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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

よく知らない貴女のおかげで私は幸せです。

作者: ゴリラ3

 生きていく上で、最も大切なものは何だろう。

 お金。確かにお金が無くては始まらない。食べるのにも、住むところの維持にも、移動にも掛かる。だが、別になくても困ることではない。ある程度自然があり、その人が味覚や視覚にこだわりがなければどうとなる。住むところだって現代的な暮らしに興味が無ければ、わりと何とかなるものだ。朝が来れば起きるように、暗くなれば眠ればいい。なに、生活レベルを始まりの頃に戻したと思えば大丈夫だ。移動も同じで遠いところに行かなければ徒歩で十分だ。怪我や病気で歩けない時はだって? 人生の困難の対処法は、我慢と忍耐も適用される。

 人間関係。人間とはコミュニケーションを大事にし、自分に有益なコミュニティに属する動物だ。代わりに自分に不利益、もしくは害をなすコミュニティにどこまで残酷になれる。悪意を持つのは人間だけだと誰かが言っていたが、私も同意見だ。人間の他者に向ける善意と悪意はコイントスのようなもので、一度はじいた後の結果はころころ変わる。相手の要因や本人にもよるだろうが、そのランダム制に疲れる者も多い。無論、私もだ。極度の寂しがり屋か、友人の数に固執するタイプでなければ、積極的に交友関係を広めずともよいだろう。

 時間。これに関してはそれぞれでの価値観が違うので、たとえ考察でもこうではないかと決めてしまうのは難しい。唯一私が言えるのは、人間がその価値を真に理解できるのはたいてい、手遅れに近い状態と言えるかもしれない。

 趣味。そうだそうだこれだ。これこそが人間の人生で最も重要な事だ。人生を彩り、精神を癒し、高ぶらせる。世の中には趣味をよりも優先させることがあるとのたまう輩もいるが、やれやれ、分かっていない。人間の発展支えてきた想像力と創造性はを養ってきたのは、遊び心と追及、探求心だというのに。そういう輩は生きていく大事な心構えを、母親の腹の中に忘れてきてしまったのだろう、可愛そうに。まあ、人間の発展には悪意だのなんだのの感情面もあるのだろうが、ここでグダグダ言うのは無粋だ。

 世の中趣味は無限にあると思うが、私は特に『絵』を愛していた。

 スケッチブックや画用紙、キャンパスを私の世界に変えていくのが楽しくてたまらなかった。時に、私が想定していなことが起こり、当初の予定とは違う絵が出来上がっても、それこそ神ですら思ってもみなかった結果で世界創造が変わってしまったようで楽しめた。

 絵は私の大切な趣味だ。向上心が無いわけではないが上手いか下手よりも、自分の納得がいくものが出来ればそれで良かった。なので販売はしていない。もともと無名の素人が描いてものが売り物になるとは考えていない。絵が描ける、という事柄が大事なのだ。

 しかし私にも気の迷いというか、魔がさしたことがあった。ある日、私の人生の中で描いた中でも傑作と言える絵ができた。その出来に気分を良くした私は酒を飲み、一人浮かれていた。そして何を思ったかSNSの類に絵の写真を投稿してしまった。絵が描けるだけでよく、他人の評価には興味が無かったつもりだが、私にも承認欲求があったようだ。深酒がその本性を引きずりだした。


『迫力のある絵ですね!』

『引き込まれる画風ですね』

『絵のお仕事をされているんですか?』


 スマートフォンが震えて、通知が次々とやってくる。その内容は絵の本質を捕らえていない、子供じみた感想ばかりだったが、悪い気はしない。褒められて喜ばないほど、私はひねくれていないのだ。

 それから私はいままでの自分だけで楽しむ趣味を、ネットに発信するようになっていった。過去の作品から、新作まで。絵は上げる度リアクションがあった。自分が創り上げたもので人々が反応してくれる、これに私は愉悦を感じていた。自分の中で完結させていたことが馬鹿らしく感じた。私には才能がある。そう、心から思っていた。

 

 ふと、ある時から絵を投稿した際の反応が少なくなっていることに気が付いた。最初は気にしていなかったが、徐々に、ときにはたくさん、反応は減っていった。何故だろうと頭を悩ませ、するべきではないと思いながらエゴサーチ等をして情報を集めた。その結果、気づいてしまった。

 みんな、私の絵に飽きたのだと。

 ネットには題材が単調だとか、似たものが多いという批判があり、私自身の人格否定まであった。調子にのっていると言われていた。絵に私の汚らしい部分が現れていると。

 それから私は、前とは違う意味で絵に没頭するようになった。ネットの奴らを見返すために、また私の絵が以前のように評価されるために。だが努力はともかく、結果は私を裏切り、もがけばもがくほど評価はさがっていった。私はプレッシャーによりスランプ気味になり、自分でも分かるほど絵が描けなくなっていた。

 大好きだった絵が楽しくない。とても苦痛だが、それより苦痛なのは評価されないことだった。私の中で大切な何かがすげかわり、変質していしまったことに気付ければ、また昔に戻れたのかもしれない。

 現状を脱するにはどうしたらいいか分からないまま、時間は経過していった。そのうち何もしなければ、ネットは私を忘れてしまうのだろう。それが怖かった。何か打開する方法はないか、そればかり考えていた。 

 苦痛になりながらも、私は絵を描き続けていた。ある日、鉛筆をナイフで削っていると、手元が狂い指を切ってしまった。熱を持った痛みに顔を歪ませ、近くにあったティッシュで傷口を抑える。白いティッシュが赤く染まっていった。思ったより傷が深かったのか、どんどん溢れていき血が滴った。赤い雫が床に零れた時、私は思いついた。

 そうだ、血で絵を描いてみよう、と。

 なんて斬新なんだろう。私は素晴らしいアイディアが浮かんだことに有頂天になり、すぐに準備にとりかかった。まずためられるだけ自分の血を容器にためた。流石にマズイと思ったタイミングで止血をしっかりし治療すると、キャンパスを用意した。

 下描きはしない。この高ぶりをぶつけてやる。興奮し高ぶる感情。それにブレーキをかけるように現実を突きつけられる。一枚の絵を描くには血が明らかに足りなかった。これ以上血を抜くわけにはいかず、足りない部分は泣く泣く絵の具で代用した。

 どれほど時間が経過しただろうか。私の新作は、私の期待に応えてくれなかった。

 絵の構図には満足している。様々な赤色で構成された暗い洞窟。それは血管に見え、その中を謎の生物が徘徊している絵なのだが、肝心の血が仕事をしてくれなかった。

 血が変色してしまうのだ。描いている途中で気が付いたが、赤色が茶色へと変わってしまい、私が求めているものではなくなってしまう。ある程度の変化は認めるが、許容範囲外の変化だった。

 アイディアは悪くない。久々に私の創作意欲に火がついた。対策を考えるために、私はネットで情報を集めた。すると、過去にも私と同じように血で絵を描いた人間がいたのを知った。その絵は今は呪いの絵としてオカルトファンには有名らしい。自分の無知さに恥ずかしさを覚えたが、彼のよりも素晴らしい絵を描いて見せると、私は自信をたきつけた。

 私は血を求めた。かのバートリ・エルジェーベトのように。血は色々試した。野生動物を捕獲し、血を抜いて描き心地を確かめた。悪くないが何かが足りない、人間の血のほうが魅力的だった。

 変色の対策は思いつかず、変色を想定して描くしかなかった。それでも問題は血液不足だ。もっと大量の血を欲したが、一般人の私では手に入れるのは難しかった。

 どうしようか、どうしようか。血で絵を描きたい。欲望は止まることを知らず、私に求めてくる。何をしてもそのことが頭を離れず訴えかけてきた。まるでおやつを目の前に出されて、待てと言われる犬の気分だ。

 人生の困難の対処法は、我慢と忍耐も適用される。だがそれは、我慢の限界という言葉があるように、いつかは決壊する。


 欲望のダムが決壊したとき、私は人を殺していた。自分の血が足りないなら、他人の血を使えばいいという、短絡的で身勝手な思考だった。

 標的は疲れた様子の、仕事帰りらしいOL風の女性だった。彼女とは知り合いなどではなく、ただ単に抵抗してもなんとかなりそうな人物で選んだ。 凶器は刃物等は避けて、金槌にした。ナイフで体に穴を空けたら、せっかくの血が抜けてしまうからだ。

 人気が無いところで、後頭部目がけ金槌を振り下ろした。一発当てても意外と元気だったので、何度か繰り返す。衝撃で裂けた頭から流れる血をもったいないと思ったが仕方がない。その場では完全に殺さずに、心臓が動いていることを確認してから自分の家に女性を持ち帰った。

 あとはネットで調べて獣の血抜きを参考にして女性を解体した。人間の解体など昔の私では考えられないことだったが、自身の絵を次の段階にするためには仕方がないことだ。

 心臓が弱まっていたので急いで作業しなければ。喉元の血管の位置を確認して、深く切れ込みをいれた。女性の体がビクンと震えると、血がピューと出てきた。容器に溜まる血を眺めながら、私は女性に感謝した。ありがとう、良い絵を描くよ、と。

 血抜きがある程度おわると造血器官と言われる肝臓等と、心臓を取り出した。この日にために人体のどこにあるかを暗記していたが、素人仕事のためだいぶおそまつな結果になってしまったが、取り出せればそれでいい。

 先ほど抜いた血を小分けにして、取り出した臓器をすりつぶしたものをそれぞれに混ぜ合わせた。こうすれば、同じ血でも変化が起こる気がしたからだ。臓器それぞれが色が混ざり、色味が増した気がした。

 全ての準備が終わり、私はキャンパスに向かった。人間一人からとれる血を考えて、あまり大きくないものを用意した。材料の血を見つめ、私は手を合わせ、深く感謝した。

 

 すごい。筆が乗る。こんなこといままで無かった。私が求めていたのはこれだったのだ。

 感情が高ぶり、心が躍った。求めに求めた材料で絵を描けることがこんなにも幸せだったなんて。私はこれをするために生まれて、今日まで生きてきたのかもしれない。いやむしろ生まれかわったと言ってもいい。筆を動かすたびに殻が割れて、新たな自分へとなっていくようだった。

 この絵ができた時、きっと世界は私に注目するだろう。皆が私に反応し、声をかけ、賞賛するのだ。絵に対しても手を叩き絶賛するのだ。私の名は歴史に刻まれるのだ、きっと。

 混沌とした茶色と赤色のキャンパスに、私はポジティブな感情を籠めた。暗い色の構成の筈なのに、なんだか温かみを感じてしまい、思わず涙が零れてしまう。もしかしたら材料になった女性が祝福してくれているのかもしれない。

 絵の完成が近づくと、私は良いことを思いつき女性の持ちものを漁った。目当ての物は身分証明書ですぐに見つかった。彼女の名前を確認すると、私と彼女のイニシャルを絵に記した。素晴らしい協力者なのだ、これぐらい当然だろう。

 絵が完成すると、すぐに写真を投稿した。今から反応が楽しみだ。あえてスマートフォンを機内モードにして、後の楽しみにとっておく。今は他にしなければいけないことがある。

 中身が減った女性は軽く、持ち運びはそこまで大変ではなかった。庭に穴を掘り、底に埋める。大したものは用意できないが、石を積み、花を添えて簡易的な墓を作った。適当に目を付けた相手でここまで成功してしまうとは、まさしく適当、適切に当てはまるとはよくいったものだ。あいにく線香はきらしていて申し訳なく思う。

 絵の写真を投稿して数時間後に、スマートフォンの機内モードを解除した。興奮して手が震える。期待が最高潮となるが、淡く崩れてしまった。思っていたよりも反応は無い。感想も賞賛よりも、ただぐろいだけ等の批判的なものが占めていた。

 私はがっくりとうなだれ、肩を落とした。なぜ理解されないのか、分からない。ここまでしたのに。これでは彼女の無駄死にではないか。彼女の犠牲が報われない。

 落ち込む中、コメントの中に気になるものがあった。それを見た瞬間、私の体が熱くなるのを感じた。


 後日、私の家に警察が訪れた。殺人の容疑者として逮捕状が出たといっていた。勿論だ否定する気はない。私は素直に認め、警察に従った。

 彼女の埋葬場所も伝えた。庭に埋めた彼女を警察が掘り起こす前に、もう会えなくなるので手を合わせ感謝の言葉を贈った。出会ったから毎日感謝をしていた。私たちはもっと早くに出会えていたら良い知人に慣れたのにと思うと、少し残念だった。 

 取調室で刑事が言ってきたことにすべて答えた(ただし彼女を絵の材料にしたことは秘密だ)。今更否認する気はない、私は趣味のためにやりたいことをやり切ったのだ。もう外の世界には未練はない。

 ただ一つ、警察の質問にしらをきったものがある。それは彼女を使った絵の所在だ。流石に警察も彼女の状態を不審に思い、私が投稿した絵を調べたいようだが、肝心の実物はもう家にはない。

 絵を公開したあと、絵を譲ってほしいと言ってきた人物に譲ったのだ。たいして反響の無かった大作に魅了された人間がいると知った私は有頂天になった。沢山の人に認められなかったが、こうして理解してくれる人間がいるだけで嬉しかったし、これで彼女も報われるというものだ。

 警察が来るのを予想していた私は、初めて他人に絵を譲ることに決めた。これ以上のメッセージは危ないと思い、実物をもって待ち合わせをした。申し出た人は私に心地よい感想を述べてくれる好印象な人物で、絵の実物で感動してくれた。この人しかいないと思った。それに、この絵が何でできているか、気づいているような様子があり目は確かの筈だ。


 私はもうどうにもならないだろうが、絵は残ってくれる。あの人物なら見つかっても、絵を待ってくれるだろう。そして私の絵は、巨匠たちのように後世へ伝えられていくのだ。

 でも最後にまた見たかった。彼女の材料で描いた、彼女の肖像画。中身を取り出した、美しくもあられもない彼女の裸婦画を。


 私は生きていく上で趣味が最も大切だと思っている。だって、趣味のおかげで、私はいまとても幸せだから。

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