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第6話 一家行進

「やあ、沙織。来たよ」

「沙織ちゃん、こんにちは」

 やって来たのは雪峰の両親だ。父は四十代で早めの白髪が生えている。母は同じ四十代とは思えない程、若く見える。

「もう。また来たの? 今日は早く帰ってよね。いや、今日も、か」

 沙織はうんざりするとでも言うかのように両手を上げた。

 父親は嫌われていることなんか知らないように娘に話しかける。

「沙織。お前ももうそろいい歳だ。この前渡した相手とのお見合いはどうだ?」

「いやよ。あんな――知性が見えると言えば聞こえはいいけど――頭でっかちそうな人。それに私、もっとかわいい感じの子が好きなの。真面目そうなね。――――うーんと、それなら一人。心あたりがあるわ。だから、もうお見合いの話とかはよしてね」

 驚いたように父が問う。

「何? 好きな人がいるのかい? どれ。一度、会わせてくれないか。お父さんがどういう人か見てあげるから」

「あーもう! そういうのいいから。お父さんのそういう所が嫌い」

「あらあら。嫌いですってよ、あなた。元気出して」

「ウッ。……お父さんはだな、沙織のことを思ってだな……」

 ショックを受ける父であった。

「何涙ぐんでんの。……それにお父さん達を会わせるの。恥ずかしいし」

 もじもじとする沙織。

「え、どこが恥ずかしいんだ?」

 意外なことを耳にしたとばかりに父が聞く。

「うーん。娘思いなのは良い事だと思うけど、その想いが空回りしてるところ。あと、絶対、会ったら余計な事を言うでしょ。それが嫌なの」

「そうか。どんな事が余計な事だ?」

 涙をぬぐい、父が娘に問いかける。

「例えば……私の小さい頃のことを言っちゃったりさあ」

「――だってそれは大切な事じゃないか。男女が相結ばれる時には、お互いの過去も知っておきたいじゃないか」

「女の子の過去はデリケートなの! 私の過去のことだったら私が言うから。お父さんはいらない過去の話までするでしょう」

 沙織はプンスカと怒った。

「でも、全部大切な過去じゃないか。恥ずかしいことも含めてぜんぶ。――ほら、小さい時、あったじゃないか。ズボンを履いて、私は男の子になるのって。それもかっこかわいい子って。言ってたじゃないか」

「だー! もう、そんな黒歴史のことは脇に置いといて。今日は何しに来たの?」

 話を逸らそうとする沙織であった。

「せめて相手の名前だけでも教えてもらえないか」

 父は沙織に詰め寄った。

「えっと――――直井くん。直井悟くん……」

 ためらいながら口にした。

「そうか。直井少年か。覚えたよ」

 父は安堵して背筋せすじを伸ばす。

「じゃあ、お見合いの話はなかったことにしておくよ」

「うん。……ありがと」

「フフフ。お父さんはね、沙織に幸せになってほしいからって、退院後の将来のことを考えてたのよ」

 母は優しく微笑んでそう言った。

「幸せくらい自分でなるよ。そんな、お父さんに用意してもらってなれるものでもないんじゃない? 幸せって」

「ほら、私達ってお見合い結婚じゃない? だからお父さんはその成功体験を今もって思ってるのよ」

「過去の成功体験が今も通じるとは限らないじゃない?」

「それもそうだけれどね」

 母はふふっと小さく笑った。

「ところで沙織。中庭へ散歩に行かないか。ずっと病室に居たら、元気になれるものもなれないぞ」

「うーん。そうね」

 こうして雪峰一家は病院中庭のガーデニングゾーンへ散歩しに行くことになった。


今日は久しぶりの日曜日だ。僕と雪音と両親とおじいちゃんは、おばあちゃんのお見舞いに来ていた。午前中はたくさん話をした。そして話疲れた。だが今度は散歩がしたいと言う。だから腰の悪いおばあちゃんのために車イスを借りて行く。おばあちゃんは「怪我人みたいで嫌だねえ」と言っていたけれど……。

 目的地は中庭だ。ガーデニングゾーンには今の時期の、夏の花が咲いていることだろう。

「――お兄ちゃん! レッツゴー、レッツゴー!」

「うん、待って」

「悟。私が押すよ」

「ありがとう。おじいちゃん」

 悟は車イスを押すのをおじいちゃんに代わって、雪音に付いて駆けていった。


 中庭にて。

「ねえ、お兄ちゃんは今日は来てないね」

「ああ、聡はこの前早退したから休日出勤だと」

「ふーん」

 雪峰一家は中庭を散歩していた。

 そこに雪音が到着して大きな声で言う。

「――あー! ユキユキだ。おーい、ユキユキ―! ……むぐ!」

 追いついた悟が雪音の口をふさいで言う。

「こら。大きな声でよその家の団欒を壊すもんじゃないよ。――って、あれは雪峰さんか? 確か両親には会わせたくないって言ってたような」

 そこにおばあちゃん達が追いついて言う。

「どうしたんだい、悟? 入り口で止まってないで、中庭へ行こうじゃないか」

「それもそうだね。雪音、雪峰さんには声をかけないであげてね」

「なんで?」

「なんででも」

「わかったー」

 本当に分かってるのかなあと悟は思った。

 おじいちゃんが車イスを押して先頭を行く。

 そうして雪峰一家と直井一家がすれ違う。

 おばあちゃんが「こんにちは」と言った。相手のお父さんも返事を返した。

 悟は沙織と視線が合ったので軽く微笑んだ。だが沙織はプイと顔を逸らした。


――やだ。直井くんと会っちゃった。それもこんな日に。……ああ、雪音ちゃん。そんなにジロジロ見ないで。

 と沙織は思っていた。

「――それでは、ごきげんよう」

「ごきげんようね」

――直井くんのおばあちゃんかな?

 そうしてすれ違う一行のお互いの一番後ろに居た沙織と悟はまた目が合った。

 さっきはごめんねの意味で沙織は悟に笑顔でウィンクをした。


 ニコッ。バチコーン。

 視線が合っても逸らされて嫌われでもしたかなと思った次は、笑顔とウィンクだった。

 悟はその真意を推し量ろうとしたが、結局意味は分からなかったので、ウィンクを記憶の端へ追いやった。

 こうして雪峰一家とすれ違った悟は、次はいつ雪峰さんの所に行こうかと思っていた。

「まあ、また明日考えればいいか」

 ポツリとつぶやいた。


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