第六話
ロイスが、ルヴィアに決闘を挑んで十数分後。
俺達は、円形の闘技場のような場所の観客席に腰を下ろしていた。ルヴィアは、その強さをどこまでも磨き上げようとするために、日々の鍛錬を怠ったことはない。
生まれ持っての力に加え、鍛錬を積み重ねることでその強さに磨きがかかっている。
この闘技場のようなところも、悪魔の世界での実力者が日に日にルヴィアへ挑戦してきたりするので、より圧倒的な力でねじ伏せるために作ったようなのだ。
ここで、働いているメイド達も同じくここで鍛錬に励んでいる。
いつの間にか現れるのはその鍛錬の成果なのだろう。周りはレンガ造りの構造をしているが、先には長時間座っていても尻が疲れないようにと、まるで映画館のようにひとつひとつ柔らかめの椅子になっている。
戦いの場である中心を見ると、すでにロイスは準備万端という風に腕組みをしてルヴィアがくるのを待っている。
それにしても、どうしていきなり勝負を仕掛けたんだろうな、あいつ。
「ねえねえ、霊児。私、気になったんだけどさ」
「どうした?」
「四大魔王の中では、誰が一番強いの?」
俺の右隣に座っているエルジェが、疑問をぶつけてくる。
誰が一番強いかね。
「それ、私も気になります。皆さん、それぞれ違った強さを持っていますけど。実際、どうなんでしょうか?」
エルジェに釣られるように左隣のレリルが、メモ帳を取り出しさらに疑問をぶつける。
俺は、そうだなぁと腕組、いをして、チラッとキースにクロを見る。
そして、正直な答えを二人に述べた。
「ルヴィアかな」
「そうなの?」
「そうだろうな。魔法だけならば、俺が圧倒だろう。だが、魔法を使う前に奴は切り込んでくる。実際、戦ったから言えることだ」
キースは俺の答えに、付け足すように説明をした。
その戦いは、ゼルファスの記憶にもある。
それは壮絶なものだった。一度、魔王同士で強さ比べ、なんてことをしていた時期があった。そして、最初の戦いが、ルヴィアとキースだったのだ。
当時、まだ孤高の魔王に憧れていたキースは、ふはははは!! 貴様など、我が魔法の前に手も足も出せずに灰となるのだ!! と挑発的な発言をしていた。
それに対してルヴィアはただただ笑顔のままだったっけなぁ。
開始のゴングが鳴り響き、キースは瞬時に詠唱に取り掛かった。魔法に関しては、誰にも負けないものを持っているキースの表情は自信満々だった。
もはや、勝ち誇っていたようにも見えた。
しかし……一瞬の内に、ルヴィアはキースの目の前に現れる。
その驚いたキースは途中だった詠唱を止めてしまい離れようとしたが、そのまま押し倒され、剣先を喉下に突きつけられ勝負ありだったのだ。
一瞬の出来事で、何がなんだかわからなかったが、あれが接近戦負けなしの魔王の実力なのだろう。
目にも止まらぬ速さ。あれは圧巻だった。
「だが、今の俺はあの時とは違う。実際に戦ってみれば、圧勝! とは言えんが、いい勝負とまではいくだろう」
「じゃあ、二番はキースで、三番目は霊児……えっと、ゼルファスのほうがいいのかな?」
「どっちでもいいと思うぞ」
「では、今目の前にいる霊児さんで。霊児さんとクロさん。どちらが三番目なのでしょうか?」
「そりゃあ、もちろん」
前置きをして、俺ははっきりと言ってやった。
「クロだろ」
「霊児」
……おや? 俺の答えと重なるようにクロの声が聴こえた。
「クロ?」
「私は、空間魔法を扱えるだけで、十分に戦闘に必要な力がない。だから、霊児だと思う」
「いやいや。空間魔法だって使いようだろ? 空間移動で相手の死角に回りこんだり、相手を空間転移で別空間に飛ばしたり」
空間魔法は使い手が少ない。なので、相手を別空間に飛ばしてしまえば戦わずして勝利することもできる。どんな力でも使いようによっては、化けることだってあるんだ。
「でも、それじゃあ相手を倒したことにはならない。私の力はあくまでサポート。だから、攻撃方法がある霊児のほうが強い」
「うむ。それに、ゼルファスとて全力を出したことはなかった。加えて、霊児と融合したことにより更に強くなっただろう。もしかすれば、俺よりも上の可能性がある」
と、キースまで乗っかってくる。別に俺と融合したから強くなったわけじゃないと思うんだけど。俺なんて何の力のないただの人間だったからなぁ。これは、ゼルファスが隠していたものだったり、新たに開発したものだったりと。
全部が全部ゼルファスの力だと思うわけだ。
「どっちなんだろう?」
「どっちなんでしょうか?」
確かに、クロは空間魔法を操れる。だけど、攻撃方法があまりなく、魔法だってそれほど威力のあるものを扱えるわけでもない。俺は、攻撃方法があり、威力も申し分ない。
更に【魔王の威光】でサポートだってできるし【ステータス眼】で、相手の分析もできたり。なんていうか、万能型? いや器用貧乏? 特化したものはないが、できることは多いな。
……それに、まだまだ受け継いでいない記憶が多々ある。ゼルファスはいったい何を隠しているんだ? 本当にお前は、魔王の中で一番弱いのか? あれ以降、全然姿を現さないし、聞こうにも聞けないんだよなぁ。なにやってんだよ、あいつ。
「まあ、話はこれぐらいにしておこうぜ。これから注目の対戦が始まろうとしているからな」
「あっ、ルヴィア。……あの服のままだね」
「本当ですね」
このまま離していても、進展はないと思ったところで、ロイスの対戦者であるルヴィアが戦いの場に現れた。それも、さきほどのセーラー服のままで。
てっきり、着替えているから時間がかかったのかと思ったけど、何をしていたんだ?
「着替えてきたんじゃないのか?」
ロイスも俺と同じ疑問を浮かべていたようだ。
そんな疑問にルヴィアは、ふふっと笑いながら。
「すみません。少しばかり、急用が出来てしまいまして。それに、衣装のことですが……別に、これでかまいません。だって、あなたは私を傷つけることすら出来ませんもの」
などと挑発という名の先制攻撃を与える。
「言ってくれるじゃないか」
ロイスは動じていない様子だが、あの睨み合いの時のように空気が重くなる。いや、あの時以上かもしれない。
「なら、僕からも言わせてもらおう」
「なにかしら?」
お返しにとでも言いたそうな表情でロイスは。
「君の無敗伝説は……ここで終幕だ!」
鞘から剣を抜き放つ。
無敗伝説。
一度も負けたことのないルヴィアにはぴったりの言葉だけど。さて、どうでる? 視線をルヴィアへと向けると、ほとんど何も変わらない様子のルヴィアがただただロイスを見詰めていた。
「終幕。それは、私に勝つということかしら?」
「それ以外に、どう聞こえたんだ?」
「……くすっ。いいわねぇ、それ。本当に終幕に出来るものなら、その幕を下ろしてくださるから? 勇者さん!!」
まるで戦闘スイッチが入ったかのように雰囲気が変わったと同時に、右手を真横にかざす。
すると、青白い粒子と共に幾何学模様が描かれた魔法人が展開。そこから柄が出現し、一気に掴み取って引き抜く。
引き抜かれたのは片刃剣。まるで日本の刀のように細い刃で、簡単に折れそうな厚さだ。
煌くその白刃には良く見ると文字が刻まれている。魔法を発動させるために術式だろう。
あれは【魔剣】だ。
魔法の術式を刻み込み、通常の剣とは比べ物にならないほどの切れ味と、術式を開放することで瞬時に魔法を扱うことが出来る特殊武器のひとつ。
その中でも、あれはルヴィアが昔から代物で、【アシュレイ】と言われる氷の魔剣だ。いきなりあれを使うとは……ルヴィアも少し本気になっているということか。
「いきなり【アシュレイ】を使うか」
「ちょっとは、ロイスの実力を認めているってことだろうな」
「あの武器ちょっと苦手。寒くなる……」
クロの言うように、魔剣が出てから冷気により寒くなってきた。クロは震えながら、隣のエルジェにくっ付く。
「あれって、そんなにすごい武器なの?」
「何か不思議な力を感じます。もしかしてあれは【魔剣】なのでは?」
さすがレリルだ。一発で見抜くとは。
「当たりだ、レリル。あれは氷の魔剣で【アシュレイ】だ。放たれる冷気は、一瞬にして相手を凍らせるとまで言われている武器。正直、あれを使われるととてつもなく回りの温度が下がるから困りものだ」
俺は一度も体験したことがないが、ゼルファスの記憶から察するに、薄着で極寒の大地に居るような気分と説明すればなんとなくわかるだろう。
ゼルファスの場合は、熱を操る魔法でなんともなかったようだけど。
キースとグリド、その場に居たまだ魔王ではなかったクロはとてつもなく寒い思いをしたとかなんとか。
「そ、それは……すごい武器ですね」
「寒いのは苦手だよー」
そう言いながら両脇に居るエルジェとレリルはいつでも俺で暖を取れるように身を寄せてくる。
俺もいつでも体温を温かく出来るように準備をして、今まさに勇者と魔王の試合が始まろうとしている場所に視線を向けた。
「……いくぞ!!」
「いつでも」
まずロイスが踏み込んだ。
剣を下段に持ち、突き進む。
一方のルヴィアは、余裕の笑みのまま【アシュレイ】を折り畳んだ傘のように軽く持っている。さすがにそれはなめすぎじゃないのか? ルヴィア。
「はあっ!!」
「右ね」
ルヴィアの目の前で、姿を消すロイス。ルヴィアはロイスが居る場所を知っているかのように、剣を構えた。
そして、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き渡る。さっきのは、姿を消えたみたいに見えるほど素早くステップを踏んで移動したんだな。人間だった俺だったら見えなかっただろう。にしても、さっきのはいい動きだと思ってたが、簡単に防ぐとは。
「よく見切ったな」
「余裕よ。もうちょっと早く動いてもよかったのよ?」
一度距離をとって、ロイスは微笑む。その微笑みに対してルヴィアは、邪悪に微笑んだ。
「そうか。じゃあ」
「あら?」
ダッと、大地にひびが入るほど力を込めて踏み込む。これには、さすがのルヴィアも少し驚いていたが。
「後ろね」
「ぐっ!?」
瞬時に見抜き、剣を振るう。予想より早い反応を見せたルヴィアにロイスは盾を突き出してその攻撃を防ぐことしかできなかった。 ぶつかり合う刃と盾。
普通ならば、男であるロイスが力で押せるのだろうが、生憎とルヴィアは男より力があるんだ。
魔王だし。
「まさか、あの速さについて来られるとはな。少しは自信があったんだが」
「私も、ちょっと驚いちゃったわ。予想より早かったから」
「僕は、勇者だ。力も素早さも、防御も、かなり高いほうだ」
「あら? 自慢かしら?」
「ああ。自慢だ。僕の強さを知ってもらいたいからなっ!!」
盾を斜めにずらし、ルヴィアのバランスを崩し、そのまま流れるような動きで、刃をルヴィアへと振り上げようとするロイス。
しかし。
「甘いわ」
ルヴィアも負けてはいなかった。
ロイスの剣を【アシュレイ】で防いだ。
「なに!? 凍りついた!?」
ここで【アシュレイ】の力が開放された。ロイスの剣は、切っ先から徐々に凍り付いていく。それに気づいたロイスはすぐさま【アシュレイ】から剣を離すが、遅かった。
もう、刃の半分以上が凍っている。
「うわ!? 本当に寒くなってきた……!」
「これぐらいは、まだ序の口だ。これからだ。これから」
「一度、力を解放しただけでこれとは。しかも、これで序の口?」
「やっぱり寒い……」
「相変わらず、迷惑な魔剣だ」
一度、力を解放しただけでおそらく十五度は下がっただろう。
まあ、これぐらい序の口だ。
しかも、ここは室内。
外より確実に、下がる速度が凄まじいのは間違いない。
それよりも問題はロイスだ。
あの氷は、そう簡単には溶けないし砕けない。魔力により守られ、強化されているからな。この凍て付く氷を扱うことからルヴィアは【氷魔の女帝】とまで言われている。
あのままでは、剣が使い物にならない。
どうする?
「教えて差し上げるけど、その氷は簡単には溶けないわよ?」
「……そのようだな。これじゃあ、剣が使い物にならない」
ロイスもわかっていたようだ。
自分の凍りついた剣を見詰めて、表情を変える。
そして、静かに剣を床に置いた。
「降参かしら?」
「いいや。今の剣は使い物にならないが。僕にはまだとっておきの剣が残っている。その剣を使うのも久しぶりなんだけどな」
「剣? それはどこにあるのかしら?」
見る限り、ロイスが使える剣は床に落ちている凍りついた一本だけ。それ以外は、どこにも見当たらない。
……いや、まさか。
「勇者である僕でも少々扱い難い剣なんだ。だから普段は、封印しているんだよ。その剣は、勇者を選ぶ時に僕が抜き放った剣! その威力をその身で試してみるか!? 魔王!!」
ロイスは自分の胸に手をやると、眩い光が満ち溢れる。
まさか自分の内に剣を封印しているっていうのか?
「わぁ、あの光って、私の使う光と同じだ」
「確かに。もしかして、ロイスさんが今から使う剣というのは」
そうだ。勇者が扱う封印されし剣というキーワードから俺達は察した。ルヴィアには、普通の剣では歯が立たない。魔剣が相手なんだ。当然の結果だ。
ただ魔剣に対抗できる剣はある。同じ魔剣か……聖なる力を宿した剣。
「勇者ロイスが命ずる。封印されし楔を今解き放ち。勇猛たる我が力となりて、聖なる刃で、闇を切り裂かん! いでよ聖剣……【パラディアス】!!!」
「これはちょっと面白くなってきたわね」
解き放たれし、聖なる力。
勇者ロイスの手には、闇を切り裂き、邪悪を滅する光の刃……聖剣が握られていた。
この輝きは、悪魔である俺達には毒だな。
毎回にようにエルジェの光を食らいそうになるのを回避してきた俺だったが、これはそれ以上に凄まじい輝きを放っていた。
「魔剣VS聖剣か。思った以上に、やばそうな戦いになりそうだな」
見ているこっちとしては、わくわくしているけど。
……違うか。対戦しているルヴィアもわくわくしているようだ。やばいと言っておきながら、その表情は高揚感溢れるものだった。




