奇々貝々
星屑による星屑みたいな童話です。
よろしければお読みいただけるとうれしいです。
ひだまり童話館 第17回企画「開館4周年記念祭」参加作品。
お題は「4の話」。
アニメ「まんが日本昔ばなし」風に声を出してお読みいただけると、より一層楽しめるかもしれません……。
むかーしむかしのそのむかし。
あるところに、人々から「ナロウ海」と呼ばれるそれはそれは大きな海がありました。
その海はあまりに大きかったので、その深さも大したものでした。
多くの命知らずな人々が勇ましく飛び込んでみるものの、いつの間にやら大海の荒波に飲み込まれてしまい、そのまま行方不明となったり帰らぬ人となってしまったりすることも、一度や二度ではありません。
そんな恐ろしいナロウ海の、深い底辺のそのまた底辺に、「浅利四太郎」という名前の、一体の「あさり貝」が住んでいました。
――なぜそんな名前なの?
不思議に思う人もいるかもしれません。
それは、彼がナロウ海に住むあさり貝一族のひとりで、二百五十四人兄弟の四番目だったからなのでした。
ある日、そんなナロウ海の底辺で、砂に潜っては周りの砂を荒々しく吐きだすというのを繰り返すばかりの四太郎に向かって、四太郎の三十八番目の弟、三十八太郎が言いました。
「おい、兄者! どうして兄者はいつもこんな暗くて深い場所でくすぶっておるんじゃ。しかも、いつも右ばかり向いとるし……。たまには前向きになってみたらどうなんじゃ」
「ほっといてくれ、三十八太郎。わしゃあ、わしの好きなように右向きに生きるんじゃ」
「なんだか最近、言ってることも爺くさくなってきとる気もするぞ」
「うるさいわい。そんな年寄りみたいなことばかり言うお前にだけには言われとうは無い!」
そこへやって来たのは、三十八太郎のさらに弟の百九十七太郎でした。
「おお、四の兄者! 相も変わらず、ふぬけた面をしておるのう……。いつもいつも、そんな殻に籠ってばかりいるからダメなんじゃ」
「だまっとれ、百九十七太郎! しかし、ふぬけた面なんてよく言えるな。お前だって、わしと同じ顔をしとるじゃろうが! それに、二枚貝なんだから殻に籠るのは当たり前じゃ」
そんな、後ろ向きで暇さえあれば右ばかりを向いているあさりの四太郎が弟二人と兄弟喧嘩をしている最中のことでした。
ともにナロウ海の深い底辺に暮らす、四太郎の親友の「鈴巻綸ノ介」が、そこを通りかかったのです。
綸ノ介は、「つぶ」という種類の巻貝で、いつも自分より大きく、人間がその殻で優雅な音を鳴らすこともあるという立派な「法螺貝」になることを夢見ながら、泥ばかりで光も届かない暗い海の底辺で暮らす貝でした。
「どうしたんだい、四太郎たち。どいつもこいつも、まぬけな顔をして……。まさか、『二枚目ならぬ二枚貝』とか、そんな話をしてるんじゃあるまいな?」
「底辺で一番まぬけ面してる、お前にだけは言われたくない!」
あさり貝の兄弟が、声を揃えて言いました。
こうして、あさり貝の三体と、巻貝一体の喧嘩が始まったのです。
お互いが底辺の砂を巻き上げては相手目がけて吐き出すという、大あばれぶり。おかげで辺りは砂と泥が巻き上がり、何も見えなくなってしまう始末です。さすがに最後は「わしたち何やっとるんじゃろう」と言って、三十八太郎と百九十七太郎はどこかへ行ってしまいました。
「なあ、四太郎。お前の夢は何だ?」
息のあがった綸ノ介が、貝殻を横にして地べたに寝っ転がりながら訊きました。
同じく、砂を吐き出すのに力を使い尽くしてしまった四太郎。砂で何も見えなくなった海の底で、横になりながら答えます。
「いきなり、何を言っとるんじゃ……。まあ、いい。わしの夢はな、この深くて暗い海の底から、日の当たる海の水面へと出て行って活躍することなんじゃ」
「日の当たる場所? オイラは底辺の生活も悪くないと思ってるけどな……。でも、どうやって水面の方に上がる? 何か手があるのか」
「いや、それが分からないんじゃ。砂が舞い上がったときの底辺みたいに、今のわしには何も見えておらん」
「そうか……」
二体の貝がそんなとりとめもない話をしているところに、綸ノ介の憧れである一体の法螺貝が通りかかります。
「あら、四太郎と綸ノ介じゃない。ふたりとも、ひまそうなこと……。昼間からそんな砂の上で並んで寝そべって、何をしてるの?」
それは四太郎と綸ノ介の幼なじみで、貝の子ども仲間の中でも昔からひときわ体の大きかった法螺貝むき美でした。憧れの法螺貝さんが来たので綸ノ介はおどろいて跳び上がり、赤い顔をしてもじもじと下を向いてしまいました。
四太郎は、水を吐き出す管をとがらせて答えます。
「ふん、なんだっていいじゃろ」
「また、すぐにとんがるんだから……。ところで四太郎は、相変わらず右向きの平べったい顔なのね。少しは前向きになれないものかしら?」
「うるさいなあ、わしのことはほっといてくれ……ていうか、二枚貝なんだから平べったい顔なのは仕方ないんじゃ」
「あら、そうだったわね……。でも、その『夢』とやらに向かって動いてみたらどうなのよ。一度、裸一貫にでもなってさ」
「なんだお前、わしらの話を聞いておったんじゃな……。裸一貫なんて簡単に言うが、わしは二枚貝なんじゃ。裸一貫なんて、この殻を脱いで『むき身』にでもならなければ無理じゃろうが」
「フン……どうせアンタなんか、その殻を脱ぐ勇気も無ければ、どんな強い奴にだって砂を吐いて撒き散らすこともできないような、そんな弱虫――いえ、弱貝じゃない!」
「弱貝って初めて聞いたんじゃけど……。わかった、そこまで言うならやってやろう!」
そう言うと、四太郎はいきなり自分の殻をバキバキと割り始めました。
「そんなことしたら、ただのしょっぱい『貝のむき身』になっちゃうぞ!」
という綸ノ介の言葉など聞かず、四太郎がついにすべての殻を脱いでしまいました。
本当は、生身の真っ白い体がたっぷり塩を含んだ海の水にさらされてヒリヒリが止まらない四太郎でしたが、思いっきり強がった顔をして、こう叫びます。
「どうだ、むき美! わしだってやるときはやるんじゃ。まいったか!」
「そ、そうね……。そのくらいの根性があれば何事も大丈夫だと思うわ。これからは同じ『むきみ』同士、がんばりましょう」
と、そのときでした。
海底の暗がりに人間の漁師が魚を獲る『網』が降りて来て、体の大きな『法螺貝むき美』を捕らえ、そのまま海の上に引揚げようとしているではありませんか。
「助けて、四太郎!」
むき美の悲鳴が、海の底に響きます。
底辺に住む者たちがどうしたらいいのかわからず右往左往しているとき、綸ノ介が叫びました。
「みんな逃げろ、地引網だ! 魚も貝も、根こそぎ人間に持っていかれてしまうぞ!」
海の底は大さわぎになってしまいました。
貝たちは急いで砂に潜り、魚たちは必死に泳いで逃げていきます。
一方、網が引揚げられ、ますます上へと持ち上げられていく、むき美。
「むきみはむきみでも、塩味の付いたあさりの方が美味しくてよー」
「……」
ちょっと妙な気持ちにはなりましたが、四太郎はむき美を助けたいと思いました。でも今の彼は、一介のただの『むき身』です。彼女を助ける力など――。
そう思っていた矢先、綸ノ介がまた大きな声を出しました。
「何をやってるんだ、四太郎! むき美がお前を呼んでいるじゃないか。悔しいけれど、体の重いオイラには無理だ。だが今の身軽なお前なら、そのありのままの姿で海を昇ってむき美を助けられるはず……。お前なら、きっとできる!」
それを聞いた、四太郎。
心が決まったのでしょう――こっくりと一度頷いたあと、むき身という身軽さを生かし、海の中をお天道様の照らす明るい方向に向かって昇っていきました。やがて、網の所まで追いつき、その網を柔らかいむき身の体で突き破って、むき美を助け出したのです。
ですが、その体は網を破るのに傷だらけになってしまいました。
息も絶え絶えで底辺に戻ってきた四太郎ですが、何かをやり遂げたという達成感で、心は一杯でした。
「やったな、四太郎! やっぱりお前ならできると思ったよ」
綸ノ介がやって来て、ぐったりとした四太郎を抱え上げます。
照れながらも、四太郎は言い返しました。
「ふん……こんなことぐらい、わしなら貝殻があっても普通にできるわい」
すると、今度はむき美が顔を赤くして、もじもじしながら言いました。
「やればできるじゃない、四太郎……。さすが、私が見込んだ貝なだけはあるわね」
「え!? 何だって?」
「いえ、何でもないわ……って、ちょっと四太郎! あなた、そのむき身の体に羽が生えて来てるわよ」
「ええ!?」
おどろいて、自分の傷だらけの白い体を見渡した、四太郎。
すると確かに、四太郎のむき身の体から新しい小さな貝殻のようなものが生えて来ていて、それがまるで左右の羽根のように見えました。
「面白いもんじゃ。殻を脱ぎ捨てたら、羽根が生えてきた。わしは、生まれ変わったのかもしれん」
「ええ、その通りよ」
「ああ、そうだな」
今なら、明るい水面だろうが広い空だろうが、どこにでも飛んでいける――。
四太郎は、今までに見せたことのない明るい笑顔を振りまいて、そう思ったのでした。
<おわり>
お読みいただき、ありがとうございました。
イラストは、絵手紙として「よんさん」より頂きました。このお話は、そのイラストから想像を膨らまして書かせていただいた作品です。
そして、ひだまり童話館も開館4周年。
これからもほっこりのんびりとやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
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