65 この城から連れ出して
私はローゼンクランツの顔を見上げたままじっとしていた。
「ミア様はベケット中をグラフ侯爵様の名代として駆け回っております。
こんなに元気な籠の鳥なんていませんよ」
ローゼンクランツはにこりと微笑んだ。
整った顔に影のある表情、美男子であるローゼンクランツに思いを寄せる子はこの城の中にも大勢いるらしい。
「私は籠の鳥だとしても、ミア様は違います。
決して私と似てなどいません。
私みたいな哀れな男とは……」
表情をあまり崩すことのないローゼンクランツだけど、今は少し顔を歪めていた。
声色もわずかだが、怒気が含まれているように感じた。
「あら、ローゼンクランツ。
お父様に気に入られて高等学院にまで通わせてもらっているのに、あなたは哀れと思ってるんですか?
お父様に報告しなくては」
ローゼンクランツは顔を真っ青にしていた。
人質も同然の自分の身を思わず哀れと言ってしまったその発言は、お父様に大事に扱われていないとの告発に他ならない。
「いえ、違います!
こ、侯爵様には多分に良くしていただいております!
ただ……」
「いいのよ、ローゼンクランツ。
あなたが優秀であるばかりに父がグラフ領から手放そうとしていないこと、私も知っていますから」
ローゼンクランツを一瞬見やり、すぐに小鳥にかまけパンくずをちぎってやる。
「ねえ、ローゼンクランツ」
「はい、ミア様」
私の声かけにローゼンクランツは姿勢を正した。
「小鳥って楽しそうよね」
「……鳴き声がですか?」
ローゼンクランツはあまりロマンチストではないのよね。
空を飛べるからですかっていう返しを期待していたんだけど。
「違うわよ。
空が飛べるでしょう?」
「ええ、確かに」
「小鳥は空が飛べて、空を飛べるのが仕事」
「ええ、そうだと思います」
ローゼンクランツは勢い良く頷いた。
……美男子の割に武骨な男なのよね。
私は事実確認がしたいわけじゃないんだけど。
「この子を見て」
「鳩……伝書鳩ですか!
トーマスの奴、通信手段は諦めたとか大声でしらじらしいことを!」
ローゼンクランツは怒り驚いていた。
自分が面会を許したトーマスに通信手段をやすやすと持ち込まれてしまったからだろう。
「ここを見て」
「ですが……」
頭に血が上ったローゼンクランツは、私の要請もそぞろにトーマスへの怒りをあらわにしていた。
「ねえ、ローゼンクランツ。
この子を……見て」
私は手の甲に置いた鳩を体に抱き寄せ、慈しむように頭を撫でた。
ぼそりと呟き、ローゼンクランツを見つめる。
貴族の令嬢は大声で呼び掛けてこちらを向かせたりなんてしない。
姿勢を正しじっとしたまま、私を見ていなかった罪に気づかせる。
できるだけ寂しそうな顔をして、気を引くのだ。
「ミア様」
「この子の羽を見て。
傷つけられてもう飛べないの。
だからもうこの子は伝書鳩じゃないわ」
私は優しく鳩の頭を撫でる。
リク様にそうしてもらったように。
「飛べない鳥は何をすればいいのかな」
「……何もできないでしょうね」
ローゼンクランツは事実をごく当然のように述べた。
「じゃあ人間は何をすればいいんだろうね」
「人間が何をするべきか、ですか」
ローゼンクランツは首を傾けた。
「戦うことでしょうか」
武官の息子、ローゼンクランツにとっては当然の考えだろう。
「戦うのだって魔獣使いだって、死霊使いだっている。
人間だけが戦うわけじゃないわ。
仕事って言うのは案外代わりが務まるものよ」
「それでは……仕事以外に人間のすべきことがあるのでしょうか」
ローゼンクランツはやはり仕事人間だ。
私も昔はそうだったかもね。
でも、機工技術に動物使役、最近は死霊魔術まで。
いろんな技術や知恵で人間の仕事の代わりができるようになってきている。
だから、人から仕事を奪われても残るもの……それが人間らしさだと思うんだ。
「起きて寝て、好きな人と一緒に笑いあってご飯を食べる」
……何だろう、好きな人なんて口にした途端、とってもリク様に会いたくなってきちゃった。
「それとね、好きな人と冒険の旅に出ることよ!」
あら、しまった。
けなげで可哀そうな演技をして同情を誘うつもりが、元気いっぱいに笑ってしまった。
「ミア様、やはりあなたは私とは似てはいません。
そんな笑顔の籠の鳥なんていませんから」
ローゼンクランツは表情に影を浮かべながら目を細め、口角を上げた。
「それでもやっぱり私は籠の鳥よ。
お父様のの言う通りに結婚して、好きな人とは一緒に居られない。
一生、父と旦那様になる人の名代として後ろをついて回り、辛いときでも舞踏会に出てつまらない話にずっと相づち打って笑っていないといけないの。
キレイなドレスをいっぱい買ってもらったってね。
やっぱりそれは籠の鳥だわ」
私は小鳥に顔を近づけ、ゆっくりと頭を撫でた。
「あれ、さっきまでは元気だったのにね。
……もう体を横たえたいのかな。
お休みなさい」
小鳥は体重を足で支えられなくなったのか、身体を私に投げ出し動かなくなった。
「死んだわ」
「え…そんな」
私は動揺するローゼンクランツに近づき、動かなくなった小鳥を見せつけた。
「私もきっとこうなる」
「……そんなことはさせません」
決意を秘めた瞳で私を見つめるローゼンクランツを私は睨み返した。
「ミア様?」
普段私はヒトを睨んだりしないから、ローゼンクランツはびっくりしているようだ。
「ねえ、ローゼンクランツ。
私をここから連れ出して」
「それはなりません」
「……どうして?」
今度は無邪気に笑ってローゼンクランツを覗き込んだ。
「侯爵様からミア様を決して部屋から出さぬよう厳命されているのです」
「どうしてお父様が意地悪するの?
私はリク様に会いたいだけなのに」
甘えた声を出し、頬を染める私を見てローゼンクランツは体を震わせ、私の肩を握った。
「それは、あなたが魔族に術を掛けられているからだ!
……可哀そうにミア様、魔族に心を弄ばれてしまって……」
……いや、ローゼンクランツ。私を揺さぶりすぎて気持ち悪いんだけど。
「ローゼンクランツ。
可哀そうに思うなら、その剣で私の胸をついて」
「ミア様、何をおっしゃいます!」
ローゼンクランツの腕を払い、私は窓際に立った。
「私は術なんてかけられていないわ。
ただリク様に会いたいだけ」
「あなたは、魔族に操られているんだ……その言葉も、魔族の術によって言わされているんだ!」
ローゼンクランツは私の眼も見ずに叫んだ。
「操られてなんかない。
好きな人に、リク様に会えないのなら私は籠の鳥なの。
ねえ、ローゼンクランツ。
私も籠から出て空を飛びたいわ。
でも、それはきっと……死ぬまでかなわない」
私は、窓から外を眺めた。
今日は風が強いようだ。
力尽きた鳥でも滑空できるのではと思うほどに。
「ねえ、ローゼンクランツ。
私が死んだらこの城から連れ出して、リク様のところへ連れてって」
私は諦めたような瞳で、ローゼンクランツへ笑顔を向けた。
「そんなことには私が命を懸けてもさせません!」
ローゼンクランツは絶叫した。
「術が解け、あなたの心が元に戻ったら、すべてあなたの望むままにさせてあげます。
だからミア様……死ぬなんておっしゃらないでください!」
ポトポトとローゼンクランツの瞳から涙がこぼれ落ちてゆく。




