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無題02  作者: 瀬戸内なずな
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第一話 リターン

 絵に込められる思いには、いろんなものがある。

 例えば、嫉妬、興奮、憤慨、不満、安心、肯定、憎悪――。全てを並べることができないくらい、沢山ある。一つの絵にいくつもの感情が入っていることもあるし、全く入っていないことだってある。

 それらは、いわゆる「普通」の絵。

 どんな絵も、必ず、複数の思いが含まれている――もしくは、ひとつも含まれていないか――の、どちらかに分けられるはずだった。でも。

 でも、彼が私に告白したとき。

 そのとき手渡してくれた絵だけは、違っていた。

 含まれていた思いはただ一つしかなかった。

 それには、私への恋心だけが、ただ一つ純粋に含まれていたのだ。




※ ※ ※

コミュ障の女子高生が絵の見せ合いでセックスする話

※ ※ ※




 私は、絵に込められた思いを読み取る能力を持っている。

 絵の作者が、どういう気持ちで絵を描いたのかを知ることができる能力。小学校に上がった頃、この能力は自分しか持っていないんだ、と思って嬉しくなったのを覚えている。それが、この能力について思い出せる最後の記憶だから、きっと物心ついた時からそうだったんだと思う。

 保育園では先生と一緒に延々と絵を描いて過ごしていたらしいから、たぶん当時から友達(一緒に遊んだり話したりする相手だと思っている)ができなくて、その反動で持った能力なんだろうと勝手に仮説立ててそれを信じ込んでいるのだけれど、実際にはどうなのかわからない。

 私は本当に、他人とのコミュニケーションができなくて、自分でもそれをなんとかしようとした時期がある。

 描いた人の気持ちを読み取れるなら、自分の気持ちを絵に込めることもできるんじゃないかと思った。そしたら、話がうまくできなくても、絵を描くことで自分の気持ちを伝えられるんじゃないかと思って、ますます絵に没頭した。

 周りの人はそんな私のことを本格的にコミュ障と言って遠のけたけど、わざわざ会話でのコミュニケーションをする気にもならないほどのめり込んでいた。でも、結局それはうまくいかなくて、友達なんてひとりもできないまま、高校生になった。何が悲しくて友達なんて欲しがっていたんだろう、なんて感じるようにもなっていた。


 私が彼に出会ったのは、そんなときだった。




 彼とは同じクラスだった。休み時間とかに、私と同じようにひっそりとアニメの絵を描いているのを見て、この人は私と似たタイプの人なんだ、と知っていた。学校での空き時間は大抵絵を描いていたし、クラスの中でそういう人は少なかったから、彼のことが少しだけ気になってもいた。地味な容姿だけれど、落ち着いた雰囲気と性格で、私が話せないような人とも軽快に話していたし、第一印象から私は彼のことを良い人だと認識していた。

 恋愛的に付き合う以前から、彼は私に興味があったのだと思う。二、三日に一度は話しかけられて、好みのアニメや漫画について話をすることがあった。私はいつも聞き手側で、うん、ううん、くらいしか口をきけなかったのに、諦めないでいてくれる彼はひどく優しいと思った。

 だから、今年の夏休みに彼から「君のことが好きだから付き合ってほしい」という風に告白をされた時も、私はそれを断るのに十分な理由を持っていなかった。それに、告白と同時に手渡された一枚の絵には、私への恋心だけが、ただ一つ純粋に含まれていた。私は告白に頷くことしかできなかった。

 私は、恋愛がどういうものなのか、よくわからなかった。かといって、彼はおそらく一生懸命なのに、彼のことをよく知らないまま受動的でいるのもどうかと思ったので、彼とは定期的に互いの絵を見せ合いをすることにしていた。

 絵を見せ合うことで、互いに心を通じ合わせることができると思ったからだ。

 絵を見せるごとに、私の心が彼に伝わる気がして、どきどきした。その気持ちは、やり取りを繰り返すごとに大きくなっていった。

 彼が私の絵から気持ちを汲み取ってくれた時はすごく嬉しかった。普通の人とは、拙い会話でしか伝え合うことができないのに、彼とは絵で心を伝え合うことができるかもと思った。私の本当を知ってもらえると思った。当初わからなかった彼の気持ちも、最近なんとなく、ぼんやりとだけど、わかるようになってきた。絵に込められた気持ちと彼の言葉の間に多少の乖離があるようだったけど、そんなことが気にならないくらい、彼をもっと知りたいと思うようになった。反面、私をもっと知ってほしいという思いもあって、彼への気持ちを積極的に絵に込めるようにもしていた。

 絵の見せ合いはこっちから誘うこともあるけど、それはなんとなく本格的に彼への気持ちが溢れた時くらいで、基本的に彼から『これ描いたんだけど』みたいな文面が送信されてきて皮切りになる。彼は彼でなんでもない時に送ってくるらしくて、今回も、送られたメッセージがはじまりだった。




 それは、ある日曜日の昼下がりの頃のことだった。

 今回の場合は、いつもと少し違っていた。彼は今度の合唱コンクールのプログラムの表紙を飾る絵を任されていて、その下書きができたので、私からアドバイスが欲しいとのことだった。彼から、外向きの絵に対してのアドバイスが欲しいと求められたのは、この時が初めてだったと思う。

 絵=描いた人の心として捉え読み取る私だけど、事務的なやりとりや、絵で返すのが難しい質問に対する答えは普通に文字で返していた。そのたびに、フリック入力を打つ指が止まり、本当にこの文でいいのかなとか、勘違いされないかとか不安になって、どうしても返信までに長い時間を要してしまうのだ。それに、不特定多数に見られる絵に込められた気持ちにどう反応するのが適切なのか、私はわからなかった。

 彼の絵に対しての評価はいつも心の奥にとどめていたなと思っていると、通知音とともに写真が送られてくる。白いコピー用紙に描かれた、指揮者の女の子の周りに音符が舞っている絵だ。拡大すると、いつもの通り、絵に込められた感情が読み取れる。すごく綺麗で美しいと思う以上に、彼の想いが伝わってくる。

 でも、ふと、写真の中に違和感があった。

 これはなんだろう。思って、写真を限界まで拡大して、スマホと顔を近づける。

 白い紙を背景に、黒くて細い、一本の糸のようなものが目に映る。ばねのようにも見えた。ちぢれていて、太さは一通りではないみたいで、先端は細いけど中ほどの部分は太い。これがあそこの毛だと確信するのには、だいぶ時間がかかった。

 確信すると同時に、私の中ではじめての衝動が蠢くのを感じた。

 ――特有のその形状には、心当たりがある。

 私の身体にも生えているその毛。普通は誰にも見せないように隠しておくべき場所に、生い茂っている。そんなものが、どうして写っているのだろう。

 はじめての衝動は、私のへその下あたりを中心に発生した。熱くて重たい。今まで感じたことがない感覚。

 はっとして、すぐに鉛筆を持って机に向かう。

 ぼーっとしてはいられない。描かなきゃいけない。私のこの感覚を、いつでも思い出すことができるように、絵に描いて残さなきゃいけない。描き上がった絵をスマホで撮って、彼に送信する頃には、私は自室のベッドに横たわって、スマホの画面を凝視していた。

 早くこの絵を見てほしい。

 見て、私からの問いかけに気付いてほしい。

 私の身体の中で、きっと一生使うことないと思っていた器官が脈を打っている。

 その脈動が求めるものに従うように、おもむろに下着の中に手を伸ばした。ざらっとした触覚。送られた写真に写っていたものが、私のそこにはたくさんある。

 さらにその下の部分がつらくて、ピンと伸ばした脚に力を込めると、そこと繋がっている器官がきゅん、と揺れた。脚をきつく閉じると、全身の血液が熱くなって、震える。この時感じたことも、ほんとは全部全部、描いて絵に収めておきたかった。けど、既に身体の力は抜けきっていて、動く気にもなれなかった。こんなことは、本当にはじめてだった。快楽が蒸発したあとは、どっと身体が疲れて、そのまま、夜ご飯も食べないまま寝てしまった。

 気がついたら、もう夜の十一時を回っていた。

 慌ててスマホを見ると、私の問いかけは彼に届いていないらしくて、どうしてアドバイスをくれないのか不思議そうにしている彼の顔が思い浮かべられるような返信が届いていた。やっぱり彼は、まだちゃんと私の絵を読み取れないんだと思い、少しだけ悲しくなった。それ以降、私の方から返信を返すことはなかった。

 明日も学校があるから、お風呂に入って、寝なきゃいけない。脱衣所で服を脱ぐとき、ふと、洗面台の鏡に自分の裸が映っているのが見えた。

 私は一瞬だけそこを触ると、なんでもないように、シャワーで身体を洗った。

 お風呂上がり、寝巻きに着替えた私は、またスマホを手に取った。さっきの絵の写真をもう一度見たかった。夢中になって忘れてしまっていたけど、彼のその絵に含まれているはずの思いを読み取っていなかったのだ。

 それは、彼の下心があって写り込んだものだとばかり思っていた。

 いつか私も、彼とそういうことをするんじゃないか。恋愛をしていてそういう流れになるのは、学校で周りにいる人の話から聞き取っていたから、なんとなく想像をしていた。

 今回、彼からそういう流れに向かおうというアピールがされたんじゃないかと思い込んでいた。

 でも、絵をすみずみまで眺めてみたけど、違うみたいだった。

 驚くべきことに、そこには、いわゆる下心的な思いは含まれていなかったのだ。

 いろいろ考えてみたけど、理由がぜんぜんわからなかったから、そのまま、さっき私の身体に起こったことについて詳しく調べようと思った。ブラウザアプリを開いて、いろんなサイトを回った。保健の授業では教わらなかったことを知った。その間に何度も、彼のその毛が写り込んでいた絵を見た。




 スマホを開いたまま寝落ちしてしまった私は、次の日、遅刻しそうな時間に家を出た。

 教室では、前の方の座席に見える彼のことをずっと見つめていた。

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