44 婚約(破棄)
「最初からこうすればよかったんだ」
オレは右手を掲げた。
これ以上、被害が出る前に即死させる。
ヘルガは、オレの手を取って首を振った。
もう殺すしかないだろ、ここまでこじれてしまったんだ。
ヘルガはオレの手を押さえたまま、ハンスに向き直った。
「ハンス様、私があなたと結婚できない理由はもう一つあります」
「ヘルガ、おい、やめろ!」
ヘルガはオレを見て微笑むと瞳を赤く変化させ、背中から黒翼を生やした。
「へ、ヘルガ様、その姿は……」
「ハンス様、私は魔族の混血です。
だから、侯爵家に輿入れする権利など元からないのです」
ヘルガは赤い瞳でじっとハンスを見つめていた。
「ウ、ウソだ! 侯爵家に魔族の血が入るなんて認められません。
嘘だと言ってください、ヘルガ様……」
ハンスは膝をつき、頭を抱えた。
「ハンス様。
そうです、侯爵家じゃなくても魔族の血が入った女など妻にしたい人などいません」
ヘルガ、自分を卑下するなよ。
「だから、こんな私を認めてくれる人と幸せになりたいだけなんです。
ハンス様、黙っていてすみませんでした」
オレはヘルガの正体をハンスに伝えることに反対していた。
このままハンスを生きて返した場合、ヘルガが命を狙われることになるから。
「魔族が侯爵家に輿入れすることはもちろん、人間領域にいることすら認められない」
ハンスは立ち上がった。
「ヘルガは魔族化を抑えて生きてきた。
これからもそうやって生きていく。
だから、引き続きこの町にいさせてやってほしい。
ハンス、このことは他の誰も知らないんだ。
だから、頼むよ。
誰にも言わないでくれ」
オレは誠心誠意、頭を下げた。
「私がヘルガ様が魔族であることを黙ったまま、婚約破棄を受け入れる……
理由もないのに、平民の女に婚約破棄されるなんて貴族のプライドが許しません。
社交界でのいい笑いものですよ」
ハンスは床に唾を吐いた。
ハンス、結局お前のプライドの話なのか。
ヘルガを平民の女呼ばわりしやがったな。
ヘルガの真剣な告白はお前に届かなかったのだな。
「ヘルガ様、私とて辛いのですが……死んでいただけますか?
それが一番まとまりがいいと思うのです」
ハンスは収めていた剣をすらりと抜き、ヘルガへ向けた。
「そうだな、それが一番いいな。
ニンゲン風情が、オレのヨメを殺そうとするだと……万死に値するぞ」
オレはこれ以上ないほど、低く抑えた声を出した。
「ただ、ハンス。
今、オレは気分がいい。
フフフ、これ以上ないほどの美女をヨメに迎えることが出来るのだから」
おいで、ヘルガ」
「え? リク、急にどうしたの?」
オレは、ヘルガの隣に行くとヘルガの唇を奪った。
ちゅぱ……
「急に、どうしたのリク」
「なあに、ハンスに見せつけてやってるだけのこと」
オレはヘルガを抱きしめ、もう一度深く唇を重ねた。
むちゅ……
「き、貴様ああああ!」
ハンスがオレに剣を向けて斬りかかってきた。
【ハンスの動きを止めろ】
オレは鬼道を使い、ハンスの自由を完全に奪い、ハンスは握った剣を落とした。
「な、なにを……」
「魔族に歯向かうということがどういうことか、まだわからないのか?
このまま、オレが指一本動かすだけでお前の命など奪うことが出来るのだぞ」
オレはハンスの落とした剣を拾い、動きを止めたハンスの首筋の薄皮一枚を斬った。
「あ、あ、ああああああ!」
「ふふふ、可愛い声で鳴いてやがるなあ、ハンス。
貴族だろうが所詮ニンゲンだろう?
それに、ハンス。
お前、ヘルガを妻には迎えないんだろう?
だったら、お前が捨てたおもちゃをオレがいかに使おうと勝手ではないか」
オレはいかにも悪役っぽくクカカと笑った。
「ああ、そうそう。
お前には特別に教えてやるけど、オレは人間を魔族化することが出来る」
「な、なんだとおおお!」
「クハハハハハハ!」
うーん、ちょっと演技に熱が入って来たぞ。
よし、演技は形から。
【オレを魔族化させろ】
オレの翼から4枚の黒翼が生え、体色は紫に変化し、皮膚には黒い文様が刻まれている。
どっからどう見ても、ザ・魔族って感じだな。
「ま、魔族!」
ハンスは怯えており、町長はぽかんとしていた。
「決闘の後、生娘のヘルガを弄んだあと、オレはヘルガに魔力を込めたオレの血液を流し込んだ。
ククク、ヘルガは可愛い声で鳴いていたぞ?
許してください、ハンス様となあ……
その後もヘルガを弄びながら、魔族の血をたっぷりと注いでやった。
日に日に魔族へと変わっていく自分の体に怯えるヘルガのあの表情、ククク。
今思い出しても、ククク。オレの暗い欲望を満たしてくれるわ。
クカカカカカカ!」
「き、貴様ああああ!」
ハンスの顔は怒りで今にも沸騰しそうになっていた。
「だからそうヘルガを責めるな。
街の英雄として、その身をすべてオレに捧げたヘルガがお前に嫁げないのも、すべてオレが仕組んだことだ。
ククク、今ではヘルガは身も心もすべてオレのモノになった。
あ、そうそうハンス。
もし、ヘルガを人間にしたければオレを殺すといい。
オレが死ねばヘルガの身体を支配する魔族の血も消えてしまうだろうから」
オレは、ハンスの拘束を解いた。
「貴様ああああ!」
ハンスは丸腰でオレに飛びかかろうとしていた。
「怒りに任せた感情的な攻撃ではオレを倒すことはできんよ」
【ハンスを壁に叩きつけろ】
「ぐあああああ!」
ハンスは壁に叩きつけられた。
ふう、これだけ情報を与えておけばハンスの怒りはオレに向かってくれるだろう。
さてと……
【騎士達よ、起きろ】
「「ハッ」」
騎士たちは気絶から解かれていた。
「主人を連れて帰ってくれ」
「ま、魔族!」
騎士たちはオレの姿に慌てて武器を握った。
「そうそう、オレは魔族なんだが……まさかこの数で魔族とやりあうつもりか?
この中にBランク以上の冒険者でもいるのか?
魔族討伐はAランク以上のものを隊長として、隊員はBランクのものを10名くらいは連れてくるものだと聞いてるけどな。
まあ、無駄死にしたければどうぞ。
今すぐ殺してやるぞ。
ああ、そうそう火は消して行け」
「クソ、仕方がないが言う通りにするぞ。
幸い、ハンス様は気を失っておられる。
貴族の方はプライド故、魔族の指示になど従えないというだろうが……
我々は命あっての物種だ」
騎士たちの中で装飾の立派な兜のものが隊長格なのだろう。
他の騎士に指示をして、火を消し撤退していった。
「ふう、何とかなったな」
「何とかなってるわけないじゃないですか!
何考えてるんですか、アンタは!
ハンス様が軍隊を引き連れこの町に向かってきますよ!」
町長は激高しながらこちらに向かってきた。
「じゃあさ、ハンス殺してよかったのか?」
「いや、それは……そうですが」
町長は下を向いていた。
そうだよな、解決方法なんてなかったんだ。
「でも、リク何でハンス様を挑発したの?
私を弄んだとか、魔族にしたとか……でたらめばっかりそれに何で魔族の正体を見せたの?」
正体って……オレは魔族じゃないんだけど。
あ、体をもとに戻してなかった。
【体を人間に戻せ!】
「ハンス様を怒らせ、自分が魔族化したということによりヘルガ様を守りたかったのでしょう……それにしてもやり方が無茶苦茶ですけど」
町長には意図は伝わっていたようだ。
仕方ないだろ、ヘルガだって責任は全部自分にあるって態度を取った。
オレはヘルガに危険が及ぶなんて耐えられないから。
「でも……リクも私に正体を見せてくれたね。
私、うれしいよ」
ヘルガはとてもにこにこしていた。
「それに、魔族のリクもとってもカッコよかったよ」
ヘルガはオレに抱き着いてきた。
黒翼をはためかせ、赤い瞳を輝かせるヘルガはとてもキレイだった。
「オレは魔族じゃないよ」
「ふふ、私はどっちだっていいんだ。
リクはリクだよ」
どちらともなく唇を合わせた。
心臓が高鳴っている。きっとこれはヘルガのサキュバスの能力で誘惑されたからなんかじゃないんだ。
「ヘルガ、何があっても守ってみせるから危ないことするなよ。
さっきの魔法で危うく火傷するところだったんだぞ」
ハンスの魔法は実際大したもので、Sランク冒険者のヘルガとはいえ防御をしないと大ダメージを負ってしまっていただろう。
「うん、でもリクもだよ。危ないことしないでね」
「なるべくな」
「あと、美女って言ってくれて嬉しかったよ。
ありがとね」
むちゅ……
ヘルガからオレにキスをしてきた。
「そう思ってるから言ったまでだ」
オレはヘルガの髪をなでた。
「あと、ヘルガ」
オレの胸の中にいるヘルガを見つめた。
「リク、急に真面目な顔をしてどうしたの?」
「ヘルガをヨメに迎えたい男は山ほどいる。本当だ。
自分を卑下するなよ。
お前は可愛い。キレイだ。美人だと思う」
「リク……」
ヘルガはオレの胸に頭をうずめた。
「今日でハンスと婚約破棄したから、正式にお前に求婚出来るな」
オレは、ヘルガの両肩を持った。
今日でようやく婚約破棄できたんだ。
オレはずっとこの日を待ってたんだぞ、ヘルガ。
「絶対幸せにするから、オレと結婚してください」
「……はい。ずっと一緒だよ!」
オレはヘルガをぎゅっと抱きしめ、唇を合わせ、ヘルガがぶつからない様に庭の地面に押し倒した。
「ドレス汚れちゃうよ」
「後で洗えばいいよ、ヘルガ。
オレもう止まらないからな」
地面に仰向けとなったヘルガに体を重ね、もう一度キスをした。
ヘルガは頬を紅潮させ、オレの耳元にささやいた。
「いいよ、リク。
……来て。フフ、待たせてごめんね」
オレはヘルガのドレスに手をかけた。
「あの、せめて部屋に戻ってくれませんかね」
町長が呆れたようにオレたちに声をかけた。
「い、いたの?」
「いたのかよ、覗いてるんじゃないぞ」
「さっきから私ずっといたでしょうがッ!」
ヘルガの顔は恥ずかしさで真っ赤に染まっていて、町長の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。




