70 殴りこみinグラフ侯爵家
漆黒の燕尾服と白いネクタイ。
コリンナによって着替えさせられた。
「これ、前着た服と違うんだけど……」
「ヘルガ様のために作った服を着ていると、ミア様がお怒りになるかもしれませんからね」
コリンナはささっとネクタイを結んでくれた。
「よく結べるな……オレはあまりネクタイ結ばないから」
「いいんですよ?
リク様のネクタイを、結ぶのはずっと私の仕事なんですから」
コリンナは準備の出来たオレを見てうっとりしていた。
「ふふ、やっぱり私のご主人様はかっこいいですね」
コリンナはトン、とオレの胸元に頭を置いた。
「ご武運をお祈りしています」
「まかせろ」
胸元でしゃべるコリンナの息遣いにぞくぞくしてしまった。
「ふふ、可愛いですね」
そう言うと、コリンナはオレに抱き着いて来た。
コリンナの狐耳がオレの顔に当たる。
「くすぐったいんだが」
「フワフワですよ?」
コリンナは耳をオレに見せてきた。
獣人の耳は敏感だから、親しいものにしか見せないと聞くが。
せっかくだから、コリンナの耳に触れた。
「ふみゃあ!」
コリンナは力なくオレにしなだれかかった。
「ふみゃ……」
コリンナの眼はトロンとしていて、たまらずオレは唇を奪った。
「……んん……」
オレがコリンナのメイド服のボタンに手をかけたその時……
「リク様、私の花嫁姿ですよー」
扉がバアンと開いて、ミアが入ってきた。
「はむはむ」
「ふみゃみゃ」
「ちょっと何やってるんですか!
今日は私のお父様に挨拶に行く日ですよ!」
確かにそのとおりだが……燃え上がると止め方がわからないな。
オレはきつくコリンナを抱きしめた。
「ふみゃあああああ!」
ぐったりしたコリンナを残しオレたちはグラフ侯爵の屋敷へ出発した。
★☆
純白のウエディングドレスを着たミアと二人きりで馬車に乗った。
オレたちが二人で乗っているから、もう一方の馬車はぎゅうぎゅうだろうな。
ドレスに皺がつくのは良くないと、ヘルガが言ってこうなった。
「いつの間に用意してたんだ?」
「ふふ、借りものですけどね。
お父様が立派なものを用意してくれると言ってましたけど……」
ミアは少し顔を曇らせた。
「でも、そんなに立派なのがいいわけじゃないんです。
ドレスを着て、好きな人と二人で皆に祝福されればそれでいいのですから」
グラフ侯爵の言いつけを守って決められた相手と結婚していれば、宝石のちりばめられた立派なドレスをあつらえてもらえただろう。
でも、ミアはオレと一緒にいることを選んだ。
あげられるものは、全てあげるつもりだ。
その意味を込めて、ミアの手をぎゅっと握った。
「……離しませんからね」
ゆっくりと街道を馬車が走ってゆく。
「あ、見えてきましたよ」
「「止まれ!」」
随分遠くで、馬車を止められた。
「随分警戒されているようだな」
「あれ、立ちづらいです」
ミアはドレスが大きくてうまく立ち上がれないようだ。
手を引いて、馬車から出してやる。
「ありがとうございます」
馬車から出ると、ミアのドレスがふわりと広がった。
それだけ、裾が膨らむんだったら、馬車の中で動きづらいのも当然だよな。
オレはミアの手を引いて、お城へ歩き出す。
「何者だ!」
「ミア。
門番がお前の顔覚えてないようだぞ」
「あら、幾度となくこの門を通りましたけれど……私に見覚えありませんか?」
遠目からはドレスしか目に入らなかったのだろう。
「「ミア様!」」
門番の二人は敬礼をした。
「もちろん、通っていいわよね?」
門番は顔を見合わせた。
「「なりません!」」
二人は槍を構え、ジリジリと後ろへ下がっていった。
「おいおい、威勢がいいのか悪いのか」
「くそ、魔族だ。
魔族が出たぞ!」
どうやら、オレとミアことは知れ渡ってるようだな。
オレがミアの前に出てかばおうとしたが、それよりも前にヘルガとマリーが進み出た。
「リク、その服で戦うと埃着いちゃうよ」
「ええ、私たちにお任せください!」
剣と双剣をそれぞれ装備したヘルガとマリーはやる気満々だ。
「ヘルガ、マリー」
オレは二人の肩に手を置いた。
「頼もしいとこ悪いんだが、一応、婚約者の父親に挨拶にきてるわけだ。
なるべく流血沙汰は避けたい」
「リク様……何か悪いものでも食べましたか?」
「おい、どういうことだ?」
オレだって、たまには我慢するぞ。
「オレは、リク・ハヤマ。
ミアとの結婚を許してもらうため、グラフ侯爵へあいさつしに来た。
急な訪問だが、できれば面会をお願いしたい」
「リク……ちゃんと下手に出れるんだね」
ヘルガが感動していた。
「さすが、私の婚約者のリク様ですね!」
敬語すら使ってないのに褒められるとは、普段オレはどれだけ偉そうにしてるんだろうな!
「馬鹿を言え!
魔族なんかにグラフ侯爵様を面会させるわけないだろう!」
槍を持った騎士たちが、威勢よく城の中からでてきた。
5名ほどの若い騎士がこちらにまっすぐ歩いて来ていた。
「ローゼンクランツ……」
どうやら、ミアも知っている騎士のようだ。
「若い騎士たち、とんでもないくらい目が血走っているな……オレを睨みつけているのかな」
「お父様が彼らに吹き込んだんです。
ミアは魔族リク・ハヤマに魔術で支配されている。
ミアを取り戻すには、リク・ハヤマを滅ぼすしかない、
お前たちの槍にかかっているんだと」
「でも、そんなに怒ってくれるなんて、ミア様人気あるんだね」
オレを魔族扱いするのは正直勘弁してほしいが、あいつらの気持ちはおそらく忠義と呼ぶものだろう。
「少なくとも、後ろに下がった門番たちよりは、気概のあるやつらだな」
さて、会話が通じるかな。
「オレは話がしたいだけだが……グラフ侯爵と面会させてくれないか?」
「黙れ!」
ローゼンクランツが前に出て、オレを睨みつけた。
「リク・ハヤマ。
ミア様を手放し、ここから去れ。
その後、銀の槍をお前の胸に突き立てた後だったら、グラフ侯爵様にあわせてやろう」
「ふん、できない相談だな」
「ははははは、やはり魔族でも槍を胸に刺されるのは怖いか?」
「別にそれは構わない」
胸を貫かれようが、人間は気合があれば死なないからな。
「ミアは手放せない。
オレじゃないとミアを幸せにできないからな」
「リク様……」
ミアは感極まったのか、オレにもたれかかった。
オレは優しく抱き寄せてやる。
「その手を離せ!」
ローゼンクランツは激昂した。
「それはできないって言ってるだろ。
オレの手を離れても、ミアは幸せにならない」
「ふざけるなよ、魔族が!」
ローゼンクランツは力任せに槍を地面に突き刺した。
「ふざけてない。
グラフ侯爵が選んだ人物は、誰もミアを幸せにしない」
「でたらめ、言うな!
ミア様……その手を払って、こちらへ来てください。
そうすれば、あなたは、絶対私が幸せにしますからッ!」
ローゼンクランツは絶叫した。




