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仕事を終えて帰宅してみると、珍しい事に、私宛に手紙が届いていた。
こことは異なる世界からやって来た私には、手紙のやり取りをする様な知り合いはおらず、内心首を捻った。
母から手紙を受け取り、封を切って中身を見た瞬間、私はそれを握り潰した。
そらあ、もう、音が鳴るほど(その音に母は「ヒッ」と声を上げてビビるくらい)強く握りしめた。
手紙を渡す母が、チラチラと私の反応を伺う様に見てきた時点で気付くべきだった。
握り潰してクシャクシャになった手紙をそのまま八つ裂きのメタメタに切り刻み、力の限り私の元に届いた事を後悔したくなるほど踏み付け、この世に存在したことを謝りたくなるほどの最大火力で跡形なく燃やし尽くした。
私に届いた手紙は結婚式の案内状。
差出人は、私の『元婚約者』だ。
激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム。
抑えることのできないあまりの怒りに、私はそのまま王宮へ逆戻りし、呪詛を唱えながら三日三晩、自分の研究室に篭ったのだった。
こうして、怒りに怒りまくった私だったが、暫くすると冷静になることができ、私も(金銭的に)やり過ぎたところもあったし、小金も手に入ったことなので、気晴らしに小旅行がてら田舎の町へ様子を見に行く事にした。
「で、どうして貴方も居るんですか?」
「旅は道連れって言うじゃないか。気にしないで。」
いや、普通に気になるでしょうよ。
私の隣りには、何故か呑み仲間である美しい男が居た。
彼はこんな田舎にいていい様な人物ではなく、本来であれば長期休暇など易々と取れないくらい、忙しく高貴な御身分なのだ。
「大丈夫なんですか?こんな所にいて。」
「大丈夫だよ。それに研究室に篭って悪魔の如き奇怪な笑い声を上げていたかと思えば、急に休暇申請を出して田舎に行くと言う君の方がほっとけないよ。何をする気か。」
つまり保護者と言う訳ですね。
「別に何もしませんよ。今のところは。」
「今のところ、ねぇ。」
疑う様に彼が目を細めてこちらを見て来た。全く信じていない様子。
確かに「どうやったらメ○オが打てるかな。」と考えた事もあったが、本当に今回はそんなつもりはないのだ。・・・・・・今のところは。
「今回は様子を見に来ただけで、他意はありません。
「まあ、今日のところは、そう言う事にしておくよ。」
そいつはどうも。
「それで、僕達は木陰に身を潜めて何をしているのかな?」
「様子見ですよ。」
「敵情視察?」
あくまで様子見です。
私達がいるのは結婚式場近くの木の陰。
森の中の小さな教会といった佇まいの式場は、隠れる場所が沢山あって助かった。
式場の方を見やると、丁度誓約の儀を終えた新郎新婦が教会から出て来るところだった。
外へ出て来た二人は参列者に温かく迎えられ、祝福の拍手をその身に受けていた。
二人は幸せそうな顔で人々に応え、仲睦まじ気に微笑み合っている。
「ニーナ。指が幹にめり込んで、木が今にも倒れそうだよ。」
は!いかんいかん。
もう少しで怨みに任せて身を隠している木を、メリメリっとへし折って薙ぎに倒してしまうところだった。
気を取り直してもう一度二人を見ると、二人共別々に来客の対応をしている様だった。
対応中もお互い気遣い合っている様で、ふとした瞬間視線が合うと、どちらからともなく見つめ合いはにかみ笑いあってい・・・・・・
「ニーナ。溢れ出た魔力の圧で、地面が凹んでいるよ。」
は!いかんいかん。
もう少しで辛みに任せて足元に巨大クレーターを作ってしまうところだった。
「結局、恨み辛みを晴らしに来たの?」
「いえ。様子を見に来ただけです。」
彼とそんなやり取りをし、改めて再度二人を見ると、男の方と目が合ってしまった。
「げ。」
「そりゃあ、あれだけ騒げば気付いちゃうよね。」
焦る私を尻目に、彼は暢気に言った。
事実だけど、そんな事を言っている場合ではない。
何と男が私達の方へ向かって来ているではないか。これはまずい。
「バレてしまいました。ど、ど、どうしましょう。今こそメテ○を使う時でしょうか?」
「落ち着いて。それが何かは分からないけど、そんな物騒そうな事はしなくていいから。平然としてればいいから。変身してるんだからニーナだって分からないよ。」
慌てる私を宥める様に、彼は落ち着いた口調でそう言った。
そうだ。私は今“変身”をしているのだった。
ここへ来るにあたり、彼奴らに会いたくないし(会った瞬間殺ってしまいそうだった)、知り合いにもこんな日にわざわざやって来た私の姿を見られたくなかったので、ちょっとしたドジ(鬘が取れるなど少女マンガ的な変装っ娘ドジ)で正体がバレてしまう変装ではなく、より面が割れ難く、魔力が続く限り顔だけ別人になれる変身魔術を私は使っている。
研究室に篭っていた時、変身魔術の精度を上げるため、最終日の半分は変身魔術の研究に費やした。
え?他の日は何をしていたかって?それはご想像にお任せします。
さて、私の顔は全くの別人になっている訳だが、それでも隠れたいという心理はどうする事もできない。
そこで私は仕方なく、彼の後ろに隠れる事にした。
「こんにちは。」
近くで聞こえた男の声に、私の心臓は悲鳴を上げた。
「こんにちは。」
対し、彼は泰然と、むしろにこやかに応えていた。
すげーな。
「こんな所でどうしたんです?」
「ええ、ちょっと。」
「あ、もしかして、式場の見学?」
「ええ、まあ。」
「やっぱり。僕も式場の見学を良くしてましたから、すぐに分かったよ。」
凄い。彼が隠れていた怪しさなんて微塵も感じさせないほど堂々と対応していたら、勝手に向こうがいい様に取ってくれた。
質問にだって濁して答えただけなのに。
「そうだ、よかったら参加して行かない?ここで会ったのも何かの縁だし。」
ぎゃー!それはちょっとー!
男がさもいい事を思いついた様に言うが、全然いい事じゃないから!
「本当ですか?じゃあ、お言葉に甘えて。」
何故断らぬー!?
そこは甘えるな!
「どうぞこちらです。」
笑顔で案内する男の後を追いながら、私は彼の裾をチョイチョイと引っ張り小声で話しかけた。
「ちょっと、どういうつもりですか?」
「男には引けない時があるんだよ。」
「何ですかそれは。」
「それはさて置き、様子見に来たんだろ?近くなったからよく見えるじゃないか。」
見え過ぎるのも問題なんです。
「私を犯罪者にしたいんですか?」
「んー。それは困るかな。」
男の後を私達はのこのこと付いて行き、とうとう式の会場に辿り着いてしまった。
気分が重い。
私達を伴って戻って来た男に早速声が掛かった。
「アーノ!」
男を呼ぶ女の声に、私は反射的に彼の背中に身を埋めた。
「リィ!」
呼びかけに男が片手を上げて応えると、女は男の隣りに並んで立ち、私達の姿を見て首を傾げて問いかけてきた。
「この人達は?」
「式場の下見に来た人達なんだけど、せっかくだから誘ったんだ。こちらは、えーと・・・・・・そう言えば自己紹介がまだだったよね。僕はアーノ。こっちは妻のリィだ。」
「初めまして、リィよ。」
そう言って花嫁のリィは片手を差し出した。
自己紹介だと。これはマズイのではないか?
私達は素性を明かすことのできない身。
彼はやんごとなき身分過ぎて、私は体裁と矜持のために簡単に名乗ることなど出来ない。
どうするのかと彼の方をチラリと見上げると、いつもと同じ様子で笑顔を讃えて、何の迷いもなくリィの手を取っていた。
「僕はフェイ。彼女はニルバーナだよ。」
何だか悟りをひらけそうな名前をもらった。
何はともあれ、紹介されたなら挨拶くらいしないといけないだろうな。
こういう時、律儀な日本人の性が疎ましい。
「よろしく・・・・・・。」
私は彼の後ろから顔を半分だけ出し、ぺこりと頭を下げてそれだけ言うとすぐにまた彼の後ろに隠れた。
「すみません。彼女、恥ずかしがり屋なもので。」
彼は苦笑し、フォローをすかさず入れた。
分かっていてもまさかの事態が頭を過ぎり、顔を出す気にはなれない。
それでもリィは気を悪くした様子を見せず、「よろしく」と笑顔を向けてくれた。
「内々だけのこじんまりとした式だから、他にも人が来てくれて嬉しいわ。」
この国では、結婚式は沢山のしかも色んな人に祝福してもう事で、より二人が幸せになれると言われている。
結婚生活には幾多の困難があり、結婚式に参列した人の数だけ困難を乗り越える事ができるといわれている。
そのため、結婚式には色んな人を片っ端から招待するのだ。
それこそ、通りがかった人も例外ではない。
「二人はこの町の人?」
男の問いに、彼は臆する事なく笑顔で正直に答えた。
「いや、まだ来たばかりなんです。」
確かにさっき来たばかりだ。嘘は言ってない。
だが、今の流れはそうじゃないと思うぞ?
きっと数時間前の話でなく、数ヶ月か数週間単位での話をしているぞ。
「じゃあ僕と一緒だ。僕も数ヶ月前にこの町に来たんだ。そして、彼女と出会ったんだ。」
そう言ってアーノはリィの、方を愛おしそうに見つめた。
リィもそれを感じたのか、頬を少し染めてはにかんでいた。
そこで、「ん?」と首を傾げたのは彼。
「数ヶ月前に出会った?」
彼が「どういう事だ」と問いかけてくるのが分かる。
私は彼の後ろに張り付いていて表情は見えないのだが、分かる。
気配で分かる。
空気で分かる。
雰囲気で分かる。
「聞いてないんですけど」と問い詰めているのが。
そう、今、目の前にいる新郎新婦は私を蔑ろにした二人ではないのだ。
男は間違いなく私の元婚約者なのだが、女の方は全く見た事のない赤の他人だ。
私としては、誰だよあんた状態だ。
私も知ったのはここに来てから。
いやー、手紙もアーノの名前見ただけで相手の名前も見ずに握り潰したからさ、思い込んでたんだよね。
てっきりあの二人組みで出てくるもんだと思っていたから、すこし拍子抜けた。
「そうだよ。前の町で色々あってね。」
「色々?」
彼の問いに男が言い辛そうに言葉を濁した。
そんな彼の後を引き継ぐ様にリィが言葉を続けた。
「そう。この人、付き合ってた女の人に子どもができて、結婚しようと思っていたら、産まれた子どもが、なんと、別の人の子どもだったのよ。それで別れちゃって。」
「町にも居辛くなっていたし、気を晴らすために生まれた町を出て、この町にやって来たんだ。その時に出逢って心を癒してくれたのが彼女だったんだ。」
男がそう言うと、二人は見つめ合った。
その瞳からは、お互いに慈しみあっている事が伝わってくる。
私は思わず、目の前にあった彼の裾を強く握った。
彼が一瞬、こちらを見やった様に感じたが、すぐに二人へと視線を戻した。
「そうだったんですか。」
「だから、ここにいるのは極少数の親しい人だけよ。」
「本当は僕の幼馴染も招待したんだけど、返信すらもらえなくて。」
「嫌がらせにしか思われないから止めた方がいいって言ったじゃない。」
リィの言葉に私は片眉を上げた。
もしかして、リィには言ってあるのだろうか。
私の事を。婚約していた事も。全て。
驚いた。
せっかく別の町に来たのだから、忘れていればよかったのに。
それ程までに彼女とは、心を許し合っているという事なのだろうか。
「そうなんだけど。それでも、出したかったんだ。彼女も、僕の家族の様な人だったから。でも、駄目だったなぁ。彼女には本当に悪い事をしてしまったから。」
男はそんな理由で私に手紙を出したのか。
リィの言う通り、嫌味にしか思わんかったわ。
だけど、もし、本当に家族の様に思ってくれているのなら。
まだ、それほど大切に思ってくれているのなら。
本当に悪いと思っているのなら。
そう言って落とした男の肩に、リィはそっと慰める様に手を置いた。
寄り添う二人は、互いの感情も分け合い、支え合っている事が解る。
リィは私の事を知っていた。
彼女は男の全てを受け入れて結婚したのだ。
男の罪も責任も、全て受け入れて分かち合うことを承知したのだ。
私は彼の裾を引いた。
その意図を汲んだのか、彼は一つ頷くと私の手を取った。
「すみません、僕達はそろそろ。次の用事があるのでお暇します。」
「ああ、長々と引き留めて悪かったね。」
「いえ。それでは。お二人に祝福を。」
「ありがとう。」
彼の祝いと別れの言葉で締めくくり、私達は式場を後にした。
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「言ってくれればよかったのに。違う人だって。」
「すみません。私も気付いたのがあそこに行ってからだったもので。でも、男の方は間違いなく、元婚約者です。」
「変な警戒しちゃって、彼女に悪い事をしたよ。」
「丁度良いんじゃないですか?幸せな結婚式にスパイスがあって。」
そう言った私に、彼は無言でデコピンをかました。
ここは毎度お馴染みの王都城下街にある酒場。
あの後、私達は無事に王都まで帰還し、小旅行を終了させた。
時刻は夕方。夕食の時間。
と言う事で、今日は飲み明かそうと酒場までやって来たのだ。
「それで?」
「それでとは?」
「偵察に行った感想。」
「偵察ではありません。様子見です。」
私は一口酒を含むと、彼の問いに答えるべく少し考えた。
どうだった、か。
「何だか、もう、どうでもいいかなぁ、と。」
「何それ。」
正直、自分でもよく分からない。
幸せな男の姿を見て、あの時感じた怒りが再燃した事は間違いないが、思ったよりも強い感情ではなかった。
それこそ、○テオもありかな?と思っていたくらいだったのに。
それがいざ会ってみればどうだ。
会話もしたが(私は一言しか喋ってないけど)それほど強い感情は芽生えなかった。
確かに彼の事は好きだった、愛していた。
それでも、「いた」と過去形なのだ。
アーノの姿を見ても心は踊らなかった。
アーノの声を聴いても嬉しさで胸が締め付けられなかった。
初めて会った時の彼は本当に優しくて、それこそ家族のように私にも接して、面倒を見てくれた。
兄がいたらこんな感じかな、と思ったことが何度もあった。
それが恋心に変わったのはいつだったか・・・・・・。
親切でお人好しなアーノは、面倒見が良くて優しい人。
その本質は変えられない。
それと同じ様に、私と彼の本質も変えられない。
結局、私も彼の事を家族のように思っているのだ。
まあ、たとえ家族でも、暫くは許してやらんがな。
悪い事をしたのだから当然だ。
うんうん、と一人で納得し頷く私に、彼が不満そうに顔を歪めた。
「聞いてるのに、一人で納得しないでよ。」
「まあ、なんと言いますか、結局、どうでもいいのですよ。彼がこの先、恙無く暮らしている限りは。」
「よく分からないんだけど。」
首を傾げる彼をよそに、自分の考えに満足した私は、笑顔満開に次の酒を頼んだ。
「君がそれで良いのであれば、僕はそれでいいよ。」
暫く顔を顰めていた彼だったが、最後は折れたようで、苦笑してグラスを傾けた。
次のお酒を待つ間、私は向かい側の呑み仲間を観察した。
大衆酒場で酒を呷る姿すら様になるこの美しい男は、私と良く一緒に居てくれる。
私が恨み辛みで溢れていた時も、今回だって、なんだかんだ言って最後まで一緒に居てくれた。
私が一人で居たくない時には、必ず。
彼が居てくれたから私は・・・・・・。
「ありがとうございます。」
自然と溢れた私の心からの言葉。
彼は新緑の瞳を丸くし、一瞬驚いたような顔をすると、瞳を優しい色に変え、私の頭を柔らかく撫でてくれた。
「どういたしまして。」
彼の優しさがくすぐったかった。
後日、殿下の所へ金貨症の薬を持って行く途中、彼と遭遇した。
王宮内で彼に会う事は珍しく、「何でいるんですか?」と思わず聞いてしまった。
「酷いなあ。僕だって王宮で仕事することぐらいあるよ。」
「すみません。いつも出張されているので、つい、口が滑ったと言いますか。」
「まあ、事実、確かにそうだからいいけど。今日は兄上の所からの帰り。この間の件を報告して来たんだ。」
「この間の件?」
「大悪魔ニーナ失踪事件。」
「え、嫌だ、何ですかそのセンスの無い題名。もう少しマシなのにして下さいよ。」
「兄上が考えたんだよ。」
「無いものが増えて可哀想。」
「それ、気にしてるから言わないであげて。」
「それで、何と報告したんですか?」
「安心して、悪いようにはしていないから。」
「ほう。」
「死傷者0、破損物地面が少々、その他被害なし。」
「私は災害ですか。」
「そこに変わりはあまり無い、と兄上は言っていたよ。」
私は手に握る薬を窓に向かって大きく振り被った。
最後の方、「ん?」と思って頂けたら幸いです。
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