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花祭り(3)

「……眠れる気がしない」

 贈られた花々は、総帥の寝室に届けられた――という表向きの体裁をとった後、隠し通路を通じてその先の部屋に集められた。さらにその部屋の長椅子、および床の一角にそれぞれ一人分の寝床が整えられ、もとからある寝台を合わせて計3名が寝起きできる場所が作られたことになる。その状態になった後での部屋の主の感想が、その一言に込められていた。

「やはり窓際のほうがいいですよね、数日間とはいえ、陽にあててあげられないのはやっぱり花が可哀想ですね……」

「うむ、水やりもしっかりやって、まともに育つかどうかも見届けたほうがいいだろうしな」

「私が水を汲んできますから、お二人はここで花の様子を見てあげてくださいね」

「すまんなメリサ卿。私はいちおう、ひとつひとつ毒の有無を銀で調べてみるかな。厨房で銀の食器をまとめて借りてくるとするか……」

 本来の部屋の主そっちのけで、ルトゥーム卿と花の扱いに関して相談していたメリサだが、その主の咳払いではたと我に返った。


「あ、アークス卿、湯を使いに行かれるようでしたら、どうぞ今のうちに」

「もう入って来たわ! お前らこそ、さっさと交代で行ってこい」

「ああ、では私から失礼する」

「はい、どうぞごゆっくり」

 一人が欠けると途端に部屋の中は静まり返った。メリサは床に作られた寝床の上に腰を下ろし(年長者のルトゥーム卿に長椅子のほうを譲るのはごく自然な流れなので)、美しいが少々香りのきつい光景の中で、ぼんやりと考え込んでいた。

 こんな綺麗なものを疑わなくてはいけないというのは、哀しいことだ。だが、パルウを苦しめ、総帥に危害を加える意図を見せつけた者を許しておくわけにはいかない。こんなことを考える輩が、次に思いつくことがあるとしたら――

「花祭りの当日――いちばん盛り上がる催し物って、どんな感じなんでしょうか」

「あ? ああ、いちおう、フロースの巫女舞が見もの、とはされているがな。とにかく見た目が派手なのと、薔薇やら他の花やらの花びらを思いっきり撒き散らすからな。観衆の動きが暴動めいてくる可能性は充分にあり得るし、花に紛れて余計なものが飛んでくることも、わりとよくある」


 花と恋愛の女神フロースの巫女は、聖職者であると同時に娼婦でもあり、その舞いは非常に艶めいて扇情的だ……という話は聞くものの、メリサは今ひとつピンとこない。そもそもエリモスでは例のヴェールを着けたまま(いちおう、祭り向けの派手めの装いではあるものの)、の舞いであったりするので、コルポス流とはおそらくかなり違うのだ。その違いを楽しみにしていただけに、なんだかやり切れない。

「正直に言ってな、二月の御前試合なんぞよりも、遥かに危険が多い。警備の連中の負担が高すぎるんだ。だから今回は俺が表に出る――浮ついた催し物は好かんが、四の五の言ってられる状況じゃないんでな」

 急に真剣さを増したアークスの言葉に、メリサも身が引き締まる思いがした。そうか――今回、自分が守り通さねばならないのは、彼なのだ。失態を冒すということはつまり、彼を危険に晒すということ。

「大丈夫です――私が、必ずお守り致します」

 自分の命に代えても。何故ならもう、自分は二度もこの人に命を救われているのだ。

「あ……? いや、お前がそこまで背負い込むことじゃ、ないはずだぞ……?」

メリサのひたむきな想いを込めた眼差しと言葉を受け止めた彼は、少なからず戸惑いの色を見せていた。

「いえ、私がそう決めたんです」

 ――彼にはきっと、この気持ちは理解してもらえないかもしれないけれど。それでも構わない。


 彼は何かを察したのか、少し落ち着いた声で話を切り出した。

「メリサ、俺が守るものはコルポスと、その民と、そしてエクェスだ。そしてお前が守るものはエリモスと、その民と、父王や弟王子のはずだ――それを見失ってはいけない。各々が別々に守るものを請け負ってこそ、全てを守ることができるんだ」

「忘れているわけではありません。私の身と心は、エリモスのためにあります。でも――それでも」

 震えそうになる声を押さえて、彼に向ってはっきりと告げた。

「私の命は、貴方に預けるものだと、思っています」

 メリサの言葉に気圧された彼は言葉が返せず、沈黙してしまった――暫しの間の静寂を解いたのは、隠し通路側から響いた、軽い物音だった。来訪者は部屋着姿の総帥であった。

「――いや、そっちは賑やかそうで羨ましいなぁと思っていたら、混ぜてもらいたくなってきてね――誰か、カードか双六でも付き合ってくれないかな」

 それまで流れていた気まずい沈黙を知ってか知らずか、ことさら気軽な口調で尋ねてくる。アークスは溜息をついてそれに応えた。

「メリサ、相手をしてやってくれ。俺はもうやり飽きた」


 カルディヤ海沿岸部で普及している遊びに、48枚以上からなるカードを使った遊戯がある。春夏秋冬の4分類で、各12枚ずつ。地母神ジェンマの子である、山と鍛冶の神オリヒオ、森と狩りの女神シルヴァ、花と恋愛の女神フロース、実りと芸術の神トゥレラ。その神々が冬、夏、春、秋を司り、その象徴としての『黒い石』『緑の葉』『赤い花』『黄色の実』を図案化したマークがそれぞれ1~12個描かれている。

 さらに太陽神ソールの『昼』のカード、月の女神ミナスの『夜』のカードの2枚を加えて遊ぶルールもあれば、三大神たる天空神カエラム、地母神ジェンマ、海洋神スクァーマの『三界』を司るカードも加わったり、『災厄』の意味合いの強い『寒気』のウェネフィカ、『暴風』のヴェルテクス、『地震』のヴェンドゥーザを加えることもある。場合によっては『変容』を象徴する霧と沼を司る蛭子神ヴァルトス、およびその化身とされる変幻自在の金色の獣、フリソス・クティノスの1枚ないし2枚を万能札として入れることもある。

 ちなみに河川の数だけ存在する河の女神達アデルフィア、連合王国騎士団の名の由来でもある星々の使徒アステリなどはこれらに入らない。その正確な数を把握している者がこの世に存在しないからだ。もっともエリモスの生命線とも言える大河サナレ、全天で最も輝く銀狼星セイリオス、リヴァディの民の祖とされる天人馬マグナ・カウダ、オリヒオの眷属でありヴノの紋章にも描かれている紫煙の山羊フームス等々、それらの神々やその眷属に関する逸話は山ほどあり、遊戯ではなく占いとして使う札にはそういうものが入っていたりもする。


「『災い除け』……は、簡単すぎるか。『暦並べ』も退屈だし……」

 どちらも幼い子供がいちばん初めに覚える遊びだ。『災い除け』は、48枚に『災厄』の札1枚を入れ、最後にその札を持っていた者が負けとなる。『暦並べ』は48枚のうち最初にひとり一枚ずつ出し、それに数字もしくは季節が繋がるように札を出していく。これは『変容』の札1~2枚を任意で混ぜ、万能札として使うルールもある。

 考え込む総帥の傍で、メリサが横目でアークスを見ると、げんなりとした顔をしていた。

「『五つの啓示』でいいだろ」

 大人の遊びの定番だ。五枚の札を何種類かある役の形にして、その優劣を競う。賭け事にも発展しやすく、金銭トラブルも招きかねないのが難点ではあるが。ちなみに最高の役は二つあり、『三界』の3札に『昼夜』の2札を合わせた『世界』か、『災厄』3札に『変容』2札を合わせた『混沌』で、引き分けにもなり得る。この神々の組み合わせは、そのまま一般的な信仰対象になりやすいオルド神群と、脅威と畏怖の対象であるハオス神群の代表格でもある。


 そんな経緯で『五つの啓示』を行う流れになり、総帥とメリサがそれぞれ札を5枚ずつ取った。メリサの手元には春2枚と秋3枚があり、春と秋の札でできる『恩恵』の役になっているが、数字が小さめでやや心もとない。数字は1が別格で最高、あとは大きい順に強い。同程度の役は夏と冬の『試練』や全て同じ季節の『集中』、ひとつずつ入った『循環』などだ。

「私は、変えません」

 一人が宣言した時点で、他の者は一度変えるか、変えないかのどちらかを選択できる。総帥は二枚変えた。その後、お互いの札を表にする。

 総帥の札は『夜』『寒気』と冬3枚からなる『冬の脅威』であった。四季以外の神の札が1~2枚入っている役は、その分強い。同程度の役は『天』『昼』と夏3枚からなる『夏の脅威』、『恩恵』『集中』『循環』などの4枚に『地』を加えた『大地の加護』などだ。

「お見事です」

「いやぁ、どうだかね。縁起の悪い勝ち方だ。私だったら、ささやかでも幸せな『恩恵』が欲しいと思うよ――アークスは、どう思うかい?」


 話を振られた彼は、つまらなさそうな顔で応える。

「圧倒的な力に押し潰される幸せなんぞ、ないも同然だ」

「……そうだね。他の者の命を預かっている身であれば、『負けないこと』を考えるのは大事だ。でも、いつかどうせ死ぬのなら、死ぬ前にこれだけは守り通したい、というものがある人も、いるかもしれないね……」

 その後、ルトゥーム卿が戻ってきて、メリサは交代で部屋を出ることになった。ルトゥーム卿はしかめっ面で総帥を追い返そうとしていたが、総帥は聞き流してもう少々、居座るつもりでいるように見えた。その後あの部屋でどういう話があったのかは、メリサの知るところではない。

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