟は学校から帰ると、出かける時のかばんにプラモデルを入れて、さっさと自宅を出てしまった。
悟は病院に着くと、おばあちゃんの所に先に行くべきか、それともまっすぐ雪峰さんの所へ行くべきか、迷った。
そして、雪峰さんの所へ先に行く事に決めたのだった。
いざ扉の前に立つと緊張するのだった。
――雪峰さんは完成させたプラモデルを見せたら喜んでくれるかな?
そんな事を思ってノックをするのだった。
――あれ、いつもより時間が長いな。何か作業でもしてるのかな?
悟はほんのしばらく待った。
ガチャリ。
病室の扉が開いて顔を出したのは、沙織ではなく男の人だった。
――えっと、この人、どこかで見たことあるような……。
「誰だテメぇ?」
聡はイカツイ声を出して睨み、聞いた。
「えっと……。雪峰沙織さんに用事があって来たのですが……。僕、病室を間違えましたか?」
聡は鷹のような目をして言う。
「いいや。お前さんは間違っちゃいねえぜ、場所はな。――だが、間違ってるのは来る時間だぜ?」
悟は困惑した。この人は何を言ってるんだろうと。
「――俺の目が黒い内には、妹には指一本触れさせねえぜ?」
「あのう。何か勘違いしてらっしゃるかもしれませんが、僕と雪峰さんはただの友達です」
聡が答えを返す前に、そこに沙織が来て言う。
「もう、何してるの二人とも?入り口で話してないで、入って来なよ」
聡は沙織に甘い声で言う。
「それもそうだな。中へ入ろう」
聡は悟にキツイ声で言う。
「で、誰だよオメエ?」
悟は病室の中に入りながら言う。
「僕は直井悟です。同じ病院に祖母が入院してまして。縁あって沙織さんと仲よくさせてもらってます」
それを聞いた聡は逆上したように問う。
「アアン? 仲よくしてる? お前、手とか触ってないだろうなあ? 手に触れていいのは俺の許可を得た男だけだ」
そこへ呆れた顔で沙織が言う。
「お兄ちゃん! そういうの、バカバカしいから止めてよね。――それで、直井くんは何か用が有ったの?」
悟はよし来たとかばんからプラモデルを出して言う。
「見て。この前もらったプラモデルだけど、完成したんだ。どう?」
「ほう」
聡はプラモデルをよく眺めた。
「へえ……。作ったんだね。良いと思うよ。うん……」
なぜか場が変な空気になったので、悟はハテナマークを浮かべた。
聡が口を開く。
「ところでよ、お前たち、友達だってんなら、病状のことはもう知ってんだろうな?」
悟は言う。
「いいえ、知りません」
沙織は急いで口を開いた。
「お兄ちゃん、言わなくてもいいよ。どうでもいいことだから」
「そうは言ったってなあ。――大事なことだろ? 俺から言ってやるぜ」
悟は純粋に聞く。
「沙織さんはどこか特別に悪いんですか?」
「ああ。沙織はな――」
沙織の隠しておきたかった事を話す兄を見てつぶやいた。
「もう……」
聡は話を続ける。
「沙織はな、ブルガダ症候群って言ってな、要は心像が悪いんだ。明日、死ぬかもしれない。今日、死ぬかもしれない。――いつ心像が止まってもおかしくないんだ」
それを聞いた悟はショックを受ける。
――雪峰さんは明日にでも居なくなってしまうかもしれないんだ。そんなのって嫌だ。せっかく友達になれたんだ。もっと長い付き合いがしたいよ。
聡は言う。
「生半可な気持ちでうちの沙織とは付き合ってもらいたくない」
悟はしばし考え、答えを出した。
「僕はこれからも沙織さんと友達でいたいです。良い友達に。だから、これからは、毎日を、一日一日を大切にして過ごして行きたいと思います。だから、僕にチャンスをください。――沙織さんと大切な関係を築くチャンスを」
悟は真剣な目で聡を見つめた。
聡は悟の瞳に宿るその情熱を見て満足した。
「そうか。じゃあ、お前、俺の分まで沙織の見舞いに来てくれるか?」
「はい!」
悟は元気よく答えた。
「毎日来てくれるか?」
「はい。毎日来ます」
「よし、分かった。――お前は毎日来い」
その一連の流れを端で聞いていた沙織が言う。
「あのー、私、元気なんですけど?」
聡は返答する。
「突然死の恐れがあるのがブルガダだろ。元気だからと言って、油断するな」
悟が口を開く。
「僕も毎日来るようにするから」
「えー。ありがとうねえ?」
沙織は若干困り顔だった。
「それじゃあ、あとは若いもんに任せる」
そう言って聡は帰ってしまった。
「――雪峰さんこれ。プラモデルなんだけど……」
沙織は気まずそうに言う。
「そのプラモデルなんだけど、実は手紙付きでね。その内容が……」
と二人は話を続けて時間は過ぎて行った。
二人の距離は微妙に近づいたのだった。
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