72 最後の仕事
グラフ領にあるすべての街の町長たちにミアが話をつけたようで、部屋に戻ってきた。
「さて、お父様に引退を突きつけるとしましょうか」
ミアはやる気満々だ。
「最初はオレに話させてくれ。
侯爵の大事な娘をもらうんだからな」
「わかりました。
私はリク様についていきます」
ミアはぴとっとくっついて来た。
「じゃあ、行くぞ」
領主の間の重厚な扉を押し開けた。
「誰だ」
「リク・ハヤマ。
ミアをもらいに来た」
侯爵は驚いていた。
「馬鹿な! 侵入を許しただと?
ローゼンクランツ達は何をしている!」
「リク様が倒してしまいました。
だって襲い掛かってきましたから」
ミアはオレの肩越しにぴょこんと顔を出した。
「ミア……バカ者が。
魔族なんかにほだされおって……そいつがリク・ハヤマか」
「ええ。
ジークムント家には婚約破棄の手紙をすでに送りました」
「……オレは魔族じゃない。
でもきっと信じてくれないだろうな」
オレは自嘲気味に笑った。
「報告は受けておる。
ゴブリン100体をあっという間に倒したとかいう……フン。
化け物じみた強さだというが」
侯爵はオレの身体をじろりと見まわした。
「ザイフリート商会を武力で潰し、ヴァイスブルグ侯爵家のハンスを倒し、アルダーソン公爵家のブライアンを捕らえた……おい、教えてくれ。
魔族でなければなぜこんなことが出来るのだ?
神を恐れぬ所業、お主は悪魔か魔族それ以外には考えられぬ!」
侯爵は立ち上がり、饒舌に話し出した。
「お主がしたことは大罪だ。
そして、ミアもそれを助長した。
……魔族でなければなんなのだ。
魔族でないただの人間ならば……そなたとミアごとき処分できないグラフ侯爵家は家督とり潰しにあってしまう」
侯爵はつとめて冷静に話をした。
「お主がクビをくれるなら、魔族でないと辺りに触れ回り、噂を訂正してやろう。
ただし、お前が生きているということは、魔族であるということだ。
いや、魔族でなければならんのだ」
なるほど、オレが魔族であった方が侯爵は保身が出来ると言うことか。
人間であるならば、自分の領内で起きたことにすら対処できない侯爵は領主失格の烙印を押されてしまうだろう。
「……教えてくれ、リク・ハヤマ。
どうしてザイフリートを潰した?
ハンスを潰し、ブライアンを捕らえたのはなぜか。
お前のせいで、グラフ領は戦争に巻き込まれかねないんだぞ!」
グラフ侯爵からしたら、オレは治世に対する反逆者にみえることだろう。
何一つ問題のない治世に対して、頭のおかしい奴が反抗してきた。
侯爵はそう思っているんだろう。
「アンタの領地は、だれかの犠牲の上に成り立っている。
奴隷制度は反対だ、なぜ獣人たちの自由を奪うんだ。
ハンスのことだってそうだ、くだらん貴族のメンツのためにどうしてヘルガが犠牲になるんだ。
ミアのことだってそうだ。
オレがミアを手ばなしたところで、ミアは幸せになどなれない」
侯爵は激昂し、叫んだ。
「お前にミアの何がわかる!
大切な一人娘なんだ、治世者として、どこに出しても恥ずかしくないよう育ててきたつもりだ。
そんな大切な娘を素性もわからん奴にやれるか!」
「……侯爵がミアを大切に思ってることが知れてよかったよ」
「何だと?」
侯爵の気持ちを知ることが出来て少し嬉しい気持ちになった。
「ミアは優秀だ。
それこそ、領主も務まると思う。
政治の表舞台に出して、活躍できるはずだ。
そしてたまには、冒険の旅に出るのを許してあげてやって欲しい。
ミアは好奇心が強いから、新しい場所へ行くのが好きなんだと思う」
「……リク様?」
ミアがオレに寄り添って来た。
「なあ、お父さん。
ミアの話を聞いてくれ。
何がしたいのか、何が好きなのか。
アンタは、結局それが出来てないんだよ。
それが出来ないって言うんだったら……アンタが持ってるものすべてもらうぞ」
これは冗談なんかじゃない。
ミアの邪魔をするなら父親のアンタだって排除する。
「……ミアは他家に嫁に行く。
控えめに夫を立てて、城の奥に控えていればいい。
冒険者になるなんて、認めるわけにはいかない。
自ら危険に飛び込むようなもんだからな」
「もう一度聞く、改める気はないな?」
「これが私の生き方だ。
今更変えられん」
ミアの手招きで各街の町長たちが入ってきた。
「ほう……お前たち裏切ったな?」
「「まさか、そのようなことは……」」
町長たちは一瞬で額に冷や汗を浮かべた。
さすが、侯爵。
勘がいいな。
「この書類にお父様のサインを頂くことが、お父様の侯爵としての最後の仕事です」
グラフ侯爵は眼を細めたように見えた。
「……町長たちのサインはそろっているか?
ミア、お前たちの記入箇所にもれなどないであろうな?」
「フフ、不足ありません」
「……書類を貸せ」
侯爵はミアが受け渡した書類を丹念にチェックし終わると、机に戻りすらすらと署名した。
「ふん。
ミアがここまで段取りが出来るのであれば、私だって素直に引退しようというものだ。
引退し、すべての権限をミアに譲る」
「お父様……」
眼を細めた侯爵は笑っていたのだろうか。
「いいか、ミア。
娘の婚約者に侯爵家を望んだのは、ひとえにお前の後ろ盾になってほしかったからだ。
ただの平民を夫としたということは、一つコネクションを失ったことになる。
頼るべきものがなくても、自分たちの力でグラフ領を守らねばならん」
侯爵は椅子から立ち上がり、オレにこう言った。
「リク・ハヤマ!
この椅子、軽くはないぞ。
ミアという最高の伴侶を得たのにグラフ家を没落させてみろ、すべてお前のせいだ」
「……わかっていますよ、侯爵様」
オレが敬語を使ったので、みながざわめいた。
「「リク様が敬語を使った!」」
「あのな、オレだって敬語くらいしってるってば」
知ってても使わなかっただけだ。
「ふん、お父様。
感謝しやがれ、オレが敬語を使うのは珍しいんだからな」
「ククク、これからの統治、お手並み拝見ってとこだな。
婿殿」
グラフ侯爵、いや元侯爵はスタスタと城門へ向かって歩いて行った。
「ヘルガ、元侯爵を別荘まで護衛してくれ」
「わかった」
元侯爵には、侯爵家が避暑地として使っていた南にある別荘にしばらく住んでもらう予定だ。
さて、後は……
「プロジア、王家にこの書類を届けてきて」
ミアがプロジアに命じた。
「え?……俺でいいんですか?」
重要な書類を任せられるのは、部下として名誉なことだ。
「トーマスには屋敷内の取り仕切りを手伝ってもらわないとね……。
私の信じられる部下なんて、ほんの少ししかいない。
それとも、傭兵あがりのあなたにとってはつまらない業務かしら?」
「いえ、名誉なことです。
必ず届けて見せます!」
プロジアは脱兎のごとく駆け出した。
ふふふ、嬉しかったんだろうな。
ミアはホントに男を手玉に取るのが上手いよな。
フフ、頼もしい嫁をもらったものだ。
グラフ侯爵……いや、元侯爵の言う通り、ミアを嫁にもらったからには領地経営で失敗など許されないな。
「頼りにしてるぞ、ミア」
「はい!」
ミアは元気いっぱい笑っていた。




