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それは時を遡ること数週間前。
辺境伯領訪問の打ち合わせを殿下の執務室でしていた時のことだ。
「分かりますわ、そのお気持ち。」
そう言っておっとり微笑みながらメルリーサ様が頷いた。
「分かって下さいます?」
「勿論。ね、ハリストール様。」
「何故そこでこっちに振る。と言うか何なんだこの会話。」
「あら、女性ばかりの旅の移動は恋の話と相場が決まっているのですよ。ね、ニーナ。」
「はい、メルリーサ様。」
「ここに男が居ますけど。そもそも、まだ旅には出てませんけど。」
打ち合わせもひと段落し、休憩がてら雑談に興じていたところ、どこで聞き付けたのかメルリーサ様に隣国一行との擦った揉んだ、特に恋のトライアングルについて聞かれたのだ。
最初こそ、年端の行き過ぎた私には恋バナとかハードル高過ぎて、あまり乗り気で話していなかったのだが、メルリーサ様が聞き上手過ぎたのか、私の内に秘めたる悩みが爆発したのか、ついつい恋のお悩み相談になってしまい、今までのフェルーク様とのアレやコレやを話してしまっていた。
ん?てか、メルリーサ様、何故、私とフェルークの事も知ってるんですか?
「良いではないですか。恋の話。とても興味深いですわ。」
いや~な表情で殿下は婚約者のメルリーサ様を見やった。
そんな殿下の様子など意に介した様子もなく、メルリーサ様はニコリと笑うと両手を合わせ、夢見る乙女のように頬に充てた。
「これが恋する乙女なのですね。」
「乙女と言う歳ではないだろう。」
あ?
「・・・・・・殿下、女性に聞いてはならない二大数字いうものがある事を、ご存知ですか?」
私がニヤリと笑いながらそう言うと、殿下はビクリと肩を震わせ向かい側の座席に座っていた私から身体を反らせて離した。
「な、何だ。」
警戒を露わにする殿下は、顔を青くさせつつも私に問い返した。
「体重と年齢ですよ。」
「まあ、その通りだわ。」
ドヤ、と殿下に睨みを利かせながら私がそう言うと、メルリーサ様が同意するように微笑みながら頷いた。
「これはハリストール様が悪いですよ。」
「うっ。」
メルリーサ様に注意され、殿下は少しバツの悪そうな顔をした。
そんな殿下を見て、メルリーサ様はおっとりとした微笑みを消し、諭すように殿下を真っ直ぐに見つめた。
さて、メルリーサ様だが、可憐で愛らしくおっとりとした姿で、普段は見た目に合ったおっとりとした天然そうな言動をされているが、それは敢えてそうされているだけで、その実、中身は中々にイイ感じに仕上がっていた。
所謂、イイ性格をしたお方なのだ。
「ハリストール様にもありますでしょう?聞いてはいけない数字が。」
「え?」
メルリーサ様がそう言うと、殿下はキョトンとし、目をぱちぱちと何回か瞬いた。
それを横目で見ながら、メルリーサ様が言わんとしている事に気付き、私はそっと頭に手を添えた。
殿下のチョップが炸裂した。
「さて、本題に戻りますが、ここはググイと先に進めた方が良いと思いますわ。」
一頻り殿下からの「それ、本当に洒落になんないから。本当駄目なやつだから!」と頻りに訴えられたお叱りが終わるや否や、私と同じようにタンコブを乗せたメルリーサ様がそう切り出した。
婚約者にも容赦無いとか、殿下、すごいなぁ。
「何だメルリーサいきなり。」
「先程のニーナのお話しの続きですわ。」
「え、その話し続けるの?」
「ここは、機会を待つより作った方がいいと思いますの。」
「無視かーい。」
殿下の訴えなど気にも止めず、メルリーサ様はご自身の話しを続けた。
殿下よ、しっかり尻に敷かれてるな。
「そして、私には良い案があるのです。」
「良い案?」
「はい。機会を作る事ができ、さらには良い雰囲気を演出できる、お誂え向きな催しが今回の訪問にはあるではありませんか。」
「あったか、そんなの?」
首を傾げながらそう言った殿下に、メルリーサ様は可愛らしくウフフと笑って答えた。
「最終日にある夜会ですわ。」
そう言ったメルリーサ様の様子を音で表すなら「ドーン」で、その表情を表すなら「どや」と言ったところだろうか。
「ニーナ、フェルーク様のパートナーとして参加なさいませ。」
「え。」
まさか、とは思いましたが本当にまさかですよメルリーサ様。
「夜会って何故だか気分が盛り上がりますでしょう?一夜限りの熱い恋に身を焦がす人も多いと聞きます。仲を深めたい男女には、まさに最適の場ですわ!」
拳を握りつつもそう力を込めて言うと、メルリーサ様は白魚の様な手で私の手をそっと掴み互いの胸元まで持ち上げると、真剣な眼差しで私を見つめた。
「女にも、闘わねばならぬ時があります。目の前に絶好の機会と共に狙った獲物がいるのですよ?今射らねば、いつ射るのですか。」
すごい、この人、結構肉食系だ。
儚げな雰囲気を携えて、草食系小動物的にウルウルと瞳をさせてますけど、言ってることハンターも真っ青な凄い肉食ですよメルリーサ様。
でもそりゃそうか、数多いる殿下の婚約者候補の中から見事その地位を勝ち取ったわけだから、そりゃ肉食系か。
「ですが、私は護衛として参加しているのであって、」
「ロダン様が貴女の分まで頑張ります。」
「む?」
「でも、踊りとかできませんし、」
「同じ時を過ごすことに意味があるのです。」
「そもそも、殿下の許可が必要ですし、」
「そんなもの、気にしなくて大丈夫です。」
「いや、気にして。」
メルリーサ様は私の抵抗にも、ロダンの疑問にも、殿下の抗議も意に介さず(男二人は無視だった様だが)握る手に力を入れ、ニッコリと極上の笑みを私に向けた。
「しのごの言わず私の言う通りになさいませ。まあ、悪い様にはいたしませんわ。」




