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第一話

「なるほどな。精霊王はそんなことをするのか。大変だなぁ」

「いえ。これも貴重な体験なんです。それに精霊王になれるのが極少数。私はその中でも成り立ても成り立てなので。早く他の王達に近づけるように精進していく所存です!」


 頑張るぞー! とポテトを食べながら決意を示す。よほど気に入ってしまったのか、二本目のポテトを小動物のように齧っていく。

 彼女の言うように、金のほうはあるらしく。一品ぐらいはエルジェに奢ってやったようだ。


 彼女、レリルは精霊の王。

 精霊は、自然界の力を守護する存在。火や水、土に風などに精霊は宿り、自然豊かなところは精霊も多くいると言われている。

 ちなみに、この世界では【精霊術】というものをエルフ族が扱える。精霊の力を借りて、自然現象に近い術を発動させる。

 魔法と違うところと言えば、発動させるためのエネルギーだろう。魔法は、己の内にある魔力を消費して術式を展開。

 そして発動させる。


 だが【精霊術】は精霊の力を借りることでその術を発動させる。

 精霊と盟約を結び、絆がない限り扱うことはできない。精霊は、本来自然界でのエネルギーだけの存在だが、実体化して一人で歩いていたり、人間達と一緒に過ごしている精霊もこの世界にはいる。


 目の前に居るレリルのようにな。レリルの場合は、精霊王として人間界との交友を深めるためにやってきたんだけど。

 大変だな……王っていうのも。


「それで、これからどうするつもりだ? さっそくクエストを受注するのか?」

「いえ。まずは、この街を回って情報を集めたいと思います」

「じゃあ、わふぁたひがあんばいふるを!!」

「飲み込んでから喋ろ! 仮にも天使だろ! イメージダウンだ、その姿は!」


 ポテトをおいしそうに食べながら自分達が案内するというエルジェだったが、レリルは首を横に振る。


「そこまでしてもらわなくても大丈夫です。一人で十分ですから。二人は自由にお過ごしてください」

「えー! もうお別れー?」

「わがままを言うなって。レリルだって一人で回りたいって言ってるだろ? それじゃあ、また今度な。困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれ」

「はい!」




・・・・・




 レリルと別れてから次の日。

 俺は一人で行動していた。たまには一人で行動するのもいいものだ。思えば、エルジェとパーティーを組んでからは、あいつといつも一緒にいたような気がするな。

 ……そういえばレリルは大丈夫だろうか? なんだか少し常識知らずって感じだったし。すぐ騙されていたし。

 あの時は、あまり一緒に居るのも彼女の自由を奪っているようだったから、別れたけど……うーん。


「え? これがあればそんなことが!? 本当ですか!?」

「あれ? この声って」


 そんな時、聞き覚えのある声が耳に届く。約十五メートル先にレリルを発見した。どうやら買い物をしているようだけど……あの商人明らかに怪しい。


 風貌といい、あの笑顔でいい。

 もしかして、噂の悪徳商人じゃないだろうな? それにレリルの足元を見ると……何を買ったのか袋が二つ置かれている。

 それも袋一杯だ。なんだか嫌な予感がするんだが。


「ええ、ええ。この壷は幸福を呼ぶものでして。この壷を実際購入された方が幸福になったと」

「この壷が? 人間界ではそんなことがあるんですね。見たところ普通の壷に見えますし、オーラのようなものも感じ取れませんが。ふむふむ、でも精霊の力とはまた違った力があるのかもしれませんね。それでこれはおいくらなんですか?」

「へい。この幸福の壷ひとつで十五万ルドになります」

「十五万ルド!? た、高いですね」

「でも、幸福になればもしかすると十五万など比べ物にならないぐらいお金が手に入るかもしれませんよ? お客さん」

「ふむふむ」


 ……明らかにおかしいだろ。

 何を真面目に聞いているんだ、レリル。

 どう聞いても、嘘だろ。

 どう見ても、それはただの壷だろ。これは、いかん。早く助けに行かなくちゃ。


「レリル!」

「あっ、霊児さん! 昨日ぶりです! 今ですね、幸福になれる壷を購入するかどうか迷っていまして」


 この疑いのない純粋な眼……嘘だと思っていない!? やっぱり、この子を一人で行動させたのは失敗だったようだ!


「そんなもの買わなくていい! こっちに来い!」

「あっでも!」

「でもじゃない! ほら、荷物は俺が持つから。こっちだ!」

「は、はい」


 足元の荷物を持って、商人を睨み付ける。

 失せろ! と言う威圧を送ったのだ。それを受け取った商人は、びくっと体を震わせ血の気が引いていくのがわかった。

 よし、これでいいだろう。こんな時ぐらい、魔王の力を利用しないとな。


「あの」

「ん? どうした」

「どうして、こんな逃げるようなことを?」


 この精霊王さんは、まったくもう。どうして、走っているのかまだ理解していない様子だ。


「まずは、俺達が泊まっている宿に行く。こっちだ」

「わかりました」


 そして、走って数分。

 やっと宿に到着し、俺とエルジェが寝ている部屋へと入る。荷物を降ろし、一息をついたところで改めて説明を始めようとレリルを見詰める。


「ここが、霊字さん達が泊まっている宿ですか」

「ああ。そうだ。それで、だな。レリル」

「はい? なんでしょうか?」


 可愛らしく小首を傾げる姿は、精霊の王などとは思えないほどだ。どう見てもただの美少女です、本当に。


「いいか? あの商人は悪徳商人だ。あの壷はただの何の力も宿っていない壷。あいつらはああやって高額な値段と会話テクで騙し、購入させるんだ」

「ええええ!? そ、そうだったんですか!? 確かに、あの壷からは何も感じ取れませんでしたが。てっきり人間界特有の力があって、私達精霊にはうまく感じ取れないものだと」

「やっぱりそういう勘違いをしていたか……」


 真実を知ったレリルは、驚きで目を見開く。

 そんな彼女を見て、頭を抱えながらもチラッとレリルの荷物を見た。

 まさかとは思うけが。



「なあ、レリル。この荷物は?」

「え? これですか? これはですね」


 袋をがさがさと音を立てて探る。

 そして、ある物をひとつ取り出したのは、金色の猫だった。


「これは金運をあげるための猫人形なんです! なんと、これを持っているだけで金運が上がってどんどんお金が舞い込んでくるそうなんです!」


 キラキラと目を輝かせながら、両手でそれを持って説明をする。

 あー……うん。

 これは予想通りかもしれない。


「ちなみに値段は?」

「八万ルドです!! この金運をさらに上げる小猫付きでです!!」

「……そっちは?」


 眉を顰めながらも、もうひとつの袋を指差す。


「これですか? これはですね……これです!」


 再び袋を探って、取り出したのは洋服だった。

 ん? これは自分の着替えだろうか? それにしては、少々大きいサイズのように見えるが。


「これはなんと、伝説の歌姫カルジュアが着ていたと洋服らしいんです! カルジュアなら私も本で情報を得ていましたので、こういうのは、ある時に買っておかないと損すると思いまして!」

「……ちょっといいか?」

「はい、どうぞ」


 伝説の歌姫カルジュア。

 その存在は実在しているということは、魔王ゼルファスの記憶からわかっている。魔物に襲われた村や町など訪れては、その自慢の歌声を披露し精神的にも肉体的にも参っていた人々を元気付けたと言われている。


 だがこの服は……あっ、服の裏に紋章がある。

 これは有名な洋服店の紋章だ。カルジュアが今から百年前の存在。そして、この紋章の洋服店は十年前からのもの。

 つまり……騙されたな。


「どうしたんですか?」

「これ、どれくらいした?」

「えーっとですね、三十万ルドです!」

「たかっ!? お前、どれだけ金を持っているんだよ!」

「精霊界を旅立つ時に、三百万ルドを持って来ました。何があるかわからないのでこれぐらいは持って行った方がいいと」


 それはすごいな。三百万ルドとか。それならば、今まで見せてもらったものの値段を足しても、大した損傷にはならない。

 ……と、次々に見せてくる怪しい物の数々を見るまで思っていた。結果、全てを足すと半分以上は確実に持っていかれている。おそらく、そういう悪徳商人達の間でカモが居るぞとか噂されているんじゃないか? これは。


「いいか、レリル」

「なんでしょうか?」

「正直に言うぞ。お前、騙されてるぞ、思いっきり」

「騙されてる?」

「ああ。その猫人形もこの服も。それも、これもあれも! 全部偽者なんだ。その猫だって、普通に3三百ルドで売っているし、この服だって千五百ルドで売っているものだ。金運をアップもカルジュアが着ていたというのも……全部嘘なんだ!!」


 俺の言葉にしばらく瞬きする。

 そして、数秒後。


「ええええええええ!? だ、騙されていたんですか!?」

「ああ! 世の中にはこういう悪人がいる! お前のように騙されて借金を背負った人だって多い! お前はまだいい方だ……まだ金があるんだからな」

「そ、そんな……。まさか人間界にはそのような悪人がいるなんて……! じゃ、じゃあ今すぐ返却に!」

「いや、もう遅いかもしれない」

「どういうことですか?」


 重たい空気が続く。

 真剣な表情で俺の顔を見詰めてくるレリル。


「おそらく、もうそいつらは逃げているだろう。こういう商売をしている奴らは大抵物が売れて大金が入るとさっさとその場から逃げていくんだ。これを買ったのは、いつだ?」

「き、今日の朝です」


 今は、昼ちょっと過ぎ。 つまり少なくとも四時間は経っている。それだけあれば、この街から出て他のところに逃げるのは十分すぎる。


「とりあえず、その購入した場所に行ってみよう。可能性はゼロじゃない」

「わ、わかりました!」


 そして、俺達はその購入し物を持ち商人がいたところへと移動した。しかし、そこはすでに影すらなく。どこにもそんな商人の姿はなかった。

 誰か目撃していないかと調査してみたところ、数人の証言を得た。


 今から四時間ぐらい前。慌てた様子で街の外へと出て行くその商人の姿を見た、と。

 幸い、もう一人の猫人形を売っていた商人は別の場所で発見し、なんとか八万ルドを取り戻し、警備兵へと連行させた。

 その後も、あちこちを情報収集しつつ駆け回り返却しては捕まえ、返却しては捕まえを繰り返した結果……百万ぐらいは取り戻すことができた。


「すみません。ご迷惑をおかけして」

「いや、困っている人? を助けるのは当然だ。それに、なんだか放って置けなかったし」

「むぅ。それにしても人間界はまだまだわからないことだからけですね……。もっと知識を得なくちゃ!」


 宿に戻った俺達は休憩をしていた。

 丁度昼時だったので、外食した後。ちなみにお礼だと言って奢ってもらってしまった……男として情けない。


「にしても戻ってこないなぁ、エルジェの奴」

「エルジェさんがどちらに?」

「昼過ぎまで自由行動で。それからは一緒にクエストをやることになっていたんだよ。ちゃんと宿に戻ってくるようにって言っておいた筈なんだけど。あっそうだ。これもいい機会だ。ちょっとエルジェに関して話しておくことがある」

「なんでしょうか?」


 さっと、すぐメモ帳を取り出して完全に聞く体勢になるレリルを見て、小さく笑みを浮かべつつ語り出す。


「いいか? エルジェはアホだ。いつも何をするかわかったもんじゃない」

「ふむふむ」

「この間もこうやって部屋に居たら、乱暴にドアを開けて」

「はい、どーん!!」

「あんな風にな?」

「ふむふむ」


 大きな音を立てて、入ってくるエルジェ。

 そして、真っ直ぐこっちに近づいてきて。


「あれ? レリルも居たんだ~。やっほー!」

「どうもです」

「それでだな、いきなり依頼書を俺に突きつけて」

「霊児! 今度はこれをやろう!」

「こんな風に……ん?」

「これこれ!」


 ……また、か。紙をとんとんと指で指し示している。無言でそれを受け取り、確認。

 それはこの間のようなものだった。

 つまり自由依頼書だ。内容を確認した俺は、メモ帳を持っているレリルを見る。


「……レリル」

「はい?」

「すまないが、今度の依頼、手伝ってくれないか?」

「別にかまいませんが?」

「よし! じゃあ、今すぐパーティーを組んでレリルも受注できるようにするぞ」

「あの。それで、どんな依頼なんでしょうか?」

「調査&討伐クエスト。対象は……【魔精霊】だ」

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