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39 氷飴と少女

 その後、オレはヘルガとマダムのマネキンとなり、いろいろな服や生地を試されて、よくわからないままに採寸も終わった。

 ヘルガもいろいろな服を試していて、あーだのこーだの言って楽しそうだった。


 オレとヘルガの服は数日で出来上がるということだった。

 オレの服はまあどうでもいいんだけど、ヘルガの服は楽しみだな。


 あと、オレの手には「サキュバスパジャマ」が握られていた。


「もう、いつまでそれを握っているの?」

「ヘルガが着るまでだ」

「……バーカ」


 オレの手から「サキュバスパジャマ」はむしり取られ、ヘルガのバッグに押し込まれた。


「ねえ、リク。

 今からどうする?」

「夕食までまだ時間があるなあ、何しようか」


 夕暮れに差し掛かる微妙な時間。


「ねえ、何もないならリクを連れて行きたいところがあるんだけど、いいかな」

「いいぞ」 


 断る理由もない。

 

 ヘルガに連れられて大通りを歩く。

 ヘルガは有名人なので時折通行人から挨拶をされる。

 機嫌よく手を振り返すヘルガに皆驚いていた。

 前のヘルガは如何にも冷徹な剣士って感じだったから。

 

 夕暮れのベケットの大通りは所狭しと両端に露店が立ち並び、女たちが夕飯前の買い出しに勤しんでいた。


「あ、氷飴が売ってる」


 ヘルガが露店のお菓子に目を引かれた。


「食べようか」

「うん、リクも食べる?」

「金はないぞ」

「私の奢りだよ、私けっこう稼ぐからね」


 ヘルガは自慢げにしている。


「じゃあ食べる」

「ふふ、待っててね」


 ヘルガが氷飴を二つ買ってきた。

 夕日に照らされたベケットの街、行き交う人々はみな生き生きとしていた。


「これがヘルガが守ってきた街なんだな」

「うん……どうしたの?」


 ヘルガは飴をなめながら答えた。


「オレも旅をしてきたから、通りを行き交う人達の表情でその街がどういう街かわかるんだ。

 ベケットはいい街だと思うぞ。

 ヘルガはギルドマスターとして頑張ってきたんだな」


 ヘルガは照れて下を向き、オレの手を握った。

 

「……リクは、急に褒めたり、エッチな服を買ったり、もうビックリすることだらけだよ」

「オレは正直なだけだ」

「……でも、本当にありがとう。

 自分の仕事を褒められるのは嬉しいよ」


 ヘルガの体温を感じている幸せ。


 ……大切な人と手をつなぎ並び歩く幸せを目の前の出来事が台無しにした。


 小さな女の子が体より大きな荷物を持たされ歩いていた。

 大人でも重そうな荷物を持たされ、顔は苦痛に歪んでいる。

 頭にはケモノ耳。細くて長いからウサギ耳だな。

 ヘルガとつないだ手につい力が入った。


「どうしたの、リク」

「……少し、回り道をしよう」

「え? どこ行くの?」


 オレはその少女に近づき、荷物を持った。


「え……え……?」


 少女は急な出来事に驚いている。


「荷物を取ったりしない。

 どこまで行けばいい?」

「え、でもダメです。

 私が持たないと怒られます」


 懸命に訴える少女。


「代わりにこれをあげる」

「え……氷飴!」


 びっくりしてオレを見つめた。


「氷飴をあげるから、オレが荷物をもつのを内緒にするんだ、わかった?」

「え……」


 氷飴を物欲しそうにしながら、少女はそれでもなお躊躇してしまう。

 きっと厳しくしつけられているのだろう。


「いいから、オレがなんとかするから。どこに行けばいいの?」

「そこの大きな屋敷です」

「わかった。つくまでに早く食べないと見つかるよ」


 オレは荷物を持って屋敷目指して歩き出した。


「……はい!」


 少女はようやく氷飴を受け取ると、勢いよくなめだした。


「あ、甘いです!」

「そうか」

「それに冷たいです!」

「ほかには?」

「……美味しいです!」


 少女は尻尾を振って喜んでいる。

 うん、オレが食べる幸せよりこの子の笑顔を見れる幸せの方が大きいな。


「初めて氷飴を食べました!」

「そうか、良かったな」


 ヘルガが、近寄ってきていた。


「そこの屋敷、ザイフリート商会だよ。

 厳しく躾けた獣人奴隷を売り出すので有名。

 主人がどんなことをしても反抗しない奴隷なんだってさ」

「そうか」


 氷飴を嬉しそうになめる少女の目には、まだ光がある。

 オレは目の光が消えた奴隷を見るのが嫌いだ。

 それまでにどんなことをされてきたのかと思うと、吐き気がする。


「リク、ミアさまがザイフリートの調査を進めてるって言ってた。

 それまで我慢できる?」

「……どうかな」


 少女が飴をなめるのに合わせ、歩くスピードを調整した。

 なめ終わったのを確認して、荷物を降ろす。


「じゃあ、またね」

「ありがとうございました!」


 少女は元気に礼をした。


 オレたちがその場を離れようとすると、屋敷の扉からひげを生やした男が出てきた。


「2分遅れたな、リン」

「す、すいません!」


 先ほどの氷飴をなめていた少女、リンはひげの男に深く深く頭を下げた。


「2発だ」

「ひ……はい」

 

 リンは体を震わせながらも男に背中を向けた。

 ひげの男はリンの粗末な服をめくり、白い背中に2回鞭を振った。


 パチン、パチーン

 

「ヘルガ、少し待てるか」

「うん。私が参加すると話が大きくなるから、ここで待ってる。

 ごめんね」


 ヘルガは申し訳なさそうにした。

 ギルドマスターが正式な許可状を持った商会と事を構えるわけには行かないもんな。

 さて、オレもできれば名乗らず目立たずひげの男をボコボコにしたら逃げよう。

 

 オレがそんなことを考えていると……


 ヒューン。


 どこからか飛んできた石がひげの男に当たった。


「何者だ!」

「ふん、悪党に名乗る名などない!」


 ん? 子どもの声だぞ。


「「オレたちは、リク・ハヤマ傭兵団」」

「トビーと……」

「キットだ!」


 スリングと剣をしっかりと握り決めポーズをする二人。

 おいおい、悪党に名乗る名などないと言いながら結局名乗ってるじゃないか。


「て、てめえら、子どもだと思って調子に乗りやがって……

 オレがザイフリートの手の者だと知らないのか」

「知ってるさ、なあトビー」

「そうだよ、悪徳ザイフリートのことは良く知ってるよ」


 キットとトビー達はプロジアと共にザイフリートに雇われていたから内情を知っているんだろう。


「おい、お前ら出てこい!」


 ひげの男が指笛を吹いた。

 ゾロゾロと10人ほどの人相の悪そうなやつらが勢ぞろい。


「へへ、恐ろしいだろ。

 今なら勘弁してやる、靴をなめたら許してやるぞ」


 キットとトビーは顔を見合わせて笑った。


「なぜ笑う!」

「お前らなんか、リク様に比べたら怖くも何ともないよ」


 キットは剣を握りしめた。


「プロジアさんより弱そうだしね」


 トビーも臆せずスリングを引き絞った。


「ほえ面かくなよ、ガキどもがあ!」


 キットとトビーに向かって男たちは襲い掛かった。


「負けるかあ!」


 トビーのスリングから小石が飛んでいき、ひげの男の頭に命中した。


「い、いてええ!」

「この野郎!」


 槍使いの男がトビーに襲い掛かるが、キットが槍を剣で打ち払った。


「てめえ……いい度胸じゃねえか!」


 槍使いはキットの正面に突きを放ち、それを体さばきで横によけたキットは突きからの横薙ぎを剣を縦にして防いだ。

 その後は剣と槍の押し合い。


「ぐうう……」

「は、子どもがオレに力で敵うかよ!」

「はあああ!」


 槍と剣の押し合いに力で敵わないと悟ったキットは剣で槍の力を後ろに受け流した。


「う、うわ」


 態勢を崩し前のめりになった男の腹に蹴りを入れ、男が槍を落とすとスピードを重視しキットは腰を入れずに腕の振りだけで男の腕を浅く斬った。


「ち、ちくしょう……」


 男は斬られた腕を押さえ苦しそうに膝をついた。


「ど、どうだ……」


 一人に気を取られすぎたキットは、後ろに回り込んだ男の接近に気づかず、こん棒で頭をめいっぱい殴られた。


 ゴオオオオオン


「キ、キット!」


 キットは倒れ、トビーは集団で取り囲まれていた。


「く、くそ。

 ここまでか……」

「フハハハハハハハハ!

 トビーよ、もう安心だぞ」

「だ、だれだ!」

「リク・ハヤマ傭兵団団長、その名もリク・ハヤマ!」


 そろそろ助けないとな。

 というか、様子を見すぎたな。


「リク様!」


 トビーが叫んだ。


「キット平気か」


 キットはうつぶせになりながらなんとかピースサインを上にあげてくれた。


「痛いけど、な、なんとか生きてる」


 がんばれ、あと少しの辛抱だぞ。

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