ACT7 裕子
あら、いらっしゃぁい。ちょっとご無沙汰してたじゃなぁい?どっか他の店に浮気しちゃったかと思ってたわよ。嫌よぅ。いい男は逃がさない主義!え、嬉しくないってどういうことだよこの野郎っ。あらやだいけない、つい地が出ちゃったわ。やぁねぇ、そんなに引かないでよ。さぁこっちに座って。何飲む?
仕事そんなに忙しかったの?あんまり無理しちゃだめよぅ。せっかく綺麗なお肌してるのに。荒れるわよ?あら、男だって身だしなみは大事よぅ。不潔な奴なんて相手されないんだから。
……何よ。さっきからアタシのことじろじろ見ちゃって。顔になんかついてる?はっ、まさかつけマツゲずれてる?マスター、手鏡取ってっ。……って大丈夫じゃん。じゃなぁに~?ひょっとしてこのアタシに惚れちゃった?キャッ、いい男に見つめられるのって悪い気しないわねぇ。
違う、って、そんなはっきりすっぱり否定しなくてもいいじゃない。たまには夢見させてくれたっていいと思わない?でもじゃあ何でそんなに見つめてくるのよ。思わせぶりって言うのよ、そういうの。
アタシがいつもより元気ないって?どこがよ。いつも通りだってば。しばらく来ないうちにアタシのキャラ忘れた?そうよねぇ、こんな濃いキャラ忘れないわよって誰が特濃キャラじゃっ。あらやだ、また地が出ちゃったわ。
わかったわよ。白状するわ。その通りよ。今のアタシは人生のどん底まっしぐら。……そこまでには見えない?あぁそう。
でも、こんなアタシの変化に気づくなんて鋭いわね。ばれないようにしてたんだけどな。まぁ、常連さんぐらいにはいいか。気づいてくれて、実はちょっと嬉しかったし。ありがと。ついでに話聞いてくれるの~?優しいわねぇ。惚れちゃうわよ?それは勘弁って、つれないわねぇ。
アタシね、付き合ってた子がいたの。……何よその「嘘だろ~」って目は。本当です。歳はあんたよりちょっと若いぐらいかな、大学三年生。だから本当だってば。ゲームじゃないわよ。本物の男。そうねぇ、歳で言ったら二回りくらい離れてるけど。うん、アタシの息子でもおかしくない歳よね、確かに。そんな悲しいこと言わないでくれる?
最初に会ったのはこの店。そうお客さんに手出した……って人聞き悪いわね。言っとくけど別に襲ってないからねっ。
その子いつも一人で呑んでて、カウンターの端っこでね。もうなんか特等席みたいになってた。ねぇ、ちょっと気になるでしょ。だって大学生だよ?それがこんな界隈で一人で呑む?普通。友達とか連れてくるならまだしもさ。それで声かけてみたんだけど。はじめは完全に無視。話しかけんなオーラバンバン出して。アタシも最初のうちは「何なのこの子」って思ってた。だってそんな感じで呑みたいなら別にうちじゃなくてもいいと思わない?もっと静かな店いくらでもあるでしょ。でもねぇ、なんかいつも辛そうでさ。訳あり感半端なくって。まぁそんな子もいるかぁって思って、しばらくそっとしておいたの。
でもやっぱ気になっちゃってさ。ある日訊いてみたの。「何でこの店選んだの?」って。そしたらボソッと言うのよ、「落ち着くんだ」って。へぇって感じじゃない?こんな騒がしい、げふんげふん、賑やかな店なのに落ち着くなんて。初めて聞いたわよ。よくよく聞いたらその子も女の子とは付き合えない子だったみたいで、アタシたちみたいなのに囲まれてんのが居心地よかったみたい。不思議よね。
で、ある日ね。閉店時間になっても帰んないわけよ、その子。声かけたら呑みすぎたんだか、潰れちゃってんの。そんな呑む子じゃないのになって思ったんだけど、その日忙しくってさ、アタシもあんまちゃんと見てあげてなかったのよ。カウンターから立てない感じで、お店にタクシー呼んで。意識はあったから肩貸してタクシー乗せて。で、住所訊くんだけど全然言わないの。アタシ喋れないくらい辛いのかと思って、「タクシーじゃなくて救急車呼ぼうか?」って言ったら、「それはいい」って言うんだし。あ、喋れないわけじゃないのね、じゃあこの子どうしたいのかしらって思って、冗談半分で「じゃあ、うち来る?」って言ってみたの。そしたらなんて言ったと思う?「それもいいかな」だって。それでその、まあ、流れでね。うちに来てさ。だから襲ってないってば。
信じらんないって言うけど、アタシだって最初に思ったわよ。ってか自分が一番信じらんないって感じだし。むしろ意味わかんない、みたいな。だってすごいいい男なのよ?その子自身がいくら女の子がだめっつったって、いくらでも言い寄られてそうな感じだったし。まぁそういう意味で言ったらアタシは女の子換算されてなかったって話なんだけど。あぁ、自分で言ってて悲しくなってきた。でも、ちゃんと付き合ったもんねー。生まれて初めてこの世界にいてよかったって思ったわぁ。でもさすがに、なんでアタシ選んだの?なんて訊けなかった。それを訊いちゃったら魔法が解けて、あの子がいなくなっちゃいそうな気がしたから。意外とメルヘンな乙女なのよ、アタシ。まぁ結果的にアタシの前からはいなくなっちゃったわけだから、どっちでも一緒だったのかもしれないけど。
振られたとか、捨てられたっていうんなら、もうとっくに諦めついてると思うんだけどなぁ。だって慣れてるもん、そういうパターン。アタシの人生経験なめないでよね。たくさんいたわよ、過去にだって男ぐらい。まぁたいてい普通に他の女に負けて終わったけど。思い出したらますます落ち込んじゃうわ。
あの子は、もっと別の形でアタシの前からいなくなった。
逮捕されたの。アタシのアパートに警察が来てね、そのまま。
あの子の名前は、楓。そう、今世間を賑わしている雪町 楓がアタシの男。
酔いつぶれてアタシのアパートに来て以来、楓ちゃんはアタシの部屋に入り浸りになった。アタシが出勤の日はここで呑んで、閉店までいて、一緒に帰るって感じ。着替えなんかの荷物も自分の部屋から持ってきて置いてた。半分同棲みたいな感じね。……そんなゲテモノ見るような目で見ないでよ。別にいいじゃない、同棲ぐらい。それで楓ちゃんも自分でアパート借りてたんだけど、ほとんど帰ってなかったから、もったいないっつってそっちは解約しちゃったの。アタシが迫ったんじゃなくって、楓ちゃんが勝手に解約してきちゃったのよ。アタシの部屋だって一人暮らし用だからそんなに広くないし、二人で住むんなら引っ越そうかって話もしてた。でも楓ちゃんってほとんど荷物持たない子だったから、その分が増えても大して手狭にもなんなかったけど。まぁ実家があるなら荷物が増えたってそっちに送っちゃえばいいよねって思ってたんだけど、実はそこがどうもよろしくなくって。
楓ちゃん、アタシの見立て通りかなり訳ありな子だった。両親は生まれてすぐ離婚してて、母親に引き取られたんだけど、その母親も三歳ぐらいの時に亡くしてる。そうなったら普通母親の実家か父親が引き取ると思うんだけど、母方のおじいちゃんもおばあちゃんも亡くなってたから、実家にはそもそも預かる人がいなくて。じゃあ今度父親はって言うと、離婚してから連絡がつかなくなっちゃってて。養育費なんかも踏み倒して音信不通。今じゃ生きてるのか死んでんのかもわかんない。ひどい話だよね。で、その結果どうなったかといえば、親戚の家をたらいまわし。最終的に遠い親戚に引き取られて肩身のせまぁい幼少期を送ったってわけ。肩身狭いかどうかはわかんない?でも考えてみてよ。そもそも引き取る家だってすっぱり決まったわけじゃないじゃん。もちろんそこは大人の事情ってやつなんだろうけどさ、そういうのって子供は敏感に感じるもんだよ。楓ちゃん、自分がもらわれっ子だってのは厭っていうほど思い知らされたんだって。そんなの、もらわれっ子なんだから遠慮して生きろって言ってるようなもんじゃない。言われなくたって遠慮するよ。だって考えてもみてよ。楓ちゃんにとってはそこが最後の砦なんだよ?その家を追い出されたら、もう生きていく場所なんてないんだよ?
その証拠っていったらなんだけど、楓ちゃん自分で何でもできる子だった。掃除も洗濯も自炊も。当たり前?そうでもないって。男って何にもできないやつ、社会人でも結構いるよ。一人暮らしはしてる、でも洗濯はオールクリーニング。ご飯は外食かコンビニ。挙句、掃除はママや自分の女にやらせる。……まぁ、アタシの昔の男だわ。見る目ないとか言わないでよ。そんなの付き合う前にはわかんないじゃない。だから、そうね、楓ちゃんは別格に見えたな。うまく言えないけど、本当にしっかりした子だった。なんかそこに楓ちゃんが経験してきた苦労を垣間見た気がしたの。きっとずっと気を遣って生きてきたんだろうなって。肩肘張って何でも自分でこなして、自分の居場所を必死で守ってきたんだろうなって。だから、アタシ、大丈夫って言ってあげたかった。そんな肩肘張らなくて大丈夫。もっと力を抜いて、気楽に生きてもいいんだよって。楓ちゃんにとってアタシがそういう居場所になれたらいいなって思ってた。
あぁ、もしも、って最近考えるの。もしももっと早くアタシが楓ちゃんと出会ってたら、あんな事件起こさなかったんじゃないかって。うぬぼれかもしれないけど。
わかんないよ?楓ちゃんがどれだけの憎しみとか恨みとかを抱えてたかなんてさ。だって実の母親を亡くした原因があの事件だったわけでしょう?そんなの恨むなっていうほうが無理な話のような気もするし。もしも自分だったら……うまく想像できないのよね。アタシはさ、こんなだけど幸いなことに母もまだ元気だし、父は亡くなったけどちゃんと看取ることができたし。自分の家族を持つことはできそうにないけど、それでも家族から愛される喜びを知ってるし。アタシがゲイだってぶっちゃけた時は、さすがに二人とも驚いてたけど、でも拒絶はされなかった。ちゃんと受け止めてくれたの。だからアタシはこうして気ままに、気楽に生きてられる。それはすごく幸せなことなんだなって、この仕事してるとつくづく思う。楓ちゃんは本物の家族からの愛はほとんど受けられなかったかもしれない。その分アタシが愛してあげようって思った。でも、出会うのが遅すぎたのかなぁって。
事件の報道、ニュースではあんまりやらなかったね。ワイドショーとかの扱いはひどいけど。ひどくない?あんなあることないこと言い連ねて。アタシ楓ちゃんのこと悪く言われるのはすっごい腹立つ。お前ら何を知ってんだよって。楓ちゃんは女をたらしこんで利用なんてしてないし、違法な薬物なんかもやってない。わかるわよ、一緒に住んでたんだから。楓ちゃんはすごく真面目な子なの。真面目で、優しい子。本当はさ、今すぐにでも警察に殴りこみたい。楓ちゃんを牢屋から救い出して一緒に逃げたい。そしたらアタシ、楓ちゃん以外のもの全部捨てて逃げるわ。どんなことがあっても、楓ちゃんがいてくれれば平気。だってたいていの辛いことは経験済みだもの。だから今度こそアタシが楓ちゃんのこと守るの。
あの日、うちに警察が来た日ね、実はちょっとだけケンカしてたの、楓ちゃんと。
最近ちょっとすれ違いが多くて、あまりちゃんと顔合わせてなかったのよね。ここに呑みにも来てなかったし。あの子まだ学生だから大学の授業もあるし、そっちが忙しいのかな、くらいに思ってた。テストとかで大変なのかなって。でも違った。いろいろ、準備をしてたんだと思う。そのときは何も知らなかったから、アタシものん気にしてた。
停電の時は、そりゃあ大変だったけど。予備電源なんてご大層な設備はないし、このままじゃ営業は無理かなって思ったけど、開店準備してる間に復旧したから店としてはどうってことなかったのよね。お客さんの入りもわりといつも通りだったし。のん気なアタシは楓ちゃん来てない日でよかった、なんて思ってた。来るわけないよね、当事者だもの。
急に楓ちゃんが帰ってきたのは、その二日後だった。出勤までにはまだあるって時間で、アタシも久しぶりに顔見たから、はしゃいじゃって。ちょっと無理してご飯作ったの。だって一緒にご飯食べるのだって久しぶりだったんだもの。余りものしかなかったから大した物はできなかったけど、アタシは作れただけで満足。で、食卓に並べてさぁ食べましょってなったときに、楓ちゃんが「話がある」って言い出したの。
アタシ、正直、聞きたくなかった。だって悪いことしか浮かばない。真っ先に思ったのは、アタシまた捨てられるんだ、ってこと。まぁ、分不相応だなってのは前から思ってたし、さっきも言ったけど、それだったらまだ諦めついた。でもそうじゃなかった。
楓ちゃんはちゃんと最初から全部話した。自分の母親がA事件の被害者だったこと。他の遺族の人たちと復讐を計画したこと。それを実行したこと。
それで、アタシに迷惑がかかるから、もうここへは来ないって。
辛かった。何もかも辛かった。楓ちゃんが起こしてしまった大きな事件のことも、それを引き止めてあげられなかった自分のふがいなさも、楓ちゃんがアタシを頼ってくれないことも。いろんなことで頭の中がぐちゃぐちゃになって、気がついたら、怒鳴ってた、楓ちゃんに。「どうしてよ」って。
だってそんなの「はいそうですか」なんて言えるわけないじゃない。アタシはアタシなりに楓ちゃんを大切に思ってきた。なのになんでそんな、自分で自分を傷つけるようなことするの?自分だけで辛い方に行っちゃうの?もっと頼ってよ。もっと甘えてよ。楓ちゃんにとってはアタシは母親の代わりみたいなものかもしれないけど、アタシは男として楓ちゃんを愛してたんだよ。アタシは本物の家族にはなれないけど、せめて本物の家族の代わりに、楓ちゃんの心配ぐらいさせてよ。
……多分アタシ、言い過ぎたんだと思う。楓ちゃんはショックを受けてたみたいだった。でもアタシも余裕なくて。気づいたらぼろぼろ涙出てるし。変な話なんだけど、そういうときって全然関係ないこと考えたりするのよね。出勤前で、メイクばっちりしちゃった後だったから、めっちゃ崩れてるんじゃないかなぁなんて。時間ギリギリになるだろうけど一回落としてやり直しだなぁなんて。
警察が来たのは、そのすぐ後。普通にピンポン押して来たから油断して普通に開けちゃったんだよね。さっきあんな話したばっかだってのに。
正直、楓ちゃんが捕まるんだったらアタシも一緒に捕まっちゃえばいいって思った。実際そういうなんかあるじゃない?何とかほう助?でも令状があったのは楓ちゃんだけで、アタシは任意でって話に一度なったんだけど、楓ちゃんがね、かばったの、アタシのこと。関係ないからって。自分が脅して強引に押しかけただけだって言い張ったの。アタシ、何も言えなかった。それで結局そのまま楓ちゃんだけ連れて行かれちゃった。本当は、違うって言いたかった。なのに変に力が抜けちゃって、声が出ないどころか動くこともできなくて。魂抜けちゃったみたいに。楓ちゃんがアタシの魂まで連れてっちゃったみたいに。
後悔はね、してる。いろんな後悔。もっと何か別の道があったはずなんだもの。楓ちゃんもアタシもこんな辛さを背負って生きていくんじゃなくって、何かもっと別の道が……。
厭ね、何泣いてんのかしらね。お見苦しくってごめんなさい。
話聞いてくれてありがと。もう大丈夫よ。立ち直りの早さには自信あるの。さぁて、今日はあたしも呑むわよぅ。長いこと聞き役で疲れたでしょ?今度はアタシが話聞いてア・ゲ・ル。そんな遠慮しなくていいわよ。夜はまだまだ長いんだから。




