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※短編『理想叶わぬ異世界の魔女』そのままになります。

私は慄いた。

自分が行き遅れつつあるという事実に。


この世界の成人は男女共に18歳とされ、そこから大体5~6年以内に結婚する人が多くを占めている。

私はこの世界に来た時、既に成人まで数年という年齢で、それから何やかんやあり、とっくの昔に成人を過ぎてしまっていた。

実は結構『イイお年』なのだ。

このまま順調に行くと、私は魔法使いならぬ魔女になってしまう。


私、ピンチ。


「という事で殿下、私もホールで騒いで来てもいいですか?」

「どういう事でそうなる。」

「部下の幸せを思うなら止めないで下さい。」

「いや、止める。お前は今、職務中だろ。」


現在、殿下に付き従い私が居る所は、夜会が行われている会場だ。


今夜は私の上司であるハリストール殿下が主催する、将来の我が国を担う若者達が集う夜会となっている。

そして本日、私は殿下の護衛役としてこの夜会に参加している。


若者達にとって、こういった社交の場はよい出会いのきっかけになる。

特に今夜は若者達へ向けた夜会という事で、狙い目の獲物が多く、その身に宿るハンターの血が騒いでいる者も多いようだ。


私は殿下の後ろ、ホールから階段数段分高くなった所から若者達を眺めた。


「こんな恰好の出会いの場。私以上に相応しい人物はいないと思うのですが?」

「何故そうなる。」

「知ってますか殿下。」

「何をだ。」

「私、殿下より結構年上なんですよ。」

「はあ?」


だからなんだ、と言いたげな声が殿下から上がった。

私は今年で2ピー(敢えての自主規制)歳になる。

それに比べ殿下は成人して2年。

頭部はシオシオだが、まだピチピチに若々しいのだ。

それなのに、婚約者がいて結婚間近。

これがこの世界の平均的な結婚までの期間と過程だ。

だが、私の隣りはガラ空き状態。

眼下のホールで踊っている若者達もピチピチ。そして隣りが埋まっていたり、埋まりつつあるのだ。

だが、私の隣りはガラ空き状態。


ホント、リア充爆発しろ!


私は表ではキリリと護衛に励んでいるように見せ、心の中ではハンカチを噛み締め引き裂かん勢いだ。


「そもそも、ニーナはドレスとか持ってるのか?」

「持ってますよ、一張羅。」

「へぇ。そういうのに興味あったんだな。」

「純白の楚々とした感じのドレスです。ベールも付いてるんですよ。」

「それあれだろ、婚礼用のだろ!止めろ!そんな呪われたドレス!」


呪われたとは失礼な。

確かに破談になった奴が持ってるドレスですが、呪いなんか掛かってない、ちゃんとした物です。


殿下は疲れたように頭を抱えると、そのまま脱力した。

そしてこの話しはもう終わり、と言わんばかりに手を軽く振り、ホールへ視線をやった。

私としてはもう少し事の重大さを述べたいところだったが。

ホールを見ていた殿下は、面白いものを見つけたようで、ニヤリと意地悪く笑った。


「見てみろ。」


そう言って殿下が顎で差す方を見ると、そこには王太子専属近衛隊隊長のロダンがいた。

ロダンもハリストール殿下直属の部下のようなもので、自分の事を“殿下の利き腕”と言って憚らない。(ちなみに私は彼に“懐刀”と呼ばれている。)

通常であれば、そこは“右腕”と表現するところではあるが、殿下は利き腕が左だからと、真剣に「右ではない。俺は利き腕だ。そういう男に俺はなりたい。」と主張するのだ。アホの子だ。

最後、かの有名な作家が書いた一文をパクっている所が少しイラっとする。


そんなロダンだが、こんなアホさを補ってあり余る程の魅力的なスペックを持っているのだ。


この男、いつもは気品など微塵も感じさせないが、由緒ある侯爵家の次男坊であり王太子の近衛隊隊長、将来は騎士団団長とも呼び声高く、極め付けに体育会系爽やかイケメンという超優良物件なのだ。スペックだけなら申し分ない。

そんな男を夫にと望む御令嬢達が、わんさかわんさかロダンの周りに集まっているのだ。


当のロダンは女豹と化した御令嬢達に辟易しているようで、目でエマージェンシー信号を発していた。

そんな彼を、女豹の群れを掻き分けて助ける勇者などおらず、女の荒波に流される孤島となっていた。


「ロダンのやつ、囲まれてるぞ。」

「嫌そうな顔。あんな奴が夜会に出るよりも、私の方がこの会を有意義に過ごせるのに。という事でホールで騒いで来てもいいですか?」

「そこに戻すな!」


まったく、と疲れた表情を見せる殿下の向こう側に、光るものが見えた。


「殿下、光るものが。」

「え。」


殿下が頭を押さえるのを横目に、私は殿下の一歩前に出ると、右手を前に突き出し防御結界を張った。

私の結界が完成すると同時に、殿下の元へ一筋の光が走った。

光は私の手の平辺りに張った結界に当たり、カランという金属音を立てて床に落ちた。

殿下に向けて投げられたナイフの音が、その場を一瞬、支配した。


「ロダン!」


私の鋭い呼び掛けに彼は走り出すことで応え、令嬢達の隙間を風の様に通り抜けホールへと躍り出た。

彼の軌跡のように、事態を把握した御令嬢達が騒めいた。

走るロダンへ私は腰に佩いていた剣を魔法の力で投げて渡した。

ロダンは剣を受け取ると厳しく声を放った。


「狼藉者を逃すな!」


ロダンの言に呼応するように警備兵は殿下を狙った犯人を追い、腕に覚えのある招待客の令息が犯人の行く手を遮る。


人を掻き分け逃走を図る犯人だが、しかし、どうも相手の方が上手うわてに見える。


高い所にいて功を奏した。

此処からなら犯人がよく見える。

目標が見えれば魔術が使える。


私は犯人の行く手を阻む為、呪文を一節唱えた。


「愚者の行く手を阻む壁よそそり立て!」


私の呪文に応え、犯人が見えない壁のようなものにぶつかり足を止めた。


「壁よそのまま包め!」


そう言って私は差し出した手を指の関節から折り、最後にグッと拳を握り締めた。

魔法の壁も私の手の動きに合わせて折れ曲り、犯人を包んでいた。

犯人に追いついた兵士達が犯人に縄を掛けていく。その最中、また怪しい影が蠢いた。


犯人が捕まると同時に踵を返す人影が一つ。


「戒めの鎖よ。」


私の呪文に風が吹き抜け、風の鎖となって怪しい人物を捉えた。

私が怪しい人物の動きを止めると、タイミングよくやって来たロダンが首元に剣を充がい、不審者の動きを封じた。


これにて殿下暗殺未遂犯の捕り物劇が終わった。






@@@@@@@@@





「一件落着。」


執務室へ戻った殿下は革張りの執務椅子に深く腰掛けると、それまで詰めていた息を吐き出した。


ロダンもその身を椅子に預けることはないが、深く息を吐き出し、巡らせていた力を抜いた。


「本当に、上手くいって良かったです。」


応接用のソファに身を投げた私は、ロダンの言葉に頷いた。


「この作戦で敵を炙り出せた。」

「はい。」

「少々あからさまかとは思ったがな。」


殿下の言葉にロダンは苦笑した。


今夜の舞踏会は敵を誘き寄せる為の罠だった。


殿下はここ最近、何者かに命を狙われていた。

長期戦のジワジワくるタイプではなく、短期決戦と言わんばかりに間を置かずに暗殺は繰り返された。

例えば、毎日5通の呪いの手紙を出したり(検閲で引っ掛かっていつも弾かれる)、暗殺者を昼夜問わず送り込んできたり(毎日3回決まった時間に来るから返り討ちに遭う)、お茶に毒を持ってみたり(搔き回す銀のスプーンが反応してすぐバレる)など、頻繁に暗殺未遂騒動がチマチマと起こるものだから、殿下もとうとう


「こんな頻繁じゃ一々構ってられん!大体、もっと暗殺っぽく、せめてもう少し間を置け!馬鹿の一つ覚えの様に何度も何度も!」


と堪忍袋の緒を切った。

それからは、こちらも短期決戦とばかりに犯人を捜索し、どうやって捕まえてやろうかと考えている時、殿下主催の舞踏会が近々行われる事に気付いた。

本来、暗殺の件とは関係なく進めてきた催しであったが、渡りに船と言わんばかりに利用する事になった。


会場、警備に至るまで準備された舞踏会に犯人はのこのこやって来て、こちらの仕掛けた罠にまんまと嵌まってくれたのだった。


ちなみに、この作戦会議に私は参加していたが、兵法などサッパリで魔術の事しか分からない為、大人しく座り、たまにお茶を飲み、魔術について質問がありあった場合のみ喋って過ごした。


こう言うのは不得手なのだ。

何しろ、専門は治癒魔術師だからな。


現に、今も二人は政治やら今後の流れなど話をしているが、私は黙ってソファに埋もれて二人を眺めていた。


「そう言えば」と突然、殿下が私に話を振った。


「例のモノは準備したか。」


その言葉に私はコクリと頷き、懐から親指程の小瓶を取り出した。


「ここに。」


私と殿下の間にいたロダンは私から小瓶を受け取ると、そのまま殿下に渡した。

殿下は明かりに透かす様に小瓶を眺めた。


「一滴で十分です。それ以上は毒にしかなりません。」

「分かった。」

「人道的とは言えないので、出来ればあまり使って欲しくないのですが。」

「分かっている。これを使うのは最終手段だ。」


私が殿下に渡した小瓶には、無色透明の液体が入っている。

この液体を一滴飲めば、たちまちどんな秘密や質問にもペロッと答えてしまう、魔法の液体なのだ。


殿下は小瓶を握り締め、自分の懐へとしまった。

そして、私たちの方を見ると、今までの緊張した空気を和らげる様に笑みを見せた。


「何はともあれ、今日は良くやった。」






@@@@@@@@@





「怪我とかはなかった?」


いつもの酒場で“一人打ち上げ”をしていると、何処からともなく呑み仲間の麗しい彼が姿を顕わした。

手にはカウンターで注文したと思われるグラスをチャッカリ持っていた。

当たり前の様に向かい側の席に座り、彼は酒を一口飲んだ。


「何でいるんです。」

「飲み直したい気分になったんだ。」

「さっきまで上等な酒を飲んでいたくせに。」

「僕には今のお酒の方が美味しいんだよ。」


そう言って、驚いている私をよそに彼は酒をまた一口飲んだ。

安酒が似合わないほど高貴である彼は、捕り物劇が行われたあの舞踏会に参加するメンバーの一人であった。

先程まで煌びやかな衣装に身を包んでいたはずの彼は、今では質素な平民服を纏っていた。

何て早着替え。


「それで?最初の質問。怪我はなかった?」

「あの場にいらっしゃったのなら、私が渦中から離れた所にいたことはご存知じゃないですか。」

「ん~、そうなんだけれど、やっぱり本人の元気な姿を見るまでは心配なんだよ。」


そう言って彼は私の手をそっと取り、傷がないかを確認した。


「あの時、ナイフが君の手に刺さったと思ったんだ。」


殿下を守るため結界を張ったが、投げられたナイフは間一髪の所まで来ていた。

結界の内側にあった私の手との差は僅か。

確かに見る角度によっては、ナイフが手に刺さっている様に見えたかもしれない。


「それは、ご心配をお掛けしました。」


私は殊勝にそう言った。

彼はチラリと私を見ると、傷の無かった手を包み込む様に撫でた。


「大丈夫みたいだね。」


そう言って彼は安心した様に淡く笑った。


近くの席にいた乙女達(老若合わせ)は彼の微笑みにヤラレ、酒で赤らんでいた顔をもっと赤くさせ、フラッと、縦に横に揺れていた。

そんな彼の攻撃を真正面から受けた私は、HPはガリガリに削られ、今にも灰になりそうだった。


そんな私の様子など気にも留めず、彼はそのまま私の手を持ち上げ、口元へと運んだ。


そして感じるのは柔らかな感触。


「何事もなくて良かった。」


艶やかな笑みが彼の唇を彩った。


誰かエクスポーションを、それかベホマを私に!


「飲み過ぎです!!」

「ふふふ。そうだね、そうかもしれない。」








後日、今回の作戦における特別報酬としてドレスが届いた。

添えられたカードには『早目に解呪をお願いします。』と記されていた。

カードを握り潰しつつ届いた箱を開けると、ドレスは新緑色で、彼の人の瞳を想起させ、昨夜の柔らかな感触を思い出して思わず手を握り締めた。

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