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婚約破棄された異世界の魔女【連載版】  作者: 純太
第1章

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5

ここからオリジナルです。

事件は会議室じゃない、現場で起こってるんだ。


と言う事で、ただいま事件現場の殿下の寝室前に私は立っていた。






事の起こりは一番鶏すら眠る早朝。

スヤスヤと毛布に包まり眠っていた私は、突然やって来たロダンに叩き起こされた。


「殿下がお呼びだ。」


こんな時間にかい。


「今から?」

「今からだ。」

「何の用なの?」

「俺にも分からん。だが殿下がニーナをお呼びだ。」


迷惑極まりない。

だが、王族には逆らえん。仕方ない。と、私はロダンに急かされながら急いで出仕の準備をした。

私を呼んでいるということは、魔術関連なのだろうが、一体何があったのだろうか?

私を呼びに来たロダンの様子が、どこか狼狽え焦っているように見えたのが気にかかる。


肩で風を切るロダンの後に続きながら、置いて行かれないよう私も必死で足を動かした。


殿下の寝室前まで来ると、そこには誰か佇んでいた。


「おはようニーナ。」

「おはようございます。アルフレッド殿下。」


アルフレッド殿下はこの国の第二王子で、若草色の瞳が印象的なハリストール殿下に面差しが似ているイケメンだ。頭はあまり似ていないが。


「すまないね、こんな早くに呼び立てて。」


ホントだよ。

と言う気持ちは心に留置き、「いえ。」と口では当たり障りのない返答をしておく。


「一体、何があったんですか?」

「それが、僕にも分からないんだよ。」


私の問いに、アルフレッド殿下も困った様に眉を下げるだけだった。


何でも、アルフレッド殿下はハリストール殿下に公務の事で用があったらしく、ハリストール殿下の執務室を訪ねたそうだ。

しかし、いつもなら執務室にいる時間に扉をノックするも返事はなく、今日は遅いのかもしれない、そのうち来るだろうと待っていたが一向に来る気配もなし。

様子が変だと思い殿下の部屋を訪れてみたものの、ハリストール殿下からは「ニーナが来るまで入って来るな」の一点張りなのだと言う。


何だそれは。


何だかよく分からないが、アルフレッド殿下はハリストール殿下のことが心配で扉前で立往生していたそうだ。


王族兄弟は仲がなかなか良く、ハリストール殿下は意外と弟妹からの人望が厚いのだ。アレは薄いが。


「兄上に、どうしたんだ、と聞いてもニーナを呼べ、絶対に入るな。それしか言わないんだ。」


そう言ってアルフレッド殿下は肩を竦めた。

取り敢えず、このままじゃどうしようもない、とハリストール殿下に声をかける事にした。


「ハリストール殿下。ニーナをお連れしました。」

「ニーナです。ハリストール殿下の召喚により参りました。入っても宜しいでしょうか?」


始めにロダンがハリストール殿下に声を掛け、続いて私が入室の許可を貰うため声を掛けた。

すると、少し時間を置いて、扉の奥から物音が聴こえた。


「・・・・・・・ニーナか。」

「はい。」

「よし、ニーナだけ入れ。」


殿下の許しが出た。

私はアルフレッド殿下とロダンを振り返ると、一つ頷き、殿下の寝室へと足を踏み入れた。






侍女も入れなかったのか、カーテンが閉められている殿下の部屋は薄暗く、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

殿下はベッドではなく、側にある一人掛けのソファーセットに腰掛けていた。

その表情は深刻で、組んだ手に額を付けていた。


これは只事ではないかも知れないと、私は気を引き締めた。


「すまないな、早くに来てもらって。」

「いえ。それより、如何されたんですか?」

「どうも、呪いをかけられたらしい。」

「!」


呪い?!

私としたことが全く気付かなかった。


次期国王であるハリストール殿下は、様々な思惑から常にその身を狙われている。

呪いをかけられたことも、幼い頃から何度かあったと聞いている。

今回は一体どんな呪いがかけられたのだろうか。


殿下の言葉を受け、私は魔力を眼に集め、殿下の魔力の流れを解析した。

もし、呪いが掛けられたのであれば、何の呪いだ?

通常の殿下の魔力の流れと違うところはないか、何か可笑しな所はないか、些細な魔力の流れすら見逃さないよう、細心の注意を払った。

もし、呪いに長けた魔術師であるのなら、知識の少ない私では見つける事が難しい可能性がある。

魔術師長様をお呼びした方がいいか?


「どのような異変があったのですか?」


少しでも呪いの原因を掴もうと、私は殿下に質問した。

殿下は私の問いに少し逡巡すると、サイドの髪を掻き上げ私に見せた。


「今朝、突然こうなったんだ。これがその証拠だ。」


殿下はそう言うと、次は掻き上げた手と反対の手に握っていたものを私に示した。


「・・・・・・。」

「こんな事初めてだ。人の敏感な内容につけ込んだ精神攻撃だと思うんだ。」


私はもう一度、殿下の頭を見て、手元を見て、それをもう一度して、廊下へと繋がる扉へと足を向けた。


ドアノブに手をかけた私を、「待て!扉を開くな!何が起こるか分からんだろう!!」と殿下が焦って止めようとするが、そんなの無視して扉を開け放った。


「ニーナ、ハリストール殿下の様子はどうだ?」


丁度、扉の前で待機していたロダンに、私は真顔で一つ頼み事をした。


「王宮医師を呼んで来て下さい。」






「竜殺し殿のお見立て通り、これは金貨症ですな。」


私がロダンに声を掛けた後、お爺ちゃん王宮医師は、ロダンに担がれてやって来た。

お爺ちゃんなのでロダンの歩みには着いていけず、途中で俵担ぎにされたらしい。

ロダンの肩に担がれてやって来た医師に殿下の症状を伝えると、医師は直ぐ様診察に取り掛かり、幾つか殿下に口頭で質問し、ふむふむ頷いて先程の診断を下した。


「金貨症?」

「はい。」

「呪いではなく?」

「呪いではなく。」


王宮医師の診断結果を殿下は鸚鵡返しした。

殿下の目は点だ。


診察道具を片付け始めた医師をボーと眺めながら、殿下は患部に手を当てた。

私が殿下に呪いだと見せられたそれは、金貨サイズ、日本で言うところの500円玉サイズと中々に大きい部分脱毛。


金貨症。それは、現代日本というストレス社会でも多く見られるアレにそっくりな病気だ。


その昔、見事な金髪をした貴族がいたそうだ。

その貴族は王宮の中間管理職的役職で、日々、上と下に挟まれ押し潰されそうに過ごしていたそうだ。

ある日の事。彼が朝起きてみると、枕に大量の毛が落ちていた。それはもう、ゴッソリ。

驚いた彼は、慌てて鏡を見てみるとそこには金貨程の大きさに丸く禿げた自分の頭があったとか。

それを見た貴族は、悲鳴を上げて気絶した。

その悲鳴は断末魔のようで、屋敷にいた使用人達を恐怖に陥れた。

その日以来、彼の姿を見た者はいないそうだ。


「何だそれは、怖い話か?」

「いえ。金貨症の話しです。」


ちなみに金貨症の由来は、禿げたところが金貨の形そっくりだったことと、『金』髪に丸い禿げがある様が金貨っぽく見えた、というところからきているそうだ。


「つまり何が言いたいかと言うと、殿下、ストレス溜め過ぎなんですよ。」

「すとれす?」

「んー、なんて訳すんだろう。精神的疲労?心的疲労?て感じですかね、この場合。」

「心的疲労?」


首を傾げて私の言葉を繰り返す殿下。

逆にお爺ちゃん医師は、私の言葉に頷き「そうですな。」と言った。


「金貨症は疲労が蓄積した者がなりやすいとされています。殿下は疲れを感じていらっしゃらないかもしれませんが、体は疲れておいでなんですよ。」

「そうだったのか。」

「はい。」


医師の説明に殿下は首を傾げつつも自分の状態を受け入れた様だった。


王太子であるハリストール殿下は、次期国王として、多くの責務を担っている。

大小様々だが、その一つ一つが重要なものであり、常に重責を抱えて殿下は過ごしている。

そのうえ執務だけではなく、王族としての責任も殿下は果たさなくてはならない。

日頃の疲労とストレスは、私には計り知ることが出来ない。

それに元々、殿下は神経性の胃痛持ちで、ストレスを感じやすく溜め易かったのだと思われる。

それが今回は、金貨症という形で顕れた様だ。


「呪いではなく良かったですね。」


私がそう言うと、殿下は何とも言えない顔で首を縦に振った。

その顔は「何だ、呪いじゃないのか。ちぇ」と言っている。

それはつまり、自分の薄毛を呪いのせいにしたかったということですか?


「それで、この金貨症はどうすれば治るんだ?」


気を取り直したのか、殿下は医師にそう尋ねた。

毛について真剣に悩んでいた殿下だ。

新たな(サイズ的に大きい)悩みが増えて、気が気じゃないだろう。

真剣そのものだ。


医師は「ふむ。」と頷きカルテに記入しながら答えた。


「暫く養生することですな。」


現代日本では、もっと良い治療法があるのだろうが、日本よりも遥かに医学が遅れているこの世界では、自然治癒が最良の治療法なのだ。

私が知識を持ち込めていたら、また状況が違ってきたのだろうが、生憎ただの女子高生にすぎなかったので、治癒魔術師としての医療知識も、こちらに来てからのものになる。


「養生とは、どれくらいの期間必要なんだ?」

「症状が無くなるまでですな。長くて数年、短くて年内でしょうか。竜殺し殿の話に出て来た貴族も、5年、療養生活をしたら治ったそうですしな。その間はご公務等はせず、ゆっくり体と心を休めて下さい。」

「・・・・・・。」


殿下は医師の言葉に答えることはなかった。







医師の帰った殿下の寝室では、扉の前で待機させられていたロダンとアルフレッド殿下を招き入れ、事の顛末を療養のため横になっていたハリストール殿下の枕元で説明した。


「何故ここで話す。」

「殿下の恥ずかしい記憶を、その胸にしっかり刻んでいただくためです。」

「嫌味か。」

「いえ、嫌がらせです。」

「変わらん!」


私が話している間、大人しく横になっていた殿下であったが、羞恥に堪えられなくなったのか勢い良く起き上がり抗議してきた。

朝早く叩き起こされたかと思えば、アンタの勘違いに振り回されたこちらとしては、当然の報復だ。

今回は医者の案件だったから私はいらないはずだった。

本当なら、私はいつも通りゆっくりと出仕して、今頃、自分の研究室で昨日の続きをする予定だったのに。

もう少しで例の研究の理論が組み立てられそうだったのに。


「何か今、背中がゾワッとしたぞ。」


殿下は首を傾げながら背後を確認しつつ、自分の背中をさすった。


「それにしても、兄上が無事で良かった。」


アルフレッド殿下が胸を撫で下ろし、兄の無事を喜んだ。

王座を狙える所にいる第二王子のアルフレッド殿下であるが、ハリストール殿下からその地位を奪おうとは考えていないそうだ。

アルフレッド殿下も殿下に引けを取らない程、大変優秀な方だと聞いている。普通だったら政権争いのお家騒動でギスギスした兄弟仲であってもよさそうだが。

それでも、アルフレッド殿下は後継にはならないのだと言う。

「それは、ほんの少しの差かもしれないけど、兄は僕に無いものを沢山持っている。王の器もその一つだ」とはアルフレッド殿下の言。

私にはよく分からないが、本人がそう納得しているので、それ以上突っ込むことを止めた。

また、アルフレッド殿下は、


「それに、僕は兄上に無いものを持っているから、今はそれで充分だ。」


と茶目っ気たっぷりで付け足した。

何を持っているのか、とはハリストール殿下が可哀想だったので聞かないことにした。


ロダンは殿下の無事を喜ぶアルフレッド殿下の言葉に、真剣な顔つきで首を横に振り、固く引き結んだ口を重々しく開いた。


「アルフレッド殿下、ハリストール殿下は無事ではありません。殿下の尊いおぐしーー」

「ロダン、それ以上は止めてあげて。」


青い顔をしたアルフレッド殿下の割り込んだ制止に言葉を止めるも、ロダンは首を傾げて「何を止めるんだろう?」と考えていた。

天然のロダンは本気で殿下のことを慮って言っているのだろうが、傷口に塩を塗ってるぞ。

ハリストール殿下が、金貨症のところを押さえて白目むいてるぞ。

ロダン、恐ろしい子。


「さて、医師も言っていることですし、今日の所は休んで下さいね、兄上。今後の事は後日、改めて話そう。」


アルフレッド殿下は陛下に報告されるという事で、殿下の部屋を先に後にされた。

殿下は苦笑しながらアルフレッド殿下の背中を見送った。


残されたのは私とロダン、そして部屋の主のハリストール殿下だけ。

特にする事も無いし、ここに居ても暇なだけなので、私も本来の業務に移ることにした。


「それじゃ、私も自分の研究室に行きます。何かあったら医師を呼んで下さい。私ではなく医師を。」

「随分、念を押すな。悪かったな、呼び立てて。」

「ええ本当に。」

「ニーナ。」

「はい?」

「治癒魔術師は、医学に明るいんだよな?」

「まあ、医師ほどではありませんが。」

「本当に症状が治るまで休まないといけないのだろうか?」


ベッドに座る殿下から、思いの外、硬い声がした。

殿下の顔をよく見ると、その顔は強張り、何となく、泣くのを堪えているようにも見えた。


何故だ?


殿下の問いの意図が分からず私が答えあぐねていると、ロダンが私の肩に手を置き、一歩前へ出た。


「殿下、王太子としてのお役目を果たそうとされる事はご立派ですが、今は安静にして下さい。」

「しかし、今日やらなくてはならない書類がまだ沢山残っているし、私のサインがなくては進まない仕事もある。」

「どうしても必要なものは、お願いするかもしれませんが、その他については・・・・・・秘書官がどうにかするでしょう。」


ロダン、それはつまり秘書官に丸投げという事だね?

ロダン、恐ろしい子。


ロダンの返答に「だが、」と言い募ろうとする殿下だったが、続く言葉を飲み込み、口を閉ざした。


俺様風である殿下は、政だろうがツッコミだろうが、いつも快活でキレの良い返答をしていた。

その殿下が、こんなに歯切れの悪い返答をするなんて珍しい。

そんなに仕事をしたいのだろうか。

結構、ワーカーホリックだな。


「心配なのは分かりましたから。今は休む事に徹して下さい。」


ロダンはそう言うや否や、殿下の肩を押し、布団の中に無理やり押し込むと、毛布を殿下が埋もれるまで掛けた。

殿下も「息が・・・・・・」と苦情だけ言うと、不承不承といった感じではあったが、大人しく寝る事にしたようだった。


そんなやり取りを見ながら、私は考えに耽る。


次期国王としての責務に王族としての義務を果たすべく、日々努めている殿下だが、何がそんなに殿下を駆り立てているのだろうか。


ああ、そうか。


殿下は私が思っているよりも、王様になりたかったのか。


現代っ子の私からは想像も出来ないが、家督争いというのは何処の世界もシビアなようで、現に、王太子がハリストール殿下に決まった今でも、王位継承権を持った王族それぞれに派閥がある。

隙あらば、次期国王の座を取って変わろうと、権力者達が虎視眈々と企んでいるのだ。

今回の様に長期療養に入ってしまえば、ここぞとばかりに敵対勢力が旗を揚げ、王としての適性無しと、殿下を降ろしにかかるかもしれない。

それに、ご兄弟達はハリストール殿下が王位を継ぐ事を今は認め望んでいるが、この先ずっとそうであるとは限らない。

盤石な地位を築いていると言えども、殿下は常に誰かに背中を狙われているのだ。


そして、殿下はご兄弟からの人望も厚いが、臣下や民からの人望も厚い。

殿下自身、その期待に応えたいのだろう。


まったくしょうがない。


「殿下。」

「何だ。」

「ぶっちゃけ、仕事休まなくても良いですよ。」

「何だと!?」

「私の前いた世界では、金貨症に似た症状の人が沢山いましたが、それでも仕事を普通にしている人も沢山いました。仕事しながら治した人もいるみたいですし。」

「それは本当か!」


ベッドから飛び起きた殿下は、今にも私に掴みかからんばかりだ。

私はそれとなく距離を取ると、頷いて肯定した。


「さらにぶっちゃけますと、殿下の毛が薄いのはストレスが原因みたいです。」

「!」


「ニーナ、毛が薄いは禁句だろ?」というロダンのセリフは聞かなかった事にし、殿下を見やった。

殿下は目を丸く見開くと、開いていた口を隠すように手で口元を覆った。


「それは、本当・・・・・・か?」


静かな殿下の問いかけに、私も無言で頷いた。


殿下が金貨症を呪いだと騒いでいた時、殿下の魔力の流れを読んだが、殿下の薄毛と金貨症は非常に似通った魔力の流れをしていた。


身体の状態に応じて魔力の流れは変異するため、呪詛の類や魔術行使の他にも、魔力の流れは医療にも使われていた。

例えば、肩凝りをしているのであれば、肩部分の魔力の流れが悪くなり、やけに遅かったり、色がついて危険信号のように表れる事もある。

治癒魔術師は、そんな魔力の流れの異変を見つけ治療や研究を行うのだ。

現代日本でいうところの、MRIやレントゲンなどが近いだろう。


殿下の金貨症を見るまでは、「ああ、殿下の薄毛、あそこ進行してるなぁ。」としか思っていなかったが、医師に診察してもらい、その結果と改めて魔力の流れを照らし合わせてみると、非常に近い流れ方をしていたのだ。


「しかし、その代わり、殿下はその薄毛と一生付き合わなくてはなりません。王太子である限り。」


殿下の薄毛はストレスが原因で、そのストレスの根源は王太子としての責務に王族としての義務だ。

それらを続けるのであれば、殿下はまた、今日の様に金貨症になることだろう。


「一生・・・・・・。」と、殿下は小さく呟き、考える様に視線を下へと向けた。


「それが嫌なのであれば、王様になる事を止めることです。原因を断つことで、殿下の積年の悩みは解消されます。」


殿下は何も答えず、ただ黙って目を閉じた。

閉じられた瞳は固く、握られた拳はギリリと音が鳴るほどきつかった。

私も、天然だが空気は読めるロダンも、静かに殿下の言葉を待った。


どれ位時間が経ったか分からないが、やがて殿下はゆっくりと瞼を上げた。


「・・・・・・俺は、王様になることをやめないよ。」


開かれた瞼から覗く瞳は、穏やかに澄み渡る空の色をしていた。








@@@@@@@@@








「何だか騒がしいなと思ったら、そんな事があってたの。」

「はい。朝から大変面倒でした。」


いつもの酒場にて。

王宮の門を潜ったところで、待ち伏せていた飲み友の彼に捕まり、ここまで強制連行された。

何でも、遠方に出張に行っていた彼は、夕方王宮に戻ってみると、殿下の部屋辺りで騒動があったようだと聞き、私に話しを聞きに来たらしい。


早起きして眠かった私は早く帰りたかったのだが、殿下の話をする代わりに、今日の飲み代を払ってくれるという事なので、私は有難くその申し出を受け、朝の話を彼にしたところだった。


これを聞くと、酒代で殿下の情報を売っているように聞こえるが、私は決してそんな安い女ではない。

あ、このちょっと高いお酒飲んでいいですか?どうもどうも。こういう時、一番高い酒を頼めない謙虚な日本人の性が悔やまれます。

あー、うまー。高い酒は美味しいなー。え?酒代に釣られてるって?いえいえ、私はそんな安い女ではない。決して。


「それで、その後どうなったの?」


その後の殿下の行動は早かった。

さっさと起きた殿下は、身なりを整えるやいなら、すぐ様陛下へ長期休暇の取り下げへ向かった。

その場へは診察を行った王宮医師と私も呼ばれ、それぞれ見解を述べた。

殿下をフォローすべく、私もマユツバではあるが殿下に話した現代日本事情を陛下にお伝えした。


陛下は暫し考える様な素振りを見せたものの、殿下の熱意に押され、長期休暇を取り下げた。

その代わり、今日一日は安静に過ごすよう申された。


殿下はそれを大人しく了承した。


「じゃあ、今日は休んでたんだ。」

「はい。まあ、たまにはいいんじゃないですか?」


私を起こしに来た時間には既に仕事をしているらしい殿下は、夜も遅くまで仕事をしているらしい。

明らかなオーバーワークだ。

たまにはゆっくり休んで、自分がいかに疲れているのかを身を持って知ればいいのだ。


一生薄毛である事を殿下は了承したが、今までのようにストレスを殿下が溜めないよう、私と王宮医師から生活改善の処方箋を出す事にした。

拡大は防いであげるのがせめてもの情けだ。

内容は、充分な睡眠を取ることをはじめ、規則正しい生活にバランスの摂れた食事をする事、週に一回は休暇を作ってストレス発散するなどといった健康法的なものだ。


それを聞いた殿下は、難しそうな顔をしていたが、善処する、と一応頷きはした。


「それで改善されればいいけどね。」

「毛生え薬とまでは行きませんが、金貨症によって乱れた魔力の流れを正常にする塗り薬を渡してあります。上手くいけば、早い内に症状が落ち着くと思います。」


今回、殿下は自分自身と責任の間で悩んでいた。

殿下は責任を果たされる事を選んだが、私の元婚約者もそうだったのかもしれない。


私との結婚の約束と、情を交わした身重な浮気相手。

どちらの方がより責任があるか、彼なりに考えたのだろう。

私は特に枷もなく、働いていて収入もあり自立している。

一方、浮気相手は私より遥かに収入は少ないし、身重なので仕事も出来ず、これからも子どもがいては仕事が大変だろう。なにより、その子どもは自分の子。

私達を天秤にかけて、悩んで考えて、子どものいる浮気相手に傾けたのだろうか。


それでも私は、私を選んで欲しかった。


そりゃ、怒るしキレるし半殺しだろうけど、それでも私との未来を選んで欲しかった。


これは、我が儘なのだろうか。


まあ、それも今更な話。

結局、アイツは浮気相手とその子どもを選んだ訳だから。


ん?でも決め手はヤるかヤらないかだったから、子どもは関係ないのか?

それだと即決で浮気相手?

え、なにそれクソ過ぎるでしょ。

最悪だ!


「あんな奴ハゲちまえばいいのに。」

「それはどんな恐ろしい呪文?」

「ああ、すみません。心の声が漏れてたみたいで。」

「怖いこと考えるなぁ。」


彼は苦笑しながらメニューに視線を落とした。


嫌な事を思い出した私は、残りの酒を一気に飲み干すと、次の酒を頼むべく、メニューを一緒に覗き込んだ。


「次は何飲む?」

「そうですね、また同じ物を。次はジョッキで。」

「今日はよく飲むね。」

「何しろ奢りなので。」


彼はクスクスと笑うと自分の注文を選び始めた。


伏し目がちにメニューに向かう様も絵になるなーと彼を眺めて、ふと、思ってしまった。


彼だったら、どんな選択をするのだろう、と。


彼が元婚約者の様な立場に立った時、彼なら、どちらを選ぶのだろう。


「・・・・・・。」


こんな不毛な事を考えるのは止めよう。

そもそも、この麗しい彼は、元婚約者のようなヘマはしないと思うし、たとえヘマしたとしても、丸く収めるような気がする。

それだけの手腕を彼は持っている。

お〜こわやこわや。


「今、人の悪口考えなかった?」

「いいえ。寧ろ有能さを褒め称えてました。」

「どうだか。」


疑うような視線を向けつつも、彼はグラスに口を付け、私の顔を見て、何かに気付いたかのように目を少し見開いた。


「ニーナ。」

「はい。」

「付いてる。」


そう言って彼は徐ろに私の頬にハンカチを当て、そこに付いていた何かのソースを拭き取った。

そして、まだ付いてないか確認するように親指の腹で、一回、二回と何往復かした後、私の頬から手を離した。


少女マンガ的には、そこはソースをペロッと舐め取ったり、拭き取った後の指を舐め取ったりする所ではないのか?

あ、そうか、そこは高貴なお方だから、そんなはしたない事しないのね。

なるほどなるほど。

でもさ、最後の頬撫でるのいらなくないか?


チラリと向かいの彼を見やると、彼は優しい瞳でニコリと微笑んでいた。


何か反応を返さなければ、この謎の空気に飲まれてしまう!

と、取り敢えず、


「ありがとうございます。」

「どういたしまして。」







私の作った塗り薬はよく効いたようで、殿下の髪が翌週には生えて来た。

なので殿下は只今一部イガグリ状態だ。


それに調子付いた殿下は、金貨症の兆候が出ているからと他の部分にも塗ろうとしていたので、


「遺伝的なものは、流石に薬じゃ治せません。」


と助言しておいた。


我が国の王様は歴代トンスラ型である。


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