新年の宴(2)
あまりに動揺してしまったので、玉座に座る人物とそつのないやりとりができたのか、それすら覚えていない。確か父王の容態をいたわる言葉をかけられたことと、武人として名高いティグリス卿の直弟子ということで注目されている、という余計なプレッシャーをかけられてしまったことだけは覚えている。
横で控えていたティグリス卿から「何、まだまだ未熟者ですので。どうぞ騎士団下で存分にしごいてください」という、彼らしい容赦のない補足が付け加えられたのも記憶に残ってはいる。
無理やり気をとり直して、御前試合に挑む。動揺しすぎて先ほどの新参の騎士の挨拶をしっかり見届けていなかったのは痛いが、それでなくてもその経歴と身のこなしからおそらく、今期の筆頭騎士たりえるだろうという人物が目につく。
リヴァディのパルウム・ラムラ卿。ラムラ氏族は最近になってリヴァディの代表氏族となったのだが、その理由はもちろん、コルポス王との縁が最も深いからだ。彼の兄、マグナム卿はコルポス王とは兄弟同然に育った親友で、騎士団の副団長でもある。
パルウム卿は16歳ということで、メリサより一つ年下だが、既にメリサより背は高く、バランスのよさそうな体格をしている。顔立ちはどことなく子供っぽさが感じられるのだが、それはおそらく兄君と見比べてしまうからだろう。二人とも、似たような癖のある褐色の短髪に草色の瞳の持ち主だ。
それとは別に気になる容姿の持ち主がいた。ヴノのネブラ・キラザ卿。やはり16歳で、連携の取りづらいヴノをとりまとめる、やり手の筆頭氏族の長の子だ。これは別に強敵とみなしたわけではなく――何というのか、非常に愛らしい容姿の美少年なのだ。
煙るようなプラチナブロンドに、淡い藤色の瞳。まさに女性と見まがうほどの美貌の持ち主だ。率直に言って、自分よりも可憐な少女らしく見える。なんとなく安堵してしまった……あれで男で通じるのなら、自分だってそうそう疑われはしないだろう。
そう思うと、自分の金褐色の髪は金髪とみなすのも気がひけるくらいだ。鏡を覗いた時にしかわからない瞳の色は、葡萄茶色とでも言えばいいのか。やはり褐色がかった赤紫で、妖精のような印象の彼に比べると、なんとも中途半端としか言いようがない。
以前もっと男らしく見えるように、と髪を短く切ろうとした時には慌てた父王に止められ、その代わりに父は自らが髪を伸ばすことにした。暑さのため男子は短髪が一般的だったエリモスで、上流階級で長髪が流行りだしたのはこのためだ。
もっとも男らしい大柄な体躯のサヴラ王の、赤茶色の蓬髪は非常に野性味あふれるものとなり『赤銅の獅子』ディエースの化身と呼ばれるまでに威厳のあるものとなったのだが、自分の場合はどうであろう。まだ鬣が伸び始めたばかりの若獅子、と言われるのはまだいいほうで『どちらかというとトゥレラのごとき美形』と囁かれることもあるらしい。両性具有のかの神の名を持ち出されると、案外に的を得てしまっていて、それはそれで居心地が悪い。
「次、リヴァディのパルウム・ラムラ卿。エリモスのメリサ・ルベル卿。壇上に上がられたし」
そんなことを考えているうちに、初戦の対戦相手が決まったようだ――いきなり優勝候補のパルウム卿ときたものだ。ここまでくるともう思い切りよく頭を切り替えられる。とにかく全力を尽くそう、それしかない。
「理想的な相手ですな。今までの成果を、充分に出し切ってあたられよ」
至って冷静なティグリス卿の一言を受け、闘技場の中央に進み出た。
――本音を言えば、政はともかく、剣技に関しては国のためでも父のためでもなく、ティグリス卿の名誉のために尽くしたい。人嫌いで偏屈と評判の卿が自分の剣の指南役を受けたのは、父王の熱心な懇願あってこそだが、その決め手となったのが、自分の出生の秘密であった。
どうあっても体格差が後々響いてくる女の身としては、父王のような力任せの豪快な闘いぶりを真似することはできない。小柄だがその不利を感じさせない、数多いる巨漢の戦士らを前にして一歩も引けを取らないと称されるティグリス卿の闘い方こそが、メリサが身に着けるべき技であると。
そこまで考えたうえでの父の配慮と、卿の承諾である。それを台無しにするわけにはいかない。
まだどことなく幼さが残るが精悍な顔立ちの、緑衣の騎士を前に剣を抜き、軽く互いの剣先を触れ合わせてから一歩引いて構えをとる。
「それでは――――始め!!」
容赦なく鋭い突きを続けざまに放つ。相手は剣で受け流し、自分のペースに持ち込もうとする。その彼の動きよりも速く身を翻し、脇腹を目がけてさらに突きを繰り出す。
「……っ!」
紙一重で避けた彼の懐に入り込みつつ、全く反対の方向へ身を躍らせ、そちらからやはり脇腹を抉るように切り込んだ。
その衝撃が予想以上に強かったのか。しっかりとした体躯の緑衣の騎士が、盛大に後方に突き飛ばされるようにのけぞった。なんとか片膝をついて立ち上がるも、その眼前にはメリサの剣が突きつけられる。
「勝負あった! メリサ卿の勝ちとする!!」
優勝候補の騎士が予想外の短時間で敗れるという事態に、周囲からどよめきが沸き起こるも、その後に盛大な拍手で迎えられた。
「……いやぁ、参った。まさかここまでやられるとは、思ってなかったよ」
身を起こした草色の瞳の少年は、爽やかな笑顔で握手を求めてきた。やはり少なからず悔しさが残るのか、去り際にこうつけ加えられた。
「もうちょっと粘りたかったんだけどな。仕方ないか」
冗談ではない。粘られていたら負けていたのは間違いなくこちらのほうだった。だからこそ短期決戦に持ち込んだのだ――それを教えるほど親切ではないが、彼はごく自然に好感が持てる人物だと思えた。
とにもかくにも、勇猛果敢で知られるリヴァディの戦士に一勝を上げたことで、師の名誉は守られたと言えよう。
だが、そこで油断してしまったのが気持ちに出てしまったのだろうか。次の対戦相手、ヴノのネブラ卿――自分と同等かそれより小柄な相手ということで、少々迷いが生じてしまったのか。軽く受け流すつもりだった彼の一撃を受け、その感触に驚愕した。
――予想外に重い?! その衝撃にあわや、剣を持つ手が緩みそうになる。慌てて態勢を立て直そうとしつつも、一撃、二撃と受けるその重みと僅かに加えられた捻りの動きにより、メリサはあえなく剣を取り落としてしまった。
「勝負あった! ネブラ卿の勝ちとする!!」
愛らしくも得意げな美少年の笑顔に、狐につままれたような感覚のまま握手を交わし、闘技場の壇を降りることとなった。席に着いたところでティグリス卿がポツリと呟く。
「ヴノの戦士の力を甘く見ましたな。彼らは普段、鍛冶を生業としているのですよ」
なるほど、それであの剛力なのか――油断されることには慣れていたが、こちらが油断する状況というのは初めてだった。貴重な経験になったと言えよう。
そのネブラ卿は、パルウム卿との試合では善戦しつつも、あえなく敗退したようだ。結局のところ、白星の総数でパルウム卿が優勝し、彼は式典に参加していた女神ミナスの巫女姫により、祝福を授かった――銀糸の刺繍の入った白い衣を纏った、メリサよりも若い少女だ。メリサに神託を授けた当時の巫女長ではなく、代替わりしたらしい。
長い軽やかな赤い髪と、心の奥まで見通されそうな銀色の瞳をしていた。パルウム卿の後ろに控えていたために一瞬目があったのだが、その時ににっこりと微笑まれた――彼女は、メリサの秘密を知っているのだろうか……?
メリサとネブラ卿も僅差で首位に迫っていたためか、総帥から別に声をかけられる栄誉をいただいた。
「頼もしい若い騎士らが集って、私も心強いことだ。いっそう研鑽に努められよ」
やはり聞き覚えのある、よく通る低い声に、何故だか胸が締め付けられる思いがした――様々な出会いを体験しつつ、新年の宴は終幕を迎えようとしていた。