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41 ヘルガの部屋でふたりきり

「私がやりたくても出来なかったことをリクはやっちゃうんだね」


 ヘルガはオレの手を握った。


「ザイフリートのことか?」


 オレだって最初は穏便にボコボコにしようと思ったんだ。領主に正式な許可状をもらっている商会だったから。


「トビーとキットがやっちゃったからな」

「だって、リク様。あいつら悪い奴だろ?」


 キットはシンプルだ。


「ねえ、キット。アイツらに二人だけで勝てたの?」


 ヘルガはキットを睨んだ。


「それは……」


 キットが下を向く。


「で、でもボクらが戦わないとその子が……」


 トビーがヘルガに反論した。


「急ぐような状況じゃなかったよね、リクやプロジアを呼ぶ時間があった。

 そうだよね。

 自分たちだけで勝てたならいいよ、でも結局リクに助けられた」

「……」

 

 キットにもトビーにも返す言葉はなかった。


「でも、二人は私を助けようとしたんです」


 リンが反論した。


 ヘルガはリンの頭に手を置いた。


「私はね、命を懸けるしかないときってのはあると思うんだ。

 結果として負けてしまってもね」


 ヘルガは優しい声で3人に語り掛けた。


「でも、あの時は違ったよ。

 リンはすぐに殺されるわけじゃなかった。

 大人を呼びに行く時間はあった」


 3人はしゅんとしていた。


「リクは、みんなの味方だよ。

 危ないときでも、私やミア様が動けないときでもきっと助けに来てくれる。

 それが、リク・ハヤマ傭兵団だよね」


 3人にはヘルガの気持ちが伝わったようだ。


「まあ、オレが危ないときには助けに行くからな、フハハハハハ。

 それに、トビーとキット、勝てる勝てないじゃなく悪い奴らを許せない心はオレもヘルガも認めているからな」

「は、はい!」


 トビーとキットは嬉しそうだった。

 心配はかけないでほしいけど、オレもお前たちに教わったからな。


「じゃ、みんな今から孤児院に行くよついておいで」


 オレとヘルガを先頭にみんなで孤児院を目指した。

 大通りから少し外れて人どおりの少ない道へ。

 こっちはたしか、スラムだったか。


「それにしても、何で孤児院に行くんだ?」


 慣れた足取りでヘルガはスラムを進んでいく。


「えっとね。私ね、お母さんが亡くなってから一人で過ごしてたんだけど、その時に孤児院に少しだけいたの」


 ヘルガの母は幼いころに亡くなったと聞いていた。

 その後、孤児院にいたのか。


「そのときは、小さなとこに30人くらい住んでて、私はすぐに冒険者として稼げるようになったから出ていったんだけど。

 入った時のチビ達のこと気になってたから、ちょくちょく来てたんだよね。様子見に」


 思い出すようにゆっくり語るヘルガ。


「その時は、狭かったしご飯もなかったし、辛かったなあ。

 私はみんなより大きかったから、外に獣を採りに行ったり、おつかいの依頼を受けたりしてたんだよ。

 それでご飯を買ってみんなで食べたり」

「そうか。

 その子たちは今何しているの?」

「えっとね、悪い武闘家さんにみんなまとめてぶっ飛ばされた挙句、リーダーは無理やりお嫁さんにされたみたいだよ。

 マリーって言うんだけど知らない?」

「お前な、ヘルガがマリーも姉妹婚したいからヨメにしろっていったんだろ?」


 何が無理やりだよ、まったく。

 ヘルガは楽しそうに笑っていた。

 そうか、長い付き合いだったんだな。

 マリーたちヴァルキュリアと。


「ふふ。いまでもね、あの子たちとはその時の話をするんだ」


 マリー達の忠誠心はヘルガと長い時間を共に過ごしたことによるものか。


「いまでも顔出すんだな」

「今、私が孤児院の場所を借りてるんだ。

 先生の給料も私が出してるし。

 あ、それでね、今の孤児院には獣人の子たちもいるんだよ。

 孤児院にいないと、奴隷にされちゃうからね。

 いてもさらわれて奴隷にされたりするからね。もちろん助けにいくよ」

 

 控えめに話しているが、実質孤児院はヘルガが経営してるんじゃないか?


「お金けっこうかかるんじゃないの?」

「そうだよ、かかるんだよ。

 でも私しかできない依頼とかあるから高ランクの報酬をこなしてお金はもらってる。

 もう少し安く依頼を受けてもいいんだけど、今はきちんと高い報酬にしてるよ」


 さすが、Sランク冒険者だな。

 しかし、服をあまり持ってないのは孤児院経営の事情もありそうだな。

 収入が多くても使えばもちろんなくなるだろうし。


「ねえ、リク。

 私、仕事頑張るから、孤児院は続けていいかな」


 下を見ながらしゃべるヘルガ。オレに悪いと思ってるのかな。

 ヘルガは報酬が高いし、自分がお世話になった孤児院に恩返しって言うのも、とても素晴らしいと思う。


 あとは金だけど。仕方ない、オレが働くとしよう。


「孤児院は続けていいぞ。オレも働くし」

「ごめんね、リク。

 私、できるだけ孤児院の分は稼ぐようにするからね」

「いいんだって。夫婦なんだから」

「……ありがとう。

 孤児院は、今はね、少し広くなってきれいになってるんだよ。

 スラムにあるんだけどね、頑張ってこの周りはきれいにしてるんだよ」


 だいぶ歩いたオレたちの目の前には古い教会、元気よく子供が走り回っている声がしている。


「あ、ヘルガ様」

「ヘルガ様だー」


 小さいのがわらわらと出て来た。お、ケモノミミの子たちもいた。


 ヘルガに抱き着いたり、遊んでとせがんだりやりたい放題している。

 あれが幼児ってやつだな。


「はいはい。

 そのくらいにしてね。ヘルガ様一歩も動けないじゃない」

「イルマ、久しぶり」

「おかえりなさい、ヘルガ様」


 イルマと呼ばれた少女は小さな子たちをあやしながら、ヘルガに挨拶した。

 10歳くらいかな。明るい色をした服は清潔で、きちんとしたものを食べているようだ、とても健康的である。

 小さな子たちもみんな元気。

 ヘルガはきちんとした環境を作ってあげているようだ。


「トビー、キット子どもたちと遊んでやれ」

「へへ、了解!」


 キットは子どもたちに飛び込んでいった。

 さっそく女子たち(幼女)にキャーキャー言われている。

 キットはボール遊びはプロ級なのだ。


「リンもおいでよ」


 トビーがリンを誘った。


「でも、旦那様の許可がないと……」


 リンは奥様ぶっている。

 

「行ってこい」

「はい!」


 オレが許可を出すと、リンは尻尾をぶんぶんと振って子どもたちの輪に入って行った。

 リンはまだまだ体を動かして遊びたい年頃だな。


「へ、ヘルガ様!」


 中年女性がほほえみながら近づいてきた。

 子供たちに汚されるのだろう、粗末な動きやすい格好をしていた。


「アンナ」

「今度は長くいれるのですか、ヘルガ様」

「そうだね。……今度ね、私、結婚するの」

「ええ。ええ!

 存じております。そうですね、そうなればあまりこちらへは来られませんね。侯爵様のご子息様とのご結婚ですものね」


 アンナは嬉しそうに手を合わせている。


「アンナ、私ね、侯爵様の息子さんとは結婚しない」

「……え?」

「婚約は取りやめる。それでね、」


 オレのほうを見るヘルガ。


「私、リクと結婚するの。

 この人がリクだよ」


 オレはヘルガに手を引かれ、アンナの前に出た。


「……侯爵家との破談ともなれば、面倒なことがたくさんだと思います」

 

 アンナはヘルガのことを見つめて淡々と話し続ける。


「でも、今日会ったヘルガ様をみて一目で、この方のことを好いておられるのだとわかりました」


 アンナはヘルガを見つめている。


「思いを寄せる人との最後にお別れに、自分の思い出の場所に来たのだとばかり思っていましたが……」

 

 心に秘めた恋っていうのは、それはそれで美しいものだとオレは思う。

 想い人とは違うところへ嫁いでいく。

 

 オレだって、最初はヘルガのために身を引こうとした。

 でも出来なかった。

 だから、目いっぱいヘルガを幸せにしてやるんだ。


「きっといろいろ大変だろうけど、リクと頑張っていくよ」


 ヘルガはアンナに伝えた。


「イ、イルマは賛成です!

 ヘルガ様が本当に好きな人といるといいと思います!」


 おお、イルマはオレ達のことを応援してくれるようだ。


「おめでとうございます、ヘルガ様。

 想いを抑えて生きていくことも人生ではございましょうが、そんな笑顔のヘルガ様をお止めできません。 リク様」


 アンナは姿勢を正して深々と頭を下げた。


「一緒になってやってください。

 侯爵と婚約されている身として面倒なことも降りかかってくると思いますが、何とぞお二人で幸せになってください」

「……わかった」


 アンナの礼を真摯に受け止めた。

 ヘルガは、泣きそうになっているのをこらえていた。


 ☆★


 ヘルガの部屋に案内された。


 子ども達はまだキャーキャー言って外で遊んでいるようだ。

 くそう、オレもボール遊びのプロになって女子たち(幼女)にキャーキャー言われたいものだ。


 ん? 執務室って言うより、ホントに住んでるようだが……


「ここ、何?」

「え?

 私の部屋だよ、ギルドにも寝る場所あるけど、防犯上の理由とかで宿直してるだけで、私の家はここだよ」

「そうか。ギルドに住んでるのかと思ってた」


 オレはヘルガの部屋を見ていた。


「違うよ。

 あ、リクはこれからおウチどうするの?

 宿屋?

 ずっと町長の家ってわけにもいかないよね」

「家を買おうかな。

 みんなで住めるくらい大きいところ」

「リクは師匠なんだから道場も必要だね。大きいところにしようね。

 頑張って貯めようね」

「そうだな」


 それにしても、女の子の部屋だって思うと興奮して来たな。

 ヘルガはベッドに腰掛けていた。

 オレも隣に座った。

 ヘルガが手をベッドに投げ出しているので、その上にオレの手を絡めるように重ねた。


「私の部屋に、リクがいるって何だか変な感じだよ」

「そうだな」


 鼓動が速くなっていくのを感じた。


「二人きりだね」

「そうだな」


 ヘルガが、ベッドに体重を預ける。

 オレも同じようにする。

 二人で天井を見上げる。

 子どもたちの声がしてうるさいはずなのだが、オレの耳にはヘルガの心臓の音しか聞こえない。


 ちょうど同じタイミングで向き合ってしまった。

 思いのほか、二人の顔が近くにあって面食らう。

 みるみるヘルガの顔は赤くなり、赤い目になってしまった。


 バサっとヘルガの肩口から黒翼が生えた。

 興奮して魔族化し、サキュバスになってしまったらしい。

 燃えるような赤い瞳に、紅潮した頬。

 潤んだ大きな瞳にはオレだけが映っている。


 ヘルガの黒髪を頭から腰まで撫でていく。 


「……髪はきれいにしてあるよ」

「うん。触ると気持ちいいぞ」


 艶のいい黒い髪の手触りを楽しむ。

 ヘルガは髪に触れられることに耐えているが、身体を震わせると同時に吐息の混じった小さな声をあげた。


「ん……リク……」


 や、やばい。もうこれ止まらないぞ。


「リク、目と翼を戻してよ、リク」


 息を荒くしたヘルガは力なくオレに元に戻してくれと頼むが、オレは何やら完全にネジが飛んでしまって全く止める気にならない。

 ああ、オレは誘惑されているのか。

 ヘルガが人間であれ、オレの理性は飛んでしまいそうなのにオレは魔族となりサキュバス化したヘルガのパッシブ能力【誘惑】を完全に食らってしまっていた。


 オレの理性にお前は黙ってろと一括して、ヘルガに覆いかぶさり、唇を奪う。


 ……むちゅ……


「ん……ぅ」


 ヘルガは、オレを押し上げて両手で顔を隠した。


「……ダメだっていってるじゃない……

 まだ、婚約破棄してないから……」


 吐息混じりのヘルガの声にオレの嗜虐心が刺激され、オレはヘルガの服に手をかけた。

 そのとき、扉が力強く開けられ、豪華な服を着た貴族らしき男が部屋に入ってきた。


「ヘ、ヘルガさん!」


 貴族と、オレとヘルガの目が合った。

 

【エネルギー覇!】


 とっさに最大出力でオレはその貴族にエネルギー覇を撃ってしまった。


「ぎゃああああああ」


 貴族は壁を突き破り、外へ落下した。


「なあ、アイツ……」


 ヘルガが頷いた。


「ハンス・ヴァイスブルグ。侯爵の子息で、私の婚約者だよ」

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