61 笑顔とわがまま
新章突入です。
ミア視点です。
「お父様ったら、私に急いで帰って来いって言いながら、待たせるってどういうことなのかしらね」
グラフ家居城の私の部屋で私ミア・グラフは付き人の騎士トーマスに愚痴をこぼしていた。
お父様が急いで帰れっていうからリク様とのデートを延期にしてまでベケットの町から馬車をとばして急いで帰って来たのに。
でも、リク様との結婚をお父様に認めさせるまではお父様の機嫌も取っておかないとね。
「まあ、いいじゃないですか。
侯爵様が忙しくしていた間に私たちは城下町を駆けずり回って焼き菓子をしこたま買い込むことが出来ましたから。
お陰で足にまめができてしまいました」
ジトッとした目でトーマスは私を睨んでいる。
「トーマス、私に何か文句があるの?」
「いえいえ、城下町中の菓子店をめぐり、あれも美味しそう、これも美味しそうととさんざん迷った挙句結局全部買うといった優柔不断なミア様が、我々の忍耐強さと辛抱強さを鍛えてくれて感謝しております」
トーマスは恭しく敬礼をした。
普段私に対しては気を使わないトーマスはこんなに深々と頭を下げたりしない。
要は散々待たされて荷物持たされ歩かされて嫌味が言いたいってことね。
しょうがないじゃない、私お父様に厳命されているからたとえ城下町であっても一人で出歩けないんだから。
「へえ、トーマス。
嫌味を言うわね。
薬草取りに行ったときトーマスが職務中に葡萄酒を飲んでいたってお父様にいいつけてあげようかしら。
それにしょうがないじゃない。
本当はケーキを買ってリク様と食べたいんだけど、ここからベケットは距離があるもの。
焼き菓子しか持って帰れないんだから」
「まったく、リク様は別に甘いものが大好きなわけでもないと思いますがね。
ミア様がリク様と食べるってかこつけてたらふく焼き菓子を食べたいんでしょう?」
さすが私が幼いときからの護衛のトーマスは私の心が分かってしまうようだ。
「私が食べたいのもあるけど、リク様は甘いのと肉が好きだって言ってたもの。
きっと侯爵家御用達の焼き菓子は喜んでくれると思うわ」
この部屋はトーマスとテオが持てるだけの量の焼き菓子が置いてあり甘い匂いで満たされている。
「私ね、グラフ領が好きよ。
城下町も好きだし、ベケットの町も好きだわ。
リク様にもっと私の住む領地のいいところを教えてあげたいの」
ああ、リク様のことを思っている今の私はきっと幸せそうな笑顔を浮かべているのだろう。
「……ミア様は聡明な方だと思っていました」
珍しくトーマスが真面目な顔をして私に話しかけた。
「何よそれ」
「学問や習い事、舞踏会などの社交も嫌がらず、まさに貴族の令嬢のお手本だと部下も、周りの貴族の方々も口を揃えてミア様をお褒めになっております」
「そうね。
私自分でも外面がいい方だと思うわ。
侯爵令嬢としてお父様の名代を務めることだってあるから、少なくとも足元を見られないだけの振る舞いはしてきたつもり」
「はい。
子どものころから私はミア様の護衛を務めてきましたからね。
ミア様の努力も成長も知っています。
ミア様、本当にジークムント侯爵家との縁談を断るつもりなんですか?」
トーマスのくせに珍しく心配するような顔しないでよ。
「何よ、トーマス。
珍しく泣き落としでもする気なの?
私もうリク様と一緒になるって決めたんだから。
ジークムント侯爵家との縁談は断りますからね」
私の答えを聞いたトーマスは目を細めて私を見つめた。
「ミア様は幼いころ本当によく笑う子どもでした。
私のことをトーマス、トーマスって言って追いかけてきて馬になれだの、抱っこをしろだの、外に連れてけだの……
まあ、わがままが多いのは今も変わってないんですが」
「何よ、お菓子を買うのに付き合わせただけじゃない」
「あの量を持たせといてわがままじゃないと言いますか」
トーマスが見やった焼き菓子たちは軽く私の背丈を越えていた。
「悪かったわよ」
お父様は厳しい方だから、私は子どもの頃外へは連れて行ってもらえなかった。
だから私はトーマスにわがままを言って、たまにだったけど城の外へ連れ出してもらっていた。
モンスターが見たいとか、海を見せろとか、山に行きたいとか……
他にも部下はいたけど、お父様を怖がって外へは連れて行ってくれなかった。
トーマスだけが焼き菓子や葡萄酒など、小さなワイロを見返りに城から連れ出してくれたんだ。
「ミア様はおとぎ話の英雄の物語を話してくれとよく私にせがんでいましたね。
私が知るお話はすぐに尽きてしまったから、私はヒトに聞いたりしてストックを増やすよう努力したもんです。
ミア様がこっそり夜中に神聖魔法の修行を行っているのも私は見て見ぬふりをしてきました。
ミア様が、冒険の旅に出たいとしきりに言っていましたから。
だから、私も侯爵様の言いつけを破って外に連れ出していたんです。
はじめて城の外に連れ出した時のミア様の笑顔は今でもありありと思い浮かべることが出来ます。
そんなミア様も成長して、だれにでもきちんとした笑顔を振りまける大人になりましたが……」
トーマスは懐かしそうにどこか遠くを見ながら話し続けた。
「だれしもそうなのですが、人は成長すると笑顔が減ります。
私にも息子がいますが、みなそうです。
ミア様だって例外ではなく、子どもの頃みたいに無邪気には笑わなくなりました」
「そりゃそうよ、私だって成長してるんだから」
「……でもさっき、リク様のことを思いながらミア様は昔のような笑顔を浮かべていました」
トーマスは私に笑いかけた。
……トーマスだってそんな笑顔は私にしなくなったじゃない。
まあ、子どもをあやすような、満面の笑顔をされたって私だって困るんだけど。
「だから、私はミア様はリク様と一緒になるのがいいと思いますよ。
ミア様にそんな笑顔をさせられる人は、私は見たことありませんから」
……何なのよ、トーマスのくせに真面目に話をしないでよ。
ちょっとだけ泣きそうになるじゃない。
「だから、私はジークムント家との婚約破棄にとリク様との結婚に反対はしませんけど……」
トーマスはさっきより真剣な顔をして私の肩を持った。
「賛成なんてしませんからね!
そもそもミア様が婚約破棄なんてしようものなら私が侯爵様にめちゃめちゃ怒られるんですからね!
私、妻と子どもがいるんですから侯爵様がクビにはしないように守ってくださいよ!」
何なのよ、コイツは。
感動させておいてからの全力での保身って……。
手に力が入り過ぎて肩が痛いじゃない。
「わかったわよ。
私だってトーマスの家族を路頭に迷わせるのは気が引けるもの」
ノックの音とともに執事が扉越しに話しかけてきた。
「ミア様、侯爵様が城に戻られました。
広間に食事を用意するそうです」
「わかったわ。
すぐ行くから」
私はトーマスの手を振り払い、深く深呼吸をした。
お父様の反対を押し切って、ジークムント侯爵家との縁談を取りやめリク様と一緒になるのを認めてもらうんだ。
思えば、お父様の言うことに正面切って反対するのって初めてかも。
緊張するけど、きちんと話をしないとね。
私、絶対にお父様を説得して見せるんだから。
「行くわよ、トーマス」
「は、はい。
ミア様、頼みますよ!
侯爵様を怒らせない様にうまく説明してくださいよ。
私、クビになるのは嫌ですからね!」
「しつこいわよ、わかったってば」
ブツブツ呟くトーマスと一緒に私は部屋を出た。




