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66 風が強く吹いている

「ローゼンクランツ、今の言葉覚えておくわよ」

「……覚えておいてください。

 命に代えても果たして見せますから。

 私はミア様の味方です」


 その場にかしづき私に忠誠を誓うローゼンクランツに私は一つだけ頼みごとをすることにした。


「嬉しいわ。

 ローゼンクランツ。

 あなたがそこまで言うのなら、私は外へ出て行くのも、今ここで死ぬのも諦めます」

「ミア様……ありがとうございます」


 胸をなでおろすローゼンクランツに笑みが浮かんだ。


「一つだけお願いがあるの」

「何でしょうか。

 部屋を出ることと、ミア様が命を絶つこと以外であれば、できるだけ叶えたいと思っています」


 私のために尽くすと言ってくれたローゼンクランツに私は小さな頼みごとをすることにした。


「今日は風が強いわ。

 翼を傷つけられ、力尽きたこの子でも今日の風であれば、空を飛べるかもしれない」

「鳥の亡骸を窓から投げるというのですか」

「この子だって、じめじめとした土に埋められるより空に帰る方が幸せよ」


 私は力尽きた鳥の頭を撫でてあげた。

 傷ついた小鳥に仕上げの古語を歌ってあげる。


「今の歌は?」

鎮魂歌レクイエムよ。

 迷える魂に幸多かれ、とね」

「わかりました。

 ミア様のお気の召すままに」


 ローゼンクランツの許しを得た私は窓から外を眺める。

 強く吹いているこの風はベケットに向かって吹いていた。


「さよなら、傷ついた鳥。

 願わくば、あなたがもう一度空を飛べるように!」


 私は傷ついた鳥を窓から力強く放り投げた。


「ねえ、来て。

 ローゼンクランツ。

 あの鳥が滑空しているわ」


 私はローゼンクランツを呼び寄せ、空に浮かんでいる鳥を指さした。


「あっという間に小さくなりましたね……滑空しています。

 いや、あれは滑空と呼ぶにはあまりにも……

 翼をはためかせている!

 どうして?

 あの鳥は死んだはずでは……」


 ローゼンクランツは目を丸くしながら、翼をはためかせてベケットの街へ飛んでいく鳩を見つめていた。


「まるで奇跡ね」

「ええ、奇跡ですね」


 鳩に釘付けになっているローゼンクランツの頬に小さな擦り傷を見つけた。


「あれ、ローゼンクランツ頬が傷ついてるね」

「はは、お恥ずかしい。

 剣術稽古でついたものですよ」


 私は指で大きく魔法陣を描き、ローゼンクランツの頬に指で軽く触れ、すぐに手を離した。


「……こ、これは……」


 宙に描かれた魔法陣から、ローゼンクランツの頬に光が降り注ぎ、擦り傷などみるみるうちに塞いでしまった。

 私は治癒の様子が良く見えるよう、手鏡を渡してやる。


「傷があっという間に癒えていく……」


 手鏡を覗き込むローゼンクランツは驚きのあまりきょとんとしていた。

 私はそんなローゼンクランツに満面の笑みを見せてやる。


「傷ついてたけど、あの鳥はまだ飛べるんだ。

 だって、あの鳥の瞳は濁ってはいなかったもの。

 それなら私は治せるよ。

 あの子にはまだ鎮魂歌レクイエムは早かったようね」

「ま、まさか……神聖魔法……」


 私が回復魔法をはじめとする神聖魔法を使用出来ることを知っている者はこの城にもあまりいない。

 お父様は、私が魔法の修行をするのを嫌がっていたからね。


「ミア様が神聖魔法を使えるとは知りませんでした。

 教会の神父しか使えぬものと思っておりました」


 ローゼンクランツが驚くのも無理はない。

 教会は神聖魔法を秘匿しているから高いお布施によってしか治療魔法を行使しようとしない。

 術の使い方を記した魔導書グリモアは持ち出し禁止とされていて禁を破れば死よりもひどいオシオキが待っているらしい。

 これは私のお師匠様から聞いたことだけどね。

 お師匠様は破門された大酒飲みのはぐれ神父で、お父様に見つからないよう吟遊詩人のフリをさせてこの城に招いていた。


 教会大嫌いなお師匠のお陰で私はいわゆる禁術すら使えるんだけど……


「しかし、あの鳥は死んでいたはずでは?」


 ローゼンクランツが傷ついた小鳥のことを死んだと思い込むのも無理はないよね。

 だって、私がそう仕向けたし。

 小鳥をピクリとも動かない様にして、体温を下げていた。

 要は、禁術とされる神聖魔法を使って眠らせていたんだ。

 神聖魔法を管轄する教会は回復魔法以外を禁忌としていた。

 私には理由はわからないけど。 


「目を見ればわかるよ、あの子はまだ飛べる。

 だから、私が治療したの。

 鳥は飛ぶのが仕事。

 だから、あの子がもう一度飛べるようにしたの。

 今日は風が強いからあの子は一日経たずにベケットへ到着するでしょうね」


 ローゼンクランツは死んだはずの鳥が翼をはためかせたことにただ驚いていたが、ようやく事の重大さに気づいたようだ。


「あの鳥は……」

「ふふ、そうよ。

 傷ついた伝書鳩。

 翼の癒えた今なら、すぐにでも私が囚われていることをリク様に伝えてくれる」

「ああ、魔族との通信手段を断絶せよと、侯爵様に言われていましたのに……」


 お父様の依頼をこなせなかったこと、ローゼンクランツにとっては天地が崩れたように感じているはず。

 なんせお父様の気分一つでお家取り潰しなどいとも簡単にあり得るのだから。


 床に両手を突き肩を落としたローゼンクランツに私は優しく声をかけた。


「お父様は決してあなたを許しはしないわ。

 ローゼンクランツ、あなたには今二つの選択肢がある。

 お父様に従い、家格を下げられ平民へと落ちるか。

 私に従い、伯爵になるか」


 できるだけ甘い声で私はローゼンクランツに語りかけた。


「さあ、どうするの。

 ローゼンクランツ」


 ローゼンクランツは、肩を震わせると大笑いしながら立ち上がった。


「やっぱり、私はミア様とは違う。

 ミア様は籠の鳥なんかではありません。

 心の思うまま、どこへでも好きなところへ行ける。

 私はそう思っております」


 自嘲しながら笑うローゼンクランツだけど、それでも今日一番の笑顔を浮かべていた。


「それに対して……私はいつまでも籠の鳥だ。

 グラフ侯爵様から逃れられても、結局ミア様の鳥かごに囚われてしまった」


 ローゼンクランツは私の手を取り、キスをしようとした。


 ……やっぱり嫌よ。私の身体にリク様以外は触れないで。

 私はローゼンクランツの手を振り払った。


「手を振り払われたって、結局私はあなたに囚われたままだ」


 笑顔でかしづくローゼンクランツの瞳に迷いはなかった。


 ……ごめんね、あなたの気持ちを利用するようなことをして。

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