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「どうだろうか、ニーナ。」
どうだろうかと言われましても。
ただ今、私が居るのは研究室でも殿下の執務室でもなく、謁見室。
しかも国王陛下の。
殿下やフェルーク様のパパと対面しちゃってます。
私は王太子殿下の部下という扱いをされているが、それでも陛下とは疎遠で、対面は数えるほどしかない。
まあ、それも私の渾名の由縁となった出来事の時とかだけなのだが。
陛下とお会いする機会など、その程度のものだ。
しかし、殿下から話しを聞いた翌日に早速きましたよ縁談。
仕事が早いなー。
お偉いさんって、もうちょっと腰が重いもんじゃないのか?
それにこう言うのって、陛下からとかじゃなくて、側近の人とかから内々にあるものじゃないの?
まあ、それは今回は良しとしようじゃないか。
今の問題は、
「親の余が言うのもなんだが、フェルークは中々の美男子だ。それに将来性もある。どうだろうか。」
どこで殿下からフェルーク様にすり替わったのだろうか。
差し詰め殿下の差し金だろうがな。
まさか本気でフェルーク様を勧めてくるとは思わなかったよ。
フェルーク様もハリストール殿下に負けず劣らずの好物件。
この断りづらい状況で何と答えたものか。
私が答えあぐねていると、陛下は「そうだ」とさも今思いついたとばかりに両手を打ち合わせ、
「折角だからフェルークと会って行けニーナ。」
ということで。
所変わって只今王宮庭園でフェルーク様とお茶を飲んでおりますぜよ。
「成る程ね、昨日の兄上との会話これだったのか。」
「若干違いますが、概ね合っていることにしといて下さい。」
「父上から突然、この時間空けておくように言われて何かと思えば、昨日の会話から繋がっていたとは。」
優雅にお茶を飲むフェルーク様を余所に、私はガチガチだ。
これは所謂『お見合い』というやつなのだろうか。(人生で初めてしたよ。)
結婚を前提にしたお茶会とか、私にどうしろと?
「ニーナ、そんな硬くならなくてもいいよ。もっと気楽に。」
「うー。」
そう言われましても。
日本にいた頃、合コンなるものに行った事はあるものの、そういった席が苦手であったと、いまさら思い出してしまった。
始めは男女で別れて座っていたのに、時間と共に席替えが行われあっという間に男女男女で交互の席に。
その間、男も女もハイエナよろしく、ガツガツのズイズイ。
もう少し時間が経てば、お決まりの乙女のおトイレタイム。
「誰がいい?」「誰にする?」などきゃっきゃウフフと牽制し合う女子。
そして戻ればサバイバル&恋のドンパチ。
私はあのヤル気とエナジーに着いていけない一人で、熱気溢れるあの空間がどうも苦手だった。
あのポテンシャルは一体何処から来るのだろうか。
そして今、その矢面に私は立たされている訳で。一対一だけど。
こう言う時って本当どうすれば良いんだろう。
「えー、本日はお日柄も良く。」
取り敢えず定石を投げてみた。
一瞬、お茶を飲んでいた彼がクスリと笑った。
「確かに、外の空気が心地良いね。」
返事が返ってきた。
反応は上々。
あれ、この後はどうすれば良いんだ?
こう言う場合の定石は他に、確かこれかな?
「今日は天気が良いですね。」
「そうだね。今日は雲も無い良い天気だ。」
「本日は天気にも恵まれて。」
「ぷっ、話題が天気だけになってるよ。」
そう彼は言うと、お腹を抱え、息を殺して笑った。
何て器用な。どうせならもっと声を上げて笑ってくれ。
恥ずかしさに染まった頬を隠す様に私はお茶を啜った。
彼は一頻り笑い落ち着きを取り戻すと、咳払いをし「失礼」と言って取り繕った。
本当だよ。
私は若干ブロークンハートだよ。
そして、落ち着いた彼は、私の方をじっと見つめ、首を傾げて問い掛けてきた。
「こう言うの苦手?」
う、流石鋭い。
隠す事でも無いので、私もここは素直に答えた。
「・・・・・・はい。」
ちょっと間が空いたのは、年上としてのプライドだ。
それ以外は素直な返答だ。
「そんな緊張しなくてもいいんだよ。いつもの酒場で飲むのの延長だと思って、ここは乗り切ろう。」
「努力しますが、難しい相談ですね。」
高級なお茶に最上級の風景が私の想像を邪魔します。
それでも私がガチガチのままでいると、彼は目を細め、物憂げに視線を下へ反らせた。
「それとも、相手が僕だから?」
それはどういう意味だ?
彼の急な雰囲気の変化について行けず、私は内心慌てた。
私が固まっている間に、彼の手が伸び、机の上にあった私の手を捉えた。
優しく、だが力強く握られた手は、振りほどく事も簡単だったろうが、私はそれが出来なかった。
「気を付けてるでしょ?この関係が崩れない様、下手な事を言わない様。」
「ち、違います!」
「ニーナ、僕はまだーーー。」
「お話し中、申し訳ありません。フェルーク殿下。」
彼が何か言おうとした瞬間、彼付きの側近から声が掛けられた。
「竜殺し殿に火急の用でイルサーク騎士がお出でです。」
イルサーク騎士?
側近の人が示す方を見ると、そこにはロダンが少し離れた所に立っていた。
ああ、ロダンの事だったのか。そう言えば、そんな苗字でしたね。
フェルーク様と目が合うと、ロダンは軽く会釈した。
ロダンが来たという事は、殿下からの遣いなのだろう。
それを見て取ると、彼は掴んでいた手を離し、私に行く様促した。
「申し訳ありません。失礼致します、フェルーク殿下。」
私はそれだけ伝えると立ち上がり、駆け足でロダンの元へと近付いた。
「悪い。ハリストール殿下から急なお呼びがかかった。」
「そんな事だろうと思った。」
「なあ、もしかして俺、空気読めてない、というやつだったか?」
道すがら話していると、天然のロダンにしては驚きの発言が飛び出して目を丸くしてしまった。
日頃から空気読めてない方の天然さんではあるが、ロダンなりに何か感じるものがあったのだろう。
私はそれに苦笑すると、「いいえ」と返した。
「寧ろ最高のタイミングでした。」
あくまで私にとっては、だが。
殿下からの用件を済ませ、報告をしに殿下の執務室へ私とロダンは戻った。
すると珍しく、申し訳無さそうな顔をした殿下に迎えられた。
「すまなかったな。急に呼び立てて。」
「いえ。」
「今日、フェルークと見合いだったんだろ。」
しれっとした顔でそんな事を宣った殿下を思わず睨みつけた私は悪くない。
「黒幕は殿下でしょう。」
「半分当たりだ。」
「この間、新薬開発したんですが、実験台になります?」
「止めてくれ。」
この怨み、ハラサデオクベキカ。
何かを感じ取ったのか、殿下はブルリと一震えすると、後方を首を傾げながら見遣った。
「報告は終わりましたし、大した用もない様なので私は研究室に戻ります。」
「ニーナ。」
私がプンプンしながら踵を返すと、部屋を出る少し手前で殿下に呼び止められた。
「もう、気付かないフリは止めてやれ。」
目だけで振り返ると、真摯な殿下の姿が見えた。
年下のジャリガキが、よく言うよ。
でも、今回は殿下が正しい。
私は返事をせず、そのまま執務室を後にした。
あ、これって不敬罪かな?
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「今日はごめん。」
いつもの酒場で一人反省会をしていると、ポツリと気付けば彼が目の前に立っていた。
突然顕れたものだから、私は声も出さずに驚いた。
シュンと項垂れる彼にどうしたものかと考えて、取り敢えず、向かいの座を勧めた。
「何か飲まれます?」
大人しく座った彼にメニューを渡すが、ただ見つめるだけでそれ以上反応を示さなかった。
はんのうがない。ただのしかばねのようだ。
あ、瞬きしたから違うか。
仕方がないので、私が飲んでいるのと同じものを彼の分も頼んで様子を見る事にした。
「今日はごめん。」
彼の扱いに困っていると、顕れた時と同じ言葉を彼は呟いた。
「待ち焦がれて訪れた好機に急いてしまった。本当は僕も同じなのに、ニーナを責めるような事を言った。ごめん。」
そう言って小さく頭を下げる彼に、私は掛ける言葉を見つける事ができなかった。
あの時、違います、と咄嗟に私は言ったが、何も違わない。
彼の言う通りだ。
私は、今の関係が無くなることを恐れている。
この世界に知り合いの少ない私は、それに伴うように味方や信頼できる人が少ない。
彼のように気の置けない関係が築けている人も数える程もいない。
今の関係以上があるとするならば、それはやはり恋人や結婚なのかもしれない。
だが、それ等にもやはりそれ以上が存在し、それは破局や別れなのだと思う。
実際に私はそれ等を経験した。
この心地良い関係が無くなるくらいなら。
そう考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。
だから、私は彼のシグナルに気付いていても見て見ぬ振りをした。
始めは婚約者がいるからと、その次はまだ未練があるからと、失恋の傷が癒えてないからと。
彼が言葉にしないことをいい事に、私も知らない事にしたのだ。
彼も、その事を分かっていて見ていない事にしてくれた。
でも、これ以上は限界なんだろうな。
彼はちゃんと向き合った。
次は私が向き合わねばならないのだろう。
「・・・・・・今日、上司に図星を指されてムカついたんです。」
「・・・・・・兄上から?」
突然の話題転換にフェルーク様は困惑を顔に浮かべながらも、おずおずと言葉を返してくれた。
「はい。だから腹いせに先日開発した“お薬”をそっと献上して来ました。」
「それって、いや、流石に可哀想だと思うんだけど。」
「すみません。」
「いや、僕に謝っても、兄上に被害があること変わらないよね。」
「すみません。」
重ねて詫びる私に、彼は何か気付いたようで苦笑した。
私も、すみません。
貴方との時間は、とても心地いいから。
貴方が優しいからといって甘えてしまって。
そこへタイミングを見計らったように注文した酒が現れた。
その酒は、私達が飲みたい時に水のように飲む定番。
私はジョッキを持ち上げる。
さすが鋭い彼は、それを見て私と同じくジョッキを持ち上げた。
「私達の新しい門出に。」
ジョッキを打ち鳴らす音が高く鳴った。
その、私、頑張ります。
貴方とちゃんと向き合えるように。
「その掛け声、僕はどう捉えたらいいの?良い方?悪い方?」
ちょっと、まだ決意新たにしたばかりだから、その辺まだ突っ込んで来ないで。
「朝食の席であいつと一緒だったんだけどさ、いやに上機嫌だったんだけど、ニーナ何か知ってるか?」
「そうですか。いえ、私は特に。」
「そうか。」
「そんなことを聞くために、態々お呼びになったんですか?殿下。」
「いや、これはついでに聞いてみただけだ。本題はコレ。この薬品瓶には見ての通り、無色透明の液体が入ってるんだが、“コレ”については何か知らないか?」
「いえ、私は特に。」
この件については、向き合うにはまだ早いと思うんです。