第五話
「おお! かっこいい! なにそれ!」
「俺の武器、としか説明できない。それよりも、くるぞ」
「むむ?」
俺の武器に子供のように目を輝かせているエルジェ。しかし、こちらに接近してくる《ボルゴブリン》に視線を向け直す。
奴らは、突然の襲撃に興奮している。
獲物である棍棒を振りかざし、真っ直ぐこちらに向かっている。
「一気に決めるぞ」
「はーい!」
ぐっと脚部に力を入れて構え、エルジェは、翼を広げ低空飛行をしていつでも迎え撃てるように戦闘体勢をとった。
徐々に、奴らはその獰猛な顔と共に近づいてき。
「戦闘開始!!」
「先手必勝だよ! 飛べえ!!」
白き翼を羽ばたかせ、天高く飛翔する。
そして、術式が展開。
再び、光が《ボルゴブリン》目掛け飛んでいく。
「ボルっ!?」
「いっえーい!! 命中!!」
見事に命中した光は《ボルゴブリン》の体を貫く。一瞬にして死亡した《ボルゴブリン》は光の粒子となって姿を消す。
生命エネルギーが大地へと還っていったのだ。あの生命エネルギーは【マナ】と呼ばれる生命全てのエネルギーだ。そのエネルギーと共に何かが落ちた。
あれは、骨か? おそらく《ボルゴブリン》が落とす素材アイテムのようなものだろう。あの後、もう少し詳しく冒険者について聞いたところ、魔物は時々マナと共に何かしらの素材を落とす時があるらしい。その素材を換金したりすることで、普通の仕事以外でも金を稼げるということだ。他にも、武器や防具などの素材にもなったりするようで、より強い魔物素材からはより強力な武器や防具が作られる。
ギルドのクエストにも、魔物が落とす素材を何個集めよというものがあり、冒険者達はその素材を狙って何体もの魔物を狩ることが普通だとか。
この辺りは、本当に俺が知っているようなゲーム要素がある異世界と同じなんだが……まあ、今は俺もエルジェに負けてはいられないと大地を踏み、跳ぶ。
対象の《ボルゴブリン》へと近づいていき、容赦なく足を振るった。
魔力を練り、魔法を発動。
この魔王の魔法は熱を操るもの。
そして、今装備している【紅魔の鎧脚】は熱を操り、強化するものだ。
熱を操る、ということはかなりすごいことで、例えば……こういうこともできる!
足が熱を操ったことによって高熱を帯びる。
「だあ!!」
「ボルぅっ!?」
高熱を帯びた足で蹴られた《ボルゴブリン》の腹は真っ赤になり皮膚が肉が溶け、穴が空く。
瞬間。
光の粒子となり消える。
「ボル! ボル!」
「おっとと」
背後からの襲撃を受けた余裕で回避し、左に魔力を籠める。
今度は、さっきのと逆だ。
熱を操る。
それは、高温の熱だけじゃない。その逆、つまり低温の熱もあるのだ。
「はあ!!」
《ボルゴブリン》の頭を鳥の脚部のように三つ又の鉤爪で掴むと……凍っていく。
熱を下げることで体にある水分を凍らせたのだ。原理は日本でもネットで見た程度だったけど、これは魔法だ。
通常の理論よりは非現実的だ。
でも、その非現実さはここでは現実。凍り付いていく《ボルゴブリン》はなんとか俺に攻撃しようと腕を動かすもそこも凍りつき、ついに全身が凍った。
氷像となった《ボルゴブリン》をその場に置き……チョップして叩き割る。
凍っていても、死ぬ時は生命エネルギーとなっていく。さて、こっちは半分に二体を倒したけど、あっちはどうだろう?
「おーい! そっちは終わったー?」
「あっちはもう終わっていたようだな。おう! こっちも終わったぞ! これでクエストクリアだ! 後はギルドにギルドカードを提出して報告するだけだ!!」
「おっ! ということは、お金がもらえるってこと!!」
嬉しそうに、飛んでくるエルジェの姿は褒美を貰える飼い犬のようだ。
まったくこいつは。
「ああ、そうだうお。よかったな、明日からの宿代ぐらいは残しておけよ?」
「うん! あ、その武器触ってもいい? 触ってもいい?」
ずいずい、と興味津々な子供のように目を輝かせて近づいてくる。
俺はその勢いに押されながらも、仕方ないと足を前に出す。
「わーったよ。ほら、触りたきゃ触れ」
「おぉ! ……うわぁ、硬いなぁ」
ぺたぺた、と隅々まで触りながら声を漏らすエルジェ。そんな天使を見つめながら俺はあることを考えていた。
それはこの後の報告だ。
クエストを終えて、報告する時にギルドカードを提出しなくちゃならない。つまり、俺のギルドカードが見られることになる。
心配しているのは俺の職業がばれることだ。
あの時は、冗談だと思われていたけど。
大丈夫かな……職業が《魔王》ってどうなんだよってな。提出する時は登録した時のお姉さんに提出することにしよう。
あのお姉さんだったらなんとかなるかなぁ? そもそもギルドカードが作成された時点であのお姉さんは俺の職業を見ているはずなのに、何事もないように対応していたけど。
「おい、そろそろ終わりしろ。報告に行くぞ」
「えー! もうちょっと触っていてもいいじゃんかー」
「後にしない。こんなところにいつまでも居るわけにはいかないだろ? 早く報告して初報酬を受け取りたいだろ?」
「むぅ……仕方ないなぁ。じゃあ、また後でね。絶対だよ!」
「はいはい」
そんなにこの武器に触りたいのかね。それにしても熱を操る魔法に、それを強化する武器。まだまだこの武器にはいろんな機能が備わっている。
それに……いや、これは後でいいか。
・・・・・
ついにきた。俺はギルドへと入り、真っ直ぐあの受付のお姉さんへと向かう。丁度、先に来ていた冒険者の用事は終わったらしく空いた。
ギルドカードを握り締め、提出する。
「討伐クエスト。《ボルゴブリン》四体の討伐が終わったので報告しにきたんですけど」
「私もー」
提出された二枚のギルドカード。
受付のお姉さんはいつもの営業スマイルで、応対する。
「かしこまりました。それでは、チェックをさせていただきますので。少々お待ちください」
「はい」
ギルドカードを二枚手に取り、奥へと消えていく。おそらく、ギルドカードに記録されている討伐映像を確認しに行ったんだろう。
さ、さてどうなるか? いかん、緊張してきた。
この僅かな待ち時間。まるで、受験の時の集団面接を待っている時のような緊張感だ。いや、それ以上かもしれない。
というよりも、俺は集団面接の練習だけで本番はこれからだったんだよな。
考えてみれば、俺はまだ中学三年生。
高校受験もまだだった。なんで、あんな死に方をしてしまったんだろうなぁ。目の前で俺が死んだところを見た友達と妹は……今頃何をしているんだろう。
気になるけど、今は確認する方法がないしなぁ。戻れるのかな……もし、戻れるんだったら家族が友人達がどうなっているのか確認したい。
それは当分先になりそうだけど。
「お待たせしました。まずは、お預かりしていたギルドカードです」
などと、考えていたら受付のお姉さん……いや、いつまでもこれじゃあ長いか。胸のネームプレートを確認すると、そこにはユリアと書かれていた。
ユリアさんか。
よし、覚えた。朱色の髪の毛を結び肩から垂らしている。スレンダーな体型で物腰もほんわかな癒し系のお姉さん、というところだ。
「け、結果は?」
「はい。お二人とも見事に《ボルゴブリン》を討伐していたことを確認しました。映像を見てたら、びっくりでした。さすがは」
さ、さすがは? 次に出てくる言葉が気になってごくりと唾を飲み込む。
「魔王様と天使様のパーティーですね。お見事の一言です」
「……あの」
「はい?」
笑顔のまま小首を傾げるユリアさん。
不安な気持ちで俺は問いかける。
「あっいや、なんでありません」
「そうですか? では、こちらがクリア報酬となります。それと、落ちた素材は換金もしてよし、武器や防具の素材にしてよしです。ですが、あなた方にはよくある武器や防具などはあまり必要ないように見えますね」
その言葉を聞いた瞬間、俺は悟った。
あっ、職業見られたな、と。だが、ユリアさんはいつものように営業スタイルを崩さない。これは、どうなんだ?
「あ、あのぉ、ユリアさん?」
「あら? 私のことをやっと名前で呼んでくださいましたね。それで、どうなされましたか? 魔王様」
……これって、からかわれているのか?
「俺の職業、見ましたか?」
「はい。しっかりと」
眩しいぜ……その笑顔が。
「どう思いましたか?」
「どうと言われましても……そうですねぇ」
しばらく考える素振りを見せてから、すぐ微笑む。
「かっこいい、と思いました」
「それだけ、ですか?」
「あら? かっこいい以外にも言って欲しいのですか? 意外と、欲深いんですね」
「いえ。そういうことじゃなくて」
「おーい! 話がながーいぞー! 私、退屈~」
と、俺に乗りかかってくる天使のエルジェ。
……まあいいか。
とりあえず、今日のところはこれぐらいにして引き上げるとしよう。じゃないと、この纏わりついてくる天使が今度は何をしてくるかわかったもんじゃない。
「んん! それじゃあ、俺達はこれで。また来ますね」
報酬が入っている袋を受け取り、俺は不安を抱えながら立ち去る。
「はい。ではまたのご利用お待ちしておりますね」
「これが私の初報酬! わはー! 何を買おうかなぁ」
「おい。節約しろよ? とりあえず、明日までには最低限の金は残してだな」
袋の中身を嬉しそうに確認しているエルジェに言いながらギルドを去って行く。
あー、どうしようかなぁ。とりあえず、今後はユリアさんのところで受注と報告をしよう、うん。
「よーし! さっそく買い物だー!!」
「買い過ぎるなよ」
「まずは、あれとあれとあれを買って~。次に」
「だから最低限の金は残しておけよ? 明日からは絶対宿代払わないからな!!」
「じゃあ、さっそくあそこのおいしいものを!」
「人の話を聞け! てか、あれは高いぞ! ひとつ千ルドって……馬鹿やめろ!!」
さっそく金を無駄に使いそうになった天使を止めるため、俺は必死に首根っこ掴んだ。まるで、子供の面倒を見る親の気分だ……。