42 あなたと結婚できません
孤児院である古い教会から抜け出し、アンナとイルマの前へ。
その前にはハンス・ヴァイスブルグが白目をむいて倒れており、トビー達や子どもたちが人だかりを作っていた。
「ヘルガ様、ハンスさまが2階から落ちてきました」
イルマは近づいてきたヘルガを見つけて状況を伝えてくれた。
「あれ、ヘルガ様。
服が脱げかけているよ?」
イルマの純真な質問がオレとヘルガの心に突き刺さる。
アンナは何も言わず、ヘルガの服と髪を整えるのを手伝ってくれた。
「ヴァイスブルグ家のハンス様がヘルガ様を訪ねてまいりました。
『町でヘルガ様の良くないウワサを聞いた。彼女に限ってまさかそんなことは無いと思うが、確かめに来た』とおっしゃっていました。我々が止めるのも聞かず、ヘルガ様のもとへ……」
どうやって事態を収拾すればいいんだろうか。
最終手段はハンスの口を塞いでしまうことだが、ヘルガは許してくれないだろうな。
「ひとまず仕切りなおそう。
アンナ、『我々はいなかった。ヘルガは町長の屋敷にいるのではないか』と伝えてくれ」
アンナは頷いた。
「トビー、キット。
リンを任せたぞ」
「「うん」」
二人は力強く頷いてくれた。
☆★
【瞬間移動】
ヘルガとともに町長の屋敷のオレが使っている部屋へ。
「……事態が急すぎて私ついていけないよ」
ヘルガはまだ混乱しているようで興奮しており、黒翼をはためかせていた。まあ、落ち着こう。
【魔族化を解け】
「……ここは町長の家なの? あっという間についたけど」
「町長の屋敷のオレの部屋だよ」
「へえ、ここにリクが寝てるんだね」
ヘルガは、オレのベッドに寝転がる。
「アンナに整えてもらったのにまた髪が乱れるぞ」
「乱れさせたのはだれなの、リク」
ヘルガはオレを睨んでいるが、口元は笑っていた。
「ふふふ、それは、オレだあ!」
「キャー」
オレも寝転がって後ろからヘルガを抱き締めてごろごろする。
ヘルガの細身の体であるが、抱きしめるとあるところにはあることがしっかりと伝わってくる。
……はて、何をやっているんだ?
そう、二人ともびっくりして現実逃避してしまった。
でも、もう少しだけヘルガを抱きしめたままでいたい。
「……あれがね、ヴァイスブルグ侯爵家のハンス様」
そうだろうな。
貴族だろうなって身なり。
「……私、剣士失格だよ。ハンス様が部屋の入口まで来てたのにわからないんだもん」
「オレも、武闘家失格だな」
オレはレベルが低いけど、戸を開けられるまで気づかないなんてな。
二人とも燃え上がってしまっていたのでしかたないけど。
「反省はおいといて、侯爵家をどうするかだ」
「うん」
さすがに抱きしめながら相談するのはオカシイので、というかヘルガの匂いや柔らかい感触でオレがおかしくなってしまうので一緒に起き上り、二人でベッドに腰かけて話を進める。
「瞬間移動のお陰で時間が稼げたので、オレとヘルガはあそこにいなかったことにしよう。
アンナもうまく説明してくれるさ。
馬車より早い人間など通常いないからな。
オレ達は町長の屋敷にいて、孤児院にはいなかったと、町長の家と周りを歩き回ってみんなを証人にしよう」
「え……ムリじゃない? それ、ムリがあるよ」
☆★
――町長の部屋の応接室。
「全くあきれましたな」
町長は深くタメ息をついた。
「二人で町に遊びに行くのはまだしも、服屋で怪しいものを買ったり、大通りで仲睦まじく買い物をしているのは町の者たちが教えてくれましたが……」
町の人を手なずけている町長にかかればこれくらいの情報は即日収集か、何気に仕事が出来る町長だ。
「まさか、イチャイチャの最中に踏み込まれるとは。
二人とも達人級の武芸者でしょうに。
侯爵の息子が近づいてくるくらい察知できないんですかねえ」
嫌味ほとばしる町長であるが、まったくもって言い返す材料がない。
ただ、ねちっこくぐちぐち言われてムカついたので、瞬間移動して町長の後頭部から50本ほど髪を抜いておく。
オレはレベルが低いので、忍耐力も低いのだ。
ブチブチブチ。
「痛い! なんでしょう、虫でしょうか」
毛だと思うよ。
「まあ、やってしまったものは仕方がない」
「私、頑張って謝るよ」
ヘルガは前向きに物事に対処しようとしている。
「正装したヘルガ様と私でこの屋敷に招待しましょう。
向こうも急な来訪だから晩餐などは求めないでしょうし。
その時に、二人で話せる時間を作りますから」
町長も嫌味を言いつつ、物事をうまく収めるよう考えてくれているようだ。
「頑張って謝って来いよ」
「うん。頑張る。どう断ろうかって思ってたけど、謝るしかないよね」
ヘルガの目に覚悟が見える。
「町長、ヘルガが魔族化することはやっぱり黙っておこう」
「納得しますかね」
町長が腕を組んだ。
「ハンスが納得しなくても、ヘルガが危険にさらされる可能性は少しでも低くしたいからな」
すでに好感度は最悪であるのでいたずらに刺激することは避けたい。
「ありがとう。リク、私頑張るからね」
「遠くで見てるよ。町長、ミアは呼べないか」
「手紙を書いてみます。ただ、間に合わないでしょうね」
侯爵家の抑えとして、同じ地位の侯爵令嬢ミアの看板が欲しかったところであるが、無理なら仕方ない。
☆★
町長の屋敷の庭の花は丁寧に整えられていた。
ヘルガはパニエで美しく広がったドレスを着ている。
相対するは、ヴァイスブルグ侯爵家嫡男ハンス様。
こちらも白を基調としてあちこちに刺繍の入った豪華な服装だ。
町長がハンスを正式に招待してこの場を設けた。
オレは、花壇の陰に隠れて二人の様子をうかがっていた。
とっとと本題に入りゃあいいのに、3人でグダグダと話している。
二人と町長は大きな円卓に腰かけておいしそうな焼き菓子を話のかたわらに、お上品に食べていた。
「ヘルガ様、この焼き菓子美味しいですね」
ハンスは顔は整っていて、さわやかな白い歯が印象的だ。
地位も金もある良物件であるので、婚姻を申し込まれて嫌がる女性は少ないのかもしれない。
ただ、オレの方が強いし、かっこいいし、何より美味しいものを美味しそうに食べるぞ。
美味しいならガツガツ食えよ、ガツガツと。
「……ええ、そうですね」
ヘルガは作り笑いを浮かべながら、扇で口を隠しながら焼き菓子を食べていた。
ほんっとうに貴族の礼儀作法とやらはまどろっこしい。
バリボリ食えよ、バリボリと。
正装したヘルガは美しいが、服屋でおばちゃんと話してたヘルガのがいい顔をしていると思うぞ。
ユーモアを交えたハンスの会話に、ヘルガが口を隠して笑っていた。
なんだか、人のヨメにちょっかいかけられてるみたいで見てて腹立ってくるな。
公式にはオレのほうが人の婚約者にちょっかい出してるやつらしいけど。
町長が席を外した。
ベケットの街とヴァイスブルグ家の懇親はここで終わりで、これからはプライベートな時間ということだろうか。
ヘルガとハンスは庭を歩きながら話をしていた。
段差がある度、ハンスがレディーファーストでエスコートしているが、ヘルガの手にちょいちょい触るんじゃないよ。
庭を眺めながら会話を続ける二人。
「ヘルガ様、婚姻の儀のときの衣装なのですが……」
「ごめんなさい!」
ヘルガが突然頭を下げた。
「私は……あなたと結婚できません」
「……え?」
「私はハンス様とは結婚できません、すみません」
ヘルガは頭を下げたままその場を動かない。
「やはり、噂ではなかったのですね」
ハンスはヘルガに笑いかけた。
「魔族と決闘に敗れたのち、その魔族につけ狙われているというのは……」
オレは魔族扱いされるのにもう慣れてしまっていた。
「さきほど孤児院でもヘルガ様は魔族にいいようにされていました。
……あれは見間違いではなかったのですね」
ハンスがヘルガの手を握った。
「あいつ殺そう」オレが立ち上がろうとしたら町長がオレの手を握った。
おいやめろ、町長とは婚約してないぞ。
いつのまにかオレの隣にいた町長は小声で話しかけてきた。
「いきなり殺すって野蛮人ですか、あんたは」
どうやらオレの心の声が漏れていたようだ。
「あいつが10秒以内にヘルガから手を離さなければ殺す」
オレのヨメに手を出してるんじゃねえぞ。
「わかりました。
私が止めてきますよ」
町長が立ち上がり、二人の前に顔を出す。
「おや、真剣なお顔でお二人とも、どうしました?」
ヘルガはハンスの手を振り払うと、ハンスと距離を置いた。
「町長、決闘のときの話は本当なのですか」
「どういうことです?」
ハンスの問いに町長はとぼけて首をかしげていた。
「ヘルガが魔族リク・ハヤマに姑息な手で敗れ、魔族にいい様にされているという話です。この町の長たるあなたが知らないはずはない!」
ハンスがいら立ちをぶつけるが、町長は素知らぬ顔で受け流した。
「ヘルガ様は剣士ですからな、決闘の結果はなによりも優先される。
彼女もそう答えるでしょう。
そうですよね、ヘルガ様」
「はい。ですから、あなたと結婚することはできません。
私よりもふさわしい方がいらっしゃいます。ハンス様」
ヘルガは頑張って芝居しているんだろうが、笑いたくなるほどの棒読みであり、顔の表情もガチガチに固まって氷のような無表情。どうやらヘルガは芝居の才能はないらしい。
大根演技を見てオレはヘルガがもっと愛しくなった。
ハンスが薄目を開けていやらしい笑みを浮かべていた。
「私があなたを救います、ヘルガ様。
私はあなたに剣の腕では及びませんが、集団で悪魔を殲滅するだけの力は持っているつもりです。
お前ら! 探せ、近くにリク・ハヤマがいるはずだ」
突然、騎士が10名ほど入って来て家探しを始めた。




