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53 奴隷市場強襲

 ヒトの眼には光りがある。

 誰だって子どもの頃は楽しそうにキラキラ眼を輝かせていたはず。

 奴隷だったリンだってまだ光を失ってはいなかった。

 ミアはリンより年上なはずだが、いつも楽しそうに笑っている。貴族の娘だからか、辛い思いをしてないのか、いつも元気なミアの蒼い眼には光がある。

 ヘルガは、はじめて会ったときより随分瞳が優しくなった。

さっき上目遣いでオレを見たときなんて、とっても澄んでいて思わず吸い込まれそうだった。

 コリンナは全く笑っていなかった。

 でも、今はキラキラというよりギラギラしている。コリンナの瞳は金色に怪しく光っていてオレはついつい肉球をプニプニしてしまうのだ。


 ベケットの町でひと際きらびやかな洋館に、紳士淑女が集まっていた。

 タキシードにイブニングドレスを着た彼らは、葡萄酒片手に世間話に花を咲かせていた。


「何でベケットにこんなに貴族がいるんだ?」


 オレは傍らのヘルガに聞いた。


「ベケットは獣人の村が近いんだ。

 近隣で頻繁に奴隷狩りが行われているよ。

 攫っていた奴隷をザイフリート商会がキッチリ躾ける。

 とても評判がいいんだってさ」


 オレとヘルガ、マリーたちは奴隷市に潜り込んでいた。

 ステージの脇にこっそりと忍び込んでいた。

 タイミングを計り、すべての奴隷たちを逃がすために。


「あいつら、楽しそうだな」


 オレは貴族たちを見てぼそりと呟いた。


「メインのイベントは奴隷のセリですが、貴族たちが奴隷たちを買い付けに来るのを聞いた行商人が貴金属や宝石、時計や眼鏡、珍しい布地や、各地方の特産物まで壁の花として売っていますからね」


 マリーがオレに教えてくれた。


「若い貴族もそこかしこに見えます。最近のデートスポットとしてもっぱら評判の様子ですし」


 オレは唇を噛んだ。

 彼ら貴族のいる場所から一段高いステージには、裸にされ隷属紋を埋め込まれ両手に腕輪を嵌められた獣人の少年少女たちがずらりとひしめき合っている。


 彼の瞳に光なんてない。

 うつろな目で考えているのはこれ以上痛めつけられないこと。

 ザイフリートの仕込みはある意味一流なのだろう。

 彼らは痛みから逃げようとそれだけを考えているのだ。


 ふっと明かりが落ちて、スポットライトがステージを照らす。

 光に浮かび上がる獣人の少年少女たちは光を浴びても何の反応もない。

 光は鞭ではない。彼らは痛みだけを避けるように教育されているのだ。


「それはそうと、リク様。

 今付けている蝶の仮面を決して取らないでくださいませ。

 ヘルガ様もですからね。

 奴隷を解放するのに名乗る必要なんてありません」


 マリーが必死に訴えていたけど、オレはこの蝶の仮面なんだかまぬけなのでつけたくない。


「ヘルガ、なんだか仮面のせいで変だぞ」

「そう?

 リクはいつものとおりカッコいいよ!」

「そうか?

 それならつけておこうかな」

「あ、でも外した方がもちろんカッコいいからね」


 ヘルガはオレにしなだれかかってくる。


「ヘルガ」

「リク」


 オレはヘルガが愛しくなって隣にいるヘルガの顔をこちらに向け唇を奪った。


 ちゅぱちゅぱ……


「いや、ちょっと場所考えたりしないんですか?」

「マリーもおいで?」


 ヘルガがマリーを手招きしているが、マリーは顔を真っ赤にしてオレとヘルガの営みを見続けていた。


「あ、動きがありますよ。

 いい加減離れてください」


 マリーがオレとヘルガを引きはがした。


 ステージから離れたところにスポットライトが当たる。

 そこには頭を下げた道化がいた。


「紳士淑女のみなさま、お待ちかねのセリの時間でございます!」


 わあっと歓声が上がる。

 派手なメイクの道化がジャグリングで会場を沸かす。


「さて、今から徳の高いみなさんのために、身請けのセリをはじめたいと思います!

 ライトで照らし出されまするは親を亡くした獣人の子どもたち。

 悪い奴らにつかまる前に我がザイフリートで保護をいたしました」


 ぬけぬけと大ウソを言いやがる。

 あの子たちにも親はいた。

 連れて行くなと泣く親が……。

 そんな親を亡くしたのはお前達だろうが。


 ギリッと奥歯をかみしめていたオレにヘルガが気づいたようだ。


「リク、もう少しだよ。

 セリの途中、真っ暗闇になる瞬間がある。

 そこまで待とうって決めたよね」


 いまにも飛び出しそうなオレをヘルガが後ろから抱きしめてくれた。


「リク様、お茶をどうぞ。

 落ち着きますよ」


 マリーが水筒を渡してくれた。


「ありがとな、マリー」

「……リク様は何事にも動じない、そんな方だと思っていました。

 片っ端から女の子に手を出す魔族だと。

 そんなリク様がどうして泣きそうな顔をしているんですか?」


 マリーはオレを見つめている。


「マリー、もうそろそろだよ」


 ヘルガがマリーを制した。


「は、はい」


 道化がお手玉をやめると、カラフルな光が子どもたちを照らし出す。


「さて、徳の高いみなさま。

 ここの子どもたちは一級品でございます。

 可哀そうなこの子たちを皆様の手で愛してあげてください。

 重労働を課し、手に職を付けてあげるもよし。

 力いっぱい玩具のように愛してあげるもよし。

 ただし、愛が重すぎて壊してしまっても……返金は受け付けませんけどね」


 会場にはどっと笑いが起きた。


「葡萄酒片手に笑っている奴らに、目にモノみせてやるぞ」


 ヘルガとマリーは頷いた。

 オレたちは散開した。


「では、今から始めます。

 最初は……金髪碧眼のアナスタシアちゃん!」


 スポットライトが会場をさまよう。

 ドラムロールが鳴り響いて……


「最初は公爵令息ブライアン・アルダーソン!」


 オレが叫ぶと、スポットライトが会場にいる公爵令息ブライアンにあたった。

 マリーに調べさせた結果、この場所にいる一番の大物だ。

 恨みはないが、イベントの主役にさせてもらうぞ。

 ちなみにスポットライトは元の担当者をぶちのめしたマリーが操作している。

 フハハハ、ナイススタッフワークだぞ。マリー。


「な、なんで俺が?」


 その瞬間、蝶の仮面をつけた冒険者たちが会場に乱入、ブライアンを会場に連れて行った。

 壇上に瞬間移動したオレにスポットライトが当たる。

 オレは道化から取り上げた拡声器代わりの魔石を握りしめ話し出した。


「えー、会場のみなさま。

 道化野郎はオレがぶちのめしたので、今からオレがメインセレモニー(MC)を務めます」

「だ、誰だお前は!」


 会場はざわついていた。

 まあ、当たり前か。

 スポットライトはボコボコにされスッパダカになった道化を映し出す。

 マリー、ナイススタッフワークだぞ。


「「いやあああああ」」


 会場からあられもない道化の裸を見て悲鳴が上がった。

 獣人の子を散々素っ裸にしといて良く悲鳴をあげるもんだ、クソ淑女の皆さま。


「会場はオレたちが占拠した。

 今、この瞬間からこの会場は奴隷市場じゃなくて貴族市場に変わります。

 覚悟しろよ、お前ら!」


 会場は騒然となった。

 一部の貴族は剣を抜き放つが、抜き放ったものから冒険者たちに袋叩きに合っていて、怯えてしまって数人ぶちのめしたところで誰も剣を抜かなくなった。

 そもそも会場には仮面をつけた冒険者より客の方が多いのだ。

 全員で一致団結すれば、冒険者たちに勝てたかも知れない。


 ただ、普段から命を懸けて戦っている冒険者と、手習いの貴族剣術では咄嗟の判断に雲泥の差が出る。

 貴族は剣を抜き放ち、冒険者を威嚇しただけだったが、冒険者たちは剣を抜くや否や斬りかかっていく。

 貴族たちの悲鳴で会場は埋め尽くされていた。

 

「はい、注目!」


 舞台上ではブライアンがスッパダカにされ両手に腕輪を嵌められていた。

 ふふ、ヘルガ鮮やかな手口だぞ。


「貴族市場、第一号の出品です。

 金髪碧眼美貌のブライアン!

 公爵令息ブライアン・アルダーソン!

 ささ、みなさん値付けの方を……」


 オレは皆へ値付けを促す。

 会場はざわつくがだれも値付けに参加しなかった。


「侯爵令息ブライアンは0チロル。

 よろしいですか」


 誰も答えない。


「ふざけるなあああああ!」


 ブライアンはオレを睨みつけ叫び声をあげた。


「私を誰だと思っている。

 公爵令息にこんな真似をしてただで済むと思っているのか!

 変な仮面をつけやがって!

 顔を出しやがれ! 卑怯者が。

 その顔を覚えて絶対に殺してやるぞ!」


 オレはマリーに言われた通り蝶の仮面をつけていた。


「そうだよな。

 やっぱり卑怯だよな。

 オレのしたことはすべてオレに帰ってくる」


 オレは、仮面を投げ捨てた。


「ちょ、ちょっとおおおおおお!」


 マリーが叫んでいるが、知ったことか。


「オレはリク・ハヤマ。

 奴隷を解放することにした」


 ヘルガが、走り寄ってきた。


「来て大丈夫か?

 ヘルガまで顔と名前をさらすことないんだぞ」


 ヘルガも着けていた仮面を空中に飛ばした。


「あああああ、やめてくださいい!」


 マリーの悲鳴が聞こえた。

 会場がどよめく。


「おい、アレ……」

「ギルドマスターじゃないか」


 どよめく会場の中、ヘルガはオレに近づいてきた。


「リクは私を守ってくれた。

 私を自由にさせてくれたよ。

 だから、いつだって一緒だからね」


 ヘルガはオレの隣に来て、オレと手を繋いだ。

 指と指をからませ、恋人繋ぎ。

 ヘルガを矢面に立たせるのは躊躇してたんだけどなあ。

 でも、こんなに素敵な笑顔をオレに向けてくれるヘルガの手を離すことはできなかった。


「ベケットの冒険者ギルド、ギルドマスターヘルガ・ロート。

 私も奴隷を解放するよ。

 魔族ばっかり斬って来たけど、盗賊の類くらい斬ったことだってある。

 邪魔するなら容赦しないからね」


 ニコニコ笑顔のヘルガだが、最後のひとことだけはとても低い声が出た。

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