帰り道、まさか女子と帰ることになるとは
「あんなに自由に空を飛んでいるのに?」
「……はい、きっと」
ふーん、と目を細める少女はなんとなく、残念そうに見えた。
昇降口を背にし、校門を出る。少女の家がどちらにあるか分からないので、とりあえず少女の横に並んで歩く。
「とんぼは何部なの?」
いまだに年齢差に気がついていないようで、相変わらず無遠慮にタメ口で話しかけてくる。馴れ馴れしいというよりは、親しみのもてる感じだからもう許そう。そういうことにしておこう。
「サッカー」
「えー、見えない!?」
「初っぱなそれは失礼すぎません?」
「サッカー部っぽい感じするー!」
「いやもう遅いですよ」
「ポジションはー?」
「センターバックか、アンカーやってましたね」
「真ん中の後ろと、銛?」
「キーパーの前くらいにいて、最終ラインを守っているディフェンスがセンターバックといいます」
「ディフェンス……最終ラスト……うん、なんとなくわかった気がしないような気がする」
「……図書室にサッカーのルールの本とかないんですか?」
「興味なかったもの」
「じゃあ読んでおいてくださいよ」
「僕に勧められて読むのは癪にさわる」
「じゃあ俺が教えますよ」
「それも嫌だ」
「じゃあ何とかして調べて下さい」
「気が向いたらね」
「どうぞ」
「あなたは?」
「私?」
「何部に入っているんですか?」
「ひ、み、つ」
「……文芸部、ですか?」
俺の言葉に顔をしかめ、距離をおく。もしかして地雷でも踏んでしまったのだろうか。だとしたら謝らなければならない。咄嗟に謝罪の言葉を送ろうとすると、少女が笑った。
「私のこと、よくわかってるね」
ということは、当たりということか。割と適当に言ったのだが、当たっていたならよかった。
「……初見で当てられるのってなんだか嬉しいわ」
「お気に召したようならよかったです。この喜びがわかるなら、俺に対しての発言を詫びてください」
「しつこい男は嫌われるよ?」
「あなたはとんぼに好かれたいと思いますか?」
「思う」
「でも俺は架空の兄を持つあなたに興味はありません」
「反応してるからもう勝敗は決まってるよ」
「そんな暴論」
「はい論破」
「……そうですね」
はあ、と俺は息を吐く。この論争を続けても意味は生まれないだろう。
「とんぼの家ってどこなの?」
議論に勝利し、ニコニコとした顔のまま少女が訊いてくる。
少女に合わせて立ち止まり、俺は周囲を見渡す。ここはどこだ。
「……大丈夫?」
額に汗がにじむ。夏まっさかり、という季節ではないはずなのに、全身が熱気を訴えてくる。じんわりと熱が伝わってくる。その熱は脳内を侵食していく。
「つい私についてきてしまった結果、未知の場所にきてしまったとんぼ、といった感じ?」
「……あなたがぐるぐるとしましたからね」
「ぐちぐち言わない! うざいよ?」
ちょっとイラッとしたけど、確かに正論だ。反省しておこう。そして、どうやって帰ればいいのか。
「それでは、グッバイです」
「そこはシーユーじゃない?」
「英語は得意なので」
勝った。これは完全に返しきれた。少女も一瞬息を詰まらせた。
俺は少女に背を向ける。堂々と、優雅に歩みを進める。
今宵の宴はここまで。終わりよければすべてよし。すっきりとした気分で終わることができてよかった。
「とんぼ、道わかるの?」
迷子の自分には勝てなかったようだ。