エンディングが見たかった
「おっほほほほー」
あー、のど痛い。
最近、前にも増して高笑いのしすぎですかね。喉がイガイガしてきた。風邪ではないと思うけど……。
そろそろ控えた方がいいかな?
高笑いのしすぎで声出なくなったとか笑えない。
でもそろそろエンディング入って、断罪されて即退場するわけだし、最悪声が出なくなったとしても困りはしない。ものすごくダサいだけで。
今世にも笑い上戸の弟がいたら一生指差して腹抱えながら大笑いされることだろう。姉が笑えないのをいいことに、翌日筋肉痛になることを厭わずに笑い続ける姿が目に浮かぶ。
事実、前世で私が一人だけノロウィルスになった時も彼は一週間ほど、私をみるたびに笑い転げていた。悪気はないのだ。笑いの沸点が低く、ポイントがおかしいだけで。
まぁ、そんな彼もさすがに次も弟、なんてことはなく……。前世ではあんな、見てる分には我が弟ながら目の保養できると噂高い彼の次は、不出来な姉に毎日顔をしかめる系イケメンの弟へと変わりました。
元はいい子なんですよ?
こうなってしまったのは私のせいです。私が欲望のままに行動した結果、こうなってしまったのです。断言するが後悔はない!
私にとっての幸せは断罪されようが、一生のほとんどを軟禁されて過ごそうが、前世の私がその一生で最高カップリングとして認定した二人のエンディングをこの目にしかと焼き付けることです。
舞台とかの2.5次元ではなく、リアルの、三次元再現ですよ?
キャスト変更一切なし!
ああ、素晴らしい。この世界に飛ばしてくれた神様に感謝しかない……。
酔ってて手元の調節狂って他の次元に飛ばしちゃったとか言ってたけど、むしろ今からでも大量の酒を貢ぎたいレベルである。他はともかくとして私は許す。少なくとも神様と出会った記憶が私の脳みそからなくなるまでは崇め奉る所存である。
話を戻すと私が高笑いを続ける理由、それはズバリパッと見高笑いしてたら悪役だってわかるから。
イメージって大事!
うん、やっぱりやめられない。
代わりに今度使用人に頼んではちみつでも用意してもらおう。喉にいいらしいし、毎日行われるティータイムの時にでも紅茶に入れとけばそのうち治るでしょ。
「おっほほほほー」
そして今日も学園に響き渡る私の高笑い。
それを耳で聞きながら満足をしてその場を去る。勿論私の後ろには何人もの取り巻きがいる。
今更かもしれないけれど、私は乙女ゲームに転生した。悪役令嬢に。
初めて知ったときはそれはそれは悲しかった。
だって、転生するならやっぱりヒロインがいいじゃないですか。
でも、私気づいちゃったんですよ。
悪役令嬢なら自分の好きなカップリング作れるんじゃないかなって。
休日は乙女ゲームばっかりで恋愛経験なんて全くなかった私にとって、自分が恋愛するよりも目の前で美男美女が仲睦まじくしているのをみる方が向いていた。
ザ悪役な顔の私なんかよりも天から舞い降りた聖女のごとく美しく、そして心優しいヒロインといる方が攻略対象もとい私の幼馴染たちと義弟の表情も豊かになる。
やっぱりイケメンは顔をしかめるよりも優しく微笑んでいた方が絵になるというものです。
柱の影から見ながら親指を立ててついつい『クリエーター様に感謝しかない……』『最高かよ……』と呟いてしまった。
このゲームはどのキャラを攻略しようとしても私が邪魔することになっていた。
だから、私は好きなキャラのイベントの時だけ邪魔してやった。障害のある恋って燃えるじゃないですか。ヒロインが好感度も上げやすいですし。ここ重要。
他の攻略者とのイベントは変に好感度あげられたら好きなエンド見られなくなるから放置しときました。
悪役がいなくても成り立つイベントもあるので、そんな時は遠慮なく拝みましたが。
そしてあと少しで好きなカップリングが誕生しそうなんです。
目の前で好きなカップリング誕生の瞬間が見れるかもしれないんですよ?
喉の痛みなんか気合で我慢して見せますよ。
「お嬢様、そろそろやめませんか?」
「やめるって何を?」
「フローラルに嫌がらせすることです」
フローラル様というのはこの世界のヒロイン。淡いピンク色の髪をしたどことなくマカロンを彷彿とさせるようなゆるふわ系女子だ。
マカロンですよ? あのオシャレ女子が食べてるあれ。あのカラフルな洋菓子。恐れ多すぎて前世では一度も食べたことなかったけど美味しいに決まってるあれです。
いいですよね。ゆるふわ女子。
近くで見れるだけで、眼福、眼福!
もう可愛くて仕方ありません。
しかもいじめているときにさえも風に乗って鼻をくすぐる甘美な香り。
ゲームをプレイしていた時では絶対にわからなかった情報がここにある!
何の見返りもなくただ守ってあげたいっていう気分になります。
あの子見た瞬間、やっぱり攻略対象がよかったわ。そこ変われ男ども! と思ったりしましたよ。
1か月ほど幼馴染に恨みの視線を送ったこともありました。あちらも負けじと睨んできたのであちらも譲る気はさらさらなかったのでしょう。それでこそ私が認めたヒロインの相手なだけあります。
懐かしいですね。もうあれから1年もたつだなんて信じられませんよ。
「お嬢様? 聞いてますか?」
「えっと、何の話だっけ?」
ヒロインもといフローラルちゃんのこと考えていたらすっかり彼の存在なんて忘れてました。
「フローラル様に嫌がらせすることをおやめになってください」
「なぜ辞めなくてはならないのです?」
え、嫌ですけど?
もう少しでカップリングできそうなんですよ? 今やめてカップル成立しなかったらどうしてくれる! 責任とれるんですか? フローラルちゃんの嫁ぐ先と今後が決まるんですよ? 私の今後の栄養源なくなるんですよ?
「お嬢様の印象が悪くなってしまいます」
「そんなこと知りませんわ」
そんなこと知ったことか!
私はフローラルちゃんが幸せになるところが見たいだけだ。
できれば私の推しメンの騎士様、ガイン様と。
彼にだったらフローラルちゃんを任せられる。
ガイン様の忍耐力と優しさは攻略対象の中でも光るものを感じます。
幼少期に彼をいじめまくってトラウマまで作った私のお墨付きです。
誇っていいですよ、ガイン様!
「ですが……」
「私に逆らうというの?」
「いえ……」
逆らわないことなんて知っている。
どうせこの世はゲームなのだ。
フローラルちゃんの都合のいいようにできている。
悪役令嬢はヒロインをいじめてこそ悪役令嬢なのだから、使用人が私の邪魔をするはずがない。
……そのはずなのに、何で騎士様は私の目の前にいるんですか!
つい先ほど卒業式が執り行われた。つまりエンディングの発生は今この時である。
なぜか断罪イベントは行われず、手持無沙汰に講堂付近をうろついていたところをガイン様がやってきたのだ。
「ロクサーヌ。手を……」
「い、や、で、す、わ!」
目の前の男はフローラルちゃんに振られたのか、トラウマを作ったはずの私に手を差し出す。それが気に入らなくて手を叩いて拒むが、依然としてガイン様の手は私に差し出されている。
「嫌、ではありません。今から国王様のもとにご挨拶に行くのに婚約者である俺がエスコートしないでどうするんですか」
「どうもしないわ。挨拶になんて行かないもの」
「気分でも悪いのですか? でしたら少し休んで……」
「あなたと結婚するのは私じゃないもの」
認めたくない。
ガイン様が結婚するのは私ではなく、ヒロインのフローラルちゃんに決まっているのだ。少なくとも私の中では。それに私が見る限り、ガイン様とフローラルちゃんは結構好い仲だったはずだ。
だがその一方で王子とも好い仲だったのも知っている。
きっと彼女は顔はいいけどお腹は真っ黒黒な第二王子様を選んだのだろう。
「あなたは私と結婚するのです。フローラル様は先ほど王子との婚約を成立させました」
ああやっぱりそうなのか……。
ガイン様の口から正式な情報として告げられたそれに私の身体からは力が抜けた。もう立っていることすらできない。
なんということか、私の今までの人生は水の泡になってしまったのだ。
王子を選んだのならせめてエンディングくらい見せてくれてもよかろうに、もう私は蚊帳の外へとはじかれてしまったのだった。
悪役令嬢として生きると決めたその日から私の願いは一押しカップルをその目に焼き付けることだけが生き甲斐だった。
今でも見たいという気持ちは変わらない。それでも、彼らは一推しカップルではないけれど、全ルートクリアしていた私としてはフローラルちゃんの幸せを喜ばずにはいられないのだ。
だってあの子、いい子なんだもの!
王子なんかよりも私がそれをよく知っている。何てったって全シナリオ読破してるから。
青春を全て乙女ゲームに費やした私が、数多くのヒロインをこの目に焼き付けてきた私が言うんだから間違いない。
「あなたはこのまま私と結婚する気?」
そう、シナリオを読破したからこそ知っているのは何もヒロインの情報だけではない。
私とガイン様とのその後も知っているのだ。
私の、悪役令嬢の婚約者であったガイン様はフローラルに選ばれなかった場合、悪役令嬢と結婚することになる。
だがその結婚生活は上手くはいかないのだとファンディスクで明かされることとなった。
それはそうだろう。いくら政略結婚とはいえ、嫌いな女と結婚して幸せな家庭が築けるはずもない。
彼は学生時代の思い出、フローラルの思いをその後も抱き続けるのだ。
卒業後を舞台としたファンディスクでは、すでに悪役令嬢と結婚したガイン様が悪役令嬢と離縁をしてフローラルと結ばれるというルートもあった。
これにはさすがにじゃあなぜ悪役令嬢と結婚させたのかと疑問視する声も上がったのだが、それは本編作成当初は続編を作る予定がなかったためとも明かされていたりする。
「ええ。婚約者ですから」
ひょうひょうと言ってのけるガイン様の意図を私は掴めずにいる。
後で離縁をすればいいとでも思っているのか。はたまた王子相手には勝ち目がないと悟り、仕方なく私で妥協しようとしているのか。
どちらにしても私にとってもガイン様にとっても心地いいものではない。
結婚する前から破綻が見えている。
……お父様に泣きつけばこの婚約、今からでも解消できないだろうか?
ヒロインのフローラルとのカップリングを抜きにしても私の推しメンはガイン様なのだ。
是非とも幸せになってほしい。
そしてここまで数々の嫌がらせをしてきて何だが、私も幸せになりたい。
それなら結婚しなければいいのだ。
幸運にもお父様は私にてんで弱い。
ワンチャンある!
「一ヶ月ほど待っていただけないかしら?」
一ヶ月もあればお父様を説得することは出来るだろう。
最悪の場合、伝家の宝刀『お父様以上の男性でないと嫁げませんわ!』を繰り出せばお父様だってこの婚姻を白紙に戻してくれるに違いない。
「待ちませんよ。すでに国王様との謁見の時間をいただいているのですから」
「あなただって私と結婚したくないでしょう!」
「はぁ……。私がしないで誰があなたの夫になるというのですか? 相手がいるというなら別ですが」
「私にだって相手くらい……」
「いるというなら連れてきてください。あなたのワガママにも耐えられるくらい心が広く、なおかつお金を持っていて、あなたと並んでも見劣りしないだけの顔と身長がある男性でしたっけ? 俺の代わりになるというならそれなりの地位と剣術ができる相手でなくてはいけませんけど、いるなら今すぐ連れてきてください。あなたがこれ以上駄々をこねないようにその男が二度とあなたの前に現れないくらいに打ちのめしますので」
「……連れては来れないわ」
それだけのハイスペック男がいるのは所詮ゲームの中の攻略対象かそれに準ずるキャラクターだけだ。
ここも一応ゲームの中だけど、攻略対象達の私に対する好感度は軒並み低いのだから声をかけたところで来てくれるはずもない。
それがわかっていて言っているのだろう。
「ならそこまでの男ということですね。ほら行きますよ」
「むぅ……」
私が持っているのは公爵令嬢という地位くらい。
義弟が爵位を継ぐため、家は手に入らないし、そもそもガイン様だって立派な公爵家の御令息である。
確かガイン様のお兄様は数年前に貴族の令息でありながら武者修行の旅に出たとかで、ガイン様が次期当主になるのではないかとの声も上がっている。
ゲームではそんな設定なかったのだが、明かされなかった設定なりなんなり色々とあるのだろう。
「義姉さん、わがまま言ってガイン様にこれ以上迷惑かけるなよ」
いつのまにかやってきたのか、私よりもずっと背の高い義弟はいつものように蔑んだような視線で私を見下します。
いくらイケメンとはいえ、簡単に屈するわけにはいきません。
オタクの意地にかけて、推しメンの幸せを邪魔してはいけないのです。
「迷惑なんてかけてませんわ! ただ私はガイン様の幸せを思っての行動なのです。邪魔しないでください」
「ガイン様、ワガママでバカな義姉ですがどうぞこれからもよろしくお願いします」
「まぁそんなところも嫌いではありませんから。ほら、ロクサーヌ。国王様の前での婚姻の儀式が済んだら屋敷に帰りますよ。あなたの好きなケーキを用意させてますから。全部終わったら好きなだけ食べてもいいですよ」
騎士団に入団する前から次期騎士団長の座を狙えるとの声が上がるだけあり、私を容赦なく引っ張る力に強い。ゲームキャラ仕様の細い腕と足を踏ん張ったところでガイン様の力には到底叶うはずもなく、引きづられていく。義弟に早く行けとばかりにしっしっと追い払われながら。
絶対義弟は私を屋敷から追い出したかっただけだろう。
もしや義弟とガイン様の間で好きな時に離縁してもいいですよ的な密約が交わされているのかもしれない。
あの義弟ならやりかねない。
……せめてここまでの仕打ちを受けるくらいならハッピーエンドのスチル、王子のやつでもいいから拝みたかったな。
ガイン様に身体を委ね、ちゃっちゃと結婚の手はずが済まされる。
愛していないだけあって結婚式すらない。ウエディングケーキばりに大きなケーキは食べたけど。
それにガイン様は恥である私を屋敷から一歩も出すことはない。
面倒臭いお茶会も夜会も何も出なくていいのだと思えば気は楽になるが、だがそこまでして私を他人に見せたくはないのかとほんの少しだけ胸のあたりが痛んだ。だが何もかもが自業自得なのは心得ている。
いつの間にかやって来たガイン様によく似た少年は養子にもらったと言っていたが、愛人との子ではないかと睨んでいる。
私への愛とかはいらないからせめてフローラルちゃんへの愛を突き通して欲しかったのだが、さすがに王子の妻を略奪する気は起きないのだろう。
「おかあさま、これぼくが作ったクッキーです」
今日も今日とて、誰の子どもかよくわからないシェダーは私をお母様と慕ってくれている。
産まれて間もなくこの家にやって来たため、私を本当母親であると思い込んでいるのだろう。
こんな私を母だと思い込むなんて可哀想な子だ。
「ありがとう」
クッキーのお返しにと頭を撫でてやるとシェダーは昔のガイン様にそっくりな笑顔で笑った。