58 赤いスリットドレス
「それでは、ヘルガ様そろそろよろしいですか」
髪型をセットされたオレとヘルガは並んでコリンナの入れてくれた紅茶を飲んでいた。
「コリンナとても美味しいよ」
「ありがとうございます。
おかわりもありますからね」
ヘルガのお褒めの言葉にもコリンナは冷静な表情を崩さない。
ただ、内心嬉しいようで頭の上からぴょこんと生えたキツネ耳は真っ赤にしていた。
ただ、コリンナは嬉しいときには耳と合わせて尻尾をブンブンと振り回すのだが、今はそれをこらえているようだ。
「嬉しいなら尻尾を振って喜べばいいのに」
オレがそう言うと、コリンナはジロリとオレを見つめた。
「私がどんな思いで我慢していると思います?」
「んー、知らないな」
オレはそんなに人の心は察知できない。
知力が低いからな。
「私の尻尾はリク様のためだけに震わせると決めているのです」
オレを見てコリンナは笑っているが、笑ったせいで我慢できなくなったのか、ぶんぶんと尻尾ははしゃぎまわっていた。
「ヘルガ様、お色直しの時間ですよ」
「あ、うん。
待ってて飲み干すから」
ヘルガはくっと紅茶を飲み干すとマリーに手を引かれまた袖へと戻った。
「ヘルガ様のメイド姿とても可愛らしかったですね」
お茶の片づけをすませたコリンナはオレの隣に座ると、オレの手にそっと自分の手を重ねた。
「そうだな」
コリンナはオレの肩にコトリと頭を乗せた。
先ほどヘルガが同じようにオレの肩に頭を乗せていたっけ。
察しの悪いオレだが、今コリンナがなんて言ってほしいかはオレにもわかった。
「コリンナのクラシカルなメイド服だってオレは好きだからな。
似合ってるし」
「はい」
コリンナは今度は気分よく尻尾を思いのまま振り回していた。
「あ、コリンナ様とても嬉しそうなのです」
袖からリンが歩いてきた。
「フハハハ、こっちは空いてるぞ」
オレはもう一方の手でリンを手招きした。
「行きます!」
リンはたたっと走ってきてオレの傍らの席に座り、オレの胸に頭をくっつけた。
「リン、私は肩なのに胸に顔をうずめるなんて……」
「身長が足りないから仕方ないだろ」
「じゃあ、私はリク様の上に座りますね」
「じゃあって何がじゃあなんだ」
マリーはオレの膝の上に乗っかった。
「これじゃステージが見えないぞ」
「では、リク様私だけ見てくださいませ」
「いや、私だけっていうかコリンナの胸しか見えないんだけど」
「では、胸だけ見てくださいませ」
コリンナはオレの顔をすっぽりと胸にうずめた。
「コリンナ、息が苦しいんだけど」
「リク様、吐息が胸にかかっています」
コリンナは甘い声を出しているけど……いや、そりゃ吐息がかかるに決まってるだろ。
オレの顔は完全にコリンナの胸に埋まってるんだから。
マリーが小走りに袖から舞台へ戻ってきた。
「それでは、ヘルガ様の……あのですね、リク様。
客席で何してらっしゃるんですか。
今からヘルガ様がお目見えですよ」
リンを腕に抱き、コリンナを膝の上にのせているオレをマリーは冷たい目で見ていた。
「このままだとちょっとステージ見えないから二人ともちゃんと座れるか」
「あ、私の耳がお邪魔です」
「すみません、私の胸が邪魔していましたね」
リンもコリンナもすぐにきちんと座った。
「まったくもう……では、気を取り直してイブニングドレスのヘルガ様の登場です!」
ヘルガはヒールの音を鳴らしながら舞台へ歩いてきた。
肩を出し、胸元も開いていて、薄手の生地のドレスは体のラインが分かる造りになっているので、ヘルガのスタイルがいいことがドレス越しにもわかってしまう。
赤いイブニングドレスを着こなしたヘルガが前へ進むと長い脚がちらちらと見える。
スリットが入っているらしい。
舞台中央に到着するとぺこりと挨拶をし、ポーズをとった。
「ど、どうかな」
ヘルガはオレの方をじっと見つめている。
「綺麗だよ」
オレは思ったままを口にする。
もっとうまい言葉で褒めてやりたいが、オレの知力ではそんなに洒落た言い回しなんて浮かばないぞ。
「似合ってる。可愛い」
それでも、出来るだけ伝えたいから思いついた言葉をヘルガへ投げた。
「……嬉しい、でもちょっと恥ずかしいな」
ヘルガは胸を手で隠し、スリットから足が見えないよう両足をクロスさせた。
「とても美しいです、ヘルガ様」
「綺麗です!」
コリンナとリンも拍手をしながらヘルガに見とれているようだ。
「ああ、艶やかな赤いドレスにも決して負けないヘルガ様の白百合のような美しさ。
凛としたヘルガ様をゆるくまとめたお団子が可愛らしさを添え、赤いドレスと白い柔肌のコンストラストが妖艶さを醸し出しております。
スリットから覗く長いおみ足など……私は生きててよかったと今日ほど思ったことはありません」
マリーは恍惚として、舞台上でへたり込んでいた。
……オレもアレくらい流麗に褒められたらいいんだけどな。
「それもヘルガがデザインしたのか?」
「うん」
「素敵だと思う。
似合ってるし、可愛いぞ」
オレの語彙だとこれくらいだな。
「……ありがと。
でも、このドレスちょっと着るの恥ずかしいんだよね」
ヘルガは胸を隠しながら、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。
「自分でデザインしたのに?」
「うん。
デザインした時はさ、自分で着るとかそんなの考えてないんだよね。
あ、もちろん。
私が着るサイズでデザインしてるんだけどさ。
こっちの方が可愛いかもって思っちゃったら止まらなくて……ちょっと露出が高くなっちゃった」
「うん。ちょっとドキドキするぞ」
「あはは、デザインした私は嬉しいけど、着てる私はちょっと恥ずかしいよ」
ヘルガは真剣にデザインしたんだろうな。
「では、これからリク様の衣装です!」
マリーが冷静さを取り戻し、立ち上がって司会を続けた。
「楽しみです!」
「ええ、本当に」
リンもコリンナもオレの衣装を楽しみにしているようだ。
「リクの衣装の前に、サプライズだよ!」
ヘルガはマリーに走っていって抱き着いた。
「え?
ヘルガ様、どうしました?」
マリーは急に抱き着いてきたヘルガに戸惑っている。
まあ、顔は嬉しそうなんだけど。
「ドレス、マリーのもあるからね」
「ええ!
き、聞いてません」
マリーは慌てていた。
「だって、言ってないもん」
ヘルガは意地悪そうな笑顔を浮かべ、マリーの手を引いて袖へ連れて行った。
「だって、私舞台用のメイクも何もしていませんし……」
「コリンナ、メイク頼める?」
「もちろんです、ヘルガ様」
コリンナは立ち上がって袖へと消えて行った。
「わ、私も何か手伝います!」
リンも立ち上がり袖へと消えて行った。
「あ、リンちゃん。
来てくれたんだね。
じゃあ、マリーの下着脱がせるの手伝って」
「頑張ります!」
「ドレスを着るのに下着を着替える必要ありますか!」
衣擦れの音をかき消すようにマリーが叫んでいた。
「だって下着によって気分が変わるよねえ、コリンナ」
「ええ、ヘルガ様。
下着も気を抜かないのがレディの嗜みです」
ヘルガとコリンナがとても楽しそうにマリーをおもちゃにしているようだ。




