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#1 プロローグ。

「終わった。」


 喧騒に溢れかえる酒場のカウンターには一人ポツリと陰鬱な空気を醸し出す男がいた。ちびちびとグラスに継がれた酒を大事そうに飲みながらため息をつく。

 そんな男を見かねたのか酒場の店主はおかわりを継いでやりおつまみを差し出す。


「元気だしなって。なにも軍人だけが生きる道じゃないだろ。」

「でもよ。おやっさん。俺の夢だったんだぜ。軍人になるために帝都までやってきたのによ。田舎に帰るにも金が要るし。もうどうしたらいいのかわかんねぇんだよ。」


 男の憂鬱な気分に呆れたように店主はため息をつく。店主のドミニクがこの青年に出会ったのはほんの一週間前のことだ。雨のなかフラフラと歩く青年が心配になり声をかけたのだ。雨で客足も少なかったので食事を無償で提供し田舎から苦労して帝都までやってきた身の上話に同情し、帝国軍選抜試験までの間寝る場所を貸してやることにしたのだった。


「なぁロイ坊。お前の気持ちもわかる。だが落ちちまったもんは仕方ねぇだろ。それが事実だ。お前の力が足りなかった。お前の今まで憧れてきた軍人ってのは弱かったか?そんなのにお前も憧れねぇだろ。お前の越えられなかった過酷な選抜試験をくぐりぬけて選ばれるから誰からも憧れられる軍人になれるんだろうが。」


 青年――ロイ――はその言葉に僅かに目元を濡らすが、すぐに目元を擦り顔をパンパンと叩き気合を入れる。


「おっちゃんの言うとおりだよな。それにこんなにうじうじしてたら余計ダメだよな。」


 そう言ってにこりと笑うロイの目は真っ赤だったが今までの陰鬱な雰囲気は残っていなかった。

 その様子にドミニクは満足したように頷き「おごりだ。」と一言いいロイの前に酒瓶を一本置きほかの客の相手に戻っていった。


 ロイはドミニクの後ろ姿に頭を下げもらった酒を有難く頂くのだった。


(おっちゃんには感謝してもしきれねぇよな。何か恩返し出来たらいいんだが。それに女将さんにも後でお礼言わないとな。あとはシェリーに謝っとかないとな。慰めてくれたのに無碍にしちまったからな。)


 ロイが帝都に来てからお世話になった相手を指折り数えているうちに酒場の熱気はどんどん増していく。

 帝都にはこのウォーレル帝国最大の冒険者ギルドがあり、九時を超えたあたりから酒場にはクエスト帰りの冒険者が流れ込んでくるので、酒場の厨房は苛烈を極めていく。

 ドミニクの営むこの猛火亭は安い、美味い、多いの三拍子揃っており帝都でも名店の一つに数えられるほどであり、冒険者たちが集まるのは至極当然のことだった。


「うわ。今日は一段と盛り上がってるね。」


 そう言いながら店の二階の居住スペースからドミニクの娘であり猛火亭の看板娘のシェリーが下りてくる。その人気は凄まじく冒険者たちはさらに大盛り上がりし、シェリーと話すためにどんどんと注文していく。

 シェリーもそんな冒険者たちの扱いに慣れており、適当に受け流しながら注文をとっていく。まさにプロフェッショナルの技である。

 ロイはシェリーと一度目が合うが、シェリーはプイっとそっぷを向き私は怒っているのだと態度に示していた。


「ありゃ、なかなかにお冠だな。」


 ロイがどうしたものかと頭を抱えているといつの間にか近くにいたドミニクがボソリとつぶやきニヤニヤしながら立ち去っていった。


「おっちゃん。対処法教えくれよ。」


 ロイのそんなつぶやきにドミニクは肩をすくめるだけだった。カウンターのほかの客たちもそんなふたりのやり取りを見てニヤニヤと生暖かい目をロイに向けるのだった。


 そんな時、バンと大きな音を立てて猛火亭に一つのパーティが入ってきた。帝都に来て一週間ほどしかたっていないロイですら知っているほど有名なパーティだった。この帝都で飛ぶ鳥を落とす勢いのパーティである。冒険者の最年少記録を次々に破りついには22歳でAA級冒険者になったというとんでもないパーティなのだ。


 入ってくるやいなやその男たちは冒険者の座るテーブルに近づき強引に席を奪い取るとシェリーを呼びつけた。

 どかされた冒険者たちは激怒するがその相手が銀翼の剣だと知ると顔が真っ青になり平謝りしながら逃げるように店を出ていった。

 その様子に店の中の喧騒は嘘のように静まり返り、銀翼の剣の下卑た会話だけが響き渡っていた。


 ドミニクもそんな様子に顔をしかめるが、冒険者同士のいざこざに口出しはできないし何より銀翼の翼は金払いがよく、その態度を除けば乗客であることに間違いはなかった。


 ロイはそんなパーティにうんざりした目を向ける。銀翼の翼の噂は聞いていたがその現状を目の当たりにしたのは初めてだったからだ。ここまでひどいのかと。

 ロイのような田舎出身の人間は大抵冒険者に強いあこがれを持つ。軍人とは違い大抵の街に冒険者ギルドが有り、身近な存在なのだ。更には自由であることを理念に掲げっており、農奴から貴族まで自らの腕っ節に自信があれば誰でも冒険者になれるのだ。

 そんなところに人格者が集まることは希だ。ちからこそ全てと言わんばかり冒険者たちはギリギリ盗賊でないだけで粗野で野蛮な者が多い。

 それでも憧れる子供が多いのは、そういう人間ばかりではないという事と、何より金が稼げるからである。上位の冒険者になればなるほどひとつの依頼の成功報酬はうなぎのぼりに上がっていく。そんな冒険者ドリームは田舎の子供たちにはとてつもなく憧れの対象になるのだ。


 ロイはかなり珍しい部類と言えるだろう。それに加えてロイはそんな粗野な冒険者を毛嫌いしている。自分は冒険者のようにはならない。という強い意志もロイが軍人にこだわる理由の一つである。


 そんなロイの視線を感じたのか銀翼の翼の一人がロイに対して、ガンを飛ばす。ロイが目線をそらすと、「雑魚が。」と一言叫びロイを馬鹿にする会話でパーティメンバーと笑いあった。


 ゲラゲラと汚い笑い声が響き渡ってどれぐらいの時間がたっただろうか。店内の客は気分を害したのか早々に引き上げる客が多かった。

 店内の客がまばらになったところでそれは起きた。銀翼の翼のリーダーがシェリーを強引に店から連れ出そうとしたのだ。

 普段からそいつはシェリーに言い寄ってはひらひらと躱され鬱憤が溜まっていたのか遂に強行手段に出たのだ。


「やめてください!」

「うるせぇ!俺はガルバ様だぞ!帝都で一番強い俺様に抱かれる事の何が不満だ!」

「嫌です。離してください!」

「女は黙って俺に抱かれてりゃいいんだ!抵抗すんじゃねぇ!」


 そう言いながら振り上げられた手にシェリーは思わずギュッと目をつぶる。AA級冒険者の拳をなんの訓練もしていない町娘が受けたらどうなるのか。普通の人間なら全力で殴ることはないだろう。だが相手が悪かった。銀翼の翼はそんな普通の人間がやらないことを平気でやるのだ。

 周りの客は誰もそんな現状を止めれない。銀翼の翼はAA級冒険者なのだ。自分たちが口を挟んだら今度は自分たちの身が危ない。


 しかし、ひとりの青年は違った。ただの選抜試験に落ちた青年は銀翼の翼のリーダーの拳を手のひらで受け止め睨みつける。その目は自分たちが雑魚だと揶揄した青年と同じものと思えない程の威圧感を備えていた。思わずリーダーの男はシェリーを掴んでいた手を離し後ずさりしてしまう。


「シェリー大丈夫?腕アザになってないか?あとは俺に任せて、厨房に隠れときな。」


 そう言ってシェリーに優しく問いかける青年に男たちは手出しできなかった。一歩でも近づけば殺される。それほどに研ぎ澄まされた先を向けられていたからだ。


 こうして青年ロイの物語は幕を開ける。



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