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74 侯爵になったので内政しよう

 ミアの頭で右腕がしびれているけど、そのまま耐えるのが男というものだろうか。

 

 ミアは安心しきったようにオレの胸の中で寝ていた。


 フハハハ、これが痺れてるってやつか。


 ぷるぷるしてる腕の感触に耐えながら、することもないのでミアの顔をじっくり見てみる。

 ふふふ、寝てると長いまつ毛が目立つな。

 

 すうすうと可愛く寝息を立てているミアを見ていると、キスしたくなるが、ミアも疲れているだろうからな。


 ゆっくりと腕を抜いて、ミアの頭をそっとベッドに下ろす。


 立ち上がり、水差しとポットを手に取る。

 水を注いで、ポットを加熱。


 レベルの下がったオレの魔力でも二人分の紅茶ぐらい沸かせるからな。


 ミアが起きたら、二人でゆっくり紅茶でも飲むとしようか。


 机にはミアがしたためた侯爵家の人事が書き留めてあった。


 いつの間に用意したんだよ。

 

 どれどれ……


≪侯爵  :リク・ハヤマ

 内政担当:ミア・グラフ(兼奥さん)

 騎士団長:ヘルガ・ロート

 副団長 :トーマス・ミュラー

 密偵  :プロジア・ジュノー≫


 内政担当がミアなのは当然として、必要もないのに兼奥さんって書いてやがるな。

 フハハハ、可愛い奴だな。

 

 ヘルガも奥さんなのだが、あえて自分だけ書くのも可愛くていいな。


「あ、私の機密事項見ましたね」


 いつの間にかミアが起きていたらしい。


「ふふふ、内政担当の奥さんは既に人事まで考えてるんだな」

「ええ。

 これから、二人でグラフ領を治めていくわけですから」


 ミアはオレを見つめると、照れたように笑った。


「紅茶でも飲むか」

「はい」


 オレが用意して、ミアについであげる。

 それを飲みながら、ミアは細かい人事を書き留めていった。


 正直、グラフ領のことはわからんからな。


 一生懸命書いているミアを応援したくなった。

 後ろから抱きしめる。


「頑張れ」

「ちょ、ちょっとドキドキしますってば」


 照れた顔が可愛くて、キスだけしようとしていたが……ついキスをしてしまった。


「……ん……」


 ★☆


 今日は、民衆へお披露目の日だ。

 ウエディングドレスを着たミアがオレに冠を授けてくれるという段取り。


 本来、婚姻については王族や周辺の貴族を招待して盛大に行うのだが、周辺の貴族との関係が最悪なので、とりあえず領民へ顔見せをということになった。


 ちなみに、王宮へはグラフ侯爵の引退と、オレとミアの婚姻、オレの侯爵就任の返事はない。

 要は王宮もオレたちの味方ではないってことだ。


「それでもやるんだよね?」


 ヘルガが、心配そうに見つめる。


「ああ。

 領民からすれば、勝手に侯爵が変わったことになる。

 奴隷解放の周知もオレの口から行いたいし、顔見せしないとな。

 頼むよ、騎士団長」

「……騎士団長って柄じゃないけどね。

 傭兵団とか、軍とかはやったことあるんだけど」


 ただ、相変わらずヘルガの服装は元のままだ。

 自分で縫ったという赤装束がヘルガのお気に入りの戦闘服だ。


「副団長のトーマスはどうだ?」

「あの人、実はかなりの腕なの。

 細かい仕事をやってくれて助かってるよ」


 噂をすれば、トーマスが歩いて来た。


「お、侯爵様。

 本日もご機嫌うるわしく……」


 恭しくトーマスは挨拶をした。


「現金な奴だな、オレにそんな堅苦しい挨拶してないだろ」

「いやあ、侯爵様のご機嫌取っとかないと、クビにされたら困るんですから……。

 いや、ホントクーデター成功しないと私、クビでしたからね。

 リク様には感謝してますよ」


 トーマスが傷ついた小鳥をミアに渡してくれたことで、オレがミアが囚われていることを知ることができたんだ。


「フフフ、この城でミアの味方はお前しかいなかったのかもしれないな。

 ローゼンクランツとかミアのファンもいたけど、ミアの話をきいてくれたのはトーマスだけだよ」

「……ありがたいお言葉です。

 ミア様の夫があなたで良かった」


 おっと、トーマスが珍しく真面目な顔をしてるな。


「幸せにするよ。

じゃあ、そろそろ行くか」

「うん。

 ……リクはミア様をとっても大事にしてるんだね」


 ヘルガは嬉しそうだった。


「ヘルガのことだって大事にしてるだろ?」

「うん……だから、ミア様とも仲良くできそうだよ」


 ヘルガは最近、前よりも感情を表に出すようになった。

 そして、めったなことでは魔族化もしない。

 

 感情が安定してきたってことかな。


 笑顔が増えていることがオレは嬉しい。


「行こう、リク」

「ああ」


 ――侯爵家の屋敷の2階のバルコニーからは町の大広場が見渡せる。

 そこで、ミアが待っていた。


「先に私が説明してきます、手招きしたら来てくださいね」


 ミアがバルコニーに出ると、大歓声が巻き起こった。


 ミアは大人気だな。

 日ごろから、領民との良い関係を構築してるんだろう。


 ミアはグラフ侯爵が高齢で引退したこと、ミアがオレと結婚すること、そして、オレが侯爵になることを伝えた。


 領民たちはざわついていた。

 まったく聞いたこともない奴が、領主になるんだからな。


 ミアがオレに手招きをした。

 できるだけ、真摯に話すとするか。

 ミアの側に行き、領民を見渡した。


「……ミアと結婚することになった、リク・ハヤマだ。

 嘘はつきたくない、どうしてオレが侯爵になることになったか、話をしたい」


 ざわついていた領民たちはオレの話を聞こうと静かになった。


「奴隷制度が嫌いだった。

 獣人だって生きてるんだ、だからつい助けてしまった。

 そしたら、奴隷商を営むザイフリート商会に狙われた。

 だから、潰した」


 領民は動揺していた。

 ザイフリート商会は、前グラフ侯爵御用達の商会だったから。

 

「奴隷制度をなくしたい。

 そう思ったから、侯爵になった。

 一言言っておくけど、グラフ侯爵は死んでなんかいない。

 ミアからお願いして、引退してもらったんだ」


 領民はほっとしたようだ。

 グラフ侯爵は人気があったみたいだな。


「オレは、ずっと武闘家をしてたから政治なんか知らない。

 政治はミアや他のみんながなんとかしてくれるだろう。

 ミアはみんなも知っている通り優秀だから、何とかやってくれると思う」


 うなずいている領民も多かった。

 「ミア様―」と叫んでいる若い男もいたな。


「だから、オレのわがままを聞いて欲しい。

 獣人奴隷は、グラフ領からなくす。

 今この時から、奴隷を解放したい」


 奴隷たちは、歓喜の声をあげていた。


「……オレが侯爵になってしたいことはそれくらいだ。

 後は、みんなと相談して決める。

 それでも良ければ、オレを侯爵として認めてくれないだろうか」


 奴隷たちが熱狂的に手を叩いた。

 それが少しずつ伝播していき、大きな拍手の渦となった。


「この拍手によって、リク・ハヤマが領主になることを領民が認めた証として、冠を授けます」


 オレはミアにかしずいて、戴冠を待つ。


 どこかから矢が飛んできた。


 ふふん、そんなもの見てからかわせる。


 ブスブスブス。


 脳天と、胸に衝撃を感じ、オレは膝から崩れ落ちた。


「「リク様‼」」


 みながオレに駆け寄ってきた。


「……伏せろ」


 突っ伏したまま、そういうのが精いっぱいだった。

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