最初の試練(2)
「どうだい、マグナ。今年の騎士たちは」
幼少時に比べると格段に少なくなった、自分のことを愛称で呼ぶ人物のうちのひとりに声をかけられ、マグナムは執務机に座る彼の様子を仰ぎ見た――目を通す書類に一段落ついたのか、肩にかかる灰色の髪を軽く後ろに払い、青緑色の瞳を細めて面白そうに穏やかな笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
「うちのチビは相変わらずだな。普通に前線でしごいてやるよ。――気になってるのは他のちっこいの二人だな。技量はあるんだが、そういう使い方じゃないほうがいいんでねぇのって思ってる」
公の場では許されない口の利き方だが、そういうことを気にする相手ではない。話の指す『二人』に興味を惹かれたらしく、彼――コルポス王エクェスは僅かに身を乗り出すような動きののちに、こう応えた。
「なるほど、あの二人か。具体的には?」
「仔獅子のほうは、速さや技量があるんだがおそらく、長く持たないタイプだな。自覚しているんだろう、うまく隠している――噂でも、あまり身体が強くないって話なんだろ?」
「そうだな、サヴラ王の具合もよくないと聞いているし……」
「そ、だから一見大丈夫そうに見えるからって、あんまり無理させられないんじゃねえのかって思ってる。そういや、長老が体調を診てるとかって言ってたな。そのへんどうなんだ、ルトゥーム」
総帥の脇に控えていた薄黄色の衣の青年は、あまり礼儀正しいとは言えないこの口調にまだ慣れないらしく、僅かに片眉をひそめたのちに冷淡に告げた。
「さあ。私にはほとんど知らされておりませんので。しかし、長老があのように特定の一人を気にかけるのは珍しいことです。軽視しないほうがいいだろうと私も思います」
「そうか――もしかしたら、内務のほうを手伝わせたほうがいいのかもしれないな。で、もう一人のほうは?」
「ものすげぇ癖があるな。あの外見に騙されて容赦なくのされた連中を何人も見たが、最初から舐めてかからなければけっこう隙をつくのも簡単だ。あっちはもうちょっと叩いて伸ばしてやりたいが、その後どう使うかって話なんだが」
「ネフェロディス王もなかなか、ご機嫌を伺うのが難しいお人柄だからな。ヴノにはグレモス卿のように有望な人材もいるし、後継ぎを彼と決めているわけでもないだろう。だが彼にはそれなりに期待をかけているようにも思えるし……」
「……まったくそこなんだよなぁ、あのおっさん、新年の席じゃ取り澄ました顔で座ってたけど、今まで母親似の息子が可愛くって仕方ないって吹聴してたの、周りが都合よく忘れてるとか思ってねーだろーなー。親バカが知れ渡りすぎていてどうにもならんわ」
マグナムの父でありエクェスの養父でもある、リヴァディのウェーナートル王ほどでもないが、二人とも、ヴノのネフェロディス王との付き合いは長い。老獪な為政者としての手腕を見せることもあれば、職人気質の偏屈さを垣間見ることもあり、また時折子供じみた無邪気な振る舞いも見せる。少々扱いに困る叔父のような存在なのだ。
「正直に言うとな、あの二人どっちかを近衛に据えるといいような気がしているんだ――両方はまずいと思うが、なんとなく」
一人ならともかく、あの少女のように可愛らしい外見の者を二人も傍仕えにしてしまったら、コルポス王の趣味が疑われることは間違いない。もう25にもなりいい加減適齢期だというのに独身を通していることもあり、あらぬ噂のもとともなりかねない。
「確かに、どちらも小回りが利きそうですし、機転も利きそうですからね。兄君似の単純な戦士肌の者よりは適任だとは思いますが」
「お前も言ってくれるな、ルトゥーム」
自分も弟も、確かにそういう方向性ではないのは明白だが。他人に言われるといい気分はしない。それが年下の、妙に頭の回るとっつきにくい若者であれば尚更だ。
「ああでも――特にメリサ王子のほうはもうちょっと、いろいろ確認しておきたいな。エリモスも乗馬技術は十八番だろうし」
「そうだな、そこを見てもらうのはお前が一番適任だろう」
騎馬民族のプライドに賭けて、乗馬技術に引けをとっているとは思わないが、エリモスも名馬の産地として有名だ。そのうえで騎乗者の身の軽さは、時に地味に有利に響くことがある。速駆けを競ってみたいという意欲は常々念頭にあったのだ。これを試すのに、いい機会をつくるとしよう。
「あと、長老から教えを受けてるってことは、いろいろ知識もつけてそうだし」
「……それはどうでしょうかね。私には、まったく聞かされていませんが」
この話題にルトゥームにも思うところがあるのだろう、と感じるのはマグナムの勘だ。口にこそ出さないが、タルパ最長老の最も優れた弟子だという自尊心が時折彼の態度に垣間見えることがある。自分の後に続く長老のお気に入りが内心気になるのがマグナムの目からも透けて見えるのが、まだまだ若い小僧らしさが出ていて、そこに限っては少々微笑ましい。
「そうか、では、そういった方面を推し測るにあたっては――」
続くエクェスの言葉から、おおむねマグナムの期待していた展開が望めて満足している。だがしかし、
「……少々、危険かもしれない、とは思いますが」
渋るルトゥームの気持ちもわからなくもないが。
「何、なんとかやってみせるよ――責任は俺が持つ」
多少のリスクは差し置いても、気分を貫き通したい性分なのだ。それがリヴァディの血筋なのだと、マグナムは思っている。