49 割に合わない依頼
オレとヘルガはザイフリートの商館に着く前にギルドに立ち寄った。
コリンナとプロジア、マリーには町長がすでに会議の連絡を済ませてくれていて、オレ達との会議のため早くから一階で待機していたようだ。
「どうしました、ヘルガ様。
凛々しくて美しくて尊いヘルガ様の元のお顔に戻ってらっしゃいますよ」
マリーはオレと会ってから柔和になったヘルガより、冷徹という言葉が良く似合うヘルガの表情の方がお好みのようだ。
頬を深紅に染め、瞳を濡らし口から吐息を漏らしている。
ヘルガの頼みとは言え、オレはとんだ変態をヨメにしてしまったようだ。
ただ、オレはマリーを悦ばせるためにギルドへ来たわけではない。
「キットとトビーがザイフリートにさらわれた」
「そ、そんな……」
みなの表情に緊張が走る。コリンナは動揺していたが、マリー、プロジアはさすがに戦闘を生業にしているだけあって目つきを鋭くしただけだった。
「どうするんです?
リク様、まさかザイフリートと争う気ではありませんよね?」
マリーは、ヘルガとギルドを案じているのか、ザイフリートと争うのは反対のようだ。
「今から争うわけじゃない」
オレはマリーの言葉を否定した。
下を向き腕を組んでいたプロジアが口を開いた。
「リク様、あいつらのためにゴロツキと戦っていただいたと聞きました。
ありがとうございます。
ただ、マリーさんの言うことが正解だと思いますよ」
プロジアは自らをあざけるように笑った。
「ザイフリートはグラフ侯爵家と縁の深い力のある商会だ。
新婚のヘルガ様とリク様が争って得をする相手じゃないですよ」
オレとヘルガのことはプロジアにまで伝わっているようだ。
「オレ、リク・ハヤマ傭兵団を抜けさせてもらいます。
今までありがとうございました」
プロジアはオレに頭を下げ、振り返らずに入り口に向かって歩いて行った。
マリーがプロジアに駆け寄って肩をつかんだ。
「プロジア、あなたどこに行くつもりですか?
まさか一人でザイフリート相手に戦うつもりじゃないでしょうね」
「ははは、まさか。
少し散歩に行ってくるだけですよ」
プロジアはマリーの手を払うと、歩き出した。
……プロジア、お前は散歩するために槍に手をかけるのか。
「マリー、信用できる人物を集めてくれ」
オレがそう告げるとマリーは目を見開いた。
「リク様、今から争うわけじゃないって言ってましたよね?」
「そうだな、今から争うわけじゃない……もうすでに争っているからな」
「ええ? どういうことですか」
マリーは動揺していた。
「プロジア、足を止めてくれ」
「何ですか、リク様。
オレは止まりませんよ。
あいつらの不始末はオレが片付けます」
プロジアの顔は初めて会った時とは違い、だれかを守りたいっていう決意をした男の顔をしていた。
フン、お前だけに格好つけさせるわけないだろ。
「オレ、ザイフリートがむかついてすでに代表の息子を叩きのめしてるんだよね」
「「はあ?」」
プロジアとマリーは驚いて間抜けな声を出した。
「ほ、本当ですか? ヘルガ様」
マリーは慌ててヘルガの手を握り問いかけた。
「うん、本当」
「ウソですよね?
ウソですって言ってくださいませ!」
マリーはヘルガにしがみつきヘルガを揺らし続けた。
「あはは、マリー。
目が回るよ」
ヘルガは平然とした顔で揺らされながらマリーの頭を撫で続けていた。
「マリー、信用できるものを全て集めてくれ。
あと、ザイフリート打倒依頼を冒険者ギルドの掲示板に張り付けろ」
「な、なにを言っているかわかっていますか!
グラフ侯爵家と戦うことになるかもしれないのですよ」
マリーは絶叫に近い叫び声をあげていた。
「マリー。
オレたちはヘルガのためヴァイスブルグ侯爵家とも戦う可能性がある。
その時、ギルドがヘルガのために何ができるのか。
それをオレは聞いてるんだ」
オレはマリーの肩を掴んだ。
「ギルドの全権限を使ってザイフリートと戦うんだ。
依頼を張る掲示板にでかでかとザイフリート打倒を掲げろ。
そして、ザイフリート打倒依頼を受けてくれた冒険者の顔と、受けなかった冒険者の顔をすべて覚えろ」
「ギルドが領主の許可状を得た商会と争うなんて……」
マリーはヘルガにしがみいた。
ヘルガは微笑みながらマリーの頭を撫で続けていた。
「無理しなくていいんだよ、マリー」
マリーもヘルガに甘いが、ヘルガもマリーに甘い。
ヘルガ、何のためにオレがマリーをヨメにしたと思ってる。
すべてお前のためなんだ。
マリーが役に立たないっていうのなら、お前の側に置いてはおけない。
「マリー、土壇場で裏切るような奴ならヘルガの側に要らないんだ。
お前も、ギルドもな」
オレはそう言い捨てると、ヘルガにしがみついているマリーを引きはがし、ヘルガと手をつないだ。
「急にどうしたの?」
「酒場にたむろしている冒険者をたきつけるぞ」
ついて来い。
あと、話すのうまくないから、フォロー頼むよ」
「わかった。
リクが私を頼ってくれて嬉しいよ」
オレとヘルガは手をつないでギルドの掲示板にほど近い酒場に立った。
「おい、お前ら」
オレは大声を出し、注目を集める。
「オレはザイフリートが嫌いだ。
だから、潰しに行く。
お前ら、どーせ暇だろ?
ついて来いよ」
話を終えたオレを割れんばかりの拍手が包んだ。
拍手をしていたのは、コリンナだけだったけど。
他の奴らは、目が点になっていたり、目が白くなっていたりした。。
「リク様、とてもカッコよかったです!
私、感動して泣いてしまいました」
コリンナの瞳は涙で潤んでいるようだ。
フフフ、コリンナめ可愛い奴だ。
あとで肉球を重点的にぷにぷにしてやろう。
しかし、自分で言うのもなんだが、心に染み入るいい話だ。
フハハハ、さすがオレだ。
話術の才能すら神はオレに与えたもうた。
「リク様、演説って知ってらっしゃいますか」
マリーは白い眼をして、オレを見つめていた。
「え、えんぜつ?
ああ、知ってるぞ。
チャクラムのことだろ?」
オレは武器に詳しいぞ。
「それは円月輪です!
リク様のあのような演説でだれかついてくるとでも思っているのですか!」
マリーは何だか怒っている。
「リク、私もみんなに話してくるね。
マリー、リクにも苦手なものもあるんだよ。
馬鹿にするようなら許さないからね」
ヘルガはオレと戦った時のような闘志むき出しの瞳でマリーを睨んだ。
「す、すみませんでした!
ヘルガ様……」
マリーは涙目で口を半開きにして涎を垂らし、もじもじしていた。
「ねえ、みんな」
ヘルガが話した瞬間、ざわざわとしていた冒険者たちが一斉にヘルガに注目し、静寂が訪れた。
「ウチに登録していた冒険者がザイフリートにさらわれた」
抑揚を抑えて語りだしたヘルガの瞳は、怒りを押し込めているように見えた。
「ザイフリートの獣人奴隷が鞭で打たれているのを見かねて、あの子たちはザイフリートが雇ったゴロツキ達に飛び出していったんだ。
私はあの子たちを叱った。
……あの子たちの身に何かあってはいけないから。
でも、私はうらやましかった。
ただ自分の正義のために突っ走って行ったあの子たちのことが……」
感情を抑えようとしているヘルガの身体は震えていた。
安心させようとしてヘルガの手を強く握ったオレに笑顔を見せて、ヘルガは演説の続きを始めた。
「私は生活するために剣を握った。
みんなもそうだと思う」
冒険者たちは頷いた。
ここに集まった冒険者たちは、基本食うに困って剣を握った者たちだから。
「でも、何でみんなここにいるの?
冒険者ギルドの依頼より割のいい仕事はあるよ。
たとえば……獣人奴隷を狩ること」
オレは一瞬瞳が赤くなったヘルガのために魔族化から解こうとしたが、ヘルガは笑って首を振った。
「……危険なモンスターを借りに行くより獣人奴隷を狩りに行く方が儲かるんだ。
簡単なことだよ。
自分の心に蓋をすればいいんだ。
鞭で打たれる獣人たちと自分は違う。
そう思えばいいんだ。
そうすれば、お金が手に入るんだ」
ヘルガの声に段々と熱がこもっていくのが分かる。
そして、傍から見ているオレにはその熱が冒険者たちに伝播していくのもありありと見て取れた。
「冒険者として暮らしていくうち、報酬の金額よりも依頼者の笑顔の方が嬉しくなっていくんだ。
ヒトは自分のためだけに生きていけるほど、強くはないよ。
うちのギルドはとても割に合わない報酬の依頼も掲示板に載せてる。
貧しい村の依頼や、親を亡くした子どもたちの依頼なんかを、掲示板のすみっこに乗せてるんだ。
モンスターを退治するのに報酬が山ブドウだったり、お漬物だったりする。
それでもね、一週間も経てばその依頼は掲示板からなくなってる。
誰かがやってくれてるんだ」
冒険者たちは熱心にヘルガの話に耳を傾けていた。
オレは、こいつらのことをちょっとだけ好きになった。
「もし、ここにいるみんなの中に掲示板の隅っこの依頼を受けてくれた人がいたなら、私についてきて。
私が孤児院の子どもたちとクッキーを焼いてあげるから」
冒険者たちはその場に押し黙っていた。
……誰だって我が身は可愛いもんだ。
「じゃあ、リク。
行こう」
オレとヘルガは壇上から降りてみなの元に戻った。
「さて、オレとヘルガは今からザイフリートのところに行く。
プロジア、散歩なんかやめてオレについて来いよ」
プロジアはバツが悪そうに笑っていた。
「ヘルガ様の演説、素晴らしかったです。
オレはちょっと聞いてられなかったですよ。
恥ずかしくて。
顔をずっと下に向けてました」
「顔を下に向ける……」
マリーはぶつぶつと呟いていた。
「リク様、だーれだ」
「わわ」
オレの眼を後ろから手を当て誰かが隠した。
うむ、ブンブンと何かを震わせるような音がするし、むにゅんとしたものの大きさでオレは誰かわかるぞ。
「コリンナ、尻尾を動かしながらだとだれかすぐにわかるぞ。
急にどうした?」
「……リク様に奴隷から解放していただいたことを思い出してしまって、リク様とくっつきたくて居ても立ってもいられなかったのです」
コリンナは頬を紅潮させ、尻尾を震わせていた。
「そんなに尻尾を振り回していたら、たとえ仮面舞踏会でもコリンナだとわかってしまうぞ」
「仮面舞踏会……」
マリーはぶつぶつとずっと呟いていた。




