第六話
「むう」
「ごめんな、クロ。だけど、あっちの世界でちょっと調べごとをしたいから。一日だけだ。約束の時間になったらいつもみたいに迎えに来てくれ。な?」
クロの過去を改めて知った俺は、向こうの世界で調べごとをするために戻ることをクロに伝えた。エルジェとレリルも連れて行くのだが、二人とも地球の環境に慣れ始めてきたため渋々ついて行くみたいな感じだった。
「すぐに戻ってくるから! そしたら、約束通りパーティーゲームやろ!!」
「……うん」
あれから一週間が過ぎたが、少しずつだが打ち解けてきているようだ。最初に出会った時は、会話をしたもののすぐ俺の後ろに隠れていたクロが今では視線を合わせられていないものの、隠れることなく会話ができている。
「クロさん。この漫画お借りしますね。ちゃんと返す為戻ってきますから!」
「借りパクはだめ」
「当然です!」
「むむ……なんだかレリルのほうがクロと仲がいいような」
「そんなことはないと、思いますけど?」
傍から見ても、レリルのほうが若干だが距離が近いように見える。エルジェは、悔しそうに頬を膨らませるが、すぐに負けない! と決意を固める。
「行くぞ二人とも」
「はーい」
「なんだかんだで一週間ぶりですね……あっちは今どうなっているんでしょうか?」
そう、そうなのだ。突然クロに地球へと連れられ一週間。泊まっている宿だって、一週間も姿見えないと色々と問題になっていないだろうか? 一応一週間分の宿代は支払っているから問題はないだろうけど……帰ったらまず、またしばらくいなくなるかもって伝えておこう。
「頼んだ。じゃあ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってきますね」
納得してくれたようだが、見送るクロの表情はやっぱり寂しそうだった。彼女にとって見送るという行為は何よりも不安になること。それは、父親であるグリドさんを失ったことによるもの。だから、もっと傍に居てやりたいけど、こうしている間にもプロテスが何かを企てているに違いない。
俺はクロのためにも、ゼルファスの代わりにやり遂げなくちゃならないんだ。
「……一週間ぶりなのに懐かしいな、この光景も」
クロの空間転移により辿り着いたのは、俺達が泊まっていた宿屋の一室。二つのベッドがあり、一つが俺が使い、もうひとつをエルジェとレリルが一緒に眠っている。どうやらベッドの様子を見ると宿の人がシーツなどをちゃんと整えてくれているようだ。
「帰ってきたー! でも、なんだか寂しいっていうか」
「そうですねぇ。こっちにも漫画とかがあればいいのですが。あったとしても絵本ぐらいですもんね」
そういえば、こっちの世界には地球からやってきた異世界人とか居るのかな? こういう異世界系って、俺みたいに死んでそのまま召喚されるとか、別人の赤ちゃんからやり直すっていうのが定番だけど……今のところ異世界人っぽい人には会ってないな。
地球の知識を使って漫画を広めるーなってことをしてくれればレリルの願いも叶うんだけど。
「さて、さっそくギルドに行くか」
「え? 別に調べ物をするんだったらギルドに行かなくてもいいんじゃないの?」
「エルジェさん。冒険者でしか閲覧できない情報というものもあるんです」
「そうなの?」
この天使は、今まで何をしてきたんだ。俺は、エルジェの知らなさに呆れつつレリルに続いて説明をする。
「いいか? エルジェ。このギルドカードを使うことで、冒険者専用の情報誌を閲覧することができる。これは、全国の冒険者が集めた情報を全てまとめてあるんだ。ただ、閲覧にもランク制限があるから俺達Cランクじゃ、禁忌と呼ばれるものは無理だろうがな」
「ただ、周囲の情報などは一通り閲覧できるはずです」
「ああ、まずはユリアさん辺りに相談してみるか。あの人だったら、なんとかしてくれそうな気がする」
なんだかんであの人には色々とお世話になってるからな。なんでかはわからないが、俺達のことをかなり気にしてくれているようだ。
……というか、本当に謎なんだよな。俺の職業を見ても、全然動揺しなかったし、普通に対処していたし。プロの受付嬢だからって理由じゃ色々と無理がある。
「ユリアと会うのも一週間ぶりだねぇ。そうだ! ギルドに言ったら、ユリアに異世界に行って来たって報告しよう!!」
「……あの人だったら、そうなんですかぁって普通に笑顔で対処しそうだな」
「私も簡単に想像できちゃいました」
てことで、ギルドに向かうとするか。
・・・・・
「では、こちらが図書館となります。ここには全国の冒険者達が旅をしながら集めた情報の全てが纏められております。ただ、皆さんはまだCランクですので、本棚三つ分までしか閲覧できませんのでお気をつけください。それと、他のにも冒険者の皆さんがおりますので、できるだけ静かにを心がけてください」
「はーい!!」
「だから静かにって言ったばかりだろ」
ギルドに向かうとすぐユリアさんと遭遇してしまった。どうやら昼休みを終えたところだったようで、一週間ぶりに現れた俺達のことを見て、驚いてはいたがいつも通り笑顔で対処をしてくれた。そして、ユリアさんに頼んで冒険者専用の図書館へと訪れていた。
図書館は冒険者であり、ギルドカードがなければ入ることができない場所。いったいどこにあるのかは公開されておらず、俺達はギルドにある転移魔方陣から図書館へと転移することで入ることができるんだ。
この図書館の広さは、今でこそ目で測定できるぐらいの広さだが、司書をしている者が空間を捻じ曲げる魔法でいくらでも広くすることができるようなのだ。おそらくクロと同じような能力なんだろうないったいどんな人物なのかはこれも公開されていない。知っているのは、中央ギルドのギルドマスターのみだという。
「では、閲覧したい情報がありましたら。こちらでお取りしますが?」
「じゃあ、プロテスっていう魔族についてなんですが。ありますか?」
「それでしたら、丁度最新の情報が入りましたよ」
そう言って、SF世界でよくありそうな薄い板のようなものを操作すると、どこからともなく一冊の本がこちらに飛んでくるではないか。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
「へー、こういう風に本が飛んでくるんだ。便利だねぇ」
ユリアさんから受け取った本を俺はその場で開く。そこには、プロテスは一週間前まで不振な動きをしているのを複数の冒険者達が見ていたようだ。プロテスは、戦略家の魔族として知られているらしくいくつもの戦場で冒険者達や傭兵達など、腕利きの戦士達を苦戦させているようだ。現在は、魔王城に篭っているようで、外にはしばらく出ていない模様。
「なるほど。ありがとうございましたユリアさん」
「いえ。では、もう図書館からご退室致しますか?」
「そうですね……もうしばらく調べ物をしたいと思います」
まだ俺が知らない情報があるはずだ。今後のためにも、色々と調べる必要がある。
「かしこまりました。私は、受付に戻りますので。ご退室する際は、あちらの陣に入るだけですので」
「わかりました。忙しいのに、ありがとうございます」
「お仕事ですので。それでは、私はこれにて失礼致します」
ユリアさんが出ていた後、俺は再度図書館を見渡す。
「んじゃ、徹底的に調べるぞ」
「わかりました! 調べ物なら結構得意です!」
「わ、私はちょっと……レリル。クロから借りた漫画を」
などと最初から逃げようとするので、俺は首根っこを掴む。
「やる気のないお前のために、やる気のでることを話す。レリル、お前もちょっと聞いてくれ」
「……わかりました」
どうたらレリルは俺の真剣な表情から何かを察したようだ。それからは、図書館の端にある椅子に座ってあのことを二人に語り出す。
クロがどうして対人恐怖症になったのか。クロの過去になにがあったのか……今の二人ならば、知ってもらってもいいだろう。今のクロには頼れる仲間が一人でも必要なんだ。
「ということなんだ」
「ぐぬぬぬ……! そのプロテスって魔族絶対許せない!! 今すぐ天罰を下してあげたい!! いや!! 今すぐ行こうー!!」
「エルジェさん。お気持ちはわかりますが、図書館ではお静かに。……とりあえずは、プロテスに会ったらハンマーで粉砕しましょう」
激しく怒るエルジェに対し、レリルは静かに怒りの炎を燃やしていた。
「その気持ちをわすれるな、二人とも。さあ、クロのために調べ物をするぞ」
「うん! 今の私なら、ずっと調べ物ができるような気がしてきた!!」
「その意気です。ですが、図書館ではお静かにですよ、エルジェさん」
「いくぞー!!」
「だから、静かにしろって……」
その後、意気揚々と情報を集めていたエルジェだったが、三分でダウンしてしまった。エルジェにしては、頑張ったほうだと思う。
そして、調べ物の成果として、現在プロテスが拠点としている城の場所が特定できた。どうやら、ルルフェルズ城ではなく、また別の城を拠点としているようだ。ここからだと、歩いて一週間。馬車を使えばその半分といったところか……本当ならば、クロの力を使えば一瞬なのだろうが。それは無理だろう。けど、場所がわかっただけでもよしとしよう。




