花祭り(1)
「実は――結婚を、考えている」
言われた直後は何のことだか、マグナムはさっぱり理解できなかった。エリモスの視察から戻ってきたアークス――”無愛想なほう”の第一声が、それだったからである。これがエクェスのほうならまだ、わからんでもない。とうとう観念したかの一言に尽きるからである。だが、兄以上に嫌がっていた弟のほうからそんな単語を聞くとは思ってもみなかった。
「お、おう、そうか。それはなかなか前向きで、いい話だな――ところで、肝心の相手はどうなってるんだ」
「エリモスの王宮の女官だ。両親はおらず王妃が後ろ盾だと言っていた。だから王妃から許可を貰えれば問題ないだろう」
「う……ん? 身分的に、問題はないのか」
いちおう、カルディヤ海沿岸部の国々の風習として、なるべく同程度の家柄での結婚が推奨されている。財産相続などの金銭的なトラブルを防ぐためだ。
「何を言っているんだ、死人扱いの俺にまともな縁談が来るわけがないだろう。第一親が了承しないはずだ。だから身分を気にするよりその手のトラブルが少なそうな相手のほうがいいんじゃないか、とか言っていたのはお前のほうだろう」
「まぁ……確かに、そんなことも言ったような言わんかったような」
「言っておくが、教養に関しても問題のない、貴族並みに利発そうな娘だった。こんないい条件の相手が他に見つかるとは思えん。この辺で手を打って俺が逃げ切れば、後はエクェスの奴にいろいろ押し付けられるわけだしな」
「やっぱりそういうことかよお前!!」
さてはこの前の二月の催し物でそういう気配を察知して、エクェスを急かすよりも自分が先に身を固めたほうが安全だと踏んだわけか。しっかり打算を働かせ済みのようだ。
「――まぁ、それはそれでいいかもしれんがな。王妃の承諾を得るってことは、つまりサヴラ王にも内緒にしておくことはできんってことにならんか」
「うむ、そこなんだがな……拝謁してきたが、あまり些細な事柄に負担をかけたくないご様子であってな。外堀から埋めていって事後報告でもいいのではないかとも思っているんだが」
「で、その状態で王妃に繋ぎをとるって、それじゃメリサ王子のほうから話をまわしてもらったほうがいいってことになるんか」
「……」
「どうした? お前ら、仲は悪くないだろ」
傍目からは、むしろいいほうに見えるくらいだ。メリサ王子はどうも、以前の遠乗りでの事件で助けられたことに感銘を受けているのか、時おりアークスを見る目が『憧れの騎士』そのもの、といった態に見える。こう言っては何だが、エクェスに対してよりも思い入れが強いのではないか、と思えるのだ――それ以前に、この双子の区別をマグナム並みにつけられている時点で只者とは言い難いのだが。もしかしたら野生動物並みの勘を備えているのかも、と思ったりもする。
「いや……何故だかわからんのだが、あいつにこういう相談を持ちかけるのは、どうも気が進まなくてな」
「……何をわけのわからんところで遠慮しとるんだ」
「いやその、エリモスは今、あまり良い状態とは言い難いからな。そんな時に浮ついた話を考えているのか、と思われると、その、俺に対する印象が悪くなるのではないか、と……」
「まぁ、実際浮ついた話に聞こえるよな、普通」
聞いているうちに段々、この無口ではあるが意外と自尊心の強い男のくだらない見栄が透けて見えるような気がした。以前メリサ王子と話した時にも少し感じたのだが、まだ若い彼はあまり結婚だの恋愛沙汰だのに対して興味関心がないように見えたのだ。それよりは胸躍る冒険譚の世界に憧れる、まだまだやんちゃな盛りのような――自分の弟ほどではないが、わりとそれに近い状態に思えたのだ。で、そういう若い騎士から見て、憧れの騎士がそれ以外のものに気をとられているのかと思うと――
「なんとなく『裏切られた!!』とか思われたりしてな」
「そう! そういう感じになりそうな気がしているんだ、何となくだが」
「あー、そういうことなー……」
やはりマグナムにしてみればどうでもいい、くだらない悩みのように思えるのだが、この男がそんなくだらないものに心を悩まされているのは滅多にないことなので、少しは手を貸してやりたい。
「まあ、エリモスに関してはエクェスの奴もお前に一任しているわけだし、ここでしっかり働いて好印象を稼いでおけば、そんな修羅場にはならんと思うんだが」
「修羅場とか言うな、変な意味にとられるだろう」
うっかり口をついて出てしまったが、少々そういう倒錯気味の関係のようにも思えなくもないのだ。リヴァディはそこまででもないが、騎士の中には時折尊敬以上の感情にいきついてしまって……という話も珍しくない。正直コルポスの騎士の宿舎が二人一組というのも問題があるのではないか、とマグナムは思っているクチだ。
「何だかなぁ……『恋愛と友情、どっちを取るの?!』とかいう面倒なのを相手にしているような感じだな」
「……」
「何でそこで黙る。そういう時は女のほうには『君が大事だから他の連中との付き合いも大事にするんだ』で、野郎のほうには『女がいようがいまいが俺達の友情は変わらない』とかで済ませるのが穏当な手段だ」
「いや……何と言えばいいのか、時々自分でもよくわからなくなってくるんだ。何故だか、どっちかを選ばなくてはいけないような気分になって」
意味がわからん。とりあえず急に出た話だし、まだ煮詰めるのに時間はかかるだろう。
「ま、その話がまとまったとして、メリサがお前に言いづらい何かを残していそうだったら、俺とエクェスのほうでなんとかフォローするから。やるだけやってみろ」
「ああ……そうする。なんとかしてみる」
まったく、朝っぱらから野暮な話に付き合わされてしまった。少し気分を切り替えようと思い至って、マグナムは執務室を出た後に稽古場へと足を運ぶことにした。