15 最高の婚約者
気を取り直してみんなで着席。
ヘルガが悲しそうな眼をしていた。
「決闘の際、ヘルガ様の身柄を求められました。
これに間違いはありませんか、リク様」
町長が話し始めた。
「ヘルガの身柄、か。
その通りだ」
オレは町長に答える。
「敗者は従うのが礼儀だ。
殺すにしろ、奴隷にするにしろ好きにすればいい」
ヘルガがふてくされたように答えた。
「リク様は、『最も魔族を殺した剣士』、ヘルガ・ロートの身柄を求めると」
「ああ」
村長は、ワナワナと震えだした。
「ヘルガ様は先の大戦の英雄です。
この国のため、身を粉にして戦ってきました」
町長は頭のすぐ上を見ながら語っている。
昔のことでも思い出しているのだろうか。
「大戦が終わったあとは、この町の発展に大いに尽くしてくれています。
しかし、あなた方魔族からすれば、多くの同胞を殺したカタキなんでしょう。
ですが、ヘルガ様――ヘルガは私からすれば、親をなくしていつも泣いてた女の子なんです。どうか、どうか寛大な処置を!」
町長め、オレを完全に魔族だと思ってやがるじゃないか。
「ヘルガ、婚約者がいるのは本当か」
オレはヘルガに話しかける。
「……でも、私は……」
「幸せになれよ」
オレはヘルガに笑いかけた。
「できれば、お前が強くなっていくのを見届けたかった。
籍を入れ、腰の使い方など、手取り足取りあんなことやこんなことを、お前の瑞々しい体に刻み付けてやりたかった」
オレが弟子にしてやりたかったことを力を入れて説明するとその場のみんなの顔が赤くなった。
部屋はそんなに暑くないぞ?
「リク様! 破廉恥です!」
「何を言ってるんですか!」
村長とミアが顔を真っ赤にしながら怒っている。
え? 破廉恥なことなんか言ってないと思うんだけど。
「でも、婚約者がいるなら仕方ないな……身を引こう」
オレはヘルガを諦めることにした。
ヘルガが幸せになるのが、一番だからな。
「何だと……婚約者がいようがいまいが、決闘は絶対なんだ、私はお前のモノなんだ。
籍を入れてくれるって言ってたじゃないか!
躾けてくれるって言ってたじゃないか!」
ヘルガは決闘の誇りを守りたいのか、必死でオレに訴えてくる。
オレを椅子から立たせ、ヘルガはオレの胸を叩く。
オレはそんなヘルガを幸せにしてやりたいから、ヘルガをもらわないことに決めた。
「侯爵の子息と幸せになれよ、ヘルガ」
「「ありがとうございます!」」
ミアと町長はオレに頭を下げた。
「ふふ、そうだよな。
町のみんなも侯爵家との縁談を望んでるんだ。
リクだって、ミア様がいるから私なんて必要ないよな。
これが一番いいんだ、みんなのためなんだ」
ヘルガは下を向いて辛そうにしている。
オレのことなら気にしなくていい。
お前が幸せでいてくれるなら、それでいいんだ。
「町長、一つだけ確認させて欲しい」
安心したのか、町長は涙を拭った。
「は、はい。
なんでしょうか」
「侯爵の子息はヘルガが魔族化――サキュバスになることを知っているのか?」
「そ、それは……」
町長は言葉を詰まらせた。
言っていないのか。
「何で伝えてないんだ。
ヘルガは感情的になれば魔族化するんだ。
あんたは知っていたんだろう。
侯爵家に伝えるべきじゃないのか」
オレは町長に詰め寄った。
「最近はヘルガもずっと魔族化はしてなかった。
もう大丈夫だとヘルガも言っていたから……」
町長がヘルガの様子を見ながら答える。
ヘルガは町長の方を見てあいまいに頷いた。
「魔族化するのは、病気なんかじゃないんだ。
町長、笑っちゃだめだっていうときに笑ったことはないか。
泣くのを我慢していて涙が溢れたことはないか」
ヘルガの赤い瞳と黒い翼は、他の人とは違うけどとても素敵だったんだ。
「ヘルガは赤い瞳のときが一番いい笑顔だったぞ。
笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣けばいいんだ。
そうだろ、ヘルガ」
オレはヘルガを見た。
ヘルガは何も言わない。
ただ、赤い瞳でオレのことを見つめている。
町長が肩に手を乗せ、ヘルガに話しかけた。
「侯爵家に嫁いだ後、ヘルガが魔族化しなければいいんだ。
最近は感情をコントロール出来るって言ってたじゃないか。
この町にいるときと同じだよ。
ヘルガはコントロールできるはずだ、そうだろ?
侯爵家との結婚、嬉しいって言ってたじゃないか」
ヘルガはきっと嬉しいって言ったんだろう。
それが一番みんなが喜ぶから。
――認められなかった子であるヘルガ。
きっとみんなから認められたかったんだ。
だから、一生懸命剣を振った。
魔族を倒した。
侯爵家との結婚も了承した。
「なあ、ヘルガ。
お前はどうしたい?
このまま剣を振り続けるのもいいとは思うが、キレイな服を着て、おいしいご飯を食べて、温かい天蓋付きのベッドで寝れるんだ。
侯爵家のご子息も評判のいいお方だ。
なあ、悪い話じゃないだろう」
そうだな、その上で心から泣いたり笑ったりできれば。
町長からの問いかけに震えているヘルガ。
ヘルガは「いい子」だったんだろう。
期待に応えられなくて居場所がなくなるのが怖くて仕方ないんだ。
だから、人の期待を拒絶できない。
町長がヘルガに伝えた。
「ヘルガ、お前が魔族にならなければ、それですべてうまく行くんだ」
「ふざけるなあ!」
つい、叫んでしまった。
「ヘルガに一生泣くのも笑うのも我慢しろって言うのか!
魔族にならないようにするのは、感情を押し殺すことなんだ。
オレは、ヘルガに笑っていて欲しいんだ。
だからヘルガを諦めようと、そう思ったのに」
「侯爵家との縁談ですよ?
それ以上にいい相手がいるもんですか」
ヘルガに幸せになって欲しいっていう町長の思いもきっと本物なんだろう。
「だいたい、リク様はヘルガのなんなんですか、ただ決闘をした。
それだけの相手でしょう?」
「違う、オレはヘルガの師匠になるんだ」
「リク……」
町長がオレに反論する。
「師匠かなにか知りませんがね、リク様のところで幸せになれるんですか?
もし、侯爵家の子息よりもいい相手がいるなら連れてきてくださいよ」
「……たしかに、難しいなあ」
どっかに、そんな奴いたっけ。
ヘルガを幸せにできる奴……
「はははははははは」
自分が愚かで笑ってしまう。
オレは、ずるい奴だなあ。
卑怯な奴だなあ。
ヘルガを強くしてやりたいなんて言って、弟子にするなんて言って手元に置こうとした。
――オレはヘルガと離れたくないんだ。
ただ、それだけなんだ。
理由なんて後付け。
「はははは。
あー、カッコ悪い」
「何がおかしいんですか!」
「最高の婚約者を忘れていたからな」
オレは、瞬間移動をしてヘルガの隣に来た。
「ヘルガの婚約者、オレじゃ不服か?」
「「ええええええ?」」
ミアと町長は驚いていた。
ヘルガは赤い瞳でオレを見て微笑んだ。
「私はずっと言ってる。
リクの好きにしてって」
ヘルガが抱きついてきた。
「決闘で勝ったから、私はあなたのモノだよ。
だから、私をどう扱ってもいいんだけど。
でも、伝えるね――好きだよ、リク。
……お嫁さんにしてください」
精一杯の笑顔のヘルガは嬉しそうに漆黒の翼を広げる。
素直な言葉で好意を伝えてきて面食らってしまった。
夜風は吹いているのに顔が熱い。
「……任せろ」
ゆっくりと優しくキスをした。
身体が宙に浮いた。
オレも空に連れて行ってくれるのか。
あっという間にミアと町長が小さくなった。
「ちょっと……リク様何やってるんですか!
私と結婚するんじゃなかったんですかあああああああ!」
ミアがなんだか騒いでいるがよく聞こえない。
――町長は茫然としている。
なんだか可笑しくて、オレとヘルガは顔を見合わせて笑ってしまった。