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冬の終わり(2)

「兄様! お久しゅうございます」

 コルポス宮殿の大広間にて。黒いヴェールの間から翠の瞳をきらきらと輝かせた義妹パスハリツァを出迎えて、メリサは微笑んだ。ヴェールの下から金糸やビーズが縫いつけられた緑衣の裾が覗いていて、彼女の瞳の色によく合っている。

「パスハ、遠路お疲れ様。父上や義母上はどうお過ごしだったかい?」

「お義父様は良いとも悪いとも言えない、難しい状態だという話でした。あ、伝言を預かってきました……『まだ幼いのでお目には留まらぬとは思うが、よろしく頼む』とかですって。失礼しちゃいますわ、パスハはもう12になったのですよ。大人の女性の仲間入りしましたのよ」

 どう考えても伝言の内容を理解していないであろう幼い妹は、ぷうっと頬を膨らませて可愛らしい怒りを表現している、のだと思う。エリモスの宮殿内ではヴェールを着けてはいなかったから、今はヴェールに隠されたその表情と、義母譲りの艶のある黒髪を、記憶を頼みに想像するしかないのだが。

「母様からは『皆に失礼のないように、よろしくお願いします』と。こちらの作法は詳しくありませんから、兄様が頼りですわ。よろしくお願いします」

「はは、私もまだそこまでこちらに慣れているわけではないんだけどね」


 大広間はなかなかに壮観であった。新年の宴よりも明らかに、女性客が多いのだ――ドレスの裾に深い切れ込みが入っていて、下に袴を穿いているのはリヴァディであろう。女性であっても乗馬に支障のないように、そういう仕立てになっているらしい。袖も真っ直ぐで手さばきの邪魔にならないつくりで、襟もきっちりと詰まっている。ただ刺繍だけが豪華で普段着とは明らかに違う。東方人種が多いため髪色が濃く、その上に飾り付けられた色とりどりの帽子や飾り紐が映えている。

 人種が近くてもあまり飾り気がないのがソフォステラだ。古風な一枚織のドレスの上からショールを羽織っていて、髪やドレスを結うリボンも飾りピンもやや小粒で繊細な、品のある装いだ。

 コルポスもドレスの形は近いが、刺繍や装飾品はもっと豪華だ。そして髪色も瞳の色もやや明るく、西方人種の比率が高い。

 さらに大柄で明るい髪色の女性が多いのは、北方人種の占める割合が高いヴノやグラシエスだろう。上質の毛皮を用いた外套などが目立つ。大ぶりのブローチやペンダントを着けている女性が多いが、それはヴノの鍛冶師の逸品を誇示する目的なのであろう。アルデアが言うには、グラシエスの女性は故国を離れたがらないため、今回来ている者はあまり多くないだろう、とのことだ。

 エリモスは――知っての通り、みな黒いヴェールで顔を覆ってはいるが、その隙間から覗く下の衣装は絢爛たるもので、ヴェールを外したら他のどの国よりも眩しく映るだろう、と思っている。西方人種と南方人種の混血も多く、褐色の肌の者も見かけられる。


「ティグリス卿も、お久しぶりです」

「なんとか、上手くやっておられるようですな」

 今回は未婚の年齢の高い騎士が主役のため、卿のような、既婚者ではあるが比較的年齢の若い騎士も率先して呼ばれている。警備が新参の騎士だけでは心もとないからだ――他はティグリス卿の言うことには、アルデアの叔父のラディアス卿、大柄な体躯で知られるリヴァディのボース卿、ルトゥーム卿以前に内務に携わっていたソフォステラのアシオ卿などがいるとのこと。ちなみにそれ以上年上のタルパ最長老、リヴァディのウェーナートル王、ヴノのネフェロディス王、アルデアの父王などは逆に、自領の警備が薄くならないように引き籠っていることになる。

「ですが、要注意人物がひとり、おりましてな」

 フレトゥム――先日の会議で話題に上がっていた、コルポス国内で最も不穏な地域の領主、ヒルードー・スキア卿。ティグリス卿が目を向けたその人は、総帥やアークスよりもやや明るい灰色の髪の、しかし受ける印象の全く違う壮年の男性だった。言葉を選ばず率直に言ってしまえば――皮肉気な眼差しが気に障る、あまり好感の持てそうにない人物だ。

「総帥も、縁戚にあたる方を警備に使うのは失礼だという口実で、特等席を用意してうまく警備から引き離した様子です。無理のない範囲で注視していてください」


 例によって、国と世代が被らないような組み合わせで二人一組で動くこととなった。武闘派よりとは言いがたいアシオ卿と新参の騎士では最も戦力たりえるパルウ、力技のボース卿とスピード重視のメリサ、残ったグラシエス組を分けるためのラディアス卿とネブラ、ティグリス卿とアルデア……

「え、アルデアは出ないのか? ルトゥーム卿は出るのだろう」

「ああ、僕は……」

 アルデアは一息ついた後、ラディアス卿を横目で見て

「……許嫁がいるから」

 瞬間、その場にいた若年組が硬直した。

「ええ?!」

「……あ、そう言えばグラシエスはそういうのわりと早く決まるって話ですよね! そうか、それでグラシエスの女性はあまり来ないってことなんだ」

 素直に驚いているパルウと訳知り顔のネブラの間で、メリサは軽くショックを受けていた。

 ……何だろう、自分が置いてきぼりにされた気分だ……。


 ボース卿はいわゆる『気は優しくて力持ち』という人柄で、どことなく父王のような雰囲気があり、メリサにとっては親しみやすいと思えた。

「ボース卿のご家族も、いらっしゃっているのですか」

「ああ、18になる娘がいてな。嫁がウェーナートル王の妹御だから、マグナやパルウとは従姉妹になるな。ただ色気も愛想もない娘でな、貰い手が見つかるかどうかは何とも言えんなぁ」

 遠目に垣間見たが、栗色の髪と灰色の瞳が理知的に見える、落ち着いた雰囲気の女性だった。充分、魅力的に見えるのだが……少なくとも自分よりは、女性らしく見える。

 他にも、パルウやネブラの姉妹らしき女性陣がいた。パスハリツァはどうやら歳の近いネブラの妹姫と話が合っているのか、呆れ気味のネブラの横で盛り上がっているようだった。

 ボース卿の娘御も含め、相応に総帥に相応しいと思えるような姫君は何人か見受けられたが、少し別の意味で目立つ女性もいた――アッシュブロンドの巻き毛を派手に飾り付けた、コルポス風――にしてもやや行き過ぎた化粧と装いの、暗い青色の瞳がきつめの印象を与える美女。

「グリスィナ嬢――ヒルードー卿の姪だな」

 ああ、だから二人ともあんなに嫌そうな顔をしていたのか……そこに関しては納得できた。


 何だろう、少し気分が悪い……大衆の渦中で入り混じり過ぎた香水のせいだろうか。

「むぅ、大丈夫か、メリサ卿」

「すみません……少し、風向きを確認したいのですが」

「いちど宮殿の上層に行ってみるのもいいかもしれんな。全容を見渡すのも大事だろう」

 その前にいったん出場騎士の控えの場を覗いてみようと赴いたら、ちょうどティグリス卿とアルデアの組み合わせに行き合った。

「おう、卿らはどうした」

「ラディアス卿から許可が降りたので、アルデア卿を出場させようと引き摺って来たところです」

「はっは、グラシエスもなかなか難しいしきたりが多いようだが、寛容な者も増えてきているようだな。腕が鈍らん程度に他の国に付き合うのはいいことだ――丁度よい、メリサ卿もしばらくこのあたりで待機しておればどうだ。儂とティグリス卿で外をまわって来よう」

 人の好い巨漢のボース卿と小柄で寡黙なティグリス卿の、これまたある意味好対照の組み合わせが控えの場を出て行った後、メリサはアルデアと二人という状況に妙に居心地が悪くなった。向こうもそうらしい、なんとなく落ち着かなさげだ。


「……メリサは、どうしたの?」

「いや……少し、人ごみに揉まれていたら何故だか、……」

 そこまで言いかけて腹部に走った鈍痛と、何かが流れ落ちるような感触に、ようやっと原因に思い至った――月の障りだ。まずい……そもそもメリサは周期が不安定なのだが、薬の有無以前に処置できる場所が限られる。今一番近いのは、

「すまん、ちょっと医局に行ってくる」

 アルデアの反応を窺う余裕もなく、慌てて部屋を飛び出した。正確には目的地は医局ではなく、その隣のタルパ老師の部屋なのだが。鍵を預かっていて本当に助かった。

 医局には包帯として使う、使い捨てのやや強度の弱い布が常備されていて、以前にいくらか貰って隣の部屋に置いておいたものを使ってなんとか処置し終えた。次に痛み止めの白柳の根を煎じるのに――老師の部屋にも小さな炉やら小鍋やらがあったのだが、手っ取り早く火を貰うためにやはり隣の医局に頼み込んで、水で薄めた葡萄酒を入れた小鍋でそれを煮込む。


 出来上がった痛み止めを飲み下し、消費した布や薬の補充をしたうえでようやっと部屋を後にしたのだが、正直言ってこの痛み止めも気休めに過ぎない。やはり会場内を常にくまなく動き回るのは少々きつい。せめてやや高台で会場の様子を一望できれば。

 そうやって会場の様子を窺うのに適した場所を、ようやく探し当てた――もっともどうやら同じ思考回路の人物がいたようで、既に先客として窓際の脇に隠れるように、彼が佇んでいたのだが。

「あ、」

「……」

 アルデアと顔を合わせても微妙だが、こちらはまた別に妙に気まずい感じがした。総帥と同じ顔の、今日は絶対に表には出たがらないだろうと噂されていた人物――アークス卿が、その青緑色の瞳でこちらを見たところだった。

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