〈9〉荒沢さんと騒がしい冒険者組合
翌日トールバン大陸歴321年4月27日
昨日は魔法の創造で疲れたのか起きたのは昼頃であった。
起きるとラクスとクイーンの二人は居なかったので念話で呼ぶ。
『ラクス、クイーン二人とも何処に居るんだ?』
『あらマスター起きたのね。おはよう』
『ん?マスターかえ?妾達は今はこの街の上空を飛行してぶらぶらしとるだけじゃよ』
『そうか。俺はこの後風呂に入って飯を食べたら冒険者組合に行くがどうする?』
『すぐに戻るわ』
『妾も戻るとするかの』
荒沢さんが風呂から上がり着替え終わりソファに腰掛けて風呂上がりのフルーツ牛乳を飲んでいると二人は窓から中へと入って戻って来た。
二人とも人型ではなく鳥に変身して居た。
「鳥にも変身出来るんだな」
「まあ、大抵のものには姿形を変えられるわよマスター」とラクスが人型に戻り胸を張って自慢気に言う。
「まあ、上位精霊以上の個体でないと中々変身は出来んよ」とクイーンが補足情報を教えてくれる。
「へぇ、そうなんだな」
まだまだ精霊については知らないことだらけだ。
飲み終わった牛乳瓶を魔法で消し去りいつもの鎧姿になると二人はペンダントと剣に変身する。
二人を装備して一階の食堂で昼食を済ませた後は予定通り冒険者組合に向かう。
冒険者組合が買い取れなかった分は商業組合で売却予定だ。
冒険者組合が商業組合に連絡を行っているので待たされる心配と安値で買い叩かれる心配は無いだろう。
もしその様な事をされたらアドベンチャーの街から商業組合は消滅するだろう。
荒沢さんは仏の様に三度目は存在しないのだから。
もう昼を過ぎた頃なので冒険者組合は空いて居た。
いつもの様にワーグワンの所へと向かう。
向かっている最中に受付から言い争う声が聞こえたのでそちらの方へ視線を向けると、年若い如何にも駆け出しと言った冒険者パーティー三人組の少年達が「ちゃんと依頼に書かれている通りに薬草を採取しただろ!なのになんで報奨金額が少ないんだよ!!!」
対応する受付は慣れたものなのか、冷静に対処する。
「ですから先ほども言いました通りに今回貴方方が採取して来られた薬草の状態が悪くその為に報奨金額が少なくなられます」と冷静に返す。
「そんなの知るか!なら初めから依頼書にちゃんと薬草の状態を明記しとけよ!!」
「いえ、ですからそれは常識でありますよ?それに冊子にも注意事項として書かれていますが、お読みになられていないのですか?」と呆れた様に受付は返す。
呆れた様な顔をされて三人組の冒険者パーティーは更に怒り出す。
「何だと!お前俺たちを馬鹿にしているのか!」
「そうだ!そうだ!」
「こんな簡単な薬草採取の依頼じゃなく討伐系の依頼を受けさせろ!そうすれば俺たちの真の実力をわからせてやるぞ!」と三人は喚き散らす。
そんな三人組を尻目に荒沢さんはワーグワンの元へ到着した。
「あれは何なんだ?」と呆れ顔で荒沢さんはワーグワンに問い掛ける。
「ああ、グラウさんこんにちは。あの方々ですか?」
「ああ」
「まあ、何と言いますか年間数組の新人の方々が通る道と言いますか、薬草採取や街の雑用系の依頼を受けてそれを満足いく形で達成出来ない方々が我々の査定に文句を言うのですよ。ここアドベンチャーの街は辺境であり魔族達との最前線とも言えなくもありません。まあ、ここ数年は魔族は大人しいですけどね。それでここアドベンチャーで活躍すれば一気に上位ランクへとなれると意気込んで来る方々がいましてね。そこで我々が定めている討伐のランク制限を見て揉める人が多いのですよ。
冒険者の方々に渡す冊子にはランク3以上の冒険者のみが討伐系の依頼を受けれると書いてありますよね?」
「ああ、確かにランク3以上だと書いてあるな」
「はい。しかし辺境以外だとランク3以上とは制限されていないのですよ。
その理由は魔物の強さが辺境と都市部などではだいぶ違うのですよ。
辺境の魔物は1個体が強く更に群れを成したりするのに対して都市部などが多くある国の中心部の魔物は弱く単独行動が多くて比較的容易に討伐する事が可能なのです。
ですが、油断は禁物との事でランク3以上と制限されているのですが、都市部の冒険者組合はこの制限を優秀な冒険者には解除していたりするのですよ。
これは頭の痛い問題ですが冒険者組合内にも組合長同士の派閥みたいなのがありましてねややこしい問題なんですよ。
主に辺境担当の冒険者組合はランク3以上と明確に定めてますが、都市部担当の冒険者組合はその辺が曖昧だったりしますね」とワーグワンが説明してくれた。
「そんな事を一介の冒険者に過ぎない私に話しても良かったのか?」
「大丈夫ですよ。上位のランクの方の大半はこの事を知っていますが、関わると碌でもないので暗黙の了解として受け止められています。
そしてああやって問題を起こす冒険者の人達は都市部出身の方が多いですね。
確かに都市部で名を上げるには辺境である程度の実績があれば有利なのは間違いありませんからね。
上位のランクの冒険者も辺境で腕を磨いた強者が多いですから」とワーグワンは色々と教えてくれる。
畢竟、都市部の方がレベルが低く冒険者の程度が低いらしい。
辺境の冒険者は仲間を大事にしないといつ危険な状態に陥っても助けてくれる可能性を上げる必要性がある為だ。
都市部は比較的安全な為に(国軍や領主の私兵、騎士団が定期的に魔物を間引く為)に一人でもある程度やっていけるかららしい。
そして辺境でソロでやっている冒険者は余程の馬鹿か、それほどの強者と認識されるらしい。
その為に荒沢さんは今周りの冒険者からそのどちらかを決めかねているらしい。
荒沢さんの見た目は立派な黒の鎧甲冑を着込んでおり更に身長も高い為に偉丈夫然としている。
それに鎧は高く駆け出しではとても買い揃える事が出来ない物だ。
その為にふた通りの予想が立てられる。
資金が潤沢にある貴族の系譜か、あるいは大手の商会の関係者の裕福な予想。
もう一つは幾たびもの冒険を潜り抜けた末に手に入れた資金か或いは魔物を打ち倒してドロップしたアイテムなどの強者説の二つの予想が立てられている。
そんな予想が立てられてるなど露知らず荒沢さんは話を続ける。
「と、言うことは今騒いでる連中は都市部出身の駆け出しと言うことか?」
「ええ、そうなりますね」
「だが、いつまでもあのままでいいのか?今の時間帯は他の冒険者や組合の利用客が少ないとはいえ周りには迷惑だぞ?」と言外に荒沢さん自身も迷惑していると伝える。
どこの世界でもクレーマーはいるものだな。
そしてクレーマー程厄介な存在は居ないと前の世界で身にしみてわかっている。
「大丈夫ですよ。そのうち彼が来ますから」とワーグワンが言う。
「お前じゃ話になんねぇ!上の奴を呼べ!」と三人組の一人が言うと受付は「本当に呼んでよろしいので?」と相手を気遣う様な素振りで話す。
「いいんだよ!こっちが呼べと言っているだろうが!それに俺は都市部では名の知れた商会の会頭の四男なんだぞ!」と自分の親の地位を出しここぞとばかりに胸を張り偉そうにする。
「はぁ、わかりました。今お呼びします」と溜息を吐いて三人組を担当して居た受付の職員は奥へと向かって行く。
「ふん!初めから素直に従っていればいいものを」とまだグチグチと三人組は大きな声で呟いている。
そんな三人組の元に先程の受付の職員が上司を連れて戻って来た。
早速その上司に文句を言おうとした三人組だが、その上司の姿を見て顔を蒼褪めさせる。
何せ現れた上司の男は身長は2mはあろうかと巨体に筋骨隆々な肉体に更に顔は凶悪そのもので山賊のそれも構成員100を超える山賊団を複数率いる山賊の頭の中の頭である大親分の様な凶悪な顔をしており、更に顔には何かの魔物につけられたのか三本の爪で引っ掻かられた傷がより凶悪さを醸し出している。
「あの男は?」と荒沢さんが興味を出すほどの濃いキャラが現れた。
「彼ですか?冒険者の皆さんからは『大親分』と呼ばれている元ランク9冒険者ですよ。冒険者時代の二つ名は『素手殺しのザンキ』と呼ばれて居ました。由来は何でもとある街に魔物が侵入しましてたまたま自分の武器をその日は鍛治師に渡して修繕して貰っていたらしく数打ち品のショートソードしか持って居なかったので素手で街に侵入した魔物を斃した事からついた二つ名だそうです。それとザンキは名前ですよ」とワーグワンに教えてもらう。
そしてそんなザンキを目の当たりにした駆け出し三人組は予想通り怯え顔を蒼褪めさせている。
だが勇気?があるのか三人組のリーダー格の少年が吃りながらもまだ文句を言う。
「お、お前がじょ、上司か?お、俺はまだこの査定に納得は言ってないーーありませんよ」
いや少し日和って言葉尻が弱くなっている。
「わかりました。では最初から説明しましょう」と見た目からは想像できないほど丁寧な口振りで対応をするザンキ。
「ですが、此処では他の御利用客の皆様の御迷惑になりますので上の部屋で・O・HA・NA・SI・しましょうか」とお話しの部分が違う言葉に聞こえるのは幻聴か?
その後三人組はザンキに連れられて上の部屋へと通される。
それを見た周りの冒険者の一人が「戻って来た時の態度が楽しみだぜ」と呟くと周りの者達も「ああ、前の奴らはちょっとした物音にも過敏に反応してたな」
「ああ、あれは笑えたよな。何せ誰かが屁をこいたら『誰だ!異臭を放った奴は!ーーッハ!!読めたぞ!この異臭で僕らを殺す気だな!?その手には乗らないぞ!』といきなり叫んだかと思うと何処かへと走り出して行ったもんな」とギャハハとそこらで笑いが起きる。
「他にも……」と過去の駆け出し達の末路を屯している冒険者達が酒の肴にして笑っている。
それにしても昼間から酒とは良いな。と荒沢さんも飲みたい衝動に駆られるが、ミステリアスな人物を目指して演じている今は我慢するしかない。
それか何処か別な街に行った時はそうするのも(呑んだくれる)良いかもしれない。と心のメモ帳に記入しておく。
「おっと、話が逸れてしまったな。素材の売却だが、もう準備は出来ているだろうか?」
「はい。問題ありません。では、こちらにどうぞ」とワーグワンに案内されて倉庫へと通される。
倉庫の中には解体屋であるダッカンとこの組合の長であるラガンにその秘書のクララの三人が待って居た。
「おお!来たか!」とラガンは待ち兼ねたとばかりに告げる。
「では、早速で悪いが今から言って行く物を出して言ってくれ」とラガンが告げ秘書のクララが羊皮紙に書かれたリストを読み上げて行く。
そして解体してもらった素材のうち実に三分の一が読み終わったところでクララが「以上が我々冒険者組合が買い取る素材名です。それでこちらがその内訳を書いたものです」
クララに渡された紙には買い取る素材とその数と一つあたりの値段が書かれて居た。
「全部で締めて金貨6000枚だ。嵩張ると思ってこちらで大金貨60枚にしたが、問題はないか?」
「ええ、それで構いません」と代金の大金貨60枚を受け取る。
そして言われた素材を倉庫の中に出して行く。
そうするとダッカンがいつの間にか他の職員を呼んでおり手分けして素材を数え始めた。
五分後「全て確かにありました」とダッカンがラガンに告げる。
「よし!これで取引は完了だ」と言って他にも仕事が残っているのでこれで、と言ってラガンとクララは引き上げて行く。
「では、こちらも商業組合の方に行って来る」
荒沢さんはワーグワンにそう告げて倉庫を出る。