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最初の試練(1)

「ようこそ、騎士団営舎へ――これからもよろしくね、メリサ」

「こちらこそ。本当に、一緒で嬉しいよ」

 何の幸運かいずこかからの根回しか、相部屋の同室者はメリサが最も馴染みのある北国の王子、アルデアと決められたようだ。穏やかだが時折芯の強さを感じさせる二歳年上の青年は、メリサにとっては兄のように頼りになる人物であり、おそらく最悪の事態になっても泣き落としで協力を強いることができる相手でもある――とはいえ、流石にできる限り彼を共犯者に仕立て上げるのは避けたいものだが。父王の代より友好的な関係を築いている国との関係に、自らが亀裂を入れるようなことはしたくない。そんな日が来ないことを切実に祈ろう。


 部屋は寝台と着替えを収める棚、いちおう手紙などの書きもののできる小さな卓の他は特に何があるというわけでもない、簡素な造りではあったが。アルデアの場にはいくばくかの書物や筆記用具、一風変わった置き物なども見受けられた。窓から差し込む光を受けて煌めいている、掌に乗る大きさのその不思議な物体は――

「これは……硝子細工、だったか?」

「ああ、僕は文鎮代わりに使っているけどね」

 グラシエスの特産品であり、割れやすいにも関わらず宝石並みの扱いを受けることもある工芸品だ。煌めく星の合間を縫うように舞う、白い羽根が封じ込められている。派手な色づかいではなく、微妙な色差を持ちつつ輝く星がちりばめられているのがまた何とも品があって、一流の職人の手によるものだろうと推測される。


 そんな小さな美しさに見とれている暇もなく、全体集合の号令が伝えられ、二人して急ぎ訓練場の広場に駆け集まった。パルウの傍にいる長身の黒髪を刈り上げた騎士は、先程の部屋割りの時に聞いた限りではヴノのグレモス卿ということだった。「いいなぁ」とネブラが横でポソリと呟いていたが、ネブラの遠縁の氏族で、実直な性格の戦士としても鍛冶師としても定評のある人物だそうだ。馴染みのある顔と一緒にいたかったというネブラの気持ちはわからなくもないが、なるべく同郷のものと同室にはされないという主旨では仕方ない。

 そのネブラは――新年の催しでも上座の脇で見かけた、薄黄色の衣を纏った若い青年の傍で居心地悪そうな顔をしていた。メリサもいちおう気にしてはいたのだが、他のことに気を取られすぎて注目するのを忘れていた、才人と噂になっているソフォステラのルトゥーム卿である。長い栗色の髪を無造作に垂らし、東方人らしい象牙色の肌と謎めいた琥珀色の瞳が印象的な、一見して近寄りがたい雰囲気を放つ異彩の人物である。


 その琥珀色の瞳と一瞬目が合い、メリサは軽く会釈したのだが、何も見えていないかのような無反応で視線を外された気がした。気づかれなかっただけだとは思うが――何とも、微妙な空気にやり切れない。同室となったネブラもそれに参らされたのであろうか、こちらを見て苦笑していた。

「マジか?! 総帥とあ……副団長での模擬戦だってよ」

 傍に来ていたパルウが興奮気味に耳元で呟いた。既にかの人とパルウの兄であるマグナム卿は壇上に上がり、手にした得物をそれぞれ点検している。どちらも槍――しかも総帥のそれは、ほのかに蒼い輝きを放っている。まさか、あの名高い『戦神の槍』ということか?! メリサも沸き起こる高揚感を抑えきれず、想いを同じくしているであろう周囲もざわついた。

 

「審判は不肖、私めが務めさせていただきます」

 総帥やマグナム卿らより上の世代にあたる騎士は、この場にはあまり多くおらず――多くは自領の管理のほうを優先させている――今日まだ自領に戻っていなかったティグリス卿が彼らを代表し、この闘いの場を取り仕切ることとなったようだ。黒衣の騎士が二人の間に割って入るように立つ。

 いったい、どんな戦いになるのだろう。メリサは自分の考えの及ぶ限りで想いを巡らせる。マグナム卿の戦い方は全く想像がつかないわけではない。パルウと身のこなしが似ているのだ――しかも、より自然な動きで隙がない。だが、総帥のほうは見当がつかな……いや、もし『彼』だとしたら……


「それでは――――始め!!」

 開始早々からの凄まじい気迫と動きの応酬に、先日の新参者どもの試合が児戯でしかなかったのだと、嫌でも思い知らされた。得物が剣よりリーチの長い槍だというのを差し引いても、いや、だからこそ重さと長さのある槍で剣に劣らぬ動きを見せていることに、驚きを禁じ得ない。

 総帥の戦い方も、思ったほどマグナム卿と違うわけではない。考えてみれば同じ地で育った者同士だ、おそらく相手の手管も双方知り尽くしているのだろう――ティグリス卿から聞いていた、コルポスの正規兵が訓練される規律正しい動きとも違う。どちらもだが、どちらかというと総帥のほうが型破りに見えるくらい、槍先がどこを狙っているのかの予測がつかない。

 そこまで注視していて気がついたが、総帥の持つ槍の重心に違和感を覚えた。二人とも、そこそこに両手を駆使しているものの、総帥はどちらかというと――


 ガキィッと、鈍い音がしてマグナム卿の槍が、その手から弾き飛ばされた。これで終いなのかと気を緩める間もなく、彼は腰の剣を抜いて間髪入れず総帥に詰め寄る。いっそう速いその動きに、メリサが自分では反応しきれるだろうかと焦る間もなく、総帥も片手で剣を抜き懐に切り込んできたマグナム卿の剣を受け、さらに蹴りを入れ込んで相手を大きく突き飛ばした――そこで、ティグリス卿の制止の声がかかった。

「そこまで!」

 蹴りまで加えるのは騎士の手本らしい戦法ではないが、的確な判断だとメリサは思った。槍を持った状態では、近寄られたほうが危うい。マグナム卿のような実力の拮抗した強者に懐に入り込まれたら、なりふり構わず盛大に突き放さないとこちらの命がないはずだ――そして蹴りも駆使したその動きにやはり、昨年の市街で出会った彼の姿を思い出してしまった。なんとはなしに切ない想いに目を細めてしまう。


 激闘の興奮冷めやらぬ中、各所から拍手が湧き起こっていた。メリサも倣おうとしたその時、彼が振り返って、こちらを見た気がした――青緑の瞳に射すくめられる前に、慌てて視線を外し俯くことになった。まさか。ばれているとは思えない。どう考えても、女人禁制のこの騎士団に少しばかり記憶のある女に似た若い騎士がいたとして、その当人だと思うようなことはあるまいに。それでも、メリサは顔を合わせることはできなかった。

 やはり、胸が苦しい。あの人の近くにいられるのだという誇りと、自分を偽っているのだという罪の意識の両方が、メリサの心の内を覆い尽くしていた。

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