26
隣国の魔術師一行が帰国する日となった。
すでに隣国一行と知り合いになってしまった私も、見送りに参加していた。
まあ、それ程関わっている訳ではないので、申し訳程度に後方から、互いに激励しながら別れを惜しむ魔術師達を眺めているだけだが。
「よかったの?他の人達みたいに別れを惜しまなくて。」
私がそう言ってチラリと隣を見やり問い掛けると、フルドは表情一つ変える事なく一行を見ながら言った。
「ガラじゃない。」
まあ、うん、そうかもね。
あそこの人達みたいに、キミが涙ながらに熱く抱擁をしたり、友情だぜと言わんばかりに拳ぶつけたりする姿は想像出来ないや。
魔術師の皆さん、結構熱血体育会系なんだね。
「それに、世話になった人にはもう挨拶は済ませてあるからな。」
「そういうところは抜かりがないな。」
「それより、ニーナはよかったのか?挨拶しなくて。」
「誰によ?」
「リャドム様。」
ぶーーー!
ちょ、おま、そこでその人出しちゃう!?
フルドはこちらも見らずにしれっとした顔をしているが、ニヤける口元は隠せてないぞ。
「ニーナ、お世話になっただろう?」
「いや、気まずいでしょう、さすがに。」
「いいんじゃないか?向こうはニーナが惚れた腫れた問題を知ってる事知らないんだし。」
「あまりの恐ろしさに目が覚めたというのに、近寄ったら可哀想でしょうが。」
「だが、向こうはそうでもないらしいぞ?」
そう言われ、フルドが示す先を見ると、チラチラとこちらを窺い見るリャドム様の姿があった。
首を傾げつつ様子を見ていると、目が合ってしまい、リャドム様は一瞬、顔を強張らせてブルッと一つ震えた。
怯えてるじゃないか。完全に恐れられてるじゃないか。
溜息を吐きたい気持ちを抑え、一応目が合ったので軽く会釈をしておいた。
バッチリ合ったからね。これで無視したら不敬ですよ。
するとリャドム様は何を思ったのか、私に顔を向けたまま、意を決したように一つ頷くとこちらへと足を向けた。
「おはようございます。ニーナさん。」
「おはようございます。」
硬く、やや引きつり気味ではあるものの、リャドム様は笑顔で私へ挨拶してきた。
それに応えるように私も笑顔を作ってはみるものの、ぎこちないものである事は何となく分かった。
硬い表情ながらも、リャドム様は笑顔のまま話を続けた。
「ニーナさんには色々とお世話になりました。」
「いえ、そのような事は。」
「それに、ご迷惑もおかけしました。」
そう言われて私は思わずキョトンとしてしまった。
迷惑?
「お忙しいところへ、私は何度も訪ねておりましたので。本当にすみません。」
「ご迷惑」て、あの押せ押せ攻撃のことか!
迷惑という自覚があったのかい、とツッコミが口を滑りそうになったが、苦笑して眉を下げるリャドム様の姿に、反省しているようなのでグッと言葉を飲み込み、乾いた笑いを浮かべるに止めた。
危ない危ない。危うく不敬罪で国際問題になるところだった。
「自分の未熟さ故に、色々と見誤ってしまいました。どうかご容赦下さい。」
そう言って、苦笑しながらも申し訳なさそうに眉を垂れるリャドム様だったが、それは、遠回しに思ってたのと違う、千年の恋が覚めたよ、と言ってます?
返答に困った私はヒクつく頬を抑えながら、笑うだけに留めた。
「あの、ニーナさんが誉れ高き竜殺しの魔術師だったのですね。」
「・・・・・・はい。」
隠してた形になってしまったから、罪悪感もあって、私は少し言い淀んでしまった。
そんな私の様子に気付くこともなく、リャドム様は肯定の返事を聞くと、先程からの硬い表情から一転、パッと顔を明るくした。
「実は、私は以前から竜殺しの魔術師殿に憧れていたのです。」
そう言ってリャドム様は照れたように首の後ろを掻いた。
それを見た私も、つられる様にして頬に熱が集まった。
憧れられるって、ちょっと恥ずかしいけど悪い気はしない。
「リャドム様は破壊願望がおありなのか?」と言う、フルドの少し驚いた様な小さな呟きは聞かなかったことにしよう。
「私の国でも、貴女が残された武勇伝を多く聞くことができるのですよ。」
「武勇伝、ですか?」
「はい。吟遊詩人が色々物語として話してくれたんです。」
へえー、そんな感じで他国の話って広がっていくのね。
竜討伐の事だって、国内の事なのに何で広まってるんだろうな、とは思ってたのよね。
でも、それと同様に嫌な予感もヒシヒシと感じるのは何故かしら?
「例えば、魔術で仲間内での壁を取り払い互いの繋がりを強くさせた話とか、高貴な方の哀しき嘆きを魔術の力を持って取り払われた話とか、最近では国家転覆を企む悪人を懲らしめ捕らえるのは、我が国では結構人気ですね。見つかってはいけないというハラハラ感とか敵との火花を散らす戦闘は手に汗握りました。しかし、何と言っても慈悲の心で悪の象徴を半分消し去り、半分は消してやるが残りは自分で償い己で消し去れ、と悪人に言う場面は心を掴まれました。でも一番はやはり竜の討伐の話ですね。戦闘の躍動感は堪りません。」
物は言いようとは、こういうことを言うのだと実感した瞬間だった。
拳を握りしめ興奮した様子で話すリャドム様から、思わず目を逸らしてしまった私は悪くない。
「さすがは最高峰の魔術師。」
「いえ、私はそんな優れた人間ではありませんよ。」
脚色凄過ぎて自分の事かすら定かでないよ。
しかし、リャドム様はパチパチと瞬きをすると、緩く首を横に振った。
「いいえ、ニーナさんは間違いなく素晴らしい魔術師です。そんな方に出会えた事は、私の人生で幸せなことです。」
そう言うとリャドム様は真っ直ぐに私へ向き直り、目尻を少し下げて笑った。
「貴女が竜殺しの魔術師でよかった。」
するとそこへ、リャドム様を呼ぶ声が聞こえた。
何事かと、そこに居る3人で声の方を見ると、手を振りながら駆けて来るマドカちゃんの姿があった。
「リャドム様、もう直ぐ出るそうですよ。」
「ああ、今行くよ。」
「あ、ニーナさんと一緒だったんですね。」
リャドム様の陰になって見えていなかった様で、マドカちゃんはリャドム様の背後からヒョッコリ顔を出すと、私に笑顔で声をかけた。
「色々とありがとうございました。お世話になりました。」
「こちらこそ。元気でね。」
「ニーナさんも。あ、あの!」
そう言うと、マドカちゃんは指をモジモジと遊ばせながら、一瞬躊躇うよう口を閉じたり開いたりを繰り返し、
「お手紙、書いてもいいですか?」
そう、少し不安そうに眉をハの字にしてマドカちゃんは言った。
あれー?私、結構マドカちゃんとは打ち解けたと思ってたんだけどなぁ。
私はニッコリと笑うと、マドカちゃんが安心出来るように努めて優しい声音で親指を上げながら言った。
「モチのロンよ。」
周りが首を傾げる中、マドカちゃんだけが小さく笑ってくれた。
「さて、行こうか。これ以上ここにいては、彼の人を不快にさせてしまうからね。」
リャドムがそう茶目っ気たっぷりに言って視線を向けた先には、他の魔術師と挨拶を交わすフェルーク様の姿があった。
今まで全く触れなかったが、案内役であったフェルーク様も、勿論このお見送りの場に参加していた。
寧ろ主催寄りだからいないと駄目だろ。
リャドム様は私とフェルーク様を交互に見やり、私はリャドム様とフェルーク様を交互に見やり、リャドム様の言葉の真意を探るが、ニヤニヤ笑っているだけで分からん。
ん?ん?どういう事だ?
「そう言う事だな。」
ちょっと、そこのフルドさんよ。人の心と会話しないでくれます?
こうして、隣国一行は自国へと旅立って行った。
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「はー。」
今日も今日とていつもの酒場に来てみると、いつもは後に何処からともなくやって来る彼が、今日は先に座って酒を煽っていた。
私が席に着いた瞬間、さっきの身体から絞った様な溜息を吐かれた。
「溜息深すぎません?」
「やっと帰ったと、無事に終わったことに対する安堵の溜息だよ。さすがに今回は色んな意味で疲れたよ。ニーナだってそうでしょう?」
まあ、確かにそうですが。
まさかのモテ期到来に、恋のトライアングルに参戦してからのナンダカンダで、変な気疲れを久々にしてしまった。
彼的にも、飲んでないとやってらんないよ、な気分だったんだろう。
「ねえ、ニーナ。」
「はい?」
フェルーク様に声をかけられるも、自分の分を注文すべくメニューに目を通していたため、振り向かずにそのまま私は返事した。
「少しはさ、リャドム様にクラッときたりした?」
彼の問いに、私は思わず鼻で笑ってしまった。
いかん。これは不敬だったな。
「何でそんな事思うんです?」
「だってさ、見送りの時、二人で頬染めあいながら話してたじゃないか。」
あ、あの時か!
え、私が見た時は視線が合わなかったというのに、そこはバッチリとご覧になってたんですか。
「あれは、そう言うんじゃないです。」
「どうだかねぇ。」
「惚れた腫れたでは一切ありません。断じて。」
「本当に?」
少し緊張を持ったその返しに、私は「おや?」と思い首を傾げて彼を見やった。
そこには、少し俯き加減に顔を傾け、眉間に皺を寄せて何か苦いものを噛んだような顔をした彼の姿があった。
いつものように、笑いながら冗談めかして話しているのかと思っていたが、今日は、何と言うか、真面目な雰囲気だ。
「リャドム様、てさ、少し君の元婚約者に似てたからさ。」
「いやー、似てはいないと思いますけど。こう、顔面偏差値が違い過ぎるかと。」
リャドム様はマドカちゃんが惚れちゃうようなイケメンで、アイツは良くも悪くも平凡ど真ん中な顔だったからなあ。
リャドム様に失礼だ。
「容姿じゃなくて雰囲気がさ、何となく似てた。純朴な感じで、腹芸出来なさそうなところとか、似てた。」
そう言われると、そうかなぁ。
うーん。リャドム様の方が一途で純粋だったけどね。
「顔も悪くないし雰囲気も好み。そんな男性にさ、好意を全面に出されて口説かれてさ、悪い気はしないでしょう?押せ押せで迫られたらクラッとくるでしょう?」
「いや、今回みたいな状況でクラッとくる程、私の神経図太くないですよ。」
「じゃあ、状況が違ったらクラッときたって事?」
「うーん、それもなんか違うなあ。」
「ねえ、気付いてた?ニーナって、案外押しに弱いんだよ。」
えっ?
「ニーナ、学生時代僕がグイグイ押していったら、少しクラッとしてたじゃないか。」
のぁああーーー!
「な、な、な、」
もう、何と言っていいのやら。
私はただ意味のない言葉を繰り返しながら、口をパクパクさせる事しかできなかった。
「まあ、本当にそうだったら、僕らは今頃、恋仲なんだけどね。」
そう言うとフェルーク様は片肘を卓につき、そこに俯向くようにして顎を乗せた。
そんな彼に、私は声をかける事ができず、ただ黙って俯いた。
本当に、何と言えばいいのか、私には言葉が見つからなかった。
そもそも、こんな時に今の私では、彼に言葉をかける資格が無いのだ。
フワフワとした態度で、真摯な彼の態度に向き合わなかった私になど。
そこで私は、はっ、と気付いた。
資格がないなら取ればいい、と。
もしかして、ここは私が勇気を振り絞るところではないか、と。
今、言わなければ、また彼を不要に不快にさせてしまう。
私は緊張で乾く口を震わせ、何とか声を発した。
「今の私の好みは違いますよ。」
私はそう言うと、卓に乗せているだけの彼の手を取った。
え、婉曲!我ながら婉曲!
だが、自分としては頑張った方だ。
その証拠に心臓が激しく脈打ち始める。
これで伝わるだろうか。伝わってしまうだろうか。
私の心が。
恥ずかしくて、彼の顔を見る事ができないから、顔をそらし、暫くそのままで手を握った。
が、いくら何でも反応がなさ過ぎないか?
不審に思った私は、そろーと彼を見上げてみると、何とも規則正しい寝息を立てる彼の姿が。
え、ここで寝るの?
私、結構今、いい感じのこと言ったよ?
もう、お前、言っちゃってるも同然じゃね?的なこと言ったよ?
ちょっとちょっと、嘘でしょ?
今までの下り、酔っ払いの悪絡みだったのかよ!
美形な寝顔見せてんじゃねぇよ!
て言うか、どうすんのよこの状態!私に運べと?!
そう仰ってます?!
私、か弱い女ですけど!!
「何だこの異臭は。」
「あ、フルド。」
「何してるんだ?凄い臭いが研究室の外にも漏れているぞ。鼻が曲がりそうだ。」
「ちょっと。新薬の開発してるところだったの。」
「ああ、そう言えば治癒魔術師だったな。」
「忘れないでよ。」
「それで、何を作ってるんだ。」
「肝機能に作用する薬。」
「へえ。うわ、とても口に入れるとは思えない色をしているが大丈夫か?」
「大丈夫よ。ほら、良薬は口に苦いって言うじゃない。」
「その薬は、それ以上の問題を抱えているように思うが?」
「これはこれで良いのよ。とある人専用なんだから。」
「へくしゅっ。」
「フェルーク風邪か?」
「ああ、兄上。いや、少し鼻がむずむずしただけだよ。」
どうでもいい話ですが、マドカちゃんの本名は
『ツブラヤ マドカ』といいます。




