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63 お父様。私、好きな人が出来ました

ミア視点です。

「平民だと……今、私は聞き間違えをしたようだな。

 ミア、お前の惚れたリク・ハヤマは平民だと?」


 お父様はワナワナと震え、握った葡萄酒のグラスを落下させた。

 パリン。

 あらもったいない。

 一流のガラス職人がお父様のために拵えたお気に入りのグラスだったのに。


「ええ。

 ですが、ただの人物ではありません。

 ゴブリン100匹を目にも止まらぬ速さで仕留めて見せました」

「……腕は立つらしいな。

 まったく、ミア。

お前が冒険が好きだと夢を見るのは構わんが、冒険者風情が侯爵令嬢のお前を幸せにできるものか」


 お父様は呆れてため息をついていた。

 だけど、ここまでは想定の範囲内。

 いかにリク様が素晴らしい武闘家でこのグラフ家を任せるに足る人物だと納得させなくては。


「リク様は強いだけでなく、役に立つ人物でございます。

 自分で傭兵団を作り、悪者どもをバッサバッサと倒しているのです!」


 私が目を輝かせてリク・ハヤマ傭兵団のことをお父様へ語り掛けますが、お父様の心には響かない様子。


「強くてリーダーシップのある人物だというのはわかった。

 ただ、お前をヨメにやるにはもっとインパクトのある人物でなくてはな」

「リク様は、強くて優しくて私を守ってくれます。

 それに……時にはとても大胆なのです」


 初めてあったその日に私は膝枕を迫られたんだ。

 既に心を奪われていた私は、思わずリクさまのほっぺにキスをしてしまって……


「ミア、顔が赤いぞ。

 お前、まさか婚前交渉などしてないだろうな」


 婚前交渉……なんて破廉恥な響きなの?

 私は、そんなことしてないけど……

 でも……リク様の唇、とても温かかったな……

 リク様が迫ってきたら、私はきっと拒めないんだろうな。

 拒みたくなんてないし。


「ミア、その顔……お前……」

「いえ、私はまだ清いままです、お父様」

「まだ?」

「ええ。

 まだ……」


 あっけにとられたお父様と、リクさまの唇を思い出して宙を眺めている私の意識を一気に取り戻すように、執事が乱暴に食堂のドアを開けた。


「……私が、娘との団欒を邪魔されるのが嫌いなことをお前は知っていたな?」


 慌てた様子の執事は、お父様にすごまれ冷や汗を流していたけど、覚悟を決めたようにお父様を見据えた。


「重々、承知しております!」


 叫ぶように父へ近寄った執事は、お父様の元へひざまづいた。


「ですが、急ぎで伝える必要のある内容でしたもので」


 悲痛な叫びに父も、大変なことが起こったと察したようで、私へ頭を下げ、仕事が始まることを詫びた。


「はは、侯爵というのもあわれなものだろう?

 愛娘とのひとときすらじっくりと味わえないのだから」


 肩をすくめたお父様は、執事へ向き直り姿勢を正した。

 子どもの頃は、食事中にも関わらずお父様に仕事を持ってくる執事たちに対して、私は文句ばかり言っていた。

 今では、お父様の仕事にスピード感が伴うことを私も知っているから不躾にも感じる執事の来訪があっても不機嫌になったりはしないんだけどね。


「私は大丈夫です。

 ハインリヒ、話を続けてください」


 筆頭執事ハインリヒが私に恭しく礼をして話を続けた。


「ありがとうございます、ミア様。

 侯爵様、では手短に申し上げます」


 ハインリヒは深々と礼をした後立ち上がり、生真面目な顔をしていた。


「ベケットの町が魔族の手に堕ちました」


 葡萄酒を飲み緩んでいたお父様の顔が、一気に緊張を取り戻したみたい。


「ま、魔族だと!」


 お父様は立ち上がってハインリヒを掴み宙へつるし上げました。


「ハインリヒ、つまらない冗談なら一族郎党いますぐ腹を切ってもらうぞ」


 喉元を締めあげられながらも、ハインリヒはお父様の顔をまっすぐに見つめていた。

 その真剣な表情を見て、私にもハインリヒが決して冗談を言っているわけではないということが伝わってきた。


「冗談などではございません」

「……冗談ではないとしたら、ヘルガは何をしているのだ。

 我が領土最強のSランク冒険者がいるベケットが魔族の手に落ちたとあっては、我が領地の安全保障の根幹に関わる問題だぞ!」


 お父様は我を忘れたようにハインリヒを吊るし上げていて、見かねた私はお父様に声をかけた。


「お父様、落ち着いて」


 私の言葉に落ち着きを取り戻したお父様はハインリヒを掴んでいた手を離し、頭を抱えていた。


「ヘルガは何をしているんだ」

「ゲホ……」


 ハインリヒはお父様につるし上げられたせいで乱れた服を正し、礼をすると話を続けた。


「ヘルガ・ロートは魔族に一騎討ちで敗れ、ベケットを守るためその身を魔族に奪われたと聞きました。

 敗れたとはいえ、ヘルガは街を守るというギルドマスターの務めを立派に果たしたと言えます」


 ヘルガ様はこのグラフ家領地の英雄だから、一騎打ちで負けたとあっては、ハインリヒもとても悔しそうにしていた。

 ヘルガ様はとっても強いけど、リク様相手じゃしょうがないよね。

 リク様は強すぎるから魔族扱いされちゃってるし。


「ヘルガはヴァイスブルグ家と婚約していたのだろう?

 ハンス君だって婚約者を魔族に奪われては黙っていはいまい」

「はい。

 いち早くヘルガが魔族に奪われたことを聞いたハンス様はわずかな手勢で魔族に挑みましたが……命からがら逃げかえったようです」

「ええ?

 ハンス様、戦ったの?」


 私はリク様がヴァイスブルグ家と戦ったと聞いて驚いた。

 ……リク様は私と結婚してグラフ家の一員になるのに、ヴァイスブルグのハンス様と揉めるなんて困ったことになったわね。

 まあ、リク様が売られたケンカを買わないなんて思わないけど。


「ええ。

 ハンス様は勇敢な方でございましたが、Sランクのヘルガをも倒した魔族に手も足も出ず……」

「……何なんだ、その魔族は!

 大戦の後、魔族と人間はつかず離れずの距離を保って来たはずだ。

 私の領地を奪い取るなど……ヒトと魔族の間でまたもや戦争を起こしたいのか?」


 お父様は目に見えるように錯乱していた。


「いや、でもその魔族だってそんなに悪い人じゃないかもしれないし」


 リク様は強すぎて魔族だと誤解されてしまった。

 魔族だと疑われたリク様のことを私が魔術の知識をひけらかして余計なことをしゃべったせいで、魔族だと太鼓判を押したような形になってしまったし、責任は感じている。

 でも、リク様が魔族だという疑いを晴らすより、リク様は危ない魔族ではないと信じさせる方がたやすい様に感じた。


「だって、その魔族のしたことって、ヘルガ様を倒して、それに怒ったハンス様を倒しただけですよね?」


 それにしたって大したことだけど、それだけならまだヘルガ様と決闘をして、その結果かぶった火の粉であるハンス様を払っただけだと言い訳も立つはず。


「……ベケットの街を実効支配している魔族はそんな生易しいものではありません」


 執事は体を恐怖に震わせていたが、それでもなお父に伝えるべく姿勢を正した。


「その魔族の悪行たるや、神すら恐れていないとも思われました。

 当主のザイフリートだけでなく、息子のアルベルトを捕縛、ザイフリート商会を冒険者ギルドによって壊滅させました」

「な、なんだと!

 私が許可状を出したザイフリート商会をか?

 ……くそ、侯爵家にケンカを売ったということだぞ!」


 ……リク様は獣人の奴隷狩りが許せないようだった。

 でも、奴隷狩りは合法だからそのことで私が面と向かってザイフリートを処罰することなんてできない。

 お父様はザイフリート商会と懇意にしてたようだしね。

 でも、ザイフリートは他にも法律違反をしていたようだからその線で私は法律違反の証拠集めをしていたんだけど……リク様が我慢できなかったみたいね。

 ふふ、証拠集めに費やした労力はムダになってしまったけど、私はなんだか嬉しかった。

 私も奴隷狩りなんて嫌いだったからね。


「でも、ザイフリートを魔族がつぶしたのはこの際、仕方ないけど……冒険者ギルドがザイフリートにケンカを売ったの?」


 私は違和感を覚えた。

 ヘルガ様はリク様に心を奪われているから、冒険者ギルドが動くのもわからなくはないけど、いかにギルドマスターのヘルガ様とは言え、ギルドを使ってお父様と懇意のザイフリート商会を真っ向から潰しにかかるなんて……


「……ベケットの冒険者ギルドは完全に魔族の手に落ちました」

「でも、ベケットのギルドにはヘルガ様だけでなく、凄腕女性冒険者たちがいたはずよ?」

「ヘルガ・ロートだけでなく、マリー・シュナイダーも魔族の手に堕ちたようです。

 とんでもなく好色な魔族のようですね」

「えええ!」


 私はビックリして飛び上がってしまった。

 私がベケットを離れたわずか数日の間に、ギルドのサブマスターまでヨメにしてしまうなんて……

 ……リク様、どれだけヨメを増やす気なんですか……


「一週間たらずの間にヘルガ、マリーだけでなく、キツネ族、ウサギ族の獣人までヨメとして迎え入れている模様で……」

「はあ?」


 キツネ族はたぶん、コリンナのことなんでしょうけど、ウサギ族なんて私は知らないわよ。


「な、何をしてるんですかああああ!

 ウサギ族にも手を出したんですかあああ」

「ハインリヒ、好色な魔族だということはわかったが、生娘のミアには刺激が強いぞ。

 錯乱してしまっている」


 ……夫であるリク様の愛人の一人や二人、私は許す気だったけど、たった数日でヨメが二人も増えてしまうなんて想定外だわ。

 さすがに頭が痛いわね。


「すいません。

 侯爵様、最後にもう一つ重大なことを伝える必要があります」

「なんだ、ベケットの街が魔族に支配された。

 それ以上に驚くことなどあるまいよ」


 お父様は肩をすくめて笑った。

 驚くべきことが起こりすぎてはいるけれど、お父様は既に冷静さを取り戻しているようだった。

 

「公爵令息ブライアンさまがベケットの街の奴隷市場に来訪中、魔族につかまったようです」

「な、なんだと!」


 お父様は慌てた様子で立ち上がった。

 侯爵であるお父様が頭を垂れる必要のある人物は、この国に数人しかいないわ。

 王族の他には、公爵家のみ……


「よりによって、公爵家の令息が私の領地で魔族の手に落ちるとは!」


 お父様は落ち着いて座っていられないようで世話しなく歩き回っていた。

 こんなに慌てたお父様を私は見たことがない。


「立ち回り方を間違えば、侯爵家の取り潰しすらあり得るぞ!」


 お父様は右こぶしを握りこみ激しく円卓を叩いたからグラスが倒れバシャンと飲み物がこぼれた。


「何なんだ、そのむちゃくちゃな魔族は……

 ハインリヒ、その魔族の名は?」


 お父様は落ち着きを取り戻すためゆっくりと椅子に座りなおした。

 顔には冷や汗を浮かべていたけど。


「リク・ハヤマ

 凄腕の武闘家の魔族です」


「リク・ハヤマ……どこかで聞いたような……」


 お父様は私を見つめました。

 私とリク様の婚姻を認めてもらうという、お父様の説得はできなかったようね。

 仕方ないけど、ここは開き直るしかないわね。


「ふふふ、お父様。

 私が心底惚れているリク・ハヤマことリク様は、とってもインパクトのある人物でしょう?」


 お父様は、ワナワナと身体を震わせ……


☆★


――私は、自分の部屋に軟禁されてしまった。


……まあ、当たり前よね。

お読みいただきありがとうございます。

次回、7月13日投稿予定です。

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