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今日は2話連続更新です。
ド――――――――――ン!!!
へ?
カンカンカンカンカン―――……!
え?
突然発生した爆音に衝撃派的な揺れ、そして煽るように鳴り響く警鐘。
え、なに?
固まってしまって動けない私に対し、彼は状況を把握するように会場を見て、海を見て
「あ。」
思わずといったように声を上げた。
何だ?と思い彼を見て首を傾げていると、会場からバルコニーへ声を掛けられた。
「申し訳ありません。失礼致します、フェルーク殿下。」
急な警鐘と爆音で思考停止で固まった私達の下に、いつかの様にロダンが顕れた。
「ドラゴンの襲撃です。ご非難ください。」
ど、どらごん?
「現在、ドラゴンとは海上で交戦中です。敵が上陸する前にお早く。」
「あ、ああ、そうなんだ。分かった。」
ロダンの言葉に頷くと、フェルーク様はチラリと海を見た。
私もつられるように海を見た。うわぁ。ほんとにドラゴンじゃん。
「それと、ニーナ。出撃命令だ。」
「…………………………………………はい。」
私はむんずとドレスの裾を持ち上げ、隠し持っていた魔法の杖を取り出した。(どこに隠していたかは乙女の秘密だ)
そして、裾を引きずらないように持ち上げたまま、海へとずんずん足を向けた。
「もしかして、また、空気読めてないというやつだったか?」
いつかと同じように、またもやロダンでもただならぬ雰囲気が感じ取れたのか。いや、もしかして野生の感なのかな?
非常事態なので顔は引き締まったままだが、どことなく、申し訳なさそうに眉尻が下がっているように見えた。
私はそれに苦笑すると、「いいえ」と返した。
「空気読めてないのは、ドラゴンの方です。」
@@@@@
野生生物にこんな事言うのもアレ何だけどさ、何というかさ、さすがにさ、考えてほしいんだよね。出てくるタイミング。
絶対さ、登場するタイミングじゃなかったよね?アレはさすがにKYが過ぎない?
野生生物に言うのもアレだけどさ!
結局、あの後はいい雰囲気になる暇など一切なかった。
海上でのドラゴン退治に、それが終われば後処理でテンヤワンヤで辺境伯領には一週間も長く滞在した。しかも王都に帰ったら帰ったで、事務処理やなんやらでテンテコマイ。
「で、今日はこんなところで呑んだくれてるの?」
「呑まないとやってられない日ってありますよね。」
「君、そういう日、多くない?」
王都の広場の噴水縁に腰掛け、私は今日も今日とてお酒を呑んでいた。
いつもの酒場ではなく広場で呑んでるのは、あの日の様に夜風に当たりながら呑みたかったから。
あと、あんな微妙な話しの切れ方からして、いつもの所に行って彼に会ってしまったら若干気まずかったから。
まあ、結局見つかってしまったのだが。
「うわ、いくつ酒瓶買ってきたの。」
「いいーんですぅ。今日で全部終わったから打ち上げなんで、いくら呑んでもいいーんですぅ。」
「もう、結構、酔ってるんだね。」
はい。相当酔ってます。
そして、貴方も道連れです。
私は呑んでたお酒を片手に、彼にも新しいお酒を差し出した。
彼は、「しょうがないな」と言いたげに呆れを含ませた顔で笑って受け取った。
よし。これで共犯ですね。
「ではでは、全部片付いたことに乾杯!」
「はいはい、乾杯。」
そう言って一気に煽ると、お酒が体に沁み渡るのを感じた。
「もう沁み渡り過ぎてるでしょう?」
おっと。声に出てたらしい。
笑いながらもフェルーク様も酒を煽り、暫くすると息を吐いた。
「そう言えば、またドラゴンを倒したそうじゃないか。竜殺し殿。」
ぐっ。
「討伐に参加した人達が言ってたよ。竜殺し殿の攻撃は苛烈で凄まじく、まるで仇を屠るが如くだった、って。そう言った人達は敬意を通り越して恐れ慄いてたよ。」
うう。
あの日、私はドラゴン討伐に参加したのだが、本当に怒っていた。
ドラゴンの間の悪さに。
せっかくのチャンスを台無しにしてくれたのだ。その怒りは、恋に恋する年頃な乙女ならば分かってくれよう。
は?誰が乙女じゃないって?誰が御局だって?
それはさて置き。
そうして、怒れる私はその怒りをそのままドラゴンへ向けたのだ。
ええ、それはもう、怒りのありのままを。
その結果、ドラゴンとのどんぱち花火を見て、死んだドラゴンを見て、海を見て、殿下が「よく、海が海のまま残ったな」と白目剥いて言うほど派手にやってやったのだ。そして殿下は頭と胃を押さえていた。
他の人達も、討伐の後は私とすれ違うだけで震えてたし、「竜殺しだ」と言う言葉を発する時に怯えを感じさせた。
それを見たら、流石にやり過ぎたかな、と反省して、ずっと続いていた怒りも治まっていった。ちょっと悪いことしたな。
「今回は、流石の私も少しは反省してるんですよ。」
「そうなの?」
「はい。八つ当たりはよくないと言うことを学びました。」
「多分、学ぶところが違うよ。」
フェルーク様は苦笑すると、お酒に口を付けた。
夜の広場は意外と明るい。
広場に面した酒場や食事処の灯りに、串焼きやちょっとした甘味などの屋台の灯り、そして屋台の物を座って食べられるようにした場所の灯り。
魔導大国と言えど、さすがに街灯などの文化は現代日本のように発展していなくって、百万ドルの夜景とは言えないが、温かみのある灯りは綺麗だ。
そこかしこで聴こえる陽気な声も、空気が明るくなる。
「フェルーク様。」
「ん?」
「私、あなたに好きと言ってもいいですか?」
気配で隣に座る彼が、動きを止めたことが分かった。
お酒のせいなのか何なのか。私も今、告白などするつもりは無かった。
でも、唐突に言葉が出たのだ。
当初予定していたような、素敵な雰囲気も何もない。
畏まりもせず、ただいつも通りに。
するりと口をついて出た。
そして、私の口は止まらない。
「正直、適齢期すぎてて若くはないし、ピチピチでもないし、むしろ残業続きの仕事終わりでお肌はガッサガサだし、王都の夜の喧騒に紛れる酒臭い女ですが、」
私はフェルーク様の方を首だけで向いた。
そうしたら、彼も私の方を見ていたようで目が合った。
だけど、いつも麗しいその顔は、目を丸くして瞬きもせず、口も何とも言えないサイズで開いたままで、ちょっと間抜けに見えて笑えた。
「それであなたを好きと言って、いいですか?」
フェルーク様は数回パチパチと瞬きをすると、私の言葉がやっと頭に入ったのか、少し驚き、そして泣きそうな顔で破顔した。
「もちろんだよ。」
そう言って抱き寄せられ、私も躊躇わずにその身を任せた。
「僕も好きだよ。」
想いが受け入れられ、私も嬉しくなって笑った。
彼の手が頬に添えられ、私はそれに擦り寄せた。
その手は私の顔を少し上に向かせる。
私の目に映るのは大好きな彼と、美しい新緑。
それが少しずつ近付き、
「うっ。」
「え、あ、大丈夫?」
「ムリぽ……。」
「え、わ!」
全然ロマンチックとは言えなかったけれど、間違いなく、忘れられない日になった。
はい。本当に。
出来ることなら最後の方は忘れてしまいたいです。




