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突然だが、私には渾名が二つある。
一つ目は(不本意ではあるが)お馴染みの『竜殺し』。
そして、もう一つは『お局様』である。
同期達は言われてないのに、どうして私だけが『お局様』と呼ばれるんだろうか。
大体、私はまだ二十代であって、若い世代であるし、そもそもそう言うのって十年以上勤め上げた独身女性が言われる事じゃないの?私、まだ四年目だけど?
竜殺しと呼ばれるのも嫌だけど、お局様の方がもっと嫌だ。
「それは、ニーナが彼等よりも随分と年上だからだろ?」
「ロダン、女性に対して年齢を追求する発言をしてはいけないのよ。」
天然と失礼が紙一重になった瞬間だった。
ロダン相手にこんな不満は言ってみるものの、自分でも理由くらい分かってる。
私は同期よりもとても年上だ。
魔術学園で同級生達が青春だ何だキャッキャウフフとしていた時、若いわね~、と生温かく見守っていたくらい年上だ。
そして正直言うと、勤続十年越えの魔術師と同年で、行き遅れてもいる。
さらに言うなれば、魔術師は個人主義の秘密主義であるため元々他者との接触を避ける傾向にあり、さらに私は殿下直轄の魔術師という事で、他の魔術師達とあまり業務を同じくする事はなく、同僚と会う機会が少ない。
滅多に姿を見せる事もなく、仕事しているかも分からず、結婚している素振りもない年増女の私は、新人達に『お局様』と呼ばれているのだ。
まあ、この場合、もう一つの『竜殺し』の異名を知らない事が多いが。
ロダンに相談した私が馬鹿だった。
この天然ヤローは気遣いとか出来ないタイプでした。
「ロダンはきっと、私以上に婚期が遅れると思う。」
「ニーナは占いも始めたのか?」
冷やし中華始めました、かよ。
今日のランチはパスタだよ。
今は昼時。
王宮の職員専用食堂で、たまたま会ったロダンと昼を一緒にしていた。
ちなみに、食堂は数少ない私の出現ポイントだ。
「ところで、ニーナの渾名についてだが。」
「何よ。」
「竜殺しの名が知れたら、お局様とは言われなくなるのか?」
「そうよ。」
私が竜殺しだという事が分かると、お局様という呼び名はパタリとなりを潜めるのだ。
先輩の話しでは「いや、ニーナの事を竜殺しの魔術師だと知って、お局様と呼び続ける勇気はないだろう」との事。
「だったら常に人に、竜殺しと呼んで貰えばいいのではないか?」
「アンタ、私がそうやって呼ばれるの好きじゃないの知ってるでしょ。」
「お局様よりはマシなのだろう?」
「マシだが好ましいとは思わん。」
「では、何と呼べばいいんだ?」
「何で二択なのよ。私は別に渾名で呼ばれなくていいのよ。普通にニーナでいいの。」
そう、普通に名前で呼ばれればそれでいいのだ。
ロダンはうーんと腕を組んで悩んだ後、唸りながら一つの答えを導き出した。
「そもそも新人達は、ニーナの名前を知っているのか?」
「え?」
「人との接触が少ないなら、ニーナの名前を聞く機会も少ないんじゃないか?」
成る程。私の名前を知らないというパターンは思いつかなかった。
新人が入ったからと、特別自己紹介とかしないし、新人に用などないから名乗る機会もない。
そして、他の魔術師達にも特に用がある事がないので、人がいる所で名前を呼ばれる機会もない。
うん。私の名前を知らない。
なくは無い。
「俺としては、『ハリストール殿下の懐刀』という渾名を浸透させたいんだが。」
「慎んで辞退させていただきます。」
という事で、私の名前を知ってもらおうプロジェクトを決行する事にした。
現在、新人の王宮魔術師達は新人研修の真っ最中だ。
その一環で、騎士団と合同の魔物討伐が行われる。
王宮魔術師の先輩として、また、治癒魔術師として、討伐への同行依頼を私は受けていた。
当初、遠出するのは面倒臭いし、野営で泊まりがけなのは嫌なので断るつもりだったが(実際昨年は断った)、プロジェクトを成功させるため、私は意気揚々と参加する事にした。
「治癒魔術師のニーナです。よろしくお願いします。」
今回、研修という事で、新人魔術師達には同行する先輩魔術師の紹介がある。
私の他にも、戦闘魔術師が三人同行している。
私が自己紹介すると、新人達がざわつく。
ついでに、一緒に同行する魔術師達もざわつく。
「あの人、治癒魔術師だったんだ。」と。
え、同行する君達も知らなかったの?
あ、そう言えば君達は三年目だったね。
君らが各部署に配属される頃には、私は殿下直属の部下になってたわ。つまり、ヒッキーになってたわ。
私が少しショボくれていると、新人研修担当の先輩魔術師が肩をポンと叩いてくれた。
魔物討伐は、魔物が増え過ぎて人間の生活区域に侵入しないよう、定期的に行われる。
その際、あらゆる魔物に対応出来るように王宮騎士団と王宮魔術師達が合同で討伐にあたる。
今回の魔物討伐は、国境近くにあるスクーロの森で行われる。
新人魔術師や騎士達でも倒せる魔物が多く生息する、初心者向けの場所だ。
竜討伐作戦以来、私にはあまり討伐担当が回ってこなくなったので、こう言ったのは久し振りだ。
小学生の時に行った臨海学校を思い出す。
皆でカレー作ったり肝試ししたり楽しかったなあ。
まあ、そう言うのは今回ないけど。お仕事ですから。
「では、各班に分かれて騎士達と討伐にあたります。」
研修担当の指示に従い、あらかじめ分けられていた班に各々固まった。
新人達はもちろんの事、私達同行の魔術師達も各班に分けられる。
基本的に私達は付き添いの様なもので、新人魔術師達では手に負えないような事態になった時だけ手を貸すように言われている。
そのため、自分の専門と近い新人魔術師の班に付き、補助と指導にあたるのだ。
私の専門は治癒魔術師。
なので後方支援の救護班に担当が割り振られた。
のだが、
「なんだ。新人は無しで、治癒魔術師の班はニーナだけか。」
「今年の新人は元気が良くてね。皆、戦闘系魔術師なのよ。」
「そうだったのか。」
計画は早速躓くどころか頓挫しそうだ。
あ、目から汁が。
せめてどこかの班に入れてくれと、研修担当の先輩にお願いしたが、過剰戦力になるから駄目だと言われた。
さらに「今回、治癒魔術師が居なかったからニーナが参加してくれて助かったわ。これで非常時に備えられるわ。」と言われてしまっては、大人しく救護班に居るしかない。
「ところで、此処までの道すがら気にはなっていたのだけれど、何故貴方が此処にいるの?ロダン。」
救護班は本陣に設置されており、私はそこに用意された待機用の簡易椅子に腰掛けていた。
そして、その隣りには、本来であれば今頃、王宮の殿下の執務室にいるはずのロダンの姿があった。
ロダンは何食わぬ顔で本陣に居座り、黙っていても用意される椅子に堂々と腰掛けていた。
ロダンが私の隣りに座るものだから、他の人達が私達から距離を取り、遠巻きにこちらを見ていた。
「殿下の命令でな。ニーナの計画を聞いて、面白そうな事が起こりそうだから見て来い、と言われた。」
「殿下にお伝えして。ロダンを派遣した時点で殿下の予想通りになりましたよ、と。」
「あと、有望そうな新人がいたら引き抜いて来いとも言われた。」
「左様ですか。」
なら私から離れて余所を見に行け。余所を。
殿下の利腕として、若いながらに騎士としての才覚を発揮させるロダンは、年若い騎士達の目標であり憧れでもあった。
ここにいる若い騎士達は皆、ロダンのような騎士になろうと己を磨いているのだ。
そんなロダンの隣りにいるのは、注目を集めて何とも気まずい。
「何だあいつ」感がハンパない。
「それと、殿下から伝言を預かって来た。」
そう言ってロダンは無地の封筒に入れられた手紙を私に寄越してきた。
「何よこれは。」
「この辺りに群生する薬草だそうだ。採って来てくれとのことだ。」
つまり、お遣いリストと言うわけね。パシリか。
私はロダンから受け取った封筒を開け、中の手紙を読んだ。
読んで眉を潜める。
「何よこれ。」
「殿下のご所望品だ。」
開いた手紙には薬草の名前など一つも書かれておらず、とても危険な内容が書かれていた。
曰く、
スクーロの森辺りで本来であれば出没しない、危険度の高い魔物が目撃されている。
同行者達の護衛をすると共に、原因を突き止めて来い。
との事。
ホンマかいな。
だからロダンが派遣されている訳ね。
ついでに言うなら、王宮でもそこそこ実力を認められた騎士達の姿が今回の討伐でチラホラ見えると思った。
これはもしかして、本当に危険なのではないか?
「無茶振りにもほどがあるでしょ。」
そう小さく呟きながらも、私は殿下からの手紙を灰も残らないよう、強い魔術の火で燃やす。
この手紙のように、機密に触れる重要書類は燃やす事になっている。
ロダンも手紙の内容を本来の物と全く違う事を言っているあたり、周りに知らせてはいけないのだろう。
「いいのか?焼いてしまって。」
「見なかったことにするわ。」
ちなみに、此処までが機密書類を扱う茶番だ。
私は肩を竦めると、腰に下げていた『魔法の杖』で魔法陣を描き、仕上げに陣の真ん中に杖を突き立て、探索魔術を展開した。
他者に悟られない様、細心の注意を払う。
「これでよし。」
今回の討伐が行われる範囲にかけたから、これで何かあればすぐに分かる。
私の準備が調ったのを見ると、ロダンはおもむろに腰を上げた。
「さて、では俺は新人達を見て回るかな。」
「しっかり見て回るのよ。有望株はそのまま私が狙うから。」
近い未来のお婿さん候補としね。
折角、人とこんなに接触しているのだから、婚活も少しはしないとね。
「それは、狙われた者が可哀想だな。」
「どうしてよ。」
「竜を貫いた魔術師に狙われるのだからな。その者に明日はないだろう。」
それは比喩で言ってますか?それとも直球そのままの意味で言ったますか?貴方の事だから直球なんでしょうね。でも、どちらにしても失礼です。
「さすがに人は殺さないわよ。まだ。」
「そうか。まだか。」
「ええ、まだよ。」
「まだ、って将来その予定があるってことですか!?」とは誰もツッコんではくれなかった。
こういう時、殿下の大切さが身に染みて分かる。
そんなこんなでロダンと話しながら暇を潰していると、探索魔術に引っかかるモノが。
「ロダン、ついでにあっちの方角見て来て。」
「あっち?確か3班が担当していたな。」
「その辺りにいる魔物より強い気配を感じる。」
「当たりを引いたかな?」
「かも知れないわね。怪我人が出たらすぐに連れて来て。準備しておくから。」
「分かった。」
それだけ答えると、ロダンは数人の騎士を伴ってこの場を後にした。
ロダンの背中を見送りながら改めて魔術に意識を集中させ、おや?と思わず首を傾げてしまった。
この感じ、以前にも何処かで・・・・・・。
首をひねって考えていると、悲鳴と同時に緊急事態を示す魔道具による信号弾が打ち上げられた。
あの信号が上がった場合、他の班も身の安全を確保するため、本陣へと一度帰還し、本陣に待機する熟練の騎士達が救援に向かう事になっていた。
信号弾を見た各班は本陣へと急ぎ足で戻り、救援班も着実に準備を進めた。
戻る新人達に紛れ、ロダンが全速力で戻って来たのもその時だ。
「何、最大戦力が全力で戻って来てるのよ。」
私が呆れてそう言うと、ロダンは首を振り、真剣な顔で言った。
「俺の速さに誰も付いてこれなかっただけだ。そんな事よりニーナ。」
「何よ。」
「あれは駄目だ。大当たりを引いてしまった。」
「は?」
「竜だ。」
「え?」
「竜がいた。」
そして、ヒョッコリと木々の上から竜の顔が覗いた。
なんということでしょう。
知ってる気がする魔力だと思ったら、前に一度見えた竜のものだったのか。
竜の姿にその場が騒然となった。
これは、絶体絶命のピンチというやつか?
「体制を立て直す!殿下に伝令を!ここで一戦交える!」
鋭い声で飛ぶロダンの指示に、動揺していた隊員達は正気を取り戻し、各々に与えられた仕事を全うしようと動き始めた。
「我ら魔術師は何を。」
今回派遣された魔術師の責任者である先輩がロダンへと指示を求めた。
こう言った緊急事態が発生した場合、一団の中で一番階級が高い者が指揮を執る。今回は参加した中で唯一隊長職のロダンが指揮を執る事となる。
ロダンは先輩に一つ頷くと指示を出す。
「本陣に結界は張れるだろうか?」
「可能です。」
そう返事すると、先輩は指示を出すため他の魔術師達の元へと歩みを進めた。
私も先輩に続こうとすると、ロダンに止められた。
「ニーナ。」
「なに。」
「竜殺しの力を借りたい。」
この男は真面目な顔して何言ってるんだか。
力を貸して欲しい?
「そんなの当たり前よ。ちょっと先輩に結界の話しして来るから、アンタも自分の仕事をしてなさい。」
何を今更、である。
私とてこの国に情は湧いたし大切な者もいる。
ここにいる人達だって同じ釜の飯を食べた仲間だ。
知っている人を見殺しにする程、私は人間腐ってない。
先輩が魔術師達を集める中、私は彼らに声を掛けた。
「あなた達、魔力はまだ残ってる?」
魔術師達は私の質問にオロオロしながらも首を縦に振った。
私はそれを確認すると先輩に向き直る。
「先輩、結界の下準備はしてあるんで、それを使って下さい。」
「助かるわ。」
「で、お願いなんですが、少し強めに張って下さい。」
「強めに?」
「はい。派手にぶっ放すので。」
「ぶっぱ・・・・・・いえ、分かったわ。」
先輩は一瞬青い顔をしたが、顔をすぐに引き締め了承してくれた。
さて、ロダンの元に行こうか、とした私の視界に魔術師達の不安げな顔が映った。
確かに私は戦争を知らない子ども達であり、主人に剣と命を捧げる騎士や兵士でもない。
どちらかと言うと戦いを知らない一般人寄りだ。
彼らだってそうだ。
それに、一度、竜を倒したからって、次も出来るとは限らない。
正直怖い。
それでも、自分より遥かに強い相手を知らない若い子達はもっと怖いだろう。
この子達は日本であれば、親の庇護の元、学校に通いチョベリバと言いながら友達と笑いあい幸せに過ごす、守られるべき子どもなのだ。
大人が守ってやらなければ。
そう、彼らは若いのだ。
私を『お局様』と呼ぶ程に。
・・・・・・別に、根に持ってるとかじゃないんだから。今出さなくていい話題なことくらい分かってるから。
さらに一つ言っておくが、チョベリバは私が高校生の時には既に過去の産物となっており、実際には使っていない。断じて。
くそっ!
若さが眩しいぜ!
「大丈夫。」
私は微笑み、優しい声を意識して魔術師達に声を掛けた。
保証もないただの気休めではあるが、言われないよりはマシだ。
それだけ言うと、私は踵を返しロダンの元へ足を進めた。
「来たな。」
「戦況は?」
「結界が張れるまで騎士団で竜の足止めをしている。だが、あまり時間は稼げない。」
竜が時々木々へ顔を潜らせるのが見て取れる。
騎士達が奮闘している証拠だ。
「結界が張れたら私も打って出るわ。最大出力で行くから、色々気を付けて。」
「頼もしい言葉でもあり、恐ろしい言葉でもあるな。」
私は腰に下げる魔法の杖を抜いた。
ロダンも私の後に続くのか、剣を抜く。
結界が張られたことを確認すると、魔術師達を振り返る。
彼らは自分にできることを懸命にやっている。
先輩と目が合うと頷いてくれたので、私も頷き返しロダンと共に竜へ向かって駆けた。
戦いは驚く程アッサリと終わった。
何と言うか、その、今回出くわした竜は、驚く程弱かった。
激弱で逆にビビった。
まずは不意をついて一撃を、と思い前回の竜を倒した時の半分くらいの力でど突いてやったら、それで竜はアッサリ逝った。
え、うそ。
死んだフリかな?と思い、恐る恐る近寄って確認してみるも、動く気配も見せず息もしていないし、竜の体内で眠る凶悪な魔力も消えてしまっていた。
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
竜とは本来、一騎当千であり、一国の兵力を集めて討伐に挑み、時には国をも滅ぼす。
その竜が、こんな・・・・・・。
確かに、前の竜と比べたらあちらは大型で、今回のは小型種。
力も弱いし、戦闘能力も低い。
だが、あくまでこれは一騎当千の竜と竜の比較である。
それでも思ってしまう。
前回の方がもっと苦戦した気がする、と。
「竜を瞬殺してしまうとは。」
「そんなつもりはなかったんですがね。」
憮然と言い放つ私に殿下は肩を竦めた。
ここは殿下の執務室。
私とロダンは今回の件について殿下に報告するため、この場所を訪れていた。
あの後、すぐに討伐研修から帰還する事になった。
途中、王宮からやって来た兵達と合流し、足を早め、やっとの思いで帰城した。
「アレだったら、新人達でも束になれば倒せたんじゃないかと思いますよ。」
「それはさすがに酷だろう。」
ロダンは片眉を上げて言った。
私は「へいへい」言いながらソファに体を預け、お茶を啜った。
疲れた体に染みる。
話すことを止めた私に代わり、ロダンが報告を続けた。
「恐らく、スクーロの森に現れていた強い種の魔物は、竜を恐れて別の場所から移住して来たようです。竜がどこから来たのかは現在調査中です。もう、移住して来た魔物達も自分達の土地に帰るかと思います。」
「そうか。」
「それと、今回の事でスクーロの森に元々いた魔物達も数を減らしそうです。」
「元々いた魔物も?」
「はい。」
「何故だ。」
「森にはニーナという竜を倒した恐ろしい存在が近付きます。恐ろしいものから遠ざかろうと魔物達は引っ越してる最中らしいです。」
「私は竜かい。」
「それよりもっと怖いものだ。」
ロダンの物言いに釈然としない。
こんなか弱き乙女に何てことを言うんだ。
「か弱き乙女は竜を瞬殺したりしないぞ。」
殿下の言葉は聞かなかった事にしよう。
魔術師棟へ戻ると、休憩室の前に人集りができていた。
何事かと野次馬根性丸出しでそちらに行くと、私に気付いた一団がワッと私に迫って来た。
なんだなんだ。
「ニーナ!また竜を倒したんだって?しかも瞬殺!凄いな!」
「ニーナさん!竜殺しの魔術師ってニーナさんの事だったんですね!感激です!」
「竜を倒した時のあの一撃!く~っ!痺れました!」
「瞬殺っていったいどんな強力な魔術を?!」
「流石は『竜殺し』だ!」
止むことのない賞賛の嵐に、どう対応したものか分からなかった私は、取り敢えず笑っとく事にした。
こうして、私の『竜殺し』の名は爆発的に知れ渡り、それと比例する様に『お局様』という渾名はなりを潜めていったのだった。
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「若手魔術師達がやけにニーナに熱い視線を送ってると思ったら、そんな事があったの。」
「え、何ですそれ。」
「知らない?『竜殺しの魔術師』は、魔術師達の憧れなんだよ。だから、竜殺しがニーナだと分かって、若手の魔術師達がニーナに熱視線を送ってるんだよ。」
そうだったのか。
例の酒場で疲れた心を癒していると、優雅な笑みを浮かべた彼が、当たり前のように向かい側の席に座った。
あまりにも自然な流れだったので、彼と乾杯後の一口を飲むまでツッコミを忘れてしまっていた。
そして、自然な流れのまま、先日の研修の話しになったのだ。
「お局様とは呼ばれなくなったのはいいんですが、いかんせん、竜殺しの名が広がり過ぎていると言いますか。本末転倒と言いますか。」
「まあ、結局、始まりに戻ってるよね。」
やはり、そう思いますか。
私は溜め息をつき、この遣る瀬無い気持ちをお酒と一緒に流し込んだ。
「こうなったら百歩譲って『竜殺し』の名は甘んじて受けるとして、せめて、もう少しカッコイイ名前になりませんかね。」
「例えば?」
「『ドラゴンスレイヤー』とか?」
「どらごんすれいやあ?」
そう言うと、向かい側に座る彼は笑顔で、魔法言語か何かかな?というように小首を傾げた。
こちらには無い言葉のようだ。
「私のいた世界での竜殺し的な人の呼び名です。」
「へぇ、そうなんだ。」
この反応の薄さ。
こっちの世界ではこれじゃあ浸透しそうにないな。
それに、『ドラゴンスレイヤー・ニーナ』とか呼ばれたら、厨二過ぎて恥ずかしいし、どこの夕方のアニメだよ!とツッコミたくなる。
やっぱり現状維持なのかなぁ。
そう言えば、こちらに来てすぐ、こちらの言葉が不完全な私の発音では聞き取り辛かったらしく、中々正しく名前を呼んでもらえなかった。
そんな中、初めて私の名前を正しく呼んでくれたのが、元婚約者だった。
自分をちゃんと認識されたみたいで、とても嬉しかった。
あの人が私の名前を呼ぶ事も、もう、ないのだろうけど。
「あーあ。人生って難しい。」
頬杖をつきながらお酒を飲む私に、向かいの彼は優しく頭を撫でてくれた。
「いつでも僕が君の名前を呼んであげるよ。」
聡い彼には私が何を考えていたのか、分かってしまっていたようだ。
その気遣いが、優しさが嬉しく、私は自然と顔を綻ばせた。
「なんだっけ。『ドラゴンスレイヤー・ニーナ』?」
いや、その名はヤメテクダサイ。ホント。
後日、殿下の執務室にて。
「ニーナ、違う渾名が欲しいんだって?」
「あっているようで微妙に違います。」
「それなら俺は『懐刀』を推します殿下。」
「それは却下したでしょ。」
「なんだったか。何でも『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれたいとか。」
「え、言ったような気もしますが、結局却下の方向で終わったと思うのですが。」
「良いじゃないか。『ドラゴンスレイヤー・ニーナ』」
この日、私は殺傷能力抜群の除毛剤の開発に成功した。




