57 メイドさん、ヘルガ
「それでは、ヘルガ様オンステージ第一部を開催いたします!」
司会のマリーは、しっかりと口上を述べた。
ただ表情はこれからのヘルガの新しい衣装を心待ちにしているようで、口から涎を垂らしていた。
「もう、リク。
お風呂長いよ、待ちくたびれちゃったよ。
リハーサル2回もしちゃったよ?」
広間に設えられた客席に右から順にヘルガ、オレ、コリンナが座る。
「すみませんでした」
コリンナがぺこりとヘルガに謝った。
「何でコリンナが謝るの?」
「……どうしてでしょうか」
コリンナは顔を真っ赤にして尻尾を震わせていた。
「そういえば、コリンナもさっきまでいなかったよね。
あ、コリンナ首を蚊に刺されているよ」
コリンナの首筋はところどころ赤い斑点が出来ていた。
「あ……リク様のお背中をお流ししようとしたら、お風呂場に大きな蚊がいましたもので」
コリンナは耳をふるふると左右に震わせながら、オレに流し目を送っていた。
「コリンナは可愛いからな。
蚊にだって刺されるというものだ」
オレは冷静に言い放つ。
ちょっと、オレとコリンナがキスしてる際に燃えがってしまっていたようだ。
「リクの周りにはいい子がいっぱいいるね」
ヘルガはオレに笑いかけた。
「そうだな。
っていうか、ヘルガオンステージなのに何でヘルガが客席にいるんだ?」
「だって、私も正面からみたいんだもん」
「さて、皆さまお待たせいたしました。
ヘルガ様の新作衣装お披露目の前に、前座の登場です!」
マリーの司会で袖からトコトコとリンが現れた。
オレがあげたレレムの手作り衣装を着て、舞台中央で止まり、ぎこちなく回転した。
薔薇の刺繍の入った黒色のワンピース。
レレムは自分用に作っていたみたいだが、身長の低いレレムの服はリンにぴったり合っていた。黒い服と白い肌、ぴょんと長いウサ耳。
「リンちゃん、可愛いよ!」
ヘルガが立ち上がってリンに声援を送る。
「ありがとです!」
リンはペコリとお辞儀をした。
「リクって黒い服が好きなの?
私と戦った時も黒の武道着来てたよね」
ヘルガがオレに聞いた。
「ん?
オレの趣味じゃないんだけどな。
オレの服も、リンの服もオレの友達が作ってくれたんだ」
説明が面倒で友達と言ったけど、ずっと長い間旅をしてきた仲間だ。
友達って言ってもレレムは怒らないと思う。
「リク、今少し寂しそうな顔をしているよ」
……オレは今どんな顔をしてるんだろうか。
50年後の世界にオレを転移させたのはほかでもない、オレの武道着とリンのワンピースを作ってくれたレレムだ。
魔女であるレレムは人間より寿命が長く、どこかに封印されているのではないかとレレムの分身体から聞いた。
「ねえ、リクは友達にまた会いたい?」
ヘルガはいつのまにか下を向いていたオレの顔を覗き込んだ。
「そうだな、仲間だからな。
もし、会えるならみんなに会いたいよ」
「リク……」
「リク様……」
両側からヘルガとコリンナが抱き着いてきた。
「仲間を失って寂しいんだね。
私がいるからね、リク」
「私もいますからね!」
ヘルガもコリンナも涙を拭っていた。
「いや、レレムは多分生きてるけどな……」
オレがぼそりと呟いた言葉は涙を拭っている二人には届いていないようだ。
「はい、リンちゃんの新しい衣装でした」
マリーの言葉にリンはもう一度ぺこりとした。
ウサ耳がぴょんと跳ねる。
「リン、可愛いぞ!」
オレはリンに手を振った。
「リク様のお気に入りの黒の服を私、もらえて嬉しかったです!
私、リク様に可愛がってもらえるよう頑張ります!」
リンは両手をぎゅっと握って飛び上がったあと、手を振りながら袖に帰って行った。
「リンちゃん、可愛いね。
ねえ、リク。
奴隷だったリンちゃんは今はとても楽しそうだよ。
奴隷を解放した私たちは間違ってないよね?」
ヘルガは割と周りのことを気にする方なのだ。
今も下を向きながらオレに話していた。
何が正しいかなんて、だれが決めるというんだ。
少なくとも、オレだけは自分のしたことを正しいと思っているぞ。
「フハハハハ、オレがすることに間違っているわけないだろ。
ヘルガも解放した子たちもオレが幸せにやるからな」
「ありがと、リク」
うんうん、ヘルガは上を向いて笑顔を見せてくれた。
「続いては、お待たせしました。
ヘルガ様の登場です……どうしてそこにいるんですか!」
マリーは客席のヘルガに詰め寄った。
「リク、着替えてくるね!」
ヘルガはオレに手を振りながら舞台に上がって袖へ消えて行った。
「今から着替えるのか?」
「マリー、うまく着れないよ」
袖に言ったヘルガからマリーを呼ぶ声がした。
「もう、仕方がないですねえ」
と言いながら袖に小走りで走るマリーはヘルガの呼ばれて着替えを手伝えるのが楽しいのか、張り裂けんばかりの笑顔を浮かべていた。
「マリー、胸が引っかかるんだよ」
「へ、ヘルガ様……そういうときは一度外してですね……」
衣擦れの音が響く。
マリーはオンステージと言ったけど、実際はただの広間にカーテンで仕切りをしただけのモノなのだから。
「あ、着れた。
着れたよマリー!」
ここまで舞台袖の声が駄々洩れのステージなど存在しないだろうけど、ヘルガとマリーが楽しそうだからまあいいか。
「それでは、ヘルガ様の登場です!」
たたっとマリーは走ってきてすぐに司会に戻った。
マリーは根がまじめなのだ。
コツコツとヒールの音を鳴らしながら、ヘルガが舞台へと登場する。
「メ、メイドさん?」
オレは驚いて声を上げた。
ヘルガは赤と白の可愛いワンピースの上に白いフリルのついたカチューシャを付けていた。
もちろん、スカート丈はロング。
オレはロングの方が好きだからな。
「どうかな、リク。
家で着る服はね、思い切ってメイドさんの服にしたんだよ」
ヘルガは舞台一番前に来てくるくると回っていた。
長い黒髪は後ろでふわりとお団子を作っているようだ。
「これもね、私がデザインしたのをおばちゃんが作ってくれたんだ」
いや、正直可愛い。
ヘルガはどちらかというとキツ目の美人さんなのだが、赤と白のフワフワスタイルも似合うものだなあ。
ヘルガの外見がもともと持つ凛とした美しさに、ヘルガの内面の可愛らしさが外に出てきたようで、にっこり笑う笑顔と合わせてとても素敵だった。
「でも、何でメイドさんなの?」
「コリンナと話してた時にね、思ったの」
ヘルガは舞台中央で膝を曲げオレの目線に合わせて話し出した。
オレは椅子に座っているからな。
「貴族の奥様はね、実は旦那さんと過ごす時間が少ないんだよ」
「ん? そういうもんなの?」
「うん、夕飯のときに顔を合わすくらいの時もあるんだよ。
赤ちゃんも乳母の人が見てたりするし、旦那様に紅茶も入れたりしないしね。
そう言うのはメイドさんが旦那様にしてあげるんだよ」
ヘルガは自分の魔族の血のせいで生家を追われているけれど、実は貴族の出だ。
「ふーん、そういうもんなのか」
「奥様とはたまに会話を交わすだけ、もっぱらメイドさんと愛の営みを繰り返すご主人様もいるらしいですよ。
だから、私はリク様の愛人になりたいのです!」
「ふ……不埒です!」
マリーはコリンナに文句を言っているが、コリンナはそ知らぬ顔をしている。
コリンナはキラキラとした目をしてオレを見つめているが、なるほどコリンナが妻になりたがらない理由が分かったかもしれない。
「ふふふ、私は奥様にしてもらうけど、リクに紅茶を入れたいし、朝ご飯も作ったりしたいんだ。
だからね、私は奥さん兼メイドさんになることにしたの」
ヘルガは舞台からぴょんと飛び降りるとオレの側に来た。
「ふふ、メイドさんの仕事もすればリクと一緒の時間も増えるからね」
ヘルガは割と世話焼き奥さんの気がある。
紅茶を入れたりするのが好きみたいだ。
「んー、ヘルガはオレのヨメだし、弟子だから武芸の修行も一緒にするから結構一緒にいられると思うんだけどな」
「私はできればリクと冒険の旅に出たいんだ。
でもさ、今はリクもミア様の旦那様だし自由が利かないこともあるよね。
リクが家にいるときにはね、私できればずっと一緒にいたいんだ」
ヘルガがコトンとオレの肩に頭を乗せた。
ちょっと、あまりにも素直な気持ちを伝えられてオレは赤面してしまっていた。
「……オレも一緒にいたいぞ」
ぼそっとつぶやいてヘルガの頭を乱暴に撫でた。
「ああ!
私、この髪型自分では治せないんだよ?」
ヘルガが慌てて髪型を直そうとしているが、ヘルガが触れば触るほどシニョンは崩れていく。
「マリー」
「はい、ヘルガ様」
マリーはいつの間にかヘルガの近くに来ていて、ヘルガに椅子を持ってくると慣れた手つきでヘルガの髪型を直し始めた。
「ヘルガ、お前いつもマリーに髪型セットしてもらってるだろ」
「……わ、私は剣士だから仕方ないの!
いつもマリーがいたからしょうがないんだよ」
「私、いつもヘルガ様の髪型をセットしてあげますからね」
「マリー」
ヘルガとマリーは目を見つめあっていた。
「ふーん、ヘルガは頭のセットできないならオレの髪はずっとコリンナに整えてもらうしかないな」
「リク様、私はずっとリク様の髪型のセットをしますよ」
コリンナは胸元から取り出した櫛でオレの髪を梳きだした。
「……私、髪型のセットの練習をする。
リクの髪もセットしたいからね。
手伝ってね、マリー」
「もちろんです、ヘルガ様」
オレとヘルガは二人並んで仲良く髪型を整えられていた。




