43 ヘルガを守るためならば
ハンスの号令で騎士たちが屋敷で人探しを行い始めた。
探している人物は――オレだ。
騎士たちはツボを破壊したり、使用人を脅迫したり、扉を蹴破ったりしている。
「ハンス様、何をしているかお分かりですか? ここはグラフ侯爵家の領地なのですよ?」
ヘルガが抗議していた。
オレといるときは優しい口調のヘルガだが、TPOはわきまえているようだ。
「ヘルガ様、気遣ってくれてありがとう。
ただね、グラフ侯爵様はわかってくれるさ」
ハンスは歪んだ笑顔を見せた。
底が知れたな、ハンス。
その顔は、決して婚約者に向ける顔じゃない。
どんなに怒っていても、自分のヨメにぐらい笑顔を見せるのが男ってもんだ。
「婚約者を奪われた男が騎士たちと魔族討伐にやってきた――その時に多少のものを壊したところで、お許しになるはずさ」
ハンスは激高しながらも、人としてやっていいかどうかって言うのは置いといて――グラフ家が許さざるを得ないラインってのを意識しているのか。
――魔族に奪われた婚約者を取り返しに来た侯爵令息――
なんてのは、民衆の楽しいゴシップになるだろう。
そして、魔族討伐後のハンスは英雄と呼ばれる。
ハンスの筋書き通りに運べば、たしかにグラフ家も表立って非難できないだろう。
町長の家を破壊したところで、すべて魔族のせいにすればいいのだ。
「とっとと出て来いよ、魔族リク・ハヤマ!」
ハンスは抜刀して町長のそばの鉢植えを真っ二つにした。
「はははは、私が正しいんですよ? ヘルガ様。
ヘルガ様を弄んでいるのは、魔族なんだから。
何をさておいても排除すべきだ――違いますか?
それとも、ヘルガ様を弄んでいた男が魔族でなくただの人間で、お前が匿っているとでもいうつもりですか。
町長! 答えてくださいよ」
ハンスは剣を横に薙ぎ、町長の首の寸前でピタリと止めて見せた。
町長はピクリとも動かない。
大した根性だ。
「ハンス様、どうか怒りをお収めください。
私のことを許せないのはわかります。
ですが、この屋敷のものに手を上げるのはやめてください!」
ヘルガは、平伏してハンスに謝罪を述べ続ける。
ハンスはそんなヘルガの手を握り、ヘルガを立たせた。
おい、手を握ってんじゃねえよ。
「ヘルガ様、先ほどの――気の迷いの結果の婚約破棄など、私はもう許している。
だから、こちらへおいでなさい」
ハンスがヘルガの手を引いた。
二人の目が合う。
ヘルガは目を逸らした。
ハンスの眉がピクリと動いたのをオレは見逃さなかった。
ハンスはヘルガを抱き寄せ、唇を奪おうとした。
ふざけんな!
オレが瞬間移動するより早く、ヘルガがハンスを突き飛ばした。
っと、あぶない。
瞬間移動してヘルガを蹴っ飛ばしてしまうとこだった。
「い、嫌です。
私はあなたと結婚できません」
ヘルガは瞳に涙をため、ハンスに拒絶の意思を示した。
「何が不満なんですか、ヘルガ様。
何不自由ない暮らしをさせてあげますよ」
「……私には一緒にいたい人がいます。
だから、あなたとは結婚できません」
ヘルガはハンスに誠実に自分の思いを伝えた。
「それが、リク・ハヤマですか」
「……はい」
ヘルガはこくりと頷いた。
「ヘルガ様、あなたは魔族に騙されているんだ。
魔族は精神魔法を使うと聞きます。
キミの清廉な心でさえ、奪い去っていくほどの強力な精神魔法をかけられているんですよ」
ハンスはヘルガの目を見ようとしなかった。
まっすぐにハンスを見つめるヘルガの目を見れば、ヘルガの心が自分にはないことがわかってしまうからだろうか。
「必ず魔族を見つけ出して殺してあげます。
そしたら、きっと……キミを取り戻せるから」
自分に酔ったように見えるハンスはヘルガに背を向け、騎士たちに命令した。
「屋敷に火を放ちなさい!」
手際よく屋敷に火をつけ出す騎士たち。
「やめてくれ、屋敷に火をつける必要はないだろう!
使用人もいるんだ、やめてくれ!」
町長が絞り出すように叫ぶ。
もういいよな、町長。
オレ、出るからな。
町長はオレと目が合うと首を振った。
町長、もう頑張らなくていいよ。
アンタには迷惑かけない様にするから。
「さっさと連れてきなさい! 魔族リク・ハヤマを。
町長、あなたがかくまっているのはわかってるんですよ!」
もうオレが出ずにこの場を収める方法なんてないだろ。
「リクは、ここにはいない」
やめてくれよ町長。
ヘルガはまだしも、アンタがオレをかばうことないだろ。
「町長、あなたが死んでからも……同じセリフが言えるといいですね」
ハンスは剣を振りかぶる。
町長は覚悟を決めていた。
「町長!」
ヘルガが動こうとした瞬間に、騎士がヘルガのドレスを踏みつけ、騎士3人がかりでヘルガを拘束した。
「やめろよ。
お前が探しているのはオレだろ?」
オレはハンスと町長の間に立つ。
ハンスは後ろに下がり、構え直した。
「リク・ハヤマぁ!」
ハンスは血走った目でオレを見つめる。
「ヘルガを解放してやれよ」
【エネルギー覇!】
オレの右手から放たれたエネルギーがヘルガを抑えていた騎士たちをはね飛ばした。
「ぐわぁあああああ!」
「リク!」
ヘルガがオレに駆け寄ってオレに寄り添った。
ごめんな、泣かせてすまない。
オレは袖でヘルガを拭った。
「今、何をした!
全く動きが見えなかったが……」
「そんなことはどうでもいい。
……あの、あれだろ? お前怒ってるんだろ?
ヘルガをオレに取られて。
一発殴らせてやるから、それで許してくれよ」
精いっぱい考えた結果がこれである。
どうせ、オレもハンスもお互いのことが嫌いだ。
歩み寄れる方法など無い。
オレの精いっぱいの譲歩だった。
「いいのか」
「一発だけだぞ」
ハンスがオレに近寄ってくる。
助走をつけている。
やべえ、痛そうだなあ。
でも、ヘルガも町長もオレのために頑張ってくれた。
一発ぐらい甘んじて受けるさ。
バチコーン。
痛い、マジでいたい。
オレは吹っ飛んで壁に激突していた。
クソ、レベルが高ければこんな奴に……
あら、歯が全部飛んでいる。
ははははは。
【歯よ、オレのもとに戻れ。痛みを消せ】
回復しないとはいってないからな。
さすがに歯はないといい男が台無しだからな。
うん、これで、ハンスも許してくれたかな。
【大罪を司る精霊よ。我の憤怒の叫びを聞き、その願いを聞き入れよ、炎の大鎌】!
ハンス、オレは一発殴っていいとは言ったが、めいっぱい呪文詠唱していいとは言ってねえぞ!
オレの前に現れる炎の鎌。
ハンスは巨大な炎の鎌を握りしめ、地面に向かって唾を吐き、オレに向かって突撃してきた。
「魔族の仲間は、魔族だ。
それこそこの場にいる全員燃やしても私の怒りは消えやしないんだよ、リク・ハヤマぁ!」
近づいてきたハンスはオレに炎の鎌で斬りかかってきた。
ヘルガが、それに割って入る。
何も持たず、手を広げて。
何やってんだ、ヘルガ。
お前が斬られてどうなるって言うんだ。
【炎の鎌を消せ!】
ハンスは突然炎の鎌が消えたことに驚いていた。
「何をした! まさかお前、本当に魔族なのか」
ハンスの表情には怯えが混ざっている。
オレとヘルガの贖罪のためにヘルガはハンスの刃に身をさらした。
なぜ、ヘルガがそこまでしなければならないんだ。
ヘルガは今まで自分で決めたことなどほとんどなかったのに。
やっと自分のことがわかったのに。
ハンスがいる限りヘルガが笑えないならば、オレが罪を背負おう。
オレは魔族らしいから。
お前の言うとおり、魔族として対応してやろう。
「おい、答えろ!」
オレはつとめていやらしく笑った。
「ニンゲン風情が……オレに偉そうな口を叩くな」




