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冬の終わり(1)

「おぉ、やってるな諸君」

 マグナム卿の、緊張感のあるのかないのかわからない呼びかけにもだいぶ慣れてきた。そしてともに稽古場に現れたのは総帥――最近多い状況だ。

「最近、よくいらっしゃいますね。何故なんでしょう」

 メリサが思わず口に出してしまうと、マグナム卿は少しだけ目を見開いて頷いた。

「ああ、この時期は無理やりにでも引き摺ってくるようにしているんだ――ところで、何でわかった?」

「はい?」

「『最近来てるほう』だってこと」

「え……あ、すみません!!」

 しまった、うっかり『区別して』しまっていたようだ。同じように接さなくては、意味がないのに。

「まあ、俺にはいいけどな。外向けには気をつけてくれ。――で、何でだ?」

「え……『あちら』はわりと、無口だけどやる気満々で挑んでらっしゃるんですが、『こちら』はなんだか嫌々そうにしている気がして」

「ああ、その理由だったらこの時期はどっちも同じ反応だぞ。ただ、『あっち』のほうが殊更嫌がって出ないだけで」

「そうなんですか?」


「二月の御前試合には、『あっち』は死んでも出たがらんからな」

「え?」

 意味がわからない、という顔をしていると、マグナム卿は怪訝そうな顔で見つめ返してくる。

「聞かされてないのか? 二月のは、俺らがメインだからな。新年はお前らの晴れ舞台だったわけだけど」

 そういえばそういう構成だったはず。メリサら新参の騎士は、会場の警備を手伝うことになるだろうとか、アルデアも言っていたが――

「遠慮していらっしゃる、のですか? 今回は」

「まあ、俺でもお断りだろうけどな。誰が他の奴のための黄色い声を浴びて面白いかよって話」

「??」

 何だか、聞けば聞くほど状況がわからなくなっていくようだが、どういう意味だろう。二月の御前試合については……農繁期前の最後の大きな催しのため、来賓もかなり多いとは聞いている。父王からもティグリス卿からも、それ以上のことは聞いていない。そういえば父には「――まぁ、お前の気にすることではない」とか、さらっと話題を切り替えてしまわれたこともあった気がするが。


 そんなメリサの困惑をよそに、マグナム卿は妙に爽やかな笑顔で尋ねてくる。

「もちろん、お前の親族も来るんだろ? いやー気になるんだよな、エリモスのお嬢さん方はヴェールで顔が見えないから、余計に」

「は……い?」

「グラシエスも美人が多いとか、噂には聞いているんだが。あっちはあっちの慣習でなかなか連れてくるのが難しいらしいしな」

「……」

「うちは親父がうるさくてなー、遊牧生活に慣れそうにない嫁だといかんとか、そう言われると選択肢がやたら狭まるんだが。コルポスは環境が良すぎて多分、いちばん合わん。まだエリモスのほうが可能性がありそうでな」

 何故そういう話題になるのだろう……マグナム卿はそういう会話も軽く口にのぼらせる人柄ではあるが、それにしても今回は踏み込み過ぎではないのか。

「ま、でもあいつのほうが先だ。いい歳して独身で済まそうとか、周りが許しちゃおかん状況だからな――その相手を見定めるための、お膳立てなんだからな。二月の催し物は」


 ……大人の事情って、理解はできても納得できない。

 そんな感傷に浸りながら、会議の間への召集を受け、宮殿の回廊を突き進むことしばし。

「どうかした? メリサ」

 一緒に呼ばれたアルデアの呼びかけも耳を通り過ぎるくらい、脳が疲労しているような感じだ。

「……ああ、いや、別に。ところで、会議の間は私は初めてなんだが、どんな感じになるんだ?」

「うん、原則、各国の王か後継者候補しか入れない。会議の内容は機密事項も多いから、初回は黙って見ていればいいよ」

 そうだ、自分は父の代理ということになるわけだから、気は抜けない。だがアルデアも似たような境遇だ、彼に倣って様子を窺いながら、自らがどう動くべきか見定めるべきだろう。

 通された広間には、放射状の紋様が施された、木製の巨大な円卓が設置されていた。上座には以前も見かけた、蒼い輝きを放つ『戦神の槍』が立てかけられている。


 他に来ているのは、ヴノのグレモス卿と、やはりどこか緊張気味のネブラと、その傍にかなり年配の壮年の男性がいた。比較的目をひく象牙色の髪。確か新年にも見かけた気がするが――

「あの御方は、確か」

「ヴノのネフェロディス王だね。珍しいね、あまり年配の方は来ないことも多いんだが――ご子息が若いから、念のためって感じかもね」

 小声でアルデアと部屋の様子を確認していると、そのうちにマグナム卿に連れられたパルウ――こちらも目線をきょろきょろと彷徨わせて、落ち着かない様子だ――と、相変わらず硬質の雰囲気を放つルトゥーム卿もやってきた。

「だいたいいつも、こんな感じなのか」

「うん――他はタルパ長老とか、あとティグリス卿や僕の叔父上みたいに大きめの属領を任されている方も時々来るよ。でも、今日は来ていないみたいだね」


 どこに座るべきかわからなかったのだが、上座の二席を空けてその右側にマグナム卿が、続いてパルウが座った。左側にはネフェロディス王、ネブラ、グレモス卿と続く。

「たぶんこっちでいいと思うんだけど」

 アルデアに連れられ、グレモス卿の隣に彼が、その隣にメリサが座ることになった。反対側の隣にルトゥーム卿が座り、パルウに繋がって席が一つの円環を成す。

「おお、サヴラ王の倅か。道理で小さくなったと思った」

 この場で最年長のヴノの王に声をかけられ、メリサは軽く頭を下げた。配置からして薄々予想はできていたが、自分とアルデアが上座からいちばん遠い。そのまま国の関係の縮図になっているようだ。

 最後に総帥がやってきて、マグナム卿の隣に座る。最後に残った、『戦神の槍』を挟んだもう一つの上座の席が空席のまま、総帥が口を開いた。

「今年初めての会議ということで、知らぬ者もいるだろうから、まずは紹介しておきたいのだが」

 総帥が目を向けた方向から、彼がやって来た。総帥と全く同じ、灰色の髪と青緑の瞳の青年。違うところといえば、羽織っているマントの刺繍が僅かに控えめに感じる程度か。パルウとネブラが目を丸くして、彼を凝視しているのがメリサからも見える。


「私の双子の弟の、アークス・アリステラ=ヒェリ・カエシウスだ。諸事情あって時折私の『影』を務めてもらっている。基本的にこの席に来る者にしか紹介していないから、くれぐれも他言は無用ということで、お願いしたい」

 最後の空席に彼が座ると、パルウが何か言いたそうにマグナム卿のほうを見ていた。

「ああ、お前ガキの頃に会ってるぞ。忘れてたかもしれんが」

「忘れてない! でもリヴァディでも死んだってことにされてて!! 葬式やってお袋も姉貴達も泣いてたし!!」

「……そんな事になっていたのか。それは済まなかったな」

 遠慮がちに彼――アークスが喋ると、パルウの興奮も少しおさまったようだった。そのアークスの横のネフェロディス王が、ネブラに向かってポツリと呟く。

「指輪をよく見ておれば、お主もわかったかもしれんのだがな。聞いたぞ、サヴラ王の倅のほうが先に気づいたと」

「え……!!」

 ネブラが藤色の瞳を見開いて硬直している。隣のアルデアも、驚いた様子でメリサに顔を向けた。なんだか気まずくて思わず俯いてしまう。


「ぬしの父御も頭の出来はともかく、無駄に勘のいいところがあったからな。案外に侮れぬ獅子に育つやもな」

「……恐縮に、ございます」

 以前から彼と出会っていたからだとか、少しばかり有利な状況だっただけなのに。過大評価されても困りものだ。

「それはそれとして、今回の会議の内容ですが」

 相変わらずマイペースのルトゥーム卿の言葉が響く。

「先日不審な曲者が出たこともありまして、次の二月の御前試合は警備の強化が必要だと思われます。何しろ来賓が多いうえに、この時は総帥ご本人が必ず一度は試合に出ますので、この間だけでも集中強化すべきかと」

「曲者の身元は割れなかったのか?」

 アークスと同じくらい無口なグレモス卿が問い質すと、ルトゥーム卿の代わりにマグナム卿が答えた。

「残念ながら。身に着けていたものはほとんどコルポス製で、喋っていたのもデュシィ語で。どこの訛りとも思えなかったしな」

 デュシィ語はカルディヤ海沿岸部の公用語で、商取引における基本言語でもある。それでは確かに、特定するのは難しい。


「顔立ちは若干、南部のように思えましたし、毒は植物毒のようでしたので、どちらかというと南部のほうが入手しやすいとは思いますが。それだけでソフォステラやエリモスに限定する根拠もありませんし」

 自分の国を疑惑に含めて平然と語るルトゥーム卿の言葉もなかなか、冴え冴えと響き渡るものだが。続くネフェロディス王の言葉もかなり辛辣だった。

「ふむ。我々の国のうちのどれかに限ることもなし、コルポス国内の――という可能性も高いのではないかの、特にあの”魚の群れ”ども、なぞ」

 『魚の群れ』という言葉に一瞬疑問を覚えてしまったが、メリサは該当する紋章を思い浮かべてその心当たりに行きついた。コルポス西部の属領、フレトゥム地方。コルポスの守護神ヴェルテクスの父神にあたる海神スクァーマの信仰が強く、その加護を受けた豊漁の象徴とされる『魚群プサリ』を旗印とする地域だ。

 海を挟んで比較的エリモスとの――正確にはティグリス卿の治める属領オリナとの――交流も多い。南渡りのものを入手するのも容易だろう。ついでにティグリス卿から聞いた話では、海に接する面が多いせいか妙に独立心が高く、コルポスの支配下にありながらも反コルポスの気配も時折窺えるとのこと。


 同じ属領であっても、環境がエリモス以上に厳しくエリモスの援助がないとやっていけないオリナに比べ、海産物の豊富さ、航海技術の高さがその自尊心を支えているのだろう。なかなか心臓に悪い話だ、メリサの立場に置き換えてみれば、ティグリス卿を疑えと言われているのに等しい。

「まあ……相変わらず、私達を認めていないようにも思えますしね。”父知れずの野犬”だとか」

 総帥のどこか諦めがかった態度もやるせない。『セイリオスの化身』は尊称、『コルポスの灰色狼』は敵味方どちらにも通用するのに対し、それは完全な蔑称だ。フレトゥム地方の領主は旧コルポス王家とは縁戚にあたるはずだからか、尚更その血筋の不明瞭さが問題視されているのかもしれない。

「そこをうまく宥めるのにだな、政略結婚というものがあるわけで――」

 ネフェロディス王の諭すような物言いに、同じ顔をした二人が揃って嫌そうな顔で沈黙した。

「うん、アークスの存在を公表して、継承権を彼の子供に譲ると宣言して、そちらから妃をお迎えすれば、万事問題ない」

「無茶苦茶を言うな! お前でいいだろうが、何でミナスの予言を無視してまで、俺を晒し物にする必要がある」

「え……?」


 ミナスの予言。隠された双子の弟君の存在。怪訝な顔を察知されたようで、マグナム卿が言い添えた。

「ああ、僭王討伐の際に、ミナス神殿から神託が降りたんだ。『近隣の国もろとも平和の礎を築くまで、片割れを秘せよ』とかそんな感じの」

「だからもう平和になったんじゃないかと思うんだけどなー」

「お前が身を固めるほうが先だ!!」

 普段の穏やかさはどこへやら、やたら投げやりな総帥の態度と、歯に衣着せぬ容赦ないアークスの物言いに、呆れた最年長者が呟いた。

「ま、とりあえずは二月の催し物の状況次第かの。多少危険だろうが問題なかろう、この二人、一人減ったところで大して変わらんからの」

 そこまで言い切るのもどうかと思ったが、一理あるかもしれない、とメリサは思ってしまった。

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