10 サキュバスと小さな魔女
ヘルガの背中からは、漆黒の翼が生えておりその瞳は煌々(こうこう)と赤く輝いている。
「……ハハッ、魔族はあんたじゃないか、ヘルガ。
サキュバスの娘なんだろ」
「人聞きの悪いことを言うな!
父も母も人間だよ。
フフ、信じられないだろうけど」
ヘルガは少しトーンを落としてオレに話す。
「……魔族への先祖帰りですね。
魔族と人間の混血児。
――何代も前の血縁でも、魔族の血が強く現れることがあるそうです」
ミアが魔族の先祖帰りについて教えてくれた。
魔族化したヘルガを見て、騎士たちが騒いでいる。
知らなかったのだろうか。
「フフ、【誘惑】からの【エナジードレイン】は効いただろう?
あんたも男なら逆らえるわけないんだ。
小さかった頃は力のコントロールが出来なくて、随分トラブルを起こしたんだ。
もう立てないだろ」
ヘルガはコツコツと足音を鳴らしながらオレに近づき、倒れたオレを抱きかかえた。
はは、全く無様なものだ。
ゴブリンにやられたときは、ミアに抱きかかえられていたなあ。
「ハハハハ!
もう剣も握れないだろう?
降参したらどうだ?」
なるほど、先ほどの仕返しか。
ヘルガはニヤッと笑うとついでにオレの首に息を吹きかける。
「ふー」
「ちょ……あふん」
思わず声が出た。
こそばゆい。
ちくしょう、弄びやがって……
余裕かましやがってえええええ。
「フン、まだオレは本気を出していないぞ」
とりあえず、強がってみる。
クソ、本来の力が出せればこんな奴らなんかに‥‥…!
い、いかんいかん。
こんなことを考えたいたら負けてしまう。
畜生、なんでオレはこんなに弱くなってるんだよ。何とかしろよ。
……助けてくれよ、レレム!
オレはとっさにある人物の名前を叫んだ。
その瞬間、オレの手作りの服から、魔石が零れ落ちて光を発した。
あたりはまばゆい光に包まれて――あっという間に魔石から、小っちゃな少女が現れた。
ああ。
オレはこいつを、この小っちゃな魔女を覚えている。
どうして忘れていたんだろうか。
基本装備のホウキで楽しそうに飛んでやがる。
とんがり帽子のオールドタイプウィッチ。
【黒髪の魔女】ウルスラ・レレム。
――小っちゃいな。
「元気? リク」
「ああ。お前のこと忘れていたけどな。
お前小さくないか?」
小っちゃな魔女がぶんぶん飛び回る。
「これは魔力でつくった体よ。
実体じゃないもの。
時間を止めていられるのもわずかだから手短に説明するわ」
「ヘルガも動いてないなと思っていたが時間を止めているのか。
よいしょ」
オレはヘルガに抱きかかえられている状態から抜けた。
「ふふ、時間・空間魔法は魔女の専売特許だからね」
小っちゃな魔女レレムは飛び回って嬉しそう。
「それはそうと、レレム。
この世界のことを教えてくれ。
わからないことだらけなんだ」
「リクを逃がすために、50年後までコールドスリープさせるつもりだった。
でも、リクは眠らずに転移したみたいね」
「あの、話が難しいんだけど」
小さな魔女はオレの目の前に来て。
「パーテイー1の切れ者リクが何言ってるの? なんてね、仕方ないわよ。
【魔女の呪い☆】を受けてレベルとステータスが低いのよ。
もちろん知力も低いわ。
普通の人が50だとすると、あなた知力25よ」
「オレの知力低すぎ」
「6+5は?」
「なめてるのか? 簡単だろ?」
1、2、3……10。
「おい、指が足らなくて数えられないぞ。
っておい、マジじゃねええか!
6+5ができなくなってるじゃねえかあああ!
うあああああ、何だっけ、6+5ぉおおおおお」
オレは勉強が出来なくなっていた。
「上位存在からリクを隠すためには仕方なかったの。
強いものを上位存在は感知できるから、レベルを下げるために呪いをかけたの。
【魔女の呪い】をね」
小っちゃな魔女は申し訳なそうだ。
「そうか、どうにもオレの体おかしいと思ったんだよな。
ゴブリンに殺されるところだったから。
あと、記憶力もなくてさあ」
「フフ、最強の武闘家なのにね」
小っちゃな魔女は楽しそうに笑った。
「リク、知力の低いあなたに話をするのも難しそうだから、一瞬だけ、そうね、3分だけ呪いを解除するわ。
その間に話をするからすべて理解して」
「わ、わかった」
オレは気合いを入れ直す。
「説明した残り時間で、あの子くらい倒せるでしょ」
レレムはヘルガを指した。
「おお、そうか。
ヘルガと全力でやれるんだな」
「何よ、楽しそうね。
まあ、リクのタイプよね。
黒髪で凛とした」
ヘルガは黒髪で凛とした整った顔立ちをしている。
「……師匠がいないって言ってたからなあ。
もう少し伸ばしてやりたいんだ」
「いいわよ、勝手にすれば?」
小さな魔女は表情が小さくて読みづらいけど声色が怒ってるみたい。
「何怒ってるんだよ」
「知らないわ、バーカ」
小さいけれど、『あっかんべー』をしているみたいだ。
「さあ、呪いを解くわよ」
レレムはホウキで空を飛び、空中に魔法陣を二つ書いた。
「魔法陣に手を触れて【力よ戻れ】!って叫べばいいわ」
「わかった」
オレは魔法陣に触れると、レレムはオレにはわからない古語でできた【呪歌】を歌いあげる。
「【力よ戻れ!】」
その瞬間、すべての力が戻って来た。
そう、レベルMAXの力がッ‼
おお、これは……頭の中に理解不能だったミアやヘルガや町長、レレムの話が頭を通り過ぎる。
「リク、説明しようか?」
「フン、パーティー1の切れ者リク・ハヤマは断片的知識から、全てを導き出せる」
オレの中で知識がまとまっていく。
「魔王を倒し、妹である勇者ルシアに刺されたオレことリク・ハヤマ。
彼は『この世のすべての物質・状態に変化をもたらす』という即死と瞬間移動、エネルギー覇まで使える【鬼道】という能力を得、強すぎたため、
上位存在『神』に嫌われ、勇者パーティーを追放されたオレは【黒髪の魔女】レレムから『神』から目を隠すため、レベルを1にする呪いを受けて50年後の世界に飛ばされた。
そこは、リク・ハヤマが裏切りの魔拳士として勇者ルシアに殺されたことになっていた世界。
正直にリク・ハヤマと名乗ったせいで、魔族の疑いをかけられ、冒険者ギルドマスターヘルガ・ロートに決闘を挑まれるが、レベル1になったせいでピンチに追い込まれる。
そこに、小さな魔女ウルスラレレムが現れて⁉ ってことでいいか」
レレムが拍手をしてくれた。
「フフ、その通りよ。情報のとりまとめ、うまくいったようね」
「ルシア達は50年後の世界でどうなったんだ?」
「二人とも人間だからね。
50年たったからもういないわ」
オレは動揺した。
そうか、もう誰もいないんだな。
オレと共に戦ったヤツらは。
「レレムは――魔力体じゃない実体のレレムはどっかにいるんだろ?」
「うん。ねえ、私に会いたい?」
「当たり前だろ」
レレムは嬉しそうに飛んでいる。
「ふふ、ありがと。
本体はね、私自身でもわからないところに封印されているみたい」
「そうか、必ず助け出すからな」
小さな魔女はオレの手のひらに乗った。
いつもは尊大なレレムだけど、小さいのもあって何だか可愛い。
黒とんがり帽子を取って、オレの目をじっと見た。
「ねえ、リク。
あなたにあげたこの服に忍ばせた魔石にね、私の魔力と、想いを込めたの。
愛してたわ、リク」