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新年の宴(3)

「そうそう、メリサ卿は薬湯を用意せんといかんかったの。個人風呂の申請の仕方を教えよう」

 コルポス宮殿における大浴場は、その広さで極めて有名だ。その入浴の勧めが各国の客人らに触れまわったところで、タルパ老師からわざとらしい大きめの声で呼びかけられた。入浴の件は騎士団生活中での最も深刻な問題であったため、本来病気や怪我の者が別途使う個人風呂を利用する腹づもりはもちろんであったものの、やはり他に理解者がいるというのは心強い。彼に連れられて宮殿の回廊を渡り歩きながら、小声で相談することとなった。

「そういう口実である以上は、一応湯に入れる薬草を用意せねばならんからの……まあ、医局で飲用の薬草の残りをとっておいてもらうことにすればよいと思うが」

「そうですね」

 メリサも薬草の知識があるからわかることだが、飲用の薬草は大抵、若々しい新芽の部分を用いる。残りの固い部分や虫食いなどのあるものは用いられないため、意外と廃棄率が高いのだ。それらを塗布用や入浴時に用いるのは不自然なことではない。


「本来は何でもよいわけじゃが……少々知識のある奴に睨まれると、面倒じゃからな。種類も一応決めておくか……やはりサルヴァレかの、無難なのは」

「そうですね。殺菌効果が高いですし、いちばん大量に消費するでしょうから」

 ここで変にマニアックなものを指定して入手できないのでは、元も子もない。そういった口裏合わせをしつつ医局に言づて、鍵を預かった長老の部屋を確認し、個人風呂を使う手順を教わって彼と別れた。

「風呂は仕方ないがの、その後でなるべく続き部屋の休憩所に顔を出したほうがよいぞ。この時はみな口が軽くなっておるからな」

「はい」

 それは父王にも言われていたことだ。大浴場での交流は侮れないと。何もかも不利を背負っていることになるから、少しでもそれらを軽減するように努めろと。改めて言われて気持ちを引き締めた。


 湯から上がって上衣を身に着けない短衣姿で大広間に戻ると、そこは急ごしらえの集団寝所と化していた。今回のように一時的に大量の客人らが集まる時には、大広間はこのように使われるものだが。それも今日限りで、明日には新参の騎士は営舎での部屋割りが発表されると聞いている。

「あ、メリサだ!!」

「おーい、こっちだこっち!!」

 妙に明るい声で呼びかけられて見てみれば、やはり似たような短衣姿のネブラ卿と、パルウム卿が既に自分の寝場所を確保した様子だった。そのうえで近くの空いている寝床を指さす。どうやらメリサに来いということらしい。ちらっとティグリス卿に目を向けると、彼は無言で頷いたのみだった。


「お邪魔していいのかな」

「そんな堅苦しくなくていいんだよ! どうせ明日以降はみんなバラバラなんだぜ、今日くらいいいだろ」

 試合の時よりもさらに率直な口調のパルウム卿が、訳知り顔で説明する。

「え、そうなのか?!」

「そうなんだよ、わざわざ歳も国も違う相手になるように組み合わさせるらしいよ! なんか、面白くないよね」

 こちらも随分とくだけた口調のネブラ卿が、口をとがらせる。その仕草も何とも愛らしい。

「――あ、それから、式の場とかじゃなけりゃ、呼び捨てでいいからな! パルウって呼んでくれ」

「僕もだよ、メリサもそれでいいよね」

 愛らしいがなかなかに強引なネブラ卿、もとい、ネブラの懇願に負け、その申し出を承諾することにした。


「――それにしても、やっぱり感慨深いなぁ。憧れの連合王国騎士団に加われて」

 しみじみとメリサが呟くと、うんうんと頷くパルウと、微妙な顔のネブラがいた。

「俺はなぁ、兄貴と比べられるのを覚悟して来たようなもんだけどな。でもやっぱり、そういうの抜きにしても、ワクワクするよな」

「僕もまぁ……父さんから親離れできるなーとか思ってたんだけど、やっぱり何かしらあの人の名前がついてまわるんだよねー……」

 二人とも、それなりに周囲の期待に緊張気味のようだ。その気持ちはやはりメリサにも共感できる……そこでふと、思い出したのだが。

「そう言えば、ネブラの御父上は鍛冶師としても有名だったな。確か総帥の『戦神の槍』を修復したとかいう……」

「あーそう、そっち系の話もね! 僕は鍛冶の腕前も上げなきゃいけないから、こう見えてけっこう大変なんだよ」


 コルポス王国の創立時から伝わる『戦神の槍』の伝説は、統一戦争を経てさらにその伝説を増やしたことになる。

 初代コルポス王が戦神ヴェルテクスより賜ったとされる、青い鋼でできた槍は、王位継承者の証として、常に玉座の傍に安置されていた。それが総帥の祖父の代、叛乱を企てた王弟により殺害された王が、最後の力を振り絞ってその槍を玉座に突き立てた。「この槍を抜く者こそが、真の王となる」との予言を遺して。槍は謀反を起こした僭王には抜くことはかなわず、暫くの間は新年の余興として、国民の誰もが抜くことを試す場とされていた。

 それを僭王の目を逃れ、リヴァディで遊牧民らとともに育ったかの人が、15の時に引き抜き、その王位の正統性を証明したとされている――その後も統一戦争で彼の愛用の武器として常にその傍らにあったが、一度深い亀裂が入り、それを修復したのがヴノの王、ネブラの父君とされているのだ。これがリヴァディの次にヴノがコルポス王の信頼の篤い理由でもある。


「……あの人ねー、武器も凄いんだけど、ものすっごい細かい細工物も得意なんだよ! もういい歳なのにいい加減目が悪くならないのかってくらい。例えばだけどさ、総帥の印章指輪とかも……」

「え、それは本当なのか?!」

 指輪という単語が出た時点で思わず身を乗り出してしまった。そのメリサの態度に若干気圧されながらも、ネブラは言葉を続ける。

「うん……確か総帥の亡くなった母君の、形見の青金石を使おうってことになって。むちゃくちゃ貴重な白金を使って、その上に細かい星と波の紋様を入れたって、あの人そりゃもう自慢してたの何のって……」

 父上のことを『あの人』呼ばわりするネブラも相当、父親に対してコンプレックスを抱えているのだろうなと推測できてしまうのだが、それ以上にメリサは指輪の話に気を取られてしまっていた。


 そういうことなのか……それではやはり、同じようなものが二つとあるとは考えられない。本当に、彼だったのか……

 思わず、今は誰も座っていない玉座のほうを振り向いてしまった。今でもそこにいた人物が幻のように思えて、実感が湧かない。あの人に近づくことができる日が、いずれ来るのだろうか……


 *


 大広間を埋め尽くす各国の客人の中から、彼はたった一人を見つめていた。波打つ金褐色の髪が眩しい、年若い騎士――のはずの、少年に見えるはずのその人物を。

 だが、彼の眼には、もう一つの姿が重なって見えていた。それは黒いヴェールに隠されて、僅かしか垣間見ることのできなかった、砂漠の国で出会った少女の姿であった――  

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