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初夏の想い出(1)

 とうとうやってしまった。一番最初に気づかれるとしたらアルデアだろう、とメリサは思っていた。そうなったらなんとか拝み倒して見なかった振りをしてもらおうと思っていたが、実際にそうなったのは、総帥に筒抜けになってしまうことを覚悟しなくてはならない人物だった。

 だが、全て打ち明けた彼は溜息をついてこう言った。

「俺も、ミナスの予言に縛られている者だ。その俺がどうこう言えることじゃない」

「と、仰いますと……」

「サヴラ王の言っていたのは、こういうことだったんだな――わかった、俺のできる範囲で協力する。だが、他の者には知られないように気をつけろ」

「……ありがとうございます!!」

 思わず瞳を潤ませて詰め寄ってしまったのを、彼はなんとも複雑そうな表情で見つめ返してきた。

「ところで、サヴラ王とタルパ長老の他に知っている者はいるのか」

「はい、ティグリス卿と……あと、乳母とエフィメロプテロ王妃ですね。妹と弟にはまだ知らせていないはずです」

「なるほど、本当にごく近親者のみなんだな。俺よりも知らされている人数が少ないのか」

「はい……」


 何だか、彼が自分を見つめる瞳に憐みの情が浮かんでいるように見える。知ってもらえてほっとしたような、申し訳ないような、こちらも居たたまれない気持ちになってくる。

「もし事が明るみに出ても、決してご迷惑はおかけしません! ですから是非、見なかった振りを通してください」

「いや……それは」

 言い澱んだ彼は、何か思いついたようで、こちらに問い返してきた。

「待て、それではアルデアも知らないということなんだな」

「ええ、はい」

「それは……まずくないか。いや、逆か、知っているほうがまずいか。というか同室なのが一番問題じゃないのか」

「ええ、でも長老が入浴と緊急時の着替えさえなんとかすればなんとかなるんじゃないかと。あまりに特別待遇過ぎてもよくないだろうと」

「よくないで済ませていいか!! ったくあの狸爺、いけしゃあしゃあと」

 タルパ長老のことをそんな風に呼びつけることができる人もそう多くはないと思うのだが、メリサはいちおう弁護することにした。


「大丈夫です、今アルデアは帰国中ですし、春からほとんど行き違い状態なんですよ。それに、皆との距離が離れてしまうと思うとやはり、そちらのほうが務めに支障が出てしまうかと思うと心苦しくて」

「いやだから、そういう問題じゃないと」

 なんとなく上目遣いにアークスを見上げて「駄目ですか?」という言葉を暗に込めてじっと見つめてみた。彼が言葉に詰まった様子なので、効いた気がする。

「……何かあったら、なるべく長老からお借りした部屋で過ごすようにしろよ。俺のほうから医局関連の仕事をまわすようにして、それを口実にしてもいい。というか、アルデアに知られたら絶対に俺に言え。その時点で同室にさせるわけにはいかん」

「え……あ、その、はい。気をつけます」

 そこまでしなくても、と言いかけてアークスの鬼気迫る無言の圧力に気づいたので、ここはおとなしく引き下がっておこうとメリサは心に決めた。少々気まずい静寂が流れる。先刻ことが発覚してしまって以降、脱衣場の大理石の床に座り込んで話し込んでいた状態だった。微妙な状況と場所で長話をしていたことに気づき、彼もようやくそこが気になるまで平時の感覚に戻って来たようだった。


「いや、まあ、とりあえずはそういうことだから――邪魔をしたな。とりあえず充分に気をつけて過ごすようにな」

 メリサがこれから入浴しようにも脱げないのに、今更気がついたようで、彼は慌てて立ち上がりこの場を去ろうとした。思わず首に下げた銀の護符を両手で握りしめてしまっていたのだが、その様子を見た彼は去り際に、こう付け加えた。

「……ちゃんと着けていてくれたんだな。よかった」

 よかったものかどうか。これを着けていなければ、ばれずに済んでいたかもしれないのだ。でも、やはりメリサも外す気にはなれなかったのである。なるべくしてなった結果なのかもしれない、そこに後悔はなかった。


 日ごとに陽の高くなってゆくこの季節。エリモスやソフォステラでは、真昼は休み夜に活動時間をずらしたほうがいい場合もある。一方でヴノやグラシエスでは、ようやっと花の盛りに至るころだろうか。それらを繋ぐ位置にあるこの国にいて、つくづく世界は広いものだと、メリサは途方に暮れることもある。

 エリモスのことを考えるだけでも、頭がいっぱいになりそうなのだ。それ以上に広いものを見ている人の頭を煩わすようなことはしたくない。故国の状況も気にはなるが、先だっての花祭りでの騒動で改めて思い知らされた世の不穏さに、メリサは心を痛めずにはいられなかった。

 絶大な求心力でもって連合王国を纏め上げている総帥に、内面から揺らぎを与えようとしている。そのやり方の汚さに、怒りを覚えるものの、調査に尽力しても芳しい結果は得られていない。やり場のない怒りに苛立つ他の騎士らも、心を同じくしているようだった。

 そんな騎士らが故国に出入りする慌ただしさも次第におさまり、ようやっとアルデアがグラシエスから戻ってきた。最北に位置する国であるからして、最も帰国の時期も遅かったのだ。

「アルデア! お疲れ――」


 見慣れた銀髪の青年に声をかけようとして、メリサはふと声を止めた。アルデアの傍に、見慣れぬ少年がひとり、けっこうな密着距離でくっついていたのだ。どことなくアルデアに似ているようにも見えるが、アルデアに弟はいなかったはず。そしてその少年の枯草色の髪と空色の瞳は、どちらかというと――

 メリサの視線を受けて、その少年がメリサを見返した。というより、睨み返されているように思えた。

「あー、メリサ。実はね……」

 少し困ったようなアルデアの声。彼は少年にちらっと目をやってから、再びこちらを向いて話を続けた。

「僕の従弟の、レフレクシオなんだ。ラディアス卿のご子息だよ」

「ああ! 道理で。どことなく似ておられると思いました」

 そうだ。言われて見れば二月に会った、アルデアの叔父のラディアス卿を思い出させる髪の色だ。ただ卿はもっと穏やかそうな面差しであったのだが、何故だか、妙に気の強そうな印象を受けるのだが……?

「それで……ね。ちょっとしばらくコルポス宮殿に滞在することになりそうなんで、これから総帥にお伺いを立てようと思って」

「そうなのか。では、行ってくるといい。じゃあな」

「うん……詳しい話は、また後でね」


 アルデアについて去りゆく少年は12,3歳ほどに見えた。騎士になる一歩手前の、修行中の状態だろう。何らかの催し物があれば、そういう歳頃でも滞在することは決してない話ではない。だが、この場合は一体どういう事情なのだろうか……? メリサは俄然興味が湧いてきた。

 だがしかし、メリサがそうやって他人事のように彼等を眺めていられたのは、この時までだった。

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