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30  サブマスター「マリー・シュナイダー」

 オレに首を吊るしあげられ受付嬢フリーダは悲鳴を上げた。

 その声を聴きつけて遠巻きに人だかりができていたが、コツコツと靴音を鳴らし人だかりを割ってこちらへ歩みを進めるものがいた。


 冒険者ギルドサブマスター、「マリー・シュナイダー」

 背筋をピンと張った長身のマリーがオレを睨んでいる。

 

「お前がオレを呼んだのか、マリー・シュナイダー」

「ええ、私があなたを呼びつけました、リク・ハヤマ。

 女と見ればつかみかかってしまうのは野蛮で低俗な魔族の習性だとわかってはおりますが、その手を離していただけますか? 

 フリーダが怯えていますから」


 マリー・シュナイダーは丁寧な物腰でありながら礼一つせず、身体の前で手を組んだままオレに要求を伝えた。


「嫌だね、オレがこの手を放すときはフリーダがプロジアに謝ったときだけだ」

「リク様、ここじゃまずいですよ。

 冒険者ギルドで暴れちゃまずいですって……」


 プロジアがオレの手を引く。

 

「オレのために怒ってくれて感謝していますから……さ、リク様。

 もう、手を放してください。

 オレ怒っていませんから」


 プロジアの目にもう怒りは浮かんでいないようだ。


「ゲホ、ゲホ」

「……苦しめるつもりはなかった」


 オレはフリーダをつるし上げていた手を離した。

 フリーダは、その場に崩れ落ちようとしたが、マリーが近寄って支えた。


「す、すみません……」

「フリーダ。

 今日はもう休みなさい。

 ねえ、あなた、フリーダを宿まで連れて行ってあげて」

「はッ!」


 マリーの側にいたギルドメンバーは命令に従いフリーダを支えて歩いて行った。


「さて、リク・ハヤマ。

 聞きしに勝るほど野蛮な男性のようですね」


 マリーはとても冷ややかな声をオレに浴びせかける。


「男を侮辱する女に、話を聞かない女か……。

 オレだって理由もなく女を吊るし上げたりしない。

 せめて理由くらい聞いて欲しいものだけどな。

 ……はあ、ヘルガは部下の教育がなってないようだな」

「……あなたみたいなヒトがヘルガ様を呼び捨てにしないで!」


 マリーは廊下の壁を殴りつけた。

 ついでにモノにもあたるぞこの女。


「……どうやってあのヘルガ様を倒したというんです。

 リク・ハヤマ。あなた、レベル1だそうですね」

「ああ」


 確かにオレはレベル1だ。

 すごく弱くなっているぞ。


 マリーは舌打ちしながら話を続けた。


「S級冒険者のヘルガ様相手にどのような卑怯な手段を用いたのでしょうか。

 毒? それとも罠の類い、人質でも用いたのですか?

 まさか、レベルとクラスをごまかしていたとおっしゃいますか。

 答えてくださいますか、魔族リク・ハヤマ!」


 マリーはオレを指さし、オレを完全に魔族扱いしているようだ。


「だから、オレは魔族じゃないってば」

「ああ、可愛そうなヘルガ様!」


 マリーは、言うだけ言ってオレの言葉をちっとも聞かず自分の世界に入ってしまっている。


「おーい、話聞けよ」

「……誇り高いヘルガ様は決闘ののち、ご自身を魔族に差し出したとお聞きしました」

「おい、魔族ってオレのことか。

 違うってばオレは魔族じゃないぞ」


 マリーは身振り手振りを激しくし、自分の世界に没入していく。


「……代われるものなら私が代わってあげましたのに。

 魔族の男に自分の体を弄ばれたヘルガ様」

「は?」

「……ギルドを休むことなど無かったヘルガ様。

 そのヘルガ様が丸一日寝込まれるような、屈辱を、凌辱を!

 あなたが与えたのでしょう!」


 マリーは瞳に涙を抱えたままオレを睨んで話を続けた。


「決闘の夜、この薄汚い魔族からどれほど下卑た欲望をぶつけられたというのでしょうか!

 ヘルガ様の愛しき清廉なる白百合を踏み散らした魔族リク・ハヤマを、私は許すことができません!

 ……こんな体では侯爵家には嫁いではいけないと、私に泣きながら語ってくれたヘルガ様。

 ヘルガ様の名誉を回復するため……私、マリー・シュナイダーはあなたに決闘を申し込みます!」


 パシィッ…


 マリーは手袋を脱ぐとオレの足元に叩きつけた。

 ヘルガは決闘で疲労で寝込んだだけで、オレが弄んだから寝込んだわけではないぞ。

 とはいっても、素直に聞いてくれるとは思えないが……


「おい、ちょっとは話を聞けって。

 オレとヘルガは……」


 話しながら、オレは手袋を拾う。


「拾ったわね!いい度胸だわ!リク・ハヤマ。決闘よ!」

「へ?」


 辺りは一気に騒々しくなった。


 ☆★


――少し前、冒険者ギルド――


 昨日お休みを取ったからでしょうか、ヘルガ様はいつもより早くギルドにおいでなさいました。

 私は、慌てて紅茶の準備に取り掛かります。

 冒険者ギルドにもメイドはいますが、ヘルガ様に紅茶を入れる仕事は私が望んでやっていることです。


「どうぞ」


 執務を邪魔などしないよう、そっと目の前に紅茶を置きます。


「いつもありがとね、マリー」


 普段ならヘルガ様は振り返りもせず「うむ」とだけ言うのですが、こちらを向き気遣いの言葉をかけてくれました。


「は、はい」


 ヘルガ様は私に気遣った後、両手でカップを持って紅茶を飲みました。

 少し言葉遣いに違和感を覚えました。

 あと、珍しく小指が立っています。

 

「ねえ、マリー。

 どうしたら、女の子っぽくしゃべれるのかな?」

「は?」


 思わず、間の抜けた返事をしてしまいました。

 柔和な笑顔を私に向け、話を続けるヘルガ様。

 その笑顔にも私は違和感を覚えます。

 ヘルガ様の笑顔の中では、冷笑としか言い表しようのないちっとも目が笑っていないお顔が私は一番好きなのです。


「今日ね、服を買いに行くんだけどね。

 うーん、どんなのが可愛いかなあ」

「はい?」


 ヘルガ様は紅茶を飲んで窓の外を見ています。

 

「はあ、仕事がちっとも手につかないや。

 あ、今日夜ね、ごはん食べに行くんだけど、どの店が美味しいかなあ」

「へ?」


 先ほどからヘルガ様が甘ったれた女学生みたいな戯言ざれごとばかり抜かしております。

 あまりにもオカシイです。


「やっぱりパンケーキかなあ。

 あ、でも、肉が好きなのかなあ……この町には私の方が詳しいから、美味しいお店を探さないとね」


 女は剣士になるときに辞めたと公言し、装飾品どころか、服でさえ戦闘服しかろくにもっておらず、暇なときはひたすら剣を振り、後進の指導に明け暮れるヘルガ様が……ぱんけーき?

 あんなもの女子しか食べませんよ?


 私は夢をみているのでしょうか。

 ほっぺたをつねってみます。

 痛いです。


 そ、そうですね。

 さすがのヘルガ様といえど、侯爵家への輿入れとなれば浮かれてしまうのも当然というもの。

 ヘルガ様も普通の女の子なのかと私は少し残念な気持ちになりました。


「侯爵家との縁談、そんなに楽しみですか」


 がっかりした私の想いを気取られないよう、私は意図して笑顔を浮かべます。

 

「マリー、侯爵家との縁談は断ることにしたよ」

「え?」


 ヘルガ様は私の方を見て何でもない事のように告げました。

 私は動揺を隠せませんでした。


「どうしてですか、侯爵家への輿入れですよ?

 喜ぶ人は居れど、断る人なんて……」


 ヘルガ様は、首を振った。


「私、リクにお嫁さんにしてもらうの」

「リク……魔族、リク・ハヤマですか!」


 ヘルガ様のこの変わり様、決闘に負けて魔族に身柄を奪われたのだと聞きました。


「だから、侯爵家の縁談は断るね」


 ヘルガ様は目いっぱいの笑顔を浮かべましたが、私は瞳からこぼれる涙を見逃すことはありませんでした。


「どうして、笑えるのですかッ!」

「え? 嬉しいからだよ?

 マリー、嬉しくっても涙って出るんだね」


 涙。


 決闘での誓いを反故にすれば、魔族リク・ハヤマが町を蹂躙しかねません。

 そう考えたヘルガ様は町の安全のため、リク・ハヤマに身を預けたのでしょう。

 

 魔族を何人も切り捨てたヘルガ様は魔族に恨まれております。

 リク・ハヤマによるヘルガ様への責め苦は過酷を極めたのでございましょう。

 ヘルガ様は一夜の地獄を経て……もう昔みたいな女傑ではなくなってしまったのかもしれません。


 魔族に汚されたヘルガ様はこんな体ではお嫁にいけないと泣く泣く侯爵家との縁談を断ろうとしているのでしょう。


「可哀想なヘルガ様……」


 私は、ヘルガ様に縋りつきました。


「どうしたの?

 マリー、私がリクのところに行お嫁さんに行ったら寂しい?」


 ヘルガ様は私の頭を撫でてくれました。

 いつも強く叱責したときには私を慰めてくれるのです。


「……そんなことはさせません」

「あ、私約束があるんだった。

 マリー、ギルドのことは任せたよ」


 ヘルガ様は、慌ただしく部屋を出て行きました。


「必ず、私がヘルガ様の身柄を、名誉を取り戻して見せます」


 私は部屋の壁を殴りつけながら空気を揺るがすような大声で叫びました。


「殺してやる、殺してやるぞ、リク・ハヤマあああああああああああ!」

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